第978話◆嵐の前の騒がしさ
「ちょっとお! そのヤキソバってやつは俺がパンに挟もうと思っていたのに、何でそのまま皿に取ってどんどん食べちゃってるの!! ていうか野菜もちゃんと食べなよ、野菜も!! 君達、最近お腹がタプンタプン……いたっ! 冷たっ! いたっ! あ、カリュオンまでカラアゲばっかり食べて! お父さんを見習ってバランス良く食べなよ!!」
「ははは、アベルだってヤキソバってやつと唐揚げばっか食ってんじゃねーか。あと、親父はハイエルフだから肉より草派なだけだ。おう、カメッ子はウインナーが不人気だから独り占めできて……ぐおっ!?」
「いや、草派というわけではないが野菜は嫌いではない……んな!? 苔玉様、野菜は嫌いではないだけで好きというわけでもないので、私の皿にレタスの苦い部分を移動させるのはおやめください!」
「うぉい、食事中にぶざけんなー。行儀良くしねーと夕食は野菜マシマシにするぞー。肉ばっかり食ってるとバランスを考えてやっぱり夕食が野菜マシマシになるから、バランス良く食えー。俺はちゃんと見てるからなー、アベルが焼きそばと唐揚げばっか食ってんのも、カリュオンが唐揚げとコロッケばっか食ってんのも、チビッ子達がパンに挟むのをやめてそのまま食い始めるのもちゃんと見てるぞー。一番年下のジュストが一番野菜と肉系の具材をバランス良く挟んでるぞー。ジュストはやっぱり偉いなー、そんなジュストには後でこっそり練乳を挟んだパンをあげよう。好きだろ? 細長いパンの間に練乳が入ってるやつ」
「も、オイラは賢いモールだから知ってるも。犬コロかグランの真似をすればだいたい美味しいも」
「はい! お惣菜系のパンはレタスを敷くように挟んでから、メインの具材を挟むと美味しいんですよ。ほら、この砂糖醤油味の牛肉とかレタスを先に挟んでからお肉を挟んで、最後にマヨネーズをかけるとすっごく美味しいんです。レタスと甘辛い牛肉とマヨネーズの組み合わせって最高ですよね! あ、練乳入りのパンは大好きです! 食べます、食べます!」
「え? 練乳入りのパン!? 俺も練乳大好きだから欲しい!」
「カーッ!」
「キーッ!」
「モーッ!」
「デザートの練乳入りパンは、ちゃんと野菜と肉をバランス良く食べた人だけ! だから、好き嫌いしないでバランス良く食べること!」
「私達は人じゃないから練乳というのが入ったパンはなしなの?」
「女神差別は悲しいですわ」
「グランはひどいですぅ」
「うむ、シャモア差別も良くないぞ」
「あああああああああ、違う! そうじゃない! そうじゃないから好き嫌いなくちゃんと食べて、最後は練乳を挟んだパンで締めような!」
今日のランチは一段と賑やかというか騒がしいなああああああ!!
アベルは相変わらずチビッ子達を煽って、木の実やら氷やら小石やらぶつけられているし、なんかカリュオンまでカメ君を煽って氷をぶつけられているし、苔玉ちゃんはレタスの柔らかい部分だけ取ってパンに挟んで、苦い汁がでてくる固い部分はアミュグダレーさんのパンの中に転移させているし、食事の時はお行儀良くしろーーーー!
バランス良くパンに挟んで、美味しい食べ方をしているジュストを見習えーーーー!
どこかにでかけてしまったサラマ君や箱庭のキノコ君やガーディアン達の分は、俺がバランス良くおかずを挟んだものを別に作って残してある。
おかずパンは好きなものを詰め込めるのも楽しいけれど、美味しい組み合わせを見つけるのも楽しいんだよおおお!!
ていうか好き嫌い禁止! 食事中の攻撃魔法は禁止!! 転移魔法で野菜を押しつけ合うのも禁止!!!
偏食ばっかりのうえにお行儀の悪いことをしていると、ソジャ豆もあることだし夕飯は野菜マシマシ精進料理にするぞおおおおお!!
確かにチビッ子達もなんかふっくらしてきたし、それを指摘したアベルも最近ズボンがパツパツしている気がするので、ヘルシーな精進料理の日があってもいいかもしれない。
え? 精進料理って何だ!? おいこら、転生開花ーーーー!!
って、思ったけれど料理のことなら別にいいや。精進料理にはそんな苦い想い出はないし。
お昼ご飯は好きなおかずをパンに挟む、おかずパンバイキング。
こうなることは予想されていたがみんな自分の好きなものに偏っていき、チビッ子達なんかもはやパンに挟まずおかずばかりを食べている。
パンだけでお腹がいっぱいにならないようにパンは小さめにしていたのに……。
ちゃんとおかずをパンに挟んで食べているアベルとカリュオンも肉に偏っている。
そんなに偏った食べ方ばかりをしていると、もうバイキング形式はやらないぞおおおおお!!
俺が楽だからバイキング形式は好きなのに!!
気がつけばこんな大所帯、食事の時もそれ以外の時もいつも大騒ぎ。
だが、それがいい。
今日はいつにも増してみんなのテンションが高いのはあの魔導具が完成に近付いているからだろうか。
アミュグダレーさんの話では今日中にも完成しそうだとのこと。
あの魔導具が完成するということ、つまりついにあのやっべー沌属性の存在との戦いの時がくるということ。
それがもう明日であるかもしれないということ。
そう思うと少し怖じ気づきそうになった。
あの日見た圧倒的な漆黒の闇を思い出して。
俺がスゴロクのラスボスとして適当に作り出した存在。
ゲーム――特にロールプレインゲームが好きだった前世の記憶を元にできるだけ強く、かっこ良く、簡単には倒されないように、戦う相手に絶望を与えるようにと思いながら考えたスゴロクのボス。
だってボスは強ければ強いほど倒しがいがあるし、強いボスを倒してすっごい報酬を手に入れるのが楽しいから。
ゲームのボスがどんなに強くて何度負けても、ゲームだから何でもやり直せるから。
俺の作ったスゴロクもそう、負けたらちょこっと持ち物と強さをマイナスされてマスを戻されるだけ。
そして前世のゲームと同じようにキャラクターを強化して、再び戦いを挑む。
負けてもやり直せるから。勝てなければ勝てるまでレベルを上げればいいから。
それはゲームだから。スゴロクもゲームだったから。
しかし箱庭は現実。
プレーヤーは俺達という生きた存在で、箱庭の中にはキノコ君一家という生きた存在がいる現実。
ガーディアン達だってそう。
元は作り出したゴーレムだけれど、ちゃんと自我があって感情もある。
それはもう命と一緒。
ゲームではなく現実。
ゲームのようにやり直しはできない。
ゲームのように簡単には強くなれない。
負ければそこで終わり。
蟻がライオンに勝てるわけがないように、絶対的な力の差を覆すことはできない。
それが現実。
その現実に、ゲームの理不尽なボスを持ち込んでしまった。
勝てるのか?
いいや、勝たなければいけない。
俺が始まりだから。俺の責任だから。
だけど負けたら終わり。勝てるという保証なんてない。
ラトや三姉妹、チビッ子達にタルバとアミュグダレーさん、カリュオンも手伝っていたし、アベルもジュストも参加して、俺も最初にちょっとだけ手伝ったし材料も提供した、あの魔導具があればきっと――しかし現実には絶対なんて言葉はない。
魔導具が今日にでも完成すると聞き、決戦が目の前に迫り心が震えていた。
それを悟られないように、そして自分でも認めないように、できるだけ明るく振る舞う。
俺以外の奴らはどうなのかな?
カリュオンはいつも先頭を切って敵に突っ込んでいくのが仕事だから、今日の騒がしさもきっといつものやつ。
アベルは強い相手には慎重すぎるほど慎重。絶対勝てると確信がない時は戦いを避ける傾向があるから、今こんなに大騒ぎしているのは迫る戦いに勝利する自信があるから?
ジュストは……まだこの世界に来て日が浅いから、俺達が不安そうにしていなければ安心だと思っていそうだ。
不安で落ち着かないのは俺だけかな?
不安で落ち着かないから、昼飯の間中みんなと一緒に大騒ぎをしていた。
明日も明後日も明明後日もその先も――この楽しいランチタイムがずっと当たり前でありますように。
※ニコニコとカドコミでコミカライズ8話前半が公開されてまーーーす!!
アベルのあんな姿がっ!!!!
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