第984話◆思考回路が同じ

 カタストロフィー・スター――その筒状の形から連想するように、やはり魔砲の類いとなる攻撃系魔導具だった。

 ただ普通の魔砲と違うのは使用者の魔力を消費するのではなく、周囲から吸収した魔力によって攻撃するということだ。

 そして付与の核となっているラグナ・ロックの、吸収した魔力を別の属性に変換して放出するという特性が利用されており、カタストロフィー・スターが吸収した魔力はその属性以外の属性に変換されて攻撃として発射されるようになっているらしい。

 その魔力変換をより効率的に尚且つバランス良く、更には増幅効果まで付けるために、ラトと三姉妹、そしてチビッ子達が力を尽くしまくったようだ。

 アミュグダレーさんがそのための付与の基盤を作り、タルバがその指示に従いながら付与効率のいい細工を施して。


 長さのある筒状でトリガーとグリップのある形状は、前世の記憶にあるバズーカとか無反動砲というやつを連想させられ、太さは程々であるものの長さは俺の身長を優に超えている。

 砲身部分には謎の文字交じりの幾何学的な模様がビッチリと細工されており、それが見た目の美しさとなっているがそれだけではなくおそらくその模様にはカタストロフィー・スターの作動を制御する付与が施されているのだと思われる。


 ところでこれやっぱ試し撃ちとか試運転はしてないんだよね?

 あ、完璧で隙のない神獣や女神や謎の小動物が力を合わせて作ったのでそんなのも必要ない? 作った我々を信じろ?

 あ、うん……信じる……ね? じゃあ信じてこれは、勇者たる俺の収納に入れておくよ。


 え、俺に預けるのはこっそり何かしそうで恐いから、出発までここに置いておけ?

 アベルは相変わらず失礼なやつだなー、俺が何をやらかすというんだ。って、カリュオンまでアベルに賛同すんなよ!



 箱庭から帰ってきて完成していたのはカタストロフィー・スターだけではなく俺達の部屋の改装もだが、この日の俺は新しくなった自分の部屋を心から楽しむ余裕がなかった。


 明日に備え今日は夕食を終えると早々に部屋に引き上げ寝る態勢に。

 ナナシをぶん投げたせいでナナシがいじけて俺の魔力をチューチューするし、飯を食って少し魔力が回復したと思ったらまたチューチュー始めるしで魔力がほどよく枯渇していつもより早く眠気が襲ってきた。

 いいよ、魔力を枯渇させると魔力量がふえるから、明日の戦いに備えて最後の追い込みだと思っておくから程々に吸うがいいさ。

 だが、明日に響くほど吸ったら汚いものや臭いものを切る時に使うかならな!

 カタカタ反抗してもダメ!! 魔力吸収は用法と用量を守って正しく!!


 夕食を終えて自室に戻るとすっかり綺麗でお洒落になった自室が俺を迎えてくれた。

 昨日まで散らかりまくっていたものは一度収納にしまったので、いつもならゴチャゴチャとして狭く感じる部屋が今日は妙に広く、そして少し寂しく感じた。


「カッカッカッカッカメーッ! カッメッメーッ!」

 ちょっぴり気分が下降気味の俺とは正反対に、超ご機嫌のカメ君。


 その理由は――俺の部屋の壁に嵌め込まれた大きな水槽。


 俺の部屋の壁には元々クローゼットが埋め込まれていたのだが、服をあまり持っていない俺にとっては不要なスペースでほぼ物置と化していたため、そこはクローゼット部分は最低限して残りの部分は壁に嵌め込み式の大きな水槽にしてもらった。

 水槽の上の部分にはカメ君が通れる程度の扉が取り付けられており、そこから水槽に出入りできる作りになっている。

 もちろん水が漏れないように魔法による特殊な加工を施してあるし、水温をカメ君好みに調整する装置と中の水を循環させて綺麗に保つ装置も取り付けられている。


 どうせ俺の荷物ってだいたい収納に突っ込んでいるから、収納スペースがあってもゴチャゴチャと使わないものを投げておくだけの場所になるから、散らからないためにも無駄な収納スペースは作らないことにして、最低限の収納スペースとしてあまり大きくない棚を置くことにした。

 その棚の上にも小さな水槽を置いて、壁の上と棚の上でカメ君の好きな方でくつろげるようにする予定だ。


 部屋の壁に嵌め込み式の巨大水槽なんて浪漫の塊でしかなくて、ワックワクしながらペッホ族君達と部屋の改装計画と立ててできあがる日を楽しみにしていたのに、それが今日という日だったために俺の浪漫を詰め込んだ部屋の完成を喜ぶだけの心の余裕がなかった。


 それでも壁の水槽にカメ君が自ら海水を満たし、その中に敷き詰めた白い砂とその上に並べた色とりどりの貝殻が、光源として置かれた青く光る石に照らされている光景は、海の断面を見ているようで沈みかけた心を落ち着かせてくれた。

 今日は手持ちのものを飾っただけみたいだけれど、これから色々飾って賑やかな海にするのかな?

 俺の部屋に海ができたみたいで楽しいな。そしてカメ君が海の中で見ている光景を俺にも見せてくれているようで嬉しいな。


 そうだな……ユウヤを倒して帰ってきたらきっと心に余裕もできているから、俺も新しくなった部屋を弄り倒すんだ。


 壁にでっかい水槽ができたけれど、カメ君のベッドは相変わらず俺のベッドの傍のチェストの上。

 どうやら寝る時はこちらのベッドで寝るらしい。


 俺が作ったベッドを気に入ってくれて嬉しいなー。カメ君はやっぱり俺のことが大好き……つべたーーーーっ!

 わかった、わかったから! 寝るよ! 余計なことは考えないで、明日に備えてもう寝るよ!!

 良い子で寝るから氷をぶつけるのは禁止ーーーー!!


 明日も朝早くに起きるから寝る! 寝るよー! おやすみーーーー!!



 そう明日は早く起きるから。


 来るべき戦いのために。








 夏の夜明けは早い。

 いつも起きる時間はすでに明るさが増し始めている。


 だが今日はいつもよりもちょっぴり……いや、かなり早い。

 目覚ましがなくても自然とその時間に目が覚めたのは、朝の気配を感じると目が覚める習慣が体に染みついてしまっているのか、それとも近付く決戦の時へ向け気持ちが昂ぶっているからか。


 ごく自然に目を覚ますとまだ夜が明ける前。

 だがすでに真っ暗ではなく、少しずつ明るくなり始めている時間。


 音を立てないようにゆっくりと体を起こし、チェストの上に置いている目覚まし時計のまだ鳴らぬアラームを切っておく。

 目覚まし時計のすぐ傍ではカメ君がベッドでピーピーと鼻を鳴らしながら眠っている。


 アラームはいつもよりも早めに仕掛けていたのだが、俺の方が早起きだったようだ。

 やはりかなり緊張しているようだな。


 ベッドから起き出して服を着替えると、真っ黒な剣の姿でチェストに立てかけてあったナナシが形を変えシュルッとベルトの左側に巻き付いてきた。

 ああ、お前はちゃんと連れていってやるから。今日はきっと大活躍することになるから。

 ナナシが巻き付いた部分にそっと手を触れると、いつものようにカタカタと返事が返ってきた。

 

 ああ、行こうか。


「カメェ……?」

 まだくらい中、部屋の明かりも点けず身支度を調えていると、その気配に気付いてベッドの中のカメ君がムクッと起き上がって前脚でゴシゴシと目を擦った。

「起こしちゃったね、ごめんごめん。朝食までは時間があるからゆっくり寝ていていいよ」

「カメェ……」

 そう付けると、眠そうに再びベッドの中にコロンと倒れるカメ君。


 起こしてごめんね、じゃあ行ってくるよ。


 しっかりと装備を調え、音をさせないように部屋を出て静かに階段を下りて朝の鍛錬のため庭へ――ではなくリビングへ。


 ごめんな。

 朝食はキッチンの食品の保存棚の中に用意はしてあるから。

 ワンダーラプター達の朝飯にはまだ早いから、起きてきたジュストに任せよう。


 ごめんな。

 俺があんなものを適当に作っちまったから。

 だからみんなを危険に巻き込む前に俺がパパッと倒してくるよ。


 そう思ってカタストロフィー・スターは俺の収納で預かっておこうと思ったら、昨夜はアベルに邪魔されたけれど、どうせリビングに置いてあるから箱庭に入る時に回収していこう。


 じゃあ、ちょっと行ってくる。

 必ず帰ってくるから。遅くなるかもしれないけれど、必ず帰ってくるから。


 みんなが作ってくれたカタストロフィー・スターがあればきっとアイツに勝てるはず。

 ナナシとチュペも恐かったらついてこなくていいぞ。

 いてっ! あちっ!

 わかった、わかった。やっぱ一人だと恐いから、お前達の力は借りることにするよ。


 だからアイツを倒してお家に帰ってこよう。


 気持ちを奮い立たせながらリビングの扉を静かに開ける。



「キエエエエエエエエエエッ!!」


「ゲエエエエエエエエエエッ!!」


「ゴフゥッ!!」


 リビングに入ると、視覚から全く気配を感じされることなく緑と赤の跳び蹴りが俺の両脇腹に刺さり変な声が出た。


「ははは、やーっぱ来たか。グランもアベルも似たもの同士だなぁ」

「お前も人のことは言えぬだろう」


 正面からはいつものニッコニコカリュオンの声。

 リビングの床、ちょうど扉の前辺りに毛布を被ってゴロンと転がっているカリュオンとその横にあぐらをかいて座っているアミュグダレーさん。

 そしてソファーにはものすごーーーーくふてくされた顔のアベルが転がっている。

 その髪の毛は、寝転がったくらいではそこまでならないだろうってくらいボサボサになっている。


「グラン、もしかして一人で箱庭にいってアイツと戦おうとしてた?」


 ふてくされた顔のアベルがやっべーくらい険しくなって、めちゃくっちゃ鋭い視線で睨まれた。


 って、なんでみんなリビングにいるの!?


「いやー、夜中に目が覚めたからちょっと箱庭に散歩に行こうと思ったら、リビングに親父と苔玉がいて阻止されて諦めてここで寝ることにしたら、アベルがやってきて俺達に強烈なスリープをかけようとしてさ、アベルの後をこっそりついてきていたサラマッ子がアベルの頭を蹴飛ばして、そこから乱闘になってあの頭。ってグランが抜け駆けしないようにカメッ子がスリープをかけるとかって苔玉に聞いてたけど起きちまったのか。ま、グランだしそんなもんか」


 え? もしかしてみんな同じことを考えていたの?


 ユウヤソロ攻略。


 ていうかそんな騒ぎがあったのに、俺ってば部屋で爆睡してた!?

 ナナシに魔力を吸われすぎたせい……じゃなくてカメ君のスリープ!?


「カーーーーーーーーーーーッ!!」


 予想外の状況に何て言っていいかわからずリビングの入り口で立ち尽くしていると、聞き慣れたカメ君の声と共に背中に小さいけれどめちゃくちゃ強烈な衝撃があった。


 こ、これはカメ君のカメさん飛びキック。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る