第982話◆身勝手な俺

「げっ、急に速くなった! 移動速度だけじゃなくて再生速度も!」

「うわっ、障壁が壊れそう!」


 急に速度を上げこちらに迫ってきた黒い手の群れをアベルが聖属性の光の槍で次々に貫くが、それらは先ほどよりもずっと速い速度で再生し勢いを落とすことなくこちらに迫り続ける。

 ジュストが展開している聖属性の障壁にそれがぶつかり一度は弾けるように黒い塵となるが、その塵が再び集まり手となって何度も障壁にぶつかる。

 その衝撃で障壁にはヒビが入り始めている。


「根元を叩かないとダメか。ま、今は腹一杯だし逃げ切れる時間を稼げれば十分だし、一発デカイ魔法を使っても大丈夫そうだからやっとくか……いくぜ、ハイエルフ秘伝の大浄化魔法! 聖槍ロンギヌスもどき!!」

 次々と迫ってきてはアベルの攻撃で霧散するもすぐ再生し、ジュストの障壁にぶつかりまた霧散して再生する黒い手の群れに気を取られていると、俺のすぐ横にボンッと強烈な聖属性の魔力の塊が現れた。

 その魔力とカリュオンの声にそちらを振り返ると、頭上に右手を挙げるカリュオンとその手の中にある真っ白い光の槍。

 それがカリュオンの発する聖の魔力が膨張するのに合わせてどんどん巨大化していく。


 いやいや、カリュオンってタンクだよね? その光の槍をほぼ無詠唱で出したよね?

 ほら、魔力オバケのデフォルト無詠唱野郎で生粋の魔法使いのアベルも、ものすごぉぉぉぉぉく微妙というか悔しそうな顔をしてるぞ。

 タンクなのにそんな巨大魔法まで仕えるなんて、魔法が使えないなんちゃって勇者の俺が嫉妬しちゃう!! 生粋の魔法使いのアベルも多分嫉妬してる!!

 これだからカリュオンは! カリュオンだから仕方ない!!

 ていうかもどきって何だ、もどきって!? もどきってことは本物もあるの!?


 で、そのカリュオンの魔力によってどんどん巨大化する光の槍が、カリュオンの身の丈を超えるほどになったら――投げたーーーー!! というか、落としたーーーー!!


 ああ~、白く輝く聖なる魔力の槍が森に向かって落ちていく~!!

 ま、聖属性だから生きている者にはダメージはないから問題ないか。心も体もちょびっと綺麗になって、やましいことがあったら懺悔したくなるくらいだ。


 カリュオンが地上に向けて落っことした聖属性の魔力の槍が、眼下に広がる緑の森に吸い込まれるように落ちていく。

 そこには俺達の方に迫ってきている黒い手の源となっている沌属性の黒い霧が溜まっている。

 その黒い霧の中に聖の魔力の槍が突き刺さり――。


 ドオオオオオオオオンッ!!


 聖と沌、真逆の属性の魔力がぶつかり合い打ち消し合って、俺達の遥か下方で激しい魔力爆発が起こりその爆音と振動がここまで届いた。

 その爆発で黒い手の源であった森を覆う黒い靄は霧散し、こちらに伸びてきていた黒い手もアベルの魔法に貫かれ塵となって飛散し、源を絶たれたそれらは今までのようにすぐには再生する様子を見せなかった。


「やったか!?」


「今のはマジ全力だったからやってないと困る。いや……やってないと思うが、とりあえず逃げる時間は稼げるはずだから逃げるぞ。はー、いっきに腹が減ったから夕飯はガッツリ肉で頼むぜ」


 その爆発で消し飛んだ森の靄とアベルの魔法で次々に撃破される残っている黒い手を見ながら無意識に安堵の言葉が漏れる。

 すぐ横ではカリュオンが大きく息を吐き出してガックリと脱力する気配がした。

 任せろ、夕飯は肉々しくしてやるぜ!


 やっぱりいつも頼りになるカリュオンのおかげで一件落着だと思ったのだが――。


「え? 嘘!? まだ再生するの? って、一匹だけなのに素速い!」

「あ、障壁がっ!」


 飛び散った塵が再び一箇所に集まり、一匹の真っ黒なイカやタコのような触手が何本もウネウネとする姿となってこちらに突っ込んでくる。

 アベルの放つ攻撃魔法の間を掻い潜り、ジュストの展開する聖属性の障壁を体当たりでぶち破りながら触手を大きく広げて。

 その狙いはきっと、沌属性で侵食しやすいディールークルム君。

 ディールークルム君を乗っ取ってしまえば、背中に乗っている俺達は落っこちるしかないから。


「させるか! 起きろナナシ!」


 腰のベルトに手を掛けると、即座に魔力を吸い上げる感覚と共にナナシが目を覚まし、俺の手の中の白と金の装飾と透き通ったクリスタルの刃のナナシが収まる。


「いくぞ! いや、いけ! ナナシ!!」


 俺はディールークルム君の背中の上から、イカだかタコだかのような真っ黒い触手の塊に向かってぶん投げた。


 ごめんな、ナナシ。

 ディールークルム君に蔦でグルグル巻きにされていなかったら、チュペやケサランパサラト君を信じて飛び降りてあのイカだかタコだかわからない奴を斬り捨てていたんだけど、蔓がグルグルと体に巻き付いていて飛び降りられないからぶん投げちゃうね。

 お前くらい粘着質な魔剣なら、空の上から投げたくらいなら戻ってくるだろ?

 適当にぶん投げたけれどナナシの力でなんとか当たってくれ!!


 ナナシを投げる瞬間ものすごく反抗的なカタカタを手のひらに感じたが、後で魔力をご褒美にたっぷり吸わせてやるから、とりあえずその触手がディールークルム君に張り付く前に倒してくれ!

 信じているぞ、ナナシ!!


 俺がぶん投げたナナシは俺のエイム力の高さか、それともナナシパワー故か、外れることなく漆黒の触手を貫いた。

 その瞬間、何か聞こえたような聞こえなかったような……だけどチクッと胸が痛んだ。


 アレは俺が作り出した、ひたすら力と強さだけを追求した以外何もない中身は空っぽの存在。

 アレが存在する理由など全く考えず、ただ破壊と終焉の化身をイメージした最強で最悪の存在。

 いわゆる純粋な悪……いや、善とか悪とかすらもない存在かもしれない。


 そんな奴だから懺悔や後悔などほぼ皆無のはずだ。

 だからナナシで斬ったところで何も聞こえない、何も痛くない。


 もし痛みがあるのなら、それを最悪の存在として作り出しておいて、箱庭や俺達にとって最悪だという理由で始末をしようとしている俺の身勝手さへの懺悔。


 そう思うと更に胸がチクチクとしたような気がした。


 無意識に胸に手を当てる俺の視界ではナナシに貫かれた触手は塵のようになって霧散し、もう二度とそれが形を成さないようにチュペの炎とケサランパサラト君の眩しい光がそれを消し去った。


 黒い塵がディールークルム君の周囲から完全に消えたのを確認しあの割れ目の方へ目をやると、割れ目の奥の赤い二つの光が目蓋を落とすように細くなり漆黒の中へと沈んでいった。


 身勝手かもしれないが、やはりお前はそこにいてはいけない。

 しかし箱庭と同化してしまったからには元のスゴロクには戻れないだろう。


 だから作り出した者の責任として、俺はお前を倒さなければならない。

 

 身勝手だな――。



 ゴスッ!!


「イデッ!!」


 赤い光が消え、漆黒だけになった割れ目から目を反らせずにいると、左の脇腹に細いものの先端がぶつかってくる感覚があった。

 その後にものすごい勢いで吸われる俺の魔力。


「ぐええええええええ! ごめん、ぶん投げてごめん!! でもそれしかなかったんだ!! うおおおおおおお……勝手に右手の中に収まって吸い付いてはなれねえええええ!! ぎえええええ、魔力吸い過ぎいいいいいい!! せめて夕飯が作れるくらいは残しといてくれーーーー!!」


 やっぱり戻ってきたナナシが柄の先端で俺の脇腹に突っ込んできた後、クルンと回転してナナシを投げた時のまま何も持っていない右手にスポッと収まった。

 そして魔力をチューーーーーー。


 あああああ、ごめん! ごめんって! ぶん投げたのは悪かった!

 でも俺のことが大好きなナナシなら絶対戻ってくるとわかってたんだ!!

 その鍔の綺麗な翼の形のような装飾もただの飾りじゃないと信じていたんだ!!

 ぎゃーーー、魔力吸いすぎーーーーー!!



 一時的だろうがあの黒い靄が晴れているうちに俺達は速やかに割れ目上空から離れた。

 昼間の長い季節で日没までにはまだ数時間あるが、日すでに西に大きく傾いている。


 夜は闇と混沌の時間。これ以上夜が近くなる前にあそこから離れなければならない。

 夜が近くなるともう逃げ切れないかもしれないから。


 だから撤退するよ。

 決着は明日だ。


 お前が弱い時間を狙うのはズルいかもしれないが、俺達は負けるわけにはいかないのだ。


 だから明日まで待っていろ。


 明日こそ決着をつけようか。



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