第2話 魔物からの攻撃
俺たちを襲ってきた魔物は、金属の鎧と武器を纏う化け物に突然その姿を変えた。
赤く輝く目で俺たちを包囲して、ジリジリと迫ってくる。
まさに絶体絶命。
ネロと一緒に覚悟を決めていると、頭上から能天気な女神の声が聞こえてきた。
「ウォーターボール!」
さっきまで、どこにいたのか解らなかったミサだ。
彼女の呪文の詠唱が聞こえると、俺たちの身体は大きなシャボン玉に包まれ、ふわりと浮き上がった。
それだけではない。
敵の攻撃がシャボン玉に当たると、次々と吸収されてゆく。
「ど、どうなってんだ!?」
玉の中でバランスを取るのが難しく、そのままぐるぐると回転してしまう。
乗り物酔いのようになり、ちょっと気分が悪くなってきた。
逆さまの状態で隣のネロを見る。
彼は玉の中で帽子を押さえ、胡坐をかいて平然としている。
その姿は菩薩のように優雅に三千世界を見据えているよう。
「ちくしょう!」
俺は逆さまの状態で叫んだ。
空中に浮かぶ玉の中でバランスをとるのに悪戦苦闘――くるくる回ること数分が経ち、そろそろバテた頃。
俺はコツを掴み、やっとジャンボシャボン玉の中でバランスが取れる様になった。
シャボン玉の内側をこぶしでたたいてみたが、柔らかい膜でできているようだ。
「なんだこりゃ?」
こいつはシールドなのか?
下を見ると――眼下では、魔物が悔しそうに攻撃を諦めて俺たちを見上げている。
「ふぅ、なんとかなったか」
心に余裕ができた俺は、眼下に広がる景色を眺めた。
広大な森の向こうには山が連なり、緑の間には川が流れ、向こうには大きな湖が見える。
その向こうには大きな滝があり、古城や遺跡がちらほら見える。
昔は、この森に人が住んでいたのかもな。
禁断の森の途中まで馬で来て、すぐに帰るつもりだったのだが――まさか、遺跡を調べている時に魔物に襲われるとはな。
その魔物は生き物じゃねぇときた。
きっかけは、爺さんの冒険書に書いてあった、ラウル古代遺跡。
あの化け物は、古代遺跡に関係あるのか?
爺さんもこの景色を見たのだろう。
俺は爺さんの形見のクリスタルを握り締めた。
俺たちを包んだシャボン玉は上昇気流に乗ると、風に任せてゆっくりと飛んでゆく。
「どうでもいいが、この玉はどうするんだ?」
ネロをチラ見すれば、アグラをかいて菩薩状態だし――途方に暮れていると、ジェットエンジンのような高周波音が近づいてきた。
「やっときたか……」
俺は音のする方に顔を向けた。
騒音とともにデカいホバーボードに乗り、ゴーグルを装着した女が俺とネロの間に割って入ってきた――ミサだ。
彼女は、亜麻色の髪をポニーテールにして、エメラルドグリ ーンのベレー帽を斜めにかぶっている。
服は白のブラウスで、スカイブルーの上着をはおり、下はピンクのフレアスカート。
黒いスパッツを穿き、縞のニーソックスが太ももに食い込んでいる。
黒いマントと革の黒いグローブ、ショートブーツも黒い。
「もう見てられないんだから。あたしに感謝しなさいよ? ネロ、あたしってば大活躍でしょ!?」
自信満々で腕を組む彼女の目当てはネロのほうで、俺は完全にオマケらしい。
ネロはネロで、ミサを完全に無視。
浮かぶ玉の中で胡座のまま、腕を組んでなにやら考え込んでいる。
「ミサ! お前、今までどこに行ってたんだよ?」
まったく無視された俺は、少々呆れながら彼女を問い詰めた。
「どこでもいいでしょ? カイトには関係ないじゃない」
ミサは俺に舌を出して、両手を組んでそっぽを向いた。
「あ~はいはい。勝手にしろ」
俺はふてくされて、シャボンの中で寝転がった。
ふと下を見ると――白い煙の筋が向かってくるのが見える。
「なんだ?!」
驚いて身体を起こす前に、そいつは俺たちの近くで炸裂した。
「きゃあぁ!」
爆風で、ホバーボードに乗っていたミサが吹き飛ばされる。
「「ミサ!」」
俺とネロの声がダブるが、透明な玉に包まれているため、なにもできない。
そのまま、なん回か爆発に包まれると膜が薄くなり始めた。
「おい! どうすんだこれ?!」
原因は不明だが、なぜか攻撃が止んだ。
攻撃をしてきたのは、背中から変な武器を生やしていたさっきの魔物だろう。
そういえば、ミサイルランチャーみたいな武器を背中にしょったやつもいたな。
まだ、諦めてなかったのだろうか?
そんなことより――。
「ミサ!」
俺は、爆風に吹き飛ばされたミサを探して辺りを見回した。
「もぉ~! なんなの?!」
俺の心配をよそに、ミサがホバーボードで上ってきた。
彼女だけ、下に退避していたらしい。
「さっきの背中から武器が生えた変な魔物を見てなかったのか? 多分やつらの仕業だろう」
「あれってなんなの?!」
「俺が知るかよ。なぁ、ネロ?」
「ああ、まったく不明だ……」
彼は俺たちの会話もまったく興味がないらしい。
デジタル腕時計を弄りながら黒縁メガネのレンズで、どこから攻撃が飛んできたか探索モードで探っている。
「ふ~ん」
ネロのそっけない態度で、ミサも白けてしまったようだ。
「ははは! 残念だったな、ミサ!」
俺の言葉に、彼女がジロリとこちらを見た。
「……」
「ネロとあたしは2人で行くから、カイトは1人で行ってね」
「おい、バカ! やめろ!」
彼女は、魔法を解くつもりだ。
そんなことをしたら、真っ逆さまに俺が落ちるだろうが。
俺とミサのツマラン会話の最中も、敵の動向を探っていたネロが大声を上げた。
「何か近づいてくるぞ!」
「また敵か!?」
ネロの眼鏡には、敵が映っているのだろう。
彼がその方向を指差した。
「あれだ!」
猛スピードで飛んできたのは二羽の大鷲に見えるが、やはりまともじゃない。
メタリックの骨格に眼が赤く、両翼の先端には太い筒状のものが見える。
長い尻尾をたくみに動かし、こちらに向かってくる。
二羽の大鷲は旋回しながら俺たちに近づくと、口を大きく開けた。
口内には銀色のガトリングガンらしきものがあり、そいつが俺たちに向かって火を噴いた。
「きゃぁぁ!」
ミサがまっさきに逃げ出した。
シャボンで包まれた俺は逃げることができない。
攻撃を受けた玉の膜がみるみる薄くなる。
こいつらは、下にいた魔物の仲間だろう。
なんらかの方法で通信をして連携しているものと思われる。
「なんで俺ばっかり狙うんだよ!」
やつらの攻撃は俺に集中している。
まったく意味がわからない。
「え~い!」
ホバーボードで戻ってきたミサが、大鷲の進路を遮ったりして撹乱し始めた。
ミサの進路妨害を巧みにかいくぐり、敵が俺に向かってくる。
やはり敵目当ては俺のようである。
銀色の翼が真っ直ぐに向かってくると、両翼の先端のミサイルが発射された。
「ちょっとまてぇ!」
このままじゃ逃げようがない。
叫んでいる間に、俺の包んでいるシャボンにミサイルが直撃――膜が一瞬で弾けた。
当然、俺の身体は宙に投げ出された。
「ぬおおお! やっぱりこうなるか!」
「カイト!」
ネロの叫ぶ声が小さくなり、俺の身体は真っ逆さまに急降下を始めた。
「うわぁぁぁぁぁ!」
俺の身体が逆さまにみるみる急降下していく。
風圧で髪が引っ張られて、服がバタバタとたなびく。
こりゃ、今度ばかりはダメかもな。
観念した俺は、まぶたを閉じた。
「こらぁ! カイトぉ! なに諦めてんのよっ! あたしが助けるんだから! 幼馴染を見捨てたりしないわよ! 今行くから待ってなさいっ!」
ミサの怒声が天から聞こえる。
変だな。もう天国に着いたか?
いや、気のせいじゃない。ミサの声が聞こえる。
俺が目を開けると、ホバーボードの二本マフラーから激しく火を噴いているのが見える。
ミサがエンジン全開で俺を追いかけてきたのだ。
救いの女神に手を延ばしたのだが、彼女の背後から 一羽の大鷲の魔物が急降下してくる。
いい加減しつこいのだが、諦めてくれそうにないらしい。
「ミサ! 後ろだ! あいつが追いかけてきてるぞ!」
近づいてくるミサの背後を指したのだが、彼女は魔物を無視して俺の降下スピードに追いついてきた
「魔物なんかどうでもいいわ! カイト、手を伸ばして!」
ミサが俺に手を伸ばして掌を広げた。
彼女のポニーテールが風で激しくなびいている。
俺もミサに手を伸ばしたのだが、その間にも敵がぐんぐんと迫ってくる。
迫りくる大鷲に、腰の銃に手をかけた瞬間、敵の翼の両端から再びミサイルが発射された。
急降下している最中なので、迫ってくるスピードが遅い。
「マジかよ」
俺はとっさに銃を抜くと、3発発射した。
1発目は外れ、2発目と3発目が命中して、ミサイルが爆発。
爆炎に巻き込まれそうになった大鷲が、慌てて進路変更をしようとすると、追ってきてもう一匹と敵を空中で衝突した。
絡み合うように、そのまま下に落下していく。
あとちょっとで俺はミサの手を掴むところだったが、爆風のせいでまた離れてしまった。
「ぬおお!」
その間にも地面が近づいてくる。
「ああもう! あとちょっとだったのに! え~い、ウォーターボール!」
ミサが呪文を詠唱すると、俺の身体がデカいシャボン玉に包まれ、再び宙に舞った。
これでふりだしに戻ったわけだ。
銃を腰のホルスターに戻すと、ミサがホバーボードでシャボン玉に近づいてきた。
「それは即席だからね! あたしの魔力ってば、少ないんだから!」
ミサが玉の下に潜り込んだ。
「ふう~助かったぜぇ。サンキュー!」
「まぁ幼馴染だし、いなくなると寂しくなるしぃ」
ミサが珍しく、俺の言葉に恥ずかしそうにしている。
「ネロは大丈夫か?」
「あんたを助けたらすぐに迎えに行かなくちゃ」
どう見ても、俺を助けたときよりウキウキしている。
「お前を巻き込んで悪かったな。ネロと一緒に王都ガランに行くつもりだったんだろ?」
「そうよ。あんたを放って王都のガランでネロとデートしようと思ってたのに」
「すまんな」
「デート当日になって禁断の森に行こうとか言い出すし。ほんと信じられない。せっかくお洒落してきたのに。おかげでデートが台無し」
「悪かったよ」
彼女の冗談かと思っていたのだが、その瞳には涙が浮かんでいる。
「少しはあたしの恋に協力してくれてもいいじゃない。カイトのバカッ!」
どうやらマジらしい。
こりゃ、悪いことをしちまったなぁ。
そうは思うが、遺跡の探検にはネロの手助けが必要だったのは間違いないし。
ミサはデートのことをよほど根に持ってるのか、口を尖らせている。
その時、ミサのホバーボードのマフラーが黒い煙を吐き出した。
「な、なんだ!?」
俺が驚いていると、ホバーボードのファンの回転が弱くなる音が聞こえる。
「ね、燃料が切れかかってる!? こんな時に!?」
燃料が切れてバランスを崩すと、ミサの足からホバーボードが離れた。
俺は咄嗟にシャボン玉から片方の手を出して彼女の腕を掴む。
エンジンが止まった乗り物は、そのまま地上へ落下して見えなくなった。
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