第05話 これが『現実』……ってこと!?


 走馬灯か、現実逃避による空想か。

 それでも、ミタは純粋無垢で活発だった子ども時代のことを思い出した。

 活発って言いながらも、やっていたのはゲームなのだけれど。

 

 小さな部屋の隅で、酷く熱中していた。

 学校が終われば、宿題には手を付けずに真っ先にゲーム機の電源をオンにしていたっけ。


 そんな中でも、時間を忘れて熱中したゲームがあった。

 

 国民的なゲームだった。

 何作品もリリースされていて、海外人気も凄くて。

 様々なファンタジー作品に影響を与え『魔王』と『勇者』を一般に浸透させた王道超大作。


 そこに出てきた、とあるモンスターはとても怖かった。

 出会う度に悲鳴を上げていた気もする。

 そのモンスターは、一撃の威力が強くて、耐久力も高くて、何回も負けたこともあった。


 けれど、現実では絶対出会うことないからと言い聞かせて、安心していたのだ。


 ――あぁ、そうか、わかったぞ。


 一つ目の男達を見た時の違和感の正体は、


 ミタに影を落とすように立っているバケモノの要素を兼ね備えていない、出来損ないの容姿だったから。

 だって、本物とは、こんなにも違うじゃないか――



サイクロプスコイツ……ッ!?」



 腕の筋肉はボーリング玉でも入っているのかと思うほどゴツゴツとしている。

 青白い肌には血管が浮かび、手に持っている棍棒は「昭和」という時代に流行った釘バットのように歪で殺傷能力が高くて。


 あんなので殴られたら死ぬ。

 どう転んでも死ぬ。

 

「お前が、アイツらが話していた奇怪な魔法を使う奴か?」


 なんて情報網だ。

 一つ目の情報伝達速度は、田舎のおばさん並みらしい。

 のしかかる重圧に、ミタは顔を引きつらせた。


「ち、ち、ち、ちがいま――」


『細くて、長くて、頭に海藻がついてて、変な服を着てる男』


 やばい、ぐうの音も出ない。

 『ミタ』という人物がラノベにいたら、おそらくそのようなキャラクター設定で書かれるのだろう。



 ――あ、でも、待てよ。



 ミタは閃いた。


「おれ……」


 さっき、自分はとても速い速度で走っていたじゃないか。

 一つ目の男たちの腕から逃れたし。

 結構深い水から這い上がったし。


「もしかして、強いのでは……? いや、あるな、これ。あるぞ……これ、あるな!! いやぁ、勝っちゃっていいっすか!」


 握りこぶしを作ったミタは、サイクロプスの顔を見上げた。

 熱くなった感情のまま、口端を釣り上げてみせる。



「何言ってるんだ、オマエ」



「いくぞ、覚悟しろ。俺は、異世界転生をしたんだ――あ、ウソ。異世界転移をしたんだ――だから、お前なんか……」



「……」青白いサイクロプスは禿頭を太い指で掻いた。



 昔に画面越しに見たサイクロプスも、時を経て見てみるとそんなに怖くない気がしてきた。


 腕の筋肉だって関係ない。

 だって、異世界にやってきた主人公たちは、ひょろながで筋肉なんてないのだ。

 身長だって小さい奴ばっかりだった。

 

 その点、ミタは身長が高い。

 つまり、ミタの方が強い。



「え、行ける気しかしなくなったんだが」



 葛藤の末、最適解を見つけたミタはゲームの中の英雄のように声を張り上げた。


「行くぞ、化け物――」勇ましくも握りこぶしで青白い肌に殴りかかって――「エクスプロージョンッ!!」


 盛大に必殺技の名前を叫んだミタの拳は、乾いた音を立てて青白い肌にぶつかった。


 本来ならば、このままサイクロプスはブーメランのように体をたたんで、向こう側まで建物を貫通しながらぶっ飛んでいく……はずなのだが。



「いっ――たあああっ!?」



 ミタは悲鳴を上げた。

 そう、ミタが悲鳴を上げたのだ。

 自分が作り出した拳を抱きかかえるようにして、ひっくり返りながら。


 ――こんなに痛いのか!? アニメのキャラは皆、アホみたいに殴ってるっていうのに!!


 涙を滲ませながら、拳に息を吹きかけて――我に返った。



「――オマエ、なんだ?」



 目の前にいるカイブツを見上げるミタの顔は、すっかり恐怖が戻ってきていて。

 

「う……あ……す、すみません、でした」


「…………」


「いや、ほんと……命だけは……命って、一個しかなくて。ね? そんな、怖い顔しないで――」 


 異世界ならば、ここで何かイベントが起こるはず!

 それこそ、強い美女とか、かっこいいヒトとか!

 だって、そうじゃなきゃ、このまま……このまま!!


「調子に乗って、すみませんでしたぁぁぁっ!!」


 その時、サイクロプスが木の幹のような棍棒を振り上げた――……。


 ゲームで見た、あの攻撃がくる。

 大地を抉るような、あの一撃が。


「あ、あ……あ……」


 ミタは口をあんぐりあけて、目をひん剥いて、意識を手放した。

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