某ゾット帝国ナントカが行く!

@OXSIDE

第1話 禁断の森


「畜生! ついてないぜ!」

「なにを言っている、お前がいい出したことだろ?」

 相棒のネロが不満を漏らす。

 まぁ、やつの言うとおりで、言い出しっぺは俺なのだ。


 入ることが許されない禁断の森の奥、そこに失われた文明の古代遺跡があるという。

 そのきっかけになったのは、家の物置から出てきた爺さんの冒険書。

 そこには「ラウル古代遺跡」と書かれていた。

 それを裏付けるように、箱の中には遺跡から入手したらしいクリスタルが詰まっていた。

 普通なら、そんなことで探検してみようぜ?!

 ――とはならないのだが、色々と人生に行き詰まっていた俺は、あるかも解らん未知のネタに飛びついた。


 苦労してやっとのことで憧れの騎士団に入団した俺だが、平民出ということで色々差別を受けて、貴族のドラ息子たちにいびられる日々。

 いったいなんのために騎士団なんぞに入ったのか解らなくなっていた。

 そんな腐っていた俺の目の前に現れたのが、爺さんの残したお宝ってわけだ。

 俺は爺さんの残したクリスタルを首から下げ、騎士団を抜けると、倉庫から武器をちょろまかして遁走した。

 自分でもクズなのは解っているが、あんなやつらのために騎士団に入ったわけじゃねぇ。


 俺は幼馴染たちを誘って、その遺跡を探すために森に足を踏み入れたのだが――狼の様な魔物に追いかけられていた。

 細い獣道を走る度に、カチャカチャと装備の鳴る音が響き、俺の服の下で首飾りが踊っている。

 小さなギャップを飛び越えると、首飾りについているクリスタルが襟元から飛び出した。

 騎士団からちょろまかした、剣と銃が重い。

 息を切らして魔物を振り返ると、やつらは身体中から暗黒のオーラを放っているのが見える。

 赤い鋭い眼がちらちら点滅し、鋭い牙の間から涎を垂らした魔物たちは、無慈悲な追撃を止めない。


「しつこいな!」

 俺は、襟元から飛び出したクリスタルを服の中に押し込めた。


「お前が美味そうに見えるんだろ?」

 ネロがアホなことを言うが、そんなわけがあるはずがない。

 身長や肉付きだって、やつと俺とじゃさほど変わらない。


「顔ならお前のほうがいいんだから、お前のほうが美味そうに見えるかもしれねぇじゃなぇか」

「狼に人間の顔の区別がつくわけがないだろ」

 ネロが走りながら、斜めに被っている黒い帽子を直している。

 整った目鼻立ちで黒縁メガネ。左耳にピアス――モデルかと見間違うほどのネロと歩けば、女の子たちは黙っていない。

 一緒に歩けば、いつも街角はキャーキャーとうるさいことになる。

 俺たちの幼馴染のミサでさえ、ネロをなんとか独り占めしようと画策する始末。


 服は探検に備えて中古の作業服を購入したが、ブーツだけは新品だ。

 やつはその新品のブーツが汚れると文句を言う。

 それは俺だって同じだが、こんな場所でブーツが汚れるのは当たり前。

 諦めるしかない。


 森の中は雨が降ったのか、落ち葉で滑って足場が悪い。

 後ろを見ながら走っていたので、大きな水溜りを踏んだらしく派手な水飛沫が飛び散る。

 服までビショ濡れだ。

 騎士団の山中訓練を思い出す。


 こいつらどこまで追ってくるつもりだ――そんな考えが頭をよぎった瞬間、リーダー格らしいデカい魔物が急に立ち止り、顔を真っ直ぐ上げて遠吠えをした。


「なんだ?」

「やばくね?」

 なんだか嫌な予感がするが、止まるわけにはいかない。

 落ち葉の上を走り続け、雨でできた小さな川を飛び越える。

 敵との距離が縮まり始めた頃、俺たちの嫌な予感は的中した。


 森の中から無数の黒い魔物が湧き出てきている。

 どうやら、さっきの遠吠えで仲間を呼んだものと思われる。

 暗い森の中に幾重にも重なる赤い目。

 どの魔物も腹を空かせているのか涎を垂らし、俺たちに鋭い牙を向けて低い唸りで威嚇している。


「ちょっと待て、俺は美味くねぇし」

「いや、カイトのほうが絶対に美味いから!」

 そんな冗談が通じるわけもなく、ジリジリと魔物の包囲が狭まってくる。


 俺たちの服は泥で汚れ、装備にも乾いた土がこびりつく。

 ネロが、一歩も動かず魔物を窺い辺りを見回し、何やらデジタル腕時計のボタンを弄り始めた。

 彼のメガネに、魔物たちのデータが表示されているらしい。

 その黒いメガネは情報の分析や表示が行なうことができ、通信機能も備わっている。

 使い方は彼にしか解らん。

 一度、教えてもらったが、そんなのは覚えてられねぇ。

 分析とかする前に叩き切っちまえばいいんだが、彼と一緒のときは俺はそれをしない。

 それだけネロを信頼しているからだ。

 俺は黒い魔物たちを牽制しながら、彼の分析を見守っていた。


「ダメだ。こいつらの正体がわからない」

「くそ」

 彼の短い言葉に、俺は信頼していたことを軽く後悔した。

 その答えを聞くとすぐさま腰の剣に手をかけたのだが、ネロが制止してくる。


「よせ、下手に動いて奴らを刺激するな。ミサの援護を待とう」

 幼馴染のミサはホバーボードで別行動をしている。


「通信は送ったのか?」

「ああ」

「そうは言っても、ミサのやつはホバーボードでのんびり観光してるんじゃねぇのか? それまで、腹を空かせたこいつらが待ってくれるとも思えねぇが……」


 俺は腰の剣に手をかけたまま――魔物を刺激しないように態勢を低くし、慎重に動きながら辺りを見回した。

 徐々に、魔物の包囲網が狭まってきている。

 俺はネロと背中合わせになると、彼の方に顔を向けた。


「こいつらなんなんだ? アルガスタにこんなものがいるなんて聞いたことねぇぞ」

 俺たちが暮らしている科学と魔法が融合して花咲く世界――そこがアルガスタ。


「わからない。もしかしたら禁断の森に棲んでいる新種の魔物かもしれない」

 ネロが黒縁メガネのフレームを、人差指で持ち上げた。

 彼が不安なときにするポーズだ。

 ガキの頃から彼を知っている俺は、こんなことまで知っている。

 もちろん、彼も俺のことを知っているわけだ。


 そのままジリジリと魔物と対峙していると――ネロのメガネに、ミサから無線が入ったらしい。


「ミサ、どこにいる?」

 珍しく、ネロが不機嫌そうな声を出した。

 彼女が送ってきた通信内容を察する。

 また能天気な通信だったんだろう。


 俺は額に両手を当てて空を仰ぐと、木々の割れ目から彼女を探した。

 ミサはホバーボードで上にいるはずだ。

 彼女の援軍を待っている間にも、魔物はジリジリと包囲を狭めてきた。


「めんどくせぇ、殺っちまおうぜ」

「やむを得んか……」

 俺は腰の剣を抜いた。

 腹を空かしているのか、赤い目が光る魔物たちが、今に飛びかかってきそうだ。

 こんな奴らの昼食になるだなんて、まっぴらごめんだね。


「なんで、お前といるとこういう目に遭うのかね?」

「普段の行いが悪いせいだろ」

 俺の笑いに、彼が憤慨する。


「お前にそんなことを言われるとは思ってなかったな」

「ははは、そんなに怒るなよ」

「……使えるかどうか解らんが、こいつを使ってみるか」

 ネロはジャケットのポケットから、銀色の小さな丸い球形を二個取り出した。


「どうするんだ?」

「受け取れ」

 ネロは後ろに手を回して、銀色の小さな球形を俺に手渡してきた。

 俺はネロから得体の知れない銀色の小さな球形を受け取る。


「なんだよ、これ?」

 受け取った銀色の小さな丸い球形を両手の掌で転がしていると、脇腹を彼に小突かれた。


「手前に水溜りがあるだろ? こいつで奴らを感電させてから、なんとかしよう」

「それは解ったが、なんとかって?」

「考えていない」

「おいおい……」

 彼の言葉からすると、この玉は電撃を発するアイテムのようだ。


「本当に使えるのか?」

「解らん――なにせ、初めて使うからな」

 どうやら、ネロの親父さんが作ったアイテムをちょろまかして、彼が改造したものらしい。


「解った、とりあえずやってみるか」

「頼む」

 周りを見渡せば、確かに俺たちの周りに大小の水溜りがある。

 こいつを利用しない手はない。


「まぁ、俺はお前の能力を信じてるからな」

 ネロが俺の脇腹を突いてきた。

 照れ隠しだろう。

 2人で覚悟を決めていると、ネロのインカムからノイズ交じりで緊張感のないミサの暢気な声が聞こえる。


『それにしても、景色がきれぇ~』

 俺はミサの声を聞いて呆れてため息をついた。


「やるか?」

「おう!

「奴らが水溜りの上を歩いたら、そいつを投げるんだ、いいな?」

 ネロは黒い帽子に手を載せ、銀色の小さな球形を握り締めた。


「ああ。派手にやるぜ!」

 奴らが水溜りの上に来るまでじっと引きつける。

 俺はネロの反対側を向いて構えると、敵の動きに目を凝らす。

 やつらは後ろからもやってきている。

 俺たちを包囲して、なぶり殺しにするつもりだろう。


 後ろを向いて、彼の顔をチラ見する。

 当たり前だが真剣そのもの――こんなに頼りになる相棒はいない。

 俺は正面に向き直った。

 敵の脚が水溜りに浸る。


「今だ!」

 ネロが力強く叫ぶと、緊張で俺の心臓が口から飛び出しそうになる。


「おらぁっ! イッツ・ア・ショータイム!」

 水溜りの上を歩く奴らに向かって、銀色の小さな球形を放り投げた。

 銀色の小さな球形は放物線を描いて水溜りに落ちた瞬間、強烈な青白い電撃が魔物たちを巻き込んだ。

 あまりの閃光に、俺は思わず「うっ」と声を漏らし、顔の前で眩い光を手で遮った。


「こんなに強烈なのかよ! なにが解らんだ!」

「あはは、実験してなかったもんでな!」

「ぐぉぉぉぉん!」

 水溜りの上で咆哮を上げながら魔物の身体は黒こげになり、ばたばたと横に倒れていく。

 こんなに真っ黒になったんじゃ、間違いなく即死だろう。

 電撃を食らわなかった魔物は、一瞬何が起こったか理解できず、その場所から飛び退いた。

 それでも、仲間が瞬時にやられたのを理解したのだろう。

 ぞろぞろと踵を返して樹の影に消えていったのだが、まだ諦めていないのか、俺たちと一定の距離を取り、こちらを窺っているようだ。


 俺は肩を落としため息を吐くと、ネロの肩に手を置く。


「なんとかなったな。つ~か、強力過ぎるだろう」

 俺は親指を突き出した。


「一回しか使えないから、使い捨てだけどな」

 銀の玉の元を作ったのはネロの親父で、ゾット帝国騎士団の科学者だ。

 よく変な物を発明しては、騎士団と親衛隊から煙たがられている。

 それでも、たまに役に立つものを作るから、首にはならないらしい。

 ナントカと天才は紙一重っていうが、そのたぐいなのだろう。


 そのアイテムをくすねては、改良するのがネロの趣味らしい。

 結局同じ穴のムジナなのか。

 マスクがよくてモテモテなのに、そんなんじゃ女が呆れる――と、いつも俺は思う。

 彼が親父さんの発明品をいじっているとき、ミサがいつもつまらなそうにしているのだ。

 まぁ、ネロにとっては、女のことなどどうでもいいことなのだろう。

 俺からしてみれば、もったいないお化けが出るぐらいに、実にもったいないのだが。

 ネロに振られた女たちのことを考えると、彼が口を開いた。


「お前は何も考えずに突っ走るところがある。無駄な戦いは避けるべきだ」

「悪かったな、何も考えてなくて。だが今回はお前に助けられた。さすがは相棒だ」

「褒めても、お前の評価は覆らんぞ?」

「はは、期待してねぇし」

 2人で話していると、ネロのインカムに、ノイズ交じりでミサから無線が入った。


『ねぇ、こんなところに、本当にラウル古代遺跡があるわけ? 眼下に広がる森と、でっかい湖しかないじゃない」

 のんきな通信に、俺は転けそうになった。

 こちとら散々な目に遭ったってのに。


 俺は掌に庇を作り、空に浮かんでいるらしいお気楽なミサを探す。

 森の木々が邪魔をして空が狭く、彼女の姿は確認できない。

 俺はミサを探すのを諦めると、樹の影に見え隠れしている魔物に目を移した。

 まだ、俺たちを狙っているのだろうか?

 さすが話し合いなんて通じない畜生ってやつだ。


「ネロ、さっさとこんなとこ離れようぜ。あいつら、どうしても俺たちを食いたいらしい」

 俺は先に歩き出して、後ろにネロがついてくるのに期待したのだが、それを制された。


「待て、カイト! 奴らの様子が変だ!」

 俺は鞘に収めた剣の柄に再び手をかけた。

 魔物たちに相対しながら、2人でじりじりと後ずさりしていく。


「また、襲ってくるつもりか?」

「いや、違うぞ?」

 こいつら、何しようってんだ?

 俺たちの前から立ち去らずに残った魔物は、なんと黒こげになった仲間の死体を喰い始めた。


 争いながら魔物の死体を貪り、生々しい咀嚼音が森の中に響く。


「うえ?!」

 信じられない光景を目の当たりにして、俺は思わず飛び退いた。


「なんだこれは?!」

 さすがのネロも、魔物たちの行動を理解できないらしい。


「ど、どうなってんだ、こりゃ!?」

 柄を握っていた手が汗ばむ。


「さあな。嫌な予感がする」

 彼は緊張した声で、腰に巻いたホルスターの銃に手をかけた。

 拳銃は最後の武器だ。

 彼のいつもの口癖だが、今がそのときなのだろう。


「おい、さっきの銀玉は?」

「もう、ない」

 こりゃ、ヤバいぜ。

 共食いしている一匹の魔物が貪るのを止めて顔を上げると、白い牙を剥き出し低く唸りながら俺たちを威嚇している。


「おい! 見ろ!」

 唸っていた魔物は、なんと姿を変え始めた。

 黒い毛皮が裂けてメタリックの骨格が露わになる。

 足の爪がさらに鋭くなり、背中に銀色の筒が現れた。


「あれって武器か?!」

「解らん……」

 さすがのネロも解らないようだが、どう見てもそれは大砲のように見える。

 メタリックの骨格姿に変えた魔物の背中に様々な武器が現れた。

 ミサイルランチャー、ガトリング砲、ビームキャノン砲――そんな武器に見える。

 姿を変えた魔物の赤い目が鋭く光り、俺たちとの間合いを狭めてきた。


「こいつらは生き物じゃねぇのか?」

「そうらしいな……」

「くそっ!」


 一難去ってまた一難ってやつか。


 

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