第983話◆先に謝っておくね
ちょっと偵察にいくつもりがかなりヒヤッとすることになったが、無事に帰ることができたのでよしとしよう。
だがやはりあの割れ目の奥にいる者が、想像以上に恐ろしい力を持っていることには間違いない。
すっごい魔導具を作ってくれているようだが、それでアレを倒すことができるのだろうか?
二度目の邂逅もアレの強大さに気圧されて終わった。
これが前世でやっていたゲームの感覚なら、ラスボス前に時間を掛けてレベルを上げてレベルでぶん殴ることができた。
それで負けてもセーブポイントからやり直すことができた。
だが現実は――。
納得するまで自分を鍛えている時間もなければ、人間の強さには限界もある。
だがゲームのように負けるとやり直せない。
割れ目の上空から離れ別荘へと向かうディールークルム君の背中の上でアイツの強大さを思い出して無言になり、別荘から自宅への扉をくぐる時も表情が無意識に硬くなる。
俺達が箱庭から帰る頃には自室の改装も終わっているはずですごく楽しみなはずなのに、今はそんな気分になれなくて答えの見つからない不安が心の中で渦巻いていた。
そして扉をくぐりリビングに出て――。
硬くなっていた表情が思いっきり引き攣った。
そうだった、仕上げは留守番組に丸投げしたんだった。
仕上げの場に実際にその魔導具を使う者と実際にユウヤの姿を見た者を残さずに、箱庭にいったんだった。
だって仕上げるだけだと思ったから。
扉から出てきて思わず表情が引き攣った俺はまずアミュグダレーさんと目が合った。
が、サッ目を逸らされた。
次はタルバ。
帰ってきた俺達を気にすることもなく、いつもと変わらぬ様子でお茶を飲みながらクッキーをサクサクと食べている。
そんなタルバを見て少し安心……なんてことはない。
タルバってちっこいけれど、あらゆる種族を相手に依頼を受けているせいかすごく肝は据わっているんだよなぁ。
きっとこの落ち着きっぷりも自分はとばっちりを食わないと確信をしているからだ。
そして他の面子。
ラトも三姉妹もカメ君も苔玉ちゃんも焦げ茶ちゃんも最高峰のドヤ顔、やりきった顔である。
引き攣っていた顔の筋肉が更にピクピクとするのがはっきりとわかる。
これ、ホントに箱庭でぶっ放して大丈夫!? 箱庭ごと吹き飛ばない!?
箱庭世界が……ついでに巻き込まれて改装が終わった俺の家がバッドエンドにならない!?
顔が引き攣っている俺の視線の先には、白金に輝く本体にものすごく細かい金色の装飾が刻み込まれた筒が壁に立てかけられている。
それは昨日見た時よりも更に大きく長くなっており、その長さは俺の身長を超えている。
装飾も複雑化しており、その装飾が筒状なこともあって白金に輝く樹の幹とそれに巻き付く蔓のようにも見えた。
その筒状魔導具を操作するためのトリガーが取り付けられている場所から百八十度の位置でドーンと存在感を放つ、赤みの強い金色に輝く宝石ラグナ・ロック。
見た目はすんごくかっこいい。
そして俺達の魔力をこれでもかってくらい吸収して作られたその魔導具の放つ魔力は確実に俺達と相性が良く、俺達なら人間でありながらその神がかり的な魔導具の性能を十分に引き出せるであろうことを確信した。
むしろ十分すぎる。十分すぎてやばい予感しかしない。
「グランよ、よくぞ戻った。強大な混沌に立ち向かうお前達にこれを託そう」
「古より続く技術と力を」
「今という時に集結させて」
「未来を切り開くための希望の星」
「「「「その名は――カタストロフィー・スター」」」」
「カメー」
「キエー」
「モー」
まるで物語の一部をこの目で見ているような光景。
ソファの真ん中にゆったりと腰を掛けるラトと、その左右に寄り添うように座る三姉妹。
聖なる存在が物語の主人公に悪を打ち破る武器を託すシーンを連想するような言葉。
そして最後はラトと三姉妹の声がハモった。
ただラトが酒瓶を抱えていることと、三姉妹の手にクッキーが握られていることと、魔導具がでかすぎて壁に立てかけてあってかっこいいセリフを言いながら指差しているだけであることを除けば。
まぁ、あんなでかいもの手渡しされても困るし、森の守護者が昼間から酒を飲んでいて、女神がクッキーを囓っているくらいが俺の家らしくてちょうどいい。
かっこよくハモったラトと三姉妹の声の後ろで、ハモれなかった鳴き声が微妙な不協和音になって、ただの賑やかしとなっているのも。
その光景に、アイツとの二度目の邂逅で圧倒的な力を見せつけられ重くなっていた心が、少しだけ落ち着いた。
相変わらず顔は引き攣ったままどころか、その筒の名前に更に引き攣ったけれど。
今、何っつった? カタストロフ……。
「ゲエエエエエエエエエッ!!」
その名を頭の中で復唱しようとしたら、突然リビングの扉がバンッと音を立てて開いてサラマ君が駆け込んで来た。
あら、いらっしゃい。そしておかえり。
直前まで気配を感じさせないなんて、さすが子サラマンダーっぽい謎の妖精。
ドタドタとリビングに駆け込んで来たサラマ君は、そのまま物騒な名前の筒の前へいきじっくりと観察するように首を傾げながら筒の周りをウロウロとする。
そして――。
「ゲーーーーーーッ!!」
サラマ君がペカーッと赤く光って、正確にはサラマ君から湧き出た火属性の魔力があまりに強力で赤い光となって、それが物騒な名前の筒に吸い込まれた。
「ゲッゲッゲッ」
「カッ! カメーッ!」
「キエエエエエッ!」
「モギャーッ!」
満足そうに汗を拭うポーズをするサラマ君。
それを見て俺も俺もと集まって同じように魔力を注ぎ始めるチビッ子達。
「あらあら、四大元素はバランスが難しいみたいですわねぇ」
「赤いのが昼間にいなかったから火が弱めだったしね。で、今度は火が突出しちゃったと」
「仲良く増やしていればそのうち均等になると思いますよぉ」
あ、そういう……っていうか上方修正ばかりのバランス調整で大丈夫なのか!?
なんて突っ込んでも、俺には何もできないしバランス調整は任せておこう。
彼らの匙加減を信じて。
「ところで親父よぉ、あれってホントに使って大丈夫なやつなのか?」
さすがのカリュオンもいつものニコニコを忘れて顔が引き攣っている。
「我らが苔玉様を信じるんだ。それと、あれはダンジョンのような場所でしか使わないように。もちろん周囲に巻き込んではならないものがないか確認も怠らないように。これから説明する用法を守って正しく使えば多分おそらくきっとお前達を助けてくれる」
多分、おそらく、きっと。
多分おそらくきっと……いや、間違いなく作った彼らは試運転はしていないだろう。
確実に高威力なのはわかるが、それがどれだけのものかさっぱりなのでちょこっと一度くらい試し撃ちをしたいのだが……俺の勘が言っている――これの試運転を箱庭の外でしてはいけないと。
ゴメン、キノコ君。先に謝っておくね。
ケサランパサラト君とディールークルム君に対ユウヤ用魔導具は試運転をしてから使うように言われたけれど、俺はこれを自宅の近くで試運転したくないし、ダンジョンっつってもどこのダンジョンも冒険者がいるし、そもそも試運転できそうな相手も思い付かないからユウヤで試運転するね。
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