第3話 落下落下落下


 空中から落下した俺だが、ミサが助けにきてくれた。

 ホッとしたのもつかの間、今度はホバーボードが燃料切れだ。

 すんでのところで、落下するミサを掴まえることに成功したのだが、俺はミサの魔法で作られたシャボンに包まれて浮かんでいる。

 現在、彼女と2人で宙づり状態ってやつだ。


「ミサっ!?」

 俺は彼女の腕を握る指に力を入れた。

 どうやら、腕を出しても玉は割れなかったらしい。

 もし割れていれば、2人とも真っ逆さまだった。


 ギリギリとミサの重さが伝わってくるが――離してたまるか。

 かなり重いが、なんとかなる。

 シャボン玉は2人の体重を支えきれず、そのまま高度を落とし始めた。

 このまま軟着陸できないか?


 風の抵抗を受けながら、大地が近づいてきたのだが、幸いにも下に大きな川が流れているのが小さく見える。

 落下しても川に落ちれば助かるかもな――そんな考えが一瞬頭をよぎったのだが、流れの先に白い水しぶきが見えてきた。


「もしかして、滝か?!」

 高い所から飛び込んだ水面はコンクリートと同じぐらいになるって話だしな。

 それがマジなら怪我どころじゃねぇな。

 そこまでの衝撃がなかったとしても、下手すりゃ溺れて俺とミサはあの世への階段を登ることになる。


「くそっ! もう少し保ってくれ」

 俺の願いも虚しく、2人の身体を支えていたウォーターボールの魔法が切れた。


「うぉぉぉ!」

 彼女の手を引っ張ると抱き寄せる。

 そのまま俺とミサは、硬い水面に頭から突っ込んだ。

 凄まじい衝撃に、俺の頭は真っ白になる。

 ゴボゴボと冷たい水中を漂い必死にあがき、意識朦朧として水面に浮かび上がり水を吐いた。

 川は深く脚は届かない。

 水面に落下した衝撃でミサを離してしまったことに気がついたが、俺の身体もバラバラだ。

 手も脚も動かないし、口まで水が迫ってくる。

 溺れる――そう思った瞬間。

 俺の腋になにかが衝突したので、思わずそれを掴んだ。

 先に落ちたホバーボードが流れてきたのだ。

 そいつにやっとの思いでしがみつくと、ミサの姿を探す。


「ミサ……ゲホッ! ゲホッ!」

 飲み込んだ水を吐きながら辺りを見回すと――顔だけ水面に出た彼女を見つけた。

 距離にして5mほど。

 懸命に手を伸ばすが、届くはずがない。

 たった5m――こんな距離がこれほど遠く感じたことはなかった。

 己の無力に苛立つも、ミサがどんどん流されてゆく。

 そのうち、彼女の姿は見えなくなった。


「ミサ……」

 そして俺の視界にも闇が襲い、暗闇に包まれかけた。


 いや! まだだ! まだ終わってねぇ!

 濡れた手を握りしめる。

 ガス欠で墜落したが、ホバーボードには燃料が少し残ってるはずだ。

 その可能性に賭ける。

 どうにかしてホバーを動かせるかもしれねぇ。

 動けば、岸にたどり着くぐらいはできるはずだ。


 その間にも川の流れが激しくなってくる。

 さっき上から見た滝が近づいてきたに違いない。

 ぐずぐずしてられねぇ。

 

「このポンコツが! さっさと動きやがれ!」

 俺は、ホバーの始動スイッチをなん度も押した。


 その時、信じられないことが起こったのだ。

 俺の首飾りのクリスタルが、まばゆい青白い光を放っている。

 その光に目がくらみ顔の前を手で遮る。

 いったい何が起こった?


 突然ホバーボードのエンジンが息を吹き返して、水面に浮いた。

 ファンの音とともに凄まじい水飛沫が周りに飛び散る。


「うわっぷ!」

 俺はホバーの上によじ登ると、流れているミサの所に向かい、彼女の身体を引っ張り上げた。

 ミサを抱きかかえながら、青白く光るクリスタルを掌に載せてまじまじと眺める。

 彼女の身体も青白い光に包まれている。


「こりゃいったい……」

 俺はホバーを操ると、岸に這い上がった。

 川岸には僅かなスペースがあり、またすぐに森になっている。

 ひとまずは助かったが、ミサの身体は冷え切っており息もしていない。


「嘘だろ……」

 うろたえている時間はない。

 蘇生術だ――騎士団の訓練を思い出せ。

 ミサの身体を仰向けにし、ミサの唇に自分の唇を重ねる。

 もう必死だ。

 こんな状態で、蘇生術の実地をするとは思わなかった。

 俺にとってファーストキスだが、彼女にとってもそうかもしれねぇ。

 俺みたいな男が初体験で非常に申し訳ねぇが、今は非常事態だ。

 もしも気に入らないのであれば、目が覚めたら俺をぶん殴ってくればいい。


 口から息を吹き込み、両手で胸を押す。

 これでいいのか?

 解らんが、とにかくやるしかない。

 必死に蘇生作業をしていると、茂みがガサガサと動いた。


「くそっ!」

 俺は銃を抜くと構えた。

 暗闇から赤い目が現れる。

 例の変形はしていないが、黒い魔物だ。

 俺は、襲いかかってきた化け物に向けて発砲した。


「ギィ!」

 命中はしたが、あまり効果がないように見える。

 こいつの中身がメカだとすると、この銃では威力不足ってことになる。

 そう考えると、ネロが使った電撃ボールは効果的な攻撃だったわけだな。

 魔物を近づけないように発砲を繰り返すが、すぐに弾切れになった。


「くっ!」

 背中の剣を抜こうとするが、相手がメカじゃ刃が立たないだろう。

 そのとき、ミサの腰にぶら下がっているホルスターに気がついた。

 それを抜くと――武器ではない。

 先端が鉤状になっているものを発射できる、打ち上げフックだ。

 なんでこんなものを……だが、ないよりはマシだ。

 弾切れになった自分の銃を魔物に向かって投げつけると、代わりにフック銃をホルスターに突っ込んだ。

 ふと地面に転がっている、ホバーボードが目にとまる。

 こいつで、向こうの対岸に逃げるってのはどうだ?

 俺は背中の剣を抜き振り回して威嚇すると、そいつを放り投げてホバーのエンジンをかけた。

 今度は一発で始動して、ファンが回り始まる。


「よし!」

 ミサを抱きかかえると、ホバーに乗って川の上に飛び出した。


「ガァァ」

 俺は、白い牙を剥き出しにする魔物たちに別れを告げた。


「はは、あばよ~とっつあぁん!」

 奴らがメカなら水に入ったら沈むだろうから、追いかけては来れないはずだ。

 我ながらいい作戦だと思ったのだが、川の半分ほどを過ぎたらエンジンが咳き込み始めた。

 本格的にガス欠になったらしい。


「おいおい! もうちょっと気合いれろやぁ!」

 俺の言葉にも、ホバーは無慈悲に川に沈み始めた。

 ミサを抱いたまま、再び板に掴まり流される。


「くそっ!」

 そのまま対岸まで泳ごうとするが、川の流れが早い。

 そのうちホバーボードが、大きな石に引っかかった。

 とりあえず一休みできるが、ミサの意識はまだ戻っていない。

 早く水から出なくてはならない。

 そうだ! 俺はホルスターに突っ込んだ、フック銃を思い出した。

 フックを発射して、対岸の木に引っ掛ければ向こうまで渡れる――そう思ったわけだ。

 銃を取り出し、半分水に浸かりながら引き金を引く。

 勢いよく銃口からワイヤーが飛び出し、狙い通り樹の太い幹に刺さった。


「よし!」

 ワイヤーを思いっきり引っ張ってみる――大丈夫そうだ。

 一発でうまくいってくれた。

 俺にもまだツキが残っているのか?


 ホバーボードを放り投げると、ミサを抱きかかえてワイヤーをゆっくりと巻き取り始めた。

 川岸に近づきながら、流れに翻弄されて身体が激しく水の抵抗を受ける。

 その抵抗に負けたのか、ワイヤーの手応えが怪しくなってきた。

 ついに川の流れに耐えられなくなり、呆気なくワイヤーの先端が幹から抜ける。

 俺とミサは、ふたたび川の流れに漂い始めた。


「うわっ! く、くそ!」

 なんとか対岸まで泳ごうとしたのだが、ミサを抱えてはそれも上手くいかず――俺は川の流れに身を任せるしかなかった。


「うぉぉ!」

 ミサを離さないように、必死に抱きかかえる。

 少しでも対岸に近づこうと泳ぎ始めたのだが、その先にも魔物が現れた。

 ちくしょう! 俺たちはとっくに詰んでいたってことか?

 口を開けた時に川の水を飲んでしまい、俺は盛大に咳き込んだ。


「ゴホッ! ゴホッ! くそぉ!」

 この先は滝なのだ。

 このままじゃ2人とも死ぬが、両岸には魔物がうようよ。

 俺たちに死を運ぶ魔物たちは、黒い毛皮から例の銀色の骨格へと変わり始めた。

 目だけが赤く、背中にはマシンガンらしきものが見えている。


 魔物たちが、川に流されている俺たちめがけて発砲を始めた。

 近くに着弾して、水しぶきが上がる。

 水中から衝撃派が伝わってくるので腹に響く。

 こいつらのしつこさは、いったいなんなのか。


 川の流れが速さを増すと、さすがの魔物も諦めたらしい。

 引き返して、森の中に消えていく。

 魔物の驚異はなくなったが、この先は滝だ。

 なんとか岸まで泳ごうとするのだが、急流に翻弄される。


 あっぷあっぷしていると、目の前にホバーボードが流れてきた。

 どこかに引っかかっていたのだろうか?

 さっきは捨てて悪かったな。

 心の中で謝罪しつつ、また彼に掴まったのだが、次第に轟音が響いてきた。

 マジで滝だ。

 しかもデカい。

 一難去ってまた一難。


「くそぉ!」

 なんとかしようとするのだが、どうしようもできない。

 成す術もなく、俺とミサは滝に吸い込まれて、そのまま落ちた。

 水の流れと一緒に宙に放り投げ出された俺は、ミサと抱き合って真っ逆さまに落下した。


「うぉぉ!」

 俺が叫ぶと、胸のクリスタルが眩く青白く光始めた。

 まただ――こいつはいったいなんなのか。

 俺たちと一緒に落ちきたホバーボードがマフラーから火を噴いた。

 ミサと一緒にホバーに掴まると、滝壺に落ちる寸前からの急上昇を試みる。


「上がれぇぇぇ!」

 まぁ、世の中そんなに甘くはない。

 ホバーは滝壺に激突する寸前で進路を変えたのだが、恰好よく急上昇ってわけにはいかなかった。

 斜めに突っ込むと、水面を飛ぶ石のようにバウンドして、最後は岸に放り出された。

 ミサが下にならないように、彼女を抱きかかえて頭を守ってやる。

 そのまま地面に叩きつけられてゴロゴロと転がり、木に背中をぶつけて止まった。


「ゲホッゲホッ! ぐぇぇ……死ぬかと思ったぜ……」

 背中をしこたま打って、息が止まる。

 落ち着いてゆっくりと呼吸をしていると、徐々に落ち着いてきた。

 さっき光ったクリスタルは、未だに光を発している。


「こりゃ、いったいなんなんだ?」

 俺は、胸のクリスタルを右手で握り締めた。

 そのとき森の中から大きな音が聞こえる。

 巨大な布がはためくような音みたいだが……。


 森の木々の間から、白く輝く巨大ななにかが接近してきたのだ。


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