第02話 急な展開なのに既視感が
――なにが、おこった?
――冷たい。
――体の中が熱い。
藻掻こうとも何も掴むことが出来ない。
小学生の頃、プールで溺れた時と全く同じだ。
込み上げてくる不安で脳みその酸素が抜けていくあの感覚――
自分が沈んでいくというのに、周りだけが上に昇っていって取り残されるあの感覚だ!
バタバタと手足を動かそうにも、まるで抵抗がない。
ということは、周りはミタの知っている水じゃないらしい。
空を自由に飛びたいな、と両手をばたつかせているのと一緒だ。今のミタの様子はさぞ滑稽に見えているだろう。
周りに人がいるのならば、の話だが……こんな状況だというのに、ミタは周りを見て誰もいないのを確認した。
当然誰もいない。
そりゃあそうだ。
水の中に人がいてたまるか、だって呼吸が――呼吸が……?
「――っ!?」
現状の理解が進むと、酸素が自分の頭の方へ集まっていく感覚が突如として現れた。
――息がっ、続かない……!
「たすけ――っ……」
藻掻こうとして、ごぽっと大きな泡が口から出て……上へと昇って行った。
――上?
泡を目で追うと、上には光が見えた。
揺らめく水面から零れ落ちてきた――明るく――眩い――光だ!
――上だ……上だ!! 地上がある!
自分がなんでこんな状況になったのか考える暇もなく、ミタは必死に手を動かして上へと昇って行った。
上へ――上へ――上へ!!
徐々に水面が近づくのが分かった。
こんなに肩と腕と足を動かしたのなんて、運動会ぶりだ。ミタの筋肉は悲鳴を上げていた。
それでも、泳ぎ続けた。
恥も体裁もない。
両手両足を動かして、必死に体を持ち上げた。
そして、光が視界を真っ白に染めて――
「――――ぶぁ! ゼェッ……ゼェ……ッ!」
酸素が、体の中で踊った。
血液がめぐって、頭にも酸素がいきつくとミタは掴める場所を必死に探して固いモノを見つけた。
「ハァぁっ……なんっ――だったんだ……っ? 牛乳に溺れた……? そんな、馬鹿なことが……ドッキリ?」
自分が有名人ではないと知っているが、それでも不可解な現状を理解するためには腑に落ちる理不尽な答えが必要だった。
暗いところから一気に明るいところに移ったことで、未だに視力が確保されていない。
「……」
それでも、自分が掴んでいるモノは見える。
――石。石造りで、円形の……。
囲むように配置された石の中にはヒタヒタに水が溜まっていて、ミタの後ろでは水音が聞こえてくる。
ということは、ここは……
「ふん……すいっ?」
ということは、ミタは噴水から急に飛び出してきた変人になるのだが――……。
『ぶるぅぅっ!』
ミタの思考を遮ったのは、重厚な唇を震わせたような音だった。
前を向くと、そこには画面越しにだけ見たことがあるケモノがいた。
鹿毛で、目がミタの拳ほどの大きさをしている――馬だ。
馬の瞳に映るミタの顔は、頭髪がワカメなんじゃないかと思うほど不格好だった。
唇をひん剥いて、ミタの顔についた水滴をベロンッとなめとって満足げに鼻を鳴らした。
「は……え?」
「んんっ!」
獣臭さが顔中にヘドロのようにへばり着くのを拭いもせず、ミタは咳ばらいをした小太りの男性を見上げた。
二頭の馬を繋いだ綱の先、御者席に座っていた男はミタと目が合うと、もう一度取ってつけたような咳ばらいを一つ。
「んんっ!」
「……?」
御者はミタから思ったような反応が返ってこないことを確認すると、でっぷりとついた頬肉を嫌そうに持ち上げる。
服に着いた汚れを払うような動作で鞭を打ち、馬を走らせて街路を進んでいった。
「……なんっ――」
御者の行った先を呆けたように見つめて視線を前に戻すと、空いていた口がもっと空いた。
「うああ……!」
目の前に広がった光景は――
見飽きたテンプレアニメでしか見たことがないような場所だったのだ。
区画整備されている煉瓦造りの街に出ている出店は、美味しそうなニオイを振りまいて人を呼び込んでいる。
大きな猫の顔をした商人は、小さな手で魚の尾を握って。
蜥蜴の顔をした町民がその魚を品定めをするように腕を組んでいる。
その出店の奥には、魔法で浮かんだ商品を物干しざおのようなもので手繰り寄せているふくよかな女将がいて。
その前では女将の膝元くらいしかない髭もじゃの男が髭を扱きながら、商品を値切っている。
そんな光景を見ていたミタは……段々と光が差し込んだ。
「わー! わー……!」
この急展開。
この見慣れた光景。
常識から外れた世界。
これは、いわゆる。十年前に流行ったと言われる――……。
「異世界転生……ラノベの展開じゃん!」
自分が思ったよりも大きな声が出て、そこでようやく御者以外の人々にも変な目で見られていることに気づいた。
ミタは恥をかいたような顔でゆっくりと噴水から体を出してTシャツの裾を絞り、思い出したかのように発言を訂正する。
「いや、オレ、死んでないから異世界転移か」
オタクはそういう細かなところに厳しいのだ。
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