第975話◆妖精のミルク

 アベルの部屋に色々物を置きまくって小言を言われまくった後は、カリュオンとジュストの部屋を覗いた。

 カリュオンはうちに滞在するようになって日が浅いし、ジュストも夏休みで帰ってきた時に屋根裏をマイルームにしたばかりなので二人とも荷物が少なくて部屋が散らかる以前の問題だった。


 物が少なくて殺風景だと落ち着かないだろうから、もっと気合い入れて物を溜め込んで散らかしていいんだぞぉ。

 改装が終わったら、思う存分散らかしてくれ。変な虫が湧いたりカビや謎キノコが生えたりしない程度で。


 ああ、このうるさいくらいに賑やかな生活は気に入っているから、遠慮しないで思う存分居着いてくれて構わないぞ。


 この賑やかさに慣れちゃったからさ、いきなり一人暮らしに戻るとちょっぴり寂しいかなって。

 改装して家も広くなったから……そこに一人は寂しいもんな。


 おっと、余計な心配をしてちょっぴり不安になるところだった。

 いつまでもはなくても、まだしばらくは賑やかな生活が続きそうだから寂しいことは考えない!


 そんなことを考えていないで夕飯の準備にとりかかろう。

 部屋を片付けたり、アベルの部屋を荒らしたり、ジュストとカリュオンの部屋を覗いたりしているうちに日はすっかり西に傾き、ギラギラとした夏の西日が窓から差し込んでいた。





 真夏の夕方のギラギラした日差しはまだまだ強い熱を持ち、その日差しが庭で作業をする俺にジリジリと突き刺さる。

 俺は今、汗だくになりながら庭で料理をしていた。


 まだまだ鋭い日差しと、目の前のピザ窯の熱に晒されながら超汗だくでピザを焼いている俺。

 先ほどまでみんなしてして真夏のピザ作りを見にきていたのだが、アベルがすぐに暑いと言って家に戻っていくとタルバとカリュオンもそれに続き、トイレの妖精から立ち直ってビザ窯を見にきていたアミュグダレーさんも強い火属性は苦手だと窯から離れていった。


 ああ、ピザ窯の炎はサラマ君が着火してくれたから、なんかすっごい猛々しい火の魔力を感じる強い炎だね。サラマ君チビッ子なのにすごいなー。

 あまりに猛々しい炎すぎてソウル・オブ・クリムゾンにどんどん火の魔力が蓄積しているよ。

 その蓄積した火の魔力はチュペがせっせと吸収しているみたいだから、ソウル・オブ・クリムゾンから火の魔力が溢れることはなさそうだけど、チュペが火の魔力を吸収しすぎてぽっちゃりしないか心配である。


 カリュオンとアミュグダレーさんが戻れば、彼らと仲良しの苔玉ちゃんも一緒に戻っていき、苔玉ちゃんと仲良しのチビッ子達も家に戻っていった。

 え? カメ君、一緒に料理をしてくれないの? 水属性のカメ君にはピザ窯前は暑すぎる?

 ていうか着火したサラマ君も一仕事終えたみたいな顔で涼しい家の中に帰っていくんだ……。


 うんうん、色白で可愛い三姉妹は日焼けしたらいけないからお家で待っていて。

 それと酒を飲みながらピザ窯を見ている酔っ払い番人が、火に酒を注がないようにつれて帰ってリビングで寝かし付けておいて。

 そうそう、番人様は暇な方が森が平和ってことだろ? つまりラトがその辺に転がっているのは平和の証!


 植物の妖精であるフローラちゃんも火属性が苦手なので遠巻きに見て畑へと戻っていった。

 フクロウの妖精である毛玉ちゃんは今日は遊びにきていないし、いつもうるさいナナシは料理のタイミングになると包丁代わりにされたくないのかだいたい大人しくなる。


 最後まで残って俺に付き合ってくれていたジュストは、モフモフの体を揺らしながらハッハッと口を開けて息をしていて、見ている俺も辛くなるので無理をせずに家に戻らせた。

 ここは日本にみたいに医療が発展していないし、平民向けの病院は限られているため待ち時間も長く、人間とは違う治療を要する獣人ならなおさら。

 いくら俺に前世の知識があるといっても、本格的に熱中症になってしまえば専門的な知識も技術もなくできることは限られてくる。

 もし重度の熱中症になりでもしたら命を危険に晒すことになるから無理は禁物である。


 俺?

 俺は左耳のソウル・オブ・クリムゾンのおかげでものすごく火属性に対する耐性が高くなっていて、せいぜい汗だくになる程度。

 しかもカメ君がくれた右耳のスピリット・オブ・カレントも俺を熱から守ってくれているようで、灼熱のピザ窯の前でもわりと平気に作業ができている。

 


 そしてピザ窯の前には最終的に俺しかいなくなった。



 俺がぼっちになったタイミングでチュペが出てきてポンッと慰めるように肩を叩いて、またソウル・オブ・クリムゾンの中に戻っていった。

 慰めるか見捨てるかどっちかにしろ!



 このくそ暑い日に夕飯のメニューをピザに決定して、汗だくになりながら庭のピザ窯でピザを焼いているのには理由があった。

 それはトイレの妖精になっていたアミュグダレーさんが、宿泊のお礼と言って大量にチーズをくれたからだ。

 そのチーズというのがハイエルフでも食べることができる、フンババという森の妖精のミルクから作ったフンババチーズ。

 ええ!? フンババのミルクってチーズになるの!? っていうかそもそもフンババからミルクなんて採れるの!?


 フンババは逞しい水牛のような体に獅子のような頭部と竜のような口を持ち、森の荒れ狂う神とも呼ばれるBランク超えの魔物である。

 ダンジョンの森エリアではちょいちょい見かけるが、ダンジョン産ではない天然物のフンババは人間が踏み入ることのできるような森では滅多に見かけない。

 俺もダンジョンでフンババと遭遇したことはあるが、天然のフンババは未だ見たことがない。


 ダンジョンに棲息する彼らは縄張りとする森に立ち入る者には容赦なく襲いかかってくることから冒険者ギルドでは魔物扱いをされているが、天然のフンババは妖精に近い存在だともいわれており、ハイエルフの長老であるアミュグダレーさんもフンババのことを妖精だと言った。


 アミュグダレーさんの話によるとハイエルフの里がある森の周辺にはフンババが多く棲息しており、フンババは古の神の眷属で森を守る存在であるため森を破壊する者には容赦ないが、森の自然と共存するハイエルフにとっては全く無害な存在で良き隣人として共存をしているらしい。

 そのフンババのミルクというのがハイエルフが飲んでも平気なミルクで、フンババのミルクを利用した乳製品はハイエルフにとっては貴重な栄養源だという。

 フンババとハイエルフの交流は長く、対価さえ渡せば快くミルクを分けてくれるとかなんとか。


 へ、へー……ダンジョンのいるフンババからもミルクを絞れるかな?

 ……ダンジョンにいるのは目があっただけで襲いかかってくるから無理そうだな。


 そのフンババのミルクから作ったフンババチーズを分けてもらったので、今日の夕食はチーズタップリのピザにすることにした。

 灼熱のピザ窯の前で頑張って何枚も焼いちゃうよーーーー!!

 フンババチーズのピザならアミュグダレーさんが食べても大丈夫!!


 トマトとバジルのシンプルなピザ、クラーケンやセファラポッド、エビカニは平気だと言っていたのでクラーケンとエビの魚介ピザ、アベルが嫌な顔をしそうな夏野菜をゴテゴテと大ボリュームで盛り付けたピザ、キノコと白身魚のほぐし身のピザ、それからやっぱり肉々しいピザも欲しいので容赦なくサラミを盛りまくったピザやバハムートのオイル漬けを載せたピザ。


 ここに越してきた頃に作ったピザ窯が大活躍。

 一枚焼くごとに周囲がチーズやトマトソースのいい香りに包まれいく。


 ほぉら、ソウル・オブ・クリムゾンの中でチュペの落ち着きがなくなってきたぞ。

 ふふふ、俺を見捨てて帰った奴らに内緒でつまみ食いするために小さなピザを隅っこで焼いてるんだ。 

 俺が熱でやられないようにチュペがこっそり火の魔力を吸い取りながら調整してくれてることは気付いているからな、つまみ食い用のピザは半分こしよか。

 つまみ食い用は生ハムとミニトマトとルッコラやバジルを載せたピザだぞー。

 ピザは自由なんだ。そう、自分の好きなものを好きなようにトッピングして好き勝手に焼くのが楽しいんだ。


 夕食用のでっかいピザが焼き上がり、その横で焼いていたつまみ食い用のピザも一緒に取り出して少し冷ましてから食べやすいサイズに切り込みを入れて――ビヨーーーーーン。

 思い切り引っ張ったピザから伸びるフンババチーズが未体験のチーズの香りを放つ。

 ソウル・オブ・クリムゾンからヒョコッと顔を出してキョロキョロと周囲を確認しているチュペにその一切れを渡し、次は自分の分をビヨーーーーン。


 これは味見である。

 始めての食材で作ったピザがどんな仕上がりになっているか確認しているだけである。

 次に焼くピザの味を調整するための大事な作業なのだ。


 焼きたてのピザに噛みつくとサクッという心地の良い歯ごたえと共に俺の知らないチーズの風味が口の中に広がった。


 そしてめちゃくちゃ熱かった。


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