第979話◆決戦の前に立ちはだかる者

 昼食の後は予定通り箱庭へ。

 ここ数日夜ばかりで会えなかったユグユグちゃんにまずは会いに行って、この間ディールークルム君から落っこちた時に助けてもらったお礼をしっかりするつもりだ。


 その後は明るいうちにあの裂け目をチラ見に行く予定。

 そう、明るいうちに。

 沌の魔力と相性の悪い光の魔力と、光の魔力と相性のよい聖の魔力が満ち溢れ時間に。

 聖の魔力が満ち溢れ、聖の魔力と相反する沌の魔力が弱まるこの時間に。


 混沌に沈む者の力が弱まるこの時間に。


 深淵の闇の奥深くまで光が差すこの時間に。


 光に照らされた混沌の底にいる者の正体を暴くために。


 それを打ち倒すために。




 ――が、その前に立ちはだかる困難があった。




「アッ、痛い! ユグユグちゃん久しぶり!? この間、助けてもらった時以来だよね!? 最近は昼間は働いていたり、うっかり寝ちゃったり、昨日は不思議なチビッ子達に魔力をチューチューされて力尽きちゃったんだ! ああ~、ピシピシはちょっぴり痛いけどなんか微妙に刺激的で気持ちいいかもしれない! アッ、ごめん! ごめんって、助けてもらったのにすぐにお礼を言いにこれなかった俺ってば、悪い男~~! 謎の木の実ピシピシぶつけられるのはちょっぴり痛いけど、新手のマッサージみたいで気持ちいいかも~!! あと、木の実はありがたく貰っちゃう!! それより、揚げパンを持ってきたし、ワラビィ餅もあるよ! 今日はきな粉……ソジャ豆の粉味!!」



 困難――それはめちゃくちゃご機嫌斜めのユグユグちゃん。



 箱庭にやってきた俺達はアベルの転移魔法でユグユグちゃんのところに向かったのだが、転移魔法でユグユグちゃんの前に到着した俺を待っていたのは木の実による集中攻撃だった。

 アベル達にもペチペチと当たっているのだが、俺だけやたら高密度で木の実弾幕が飛んできた。


 もしかして落下事件の後から今日まで日が空いたのを怒ってる?

 ごめんね、仕事だったり魔力を吸われたりで昼間に来ることができなかったんだ。

 俺に会えなくて寂しかったのかな?

 いや~、照れるなぁ……痛っ! 痛たたたたたたたたたたたっ!!

 でも微妙に手加減してくれているっぽくて、ペチペチ当たる木の実な何となく午前中の料理で凝った肩や腕に効いているようで気持ちいい!


「え? ワラビィ餅? ワラビィ餅ってこの間のトレント・ワラビィの根っこから作ったって言ってたやつだよね? ソジャ豆の粉味!? 食べる! 絶対食べる! 今日のおやつはそれに決まり! いたっ! 流れ木の実がこっちにもきたけど!? 俺は悪いことは何もしてないんだから、ちゃんとグランを狙って!! ていうかカリュオンの後ろにいこーっと」


「ソジャ豆の粉……つまり、きな粉のワラビ餅!? やった、夏はやっぱりワラビ餅ですよね! そしてワラビィ餅と言えばきな粉! あ、僕もカリュオンさんの後ろに~」


「んあ? 木の実は全く痛くないから別にいいが、鎧に当たるとカンカンうるせぇんだよなぁ。というわけで、ユグユグの樹のご機嫌取りはグランに任せるぞぉ。おっと、悪ぃなグラン。今日の俺の後ろは二人用なんだ」


「ソンナー!」


「そーだよ、ユグユグの樹がご機嫌斜めなのはグランのせいなんだから、グランがちゃんと宥めてきて。だいたいグランが空の上から落っこちたのが原因なんだから。あ、思い出したらムカついてきた! えいっ!」


「いてっ! あっちもこっちもいててててててっ!」


 カンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンッ!!


 アベルとジュストがカリュオンの後ろに逃げ込んだため、カリュオンに当たる木の実が倍増して木の実がバケツにぶつかる音も倍増。

 しかしフルアーマーカリュオンの後ろに逃げるのは名案。

 猛烈に木の実弾幕を食らっている俺がカリュオンの後ろに逃げ込めばやばいくらいうるさくなりそうだが、痛いよりうるさいのがマシである。

 と思って逃げ込もうとしたらお断りをされたうえに、先日のことを蒸し返して勝手に機嫌が悪くなったアベルに氷をぶつけられた。


「もー、あの時は悪かったって。ユグユグちゃんもあの時のことでご機嫌斜め? その後、すぐに俺が会いに来なかった更にご機嫌斜め? 心配かけてごめんね、助けてくれてそして心配してくれてありがとう」


 氷まじりの木の実弾幕を食らいながら、ずっと伝えたかった感謝を伝えると木の実弾幕が少し弱まった。


「いや~、機嫌が悪くなるほど心配してくれるなんて、ユグユグちゃんはもしかしなくても俺のことが大好きだったりする? いや~、照れるぅ~……いだっ! いだだだだだだだっ! 急に木の実弾幕の威力が! いだだだだだだだっ!」

 調子に乗って余計なことを言ったら、木の実弾幕の威力が弱まる前より強くなった。


「グランは全く反省してないみたいだね。ユグユグちゃん、もっとやっちゃっていいよ。俺も援護するから」

「いだっ! ユグユグちゃんは可愛いから許すけど、アベルはどさくさで氷を飛ばしてんじゃねえ! 収納の中に溜め込んでいる秘蔵の小石を投げ返すぞ!!」

 どさくさで氷をぶつけてくるアベルは可愛くねーから許さねーぞ!

「いたぁっ! なんで小石なんか収納に入れ……いたっ! ちょっとぉ!! 痛いでしょ、いたたたたたたたたっ!」

 そぉれ、俺の収納には小石の貯蓄は十分あるぞ~!!


「ひえ、木の実だけじゃなくて小石の流れ弾がこっちにも」

 お、すまん。アベルと一緒にカリュオンの後ろにいるからジュストにも当たっちまった。

 そこは場所が悪いから、ヒーラーらしく防御魔法でも使って自分で何とかしてくれ。

「カンカンうるせぇし、盾でも使うかー」

 もちろんにカリュオンにも小石が当たってカンカンが更に倍。

 は? カリュオンがあのデカ盾で光の盾を出しちゃうの!? 魔力の無駄遣いーーーー!!


 そして真夏の真っ昼間、炎天下の中で俺とアベルの小石と氷のぶつけ合いがエキサイトすることになった。








「はーもう、暑い中グランに付き合ったら汗だくだし、魔力も消耗して小腹が減っちゃったよ」

「だいたいお前がどさくさで氷をぶつけ始めたのが原因だろ!」


 Aランク冒険者同士のチマチマとした小石と氷のぶつけ合いなんて、無限に決着が付くわけがない。

 だんだん暑さが辛くなってきたところで、俺もアベルも肩で息をしながら攻撃をやめてこれで終戦。


 俺とアベルが遊んでいるうちにユグユグちゃんの機嫌は直ったのか木の実弾幕はいつの間にか終息し、飛び交う小石と氷に巻き込まれているだけだったカリュオンとジュストも気付けばユグユグちゃんの木陰に移動して寛いでいた。

 この騒ぎに釣られやって来たのか、ケサランパサラト君とディールークルム君の姿もユグユグちゃんの木陰に見えた。


 木陰ズルい! 俺も木陰にいくー!! 涼しそうなユグユグちゃんの木陰に入れてくれー!!


「おーい、グランー。遊んだら腹も減ったろー、さっき言ってたワラビィ餅で休憩しようぜ」

 いや、カリュオンとジュストはすでに木陰で休憩していただろ!?



 そうだな、とりあえず汗だくだし動いて腹も減ったしおやつタイムにしようか。


 ん? ユグユグちゃんどうしたの? 俺の方を見ている?

 ああ……アベルと小石と氷のぶつけ合いをしていたことかな?


 そう、とても無意味で無駄なこと。無駄なことだけれど、仲がいいからできる遊び。気心が知れているから、子供みたいにはしゃいじゃう。

 そ、無意味で無駄なことではしゃげるのは、仲がいい証でもあるんだ。


 ユグユグちゃんが欲しいと言っていた無意味で無駄ってやつにこれも入る?

 でも無意味で無駄って結構楽しいだろう。


 無意味に無駄に遊んで、ちょっぴり疲れて小腹も減って……そしたらおやつがすごく美味しくなるんだ。


 ほら、無意味も無駄もちょっぴり楽しくて毎日を豊かにしてくれる。


 じゃ、無意味で無駄で楽しくて美味しいおやつの時間にしようか。



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