第980話◆ユグユグちゃんの木陰で
ユグユグちゃんに木の実弾幕を食らい、ついでにアベルとも遊んでいい汗どころか汗だくになってそれなりに小腹も空いた。
そしてクソ暑い中で動き回って喉も渇いた。
そんな火照った体と渇いた喉に効くのは――。
「くああああああああああ、作って来ておいてよかったーーーーーー!! キリッとした苦みがきもっちいいーーーーー!!」
黄色みの強い澄んだ緑色をしたお茶を小さめのグラスでグイッと煽ると、ほどよい苦みと共にキンキンとした冷たさが口の中から喉へと流れ込んでいく。
これはリリーさんに売ってもらったお茶――緑茶。
しかも結構な高級品で、少しオマケをしてもらったがやはり庶民にとっては良いお値段のやつ。
それをカメ君に出してもらった綺麗でつめたぁ~い真水で水出ししたものだ。
スッキリと心地の良い上品な苦みが、記憶の奥深くを刺激して懐かしさを感じさせる。
そしてその上質な茶葉でしか味わえないだろうと思われる上品な苦みは、トレント・ワラビィから採取したデンプンの割合が多めのワラビィ餅との相性が抜群だあああああああ!!
何が最高って、ワラビィ餅の上にたらしたほろ苦くてクソ甘い黒蜜と緑茶が互いの美味さを引き立て合っていることにだけではなく、それらの香りの相性も良く夏の日差しに火照った体に心地の良い爽やかさを与えてくれる。
ワラビィ餅とち緑茶の組み合わせは、これぞ夏のティータイムのための組み合わせと思ってしまうのは前世の記憶の影響だろうか。
「え……ちょっ!? 何これ、何これ何これ何これ!? やばいよ、これ!! このお茶はリリーさんのところの緑のお茶だよね!? え、うそ……どうやっても紅茶が渋くなるグランが淹れたお茶だよね? 確かに渋みがあるけどその渋さが味わいになっていて、甘いワラビィ餅を食べながら飲むとワラビィ餅とソジャ豆の粉の甘さを引き立ているうえに口の中に残って後に引く甘さを打ち消して最後はスッキリみたいな。何これ、ワラビィ餅のためのお茶みたい。しかもこめかみが痛くなりそうなほどキンキンに冷えているのがすっごい合うよ。ええ……これはティータイム革命が起きちゃう! ちょっと、グラン!! ワラビィ餅とソジャ粉、それからリリーさんを巻き込んでこのお茶でユーラティアのティータイムに革命を起こしてお金持ちになるよ!!」
ワラビ餅を口に運び、その直後にお茶を飲んだアベルの反応がこれ。
暑くてグッタリした表情からの驚きの表情、そして真顔へ。その後は必死。
とりあえずキンキンに冷えた緑茶を流し込み、その冷たさが消えぬうちにピックで食べやすいサイズに切り取ったワラビィ餅を口に含んで、苦さと甘さのコントラストを楽しんでいた俺に向かって怒濤のような早口で巻くし立てるアベル。
さすがに早口すぎて、暑さでホッカホカになっている頭の中を言葉が通り抜けていくだけになってしまい、最後のお金持ちになるよしか理解できなかった。
なんだかよくわからないけれど、金が増えることなら何でもやるよ!
「確かにこの品のある甘さと、上品な苦みの茶の相性は親父が好きそうなやつだなぁ。味は俺も好みだが量的な意味でもの足りないから、やっぱ腹に溜まるものが欲しいな。揚げたパンも持ってきてるなら、そっちも欲しいな。あれもきっとこのちょっと渋い茶に合いそうだな」
カリュオンはやはり量が重要だったか。
ワラビィ餅はたくさん食べるものじゃないし、そもそも量もないかなぁ。
ガッツリとなるとやはり揚げパン。
そうだ、俺だって揚げパンが食べたくて揚げパンを作ったんだから揚げパンも食べなきゃ。
「黒蜜好きぃ……ああ~、お餅に黒蜜ときな粉ぉ……大好きすぎて無限に食べちゃう。親戚のおじさんがお土産で持ってきてくれていたお餅を思い出します。あれはワラビィ餅とは少し違う餅だった気もしますけど、やっぱりお餅にきな粉は最高ですよね。ああ~、寮の友達にお土産にしたい~。グランさん、ワラビィ餅ときな粉少し分けてもらえませんか!? もしくは作り方を教えてください! あ、作り方がわかったら寮の友達と作るのも楽しいかもしれない!」
ジュスト、それはきな粉じゃなくてソジャ粉だ!!
いや、きな粉の方が俺も言いやすいから、俺の代わりにきな粉という名称を定着させてくれ!
それからお土産のワラビィ餅とワラビィ餅の作り方を書いたメモも渡すけれど、寮でワラビィ餅作りは、ジュストの運の悪さから考えて大ハプニングになりそうだから、ワラビィ餅作りは信用できる大人と一緒にやることを勧めるよ。
ユグユグちゃんの木陰にテーブルと椅子を出して、みんなで楽しいティータイム。
吹き抜ける風が汗と共に体温を攫っていき、直射日光に照らされ熱を持っていた体を冷ましてくれる。
ユグユグちゃんもワラビィ餅と冷たい緑茶ですっかり機嫌が直ったよう。
ワラビィ餅の後は揚げパンもあるからねー、しばらく会えなかった分たくさん食べてね。
ケサランパサラト君とディールークルム君は毎日何かしら食っているから少しは遠慮しろ!
俺が寝落ちした日にアベル達と揚げパンを食っただろ! 俺の知らない揚げパンを!!
あの日のことを思い出したら揚げパンが猛烈に食べたくなったので、ワラビィ餅の後は揚げパンのターン。
ホントはこんなことをしていないで、迫っているユウヤ君との戦いに備えなければいけないのだが、この心地が良い時間から体を動かしたくない。
激しくて厳しい戦いが待っていることは明らかなのに、無駄に時間だけが過ぎていく。
だけど不思議なくらい焦る気持ちはなく、体が戦いの準備に舵を切ろうとはしない。
この無意味に流れていく時間の心地よさに、ボーッと身を任せていたい。
それは平和である証拠だから。
無駄なことはいい。
それに意味や理由を求めなくていいから。
理由や義務感に追われなくていいから。
ただ好きだとかやりたいって思ったことを受け入れているだけだから。
それが心に余裕を作ってくれるんだ。
だから無駄なことほど楽しいし、無駄を楽しめる余裕を持ち続けたい。
今の俺にそれはあるか?
気心知れた友人とのくだらない煽り合いや木陰のティータイムが、強大な敵との決戦前の余裕が失われかけた心に穏やかさを取り戻してくれた。
だから一息ついたら、決戦の準備を始めようか。
「あの割れ目の沌の魔力を祓う魔導具が今日にも完成するらしいんだ。だからきっと明日の昼には――だから今日の明るいうちに一度下見にいこうと思うんだ。明るいうちなら沌の力も弱まってると思うしさ、もちろんアイツに挑むのも明日以降の昼間だな。それでさ、ディールークルム君に近くまで乗っけていってもらえないかなって。あ、でもディールークルム君は一度あの混沌に侵食をされかかったから、やっぱあそこに近付くのは恐いよね。ごめん、俺が無神経だっ……いだっ!」
ワラビィ餅を食べ終わり、揚げパンも完食。
作ってきたつめたぁ~い緑茶もほぼ空になり、ティータイムも終了ムードになってきたタイミングを見計らって、この後の予定と空を飛ぶことのできるディールークルム君にお願いを切り出した。
切り出したはいいが冷静に考えるとディールークルム君は、一度あの混沌に侵食をされたからトラウマが残っているかもしれない。
と、俺なりに気を使ったのだが、ヒュッと伸びてきた鞭のような蔓でピシッと叩かれた。わりと強く。
そしてディールークルム君がスクッと立ち上がりテーブルから離れたところで、あの夜俺達を背中に乗せてくれた鳥のような姿に変形をし、翼の部分でちょいちょいと手招きのような仕草をした。
「お、連れていってくれるのか。ありがとう! でも恐かったりやばかったりしたらすぐ引き返していいから……いてっ! いてててててっ! だからなんでペチペチするの!」
「そりゃ、グランが余計なことを言うからでしょ。それから、今日は絶対に落っこちないでよね」
「え? 落ちない! もう落ちない!! 空の上では大人しくしとくよ!!」
なんだかわからないけれど鳥型になっても蔓でペチペチしてくるディールークルム君と、先日のことを蒸し返して眉間に皺が寄るアベル。
ディールークルム君も俺が落っこちないか心配してくれてるのかな!? いだっ! またペチッとされた!!
「んじゃ、片付けて偵察にいくかぁ。っつって、グランの収納スキルに詰め込んで終わりだけど。ん?」
「帰ったら洗い物は手伝いますよ! わっ!?」
テーブルやら椅子やら、汚れた食器やらあるけれど、収納スキルがあれば片付けも一瞬。
洗い物は帰ってから! え?
「え? 君達、元はゴーレムだと思ってたけど加護を与えることもできるの?」
俺が収納に食器やテーブルを突っ込み始めた直後、キラキラと金色や銀色や紫色の光の粉が降り注いだ。
そしてアベルはそれを加護だと言った。
俺の視界にはサワサワと風に葉を揺らすユグユグちゃんと、元はテーブルがあった場所でモサモサと体を揺らすケサランパサラト君、鳥型で俺達を待ちながら翼を広げるディールークルム君からその金や銀や紫の光の粉を舞い上がっているのが見えた。
応援してくれているのかな? それともおやつのお礼かな?
ああ、もちろん頑張るよ。
すっかり小さな世界になってしまった箱庭を壊さないために。
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