第974話◆隣のアベルの部屋
「これは?」
「分解してミスリルを取り出そうと思ってるミスリルがちょっぴり含まれてそうなクズ鉱石達。途中までやって疲れて今は放置してる」
「え……これミスリルが入ってるの? じゃあ、こっちは?」
「分解したら金属として再利用できそうだなぁって思って中古装備屋で買ってきた金属装備達。だいぶ減ったけど、たくさんありすぎてのんびりやってる」
「これで減ったの……その汚いナイフの山は?」
「サビと落として磨いたら再利用できそうなスロウナイフ。新たに付与して強化してもいいかなって、中古装備屋で買ってきて途中で飽きちゃった」
「スロウナイフなんて投げたらなくなることの方が多いんだから、もうそのまま投げちゃえば? で、そっちのアクセサリーみたいなのがゴチャゴチャ入っている箱は?」
「アクセサリーだから付与向きの金属が使われてるし宝石や魔石も付いてるから、分解して新しいアクセサリーに作り直そうかなって思ってるけど最近忙しくて途中でやめてる」
「確かによく見ると高そうな素材もほんの少し混ざってるね。それなら、その黒っぽい棒は?」
「ああ、この間ブラックドラゴンの素材が手に入ったじゃん? せっかくだから何か作ろうと思って、魔力がすっげー素材からアベル用の魔法具にできないかなぁって削り出したブラックドラゴンの骨――を、黒曜石を食わせたスライムのゼリーでコーティングしたもの。そのうち、また今度、いつか完成させるから楽しみにしておいて」
「俺のための杖なら仕方ないね。いつまでも待ってるからちゃんと完成させて」
久しぶりに見るアベルのものすごおおおおおおく険しい顔。
勝手に部屋までついて来ただけのくせにうるせぇぞ。
ゴチャゴチャしているように見えるけれど俺はわかってちゃんと分けて置いてあるの! 整理整頓できてるの!
だからこうしてアベルに質問攻めにされてもちゃんと答えられるじゃん!
俺が質問に答える度にアベルの眉間の皺がだんだん深くなってなっていたが、最後に指差した黒っぽい棒のがアベルのために作っている杖だと言うと眉間の皺が消えて一瞬で機嫌の良さそうな表情になった。
チョロッ!!
できあがるまで内緒のつもりだったが、お小言回避のためなら仕方ない。
でもまだ柄の部分を作っている途中なので、完成は遥か先の話でできあがるかどうかも不明である。
武器作りは非常に手間も時間もかかり集中力を必要とする作業なのだ。
なのでいつかそのうち完成するまでのんびり待っていてくれ。
確かに作業途中のものをあちこちに置いていて、ベッドと通り道以外の場所は何かしらものが置いてあってゴチャゴチャして見えるのは否定しない。
棚も本やら道具やら素材やら詰め込んでいてパンパンだし、これを明日までに片付けるのはしんどいな?
これはやっぱアレしかないか。
「必要なものばかりなのはなんとなくわかったが、これを明日までに片付けるのは大変そうだなぁ……もう収納スキルの中に入れちまえよ。おっと、公式的にはおもしろマジックバッグだったな」
だよねー! カリュオンもそう思うよねー!
でも収納スキルのことはもうバレているのは知ってるんだから、わざわざ無理矢理誤魔化さなくていいぞ!!
「確かにそうですよね。僕も部屋がすぐ散らかるので、わざわざ片付けに手間をかけないで収納スキルで解決するようにしよ」
「ジュスト? それはグランの始まりだからやめた方がいいと思うよ? 収納スキルも便利に使えばいいと思うけど、片付けは片付けでちゃんとやるようにして?」
ジュストもそのことに気付いてしまったか……だがそれは片付けとはいわない気がするんだな。
収納は便利だけれど用法と用量を守って正しく使わないと片付けができない子になるぞぉ~。
ほぉら、アベルだって……って、さりげなく俺の悪口を言ってない!?
俺は片付けてる、ちゃんと片付けてる! ほら、全部収納の中に治めて部屋がすっごく広くなった!!
あ、物をゴチャゴチャ置いていて掃除もしばらくしていなかったから、ちょっとそらへんで強烈な浄化魔法を一発かましちゃってください、アベル先生!!
アベルが目を細めて呆れた顔をしているけれど、利用できるものは利用して楽をするんだよぉ!
「ていうかさ、この程度で俺の部屋が散らかっているとかって呆れるお前の部屋はどうなんだよ。俺の家に住み着いてもう一年以上経ってるからそれなりに散らかったり汚れたりしてるだろ!? よっし、俺の部屋を見たんだから次はアベルの部屋だ! 突撃、隣のアベルの部屋!!」
飽きられた顔で俺を見ているアベルに何だか理不尽な気持ちなった俺。
そうだ、俺だけ突然部屋を見られることになったのはズルい! だからお前の部屋も見てやる!
と、すっかり綺麗になって広くなった部屋から飛び出す俺。
「ちょっと!? 俺の部屋は物が少ないから綺麗だよ! 待って、勝手に突撃しないで! もう、サルみたいに素速いんだから!」
スルリと横をすり抜けた俺をすぐに追いかけてくるアベル。
ははは、勝手に俺の部屋についてきたくせに、自分の部屋は突撃されたくないとかズルいぞー!
アベルの部屋は俺の部屋のすぐ隣。
一緒に暮らしているので入り口から中がチラッと見えることや中に入ったこともあって、アベルの部屋に物が少なくて片付いているのは知っている。
でもやっぱり俺だけ部屋を見られて呆れられるのは悔しいから、アベルの部屋の粗探しをしてやる!!
バタンッ!
「うっわ、マジで何もない」
アベルに追いつかれる前にと、迷わず扉を開けて見えたアベルの部屋は思ったより何もなかった。
壁の洋服掛けにかけれたマント、ベッド横のチェストの上に置かれている数冊の本、机の上には手帳とペンが数本入ったペン立て、それから小さな花瓶に生けられた花があるがこれはフローラちゃんがこっそり届けてくれているやつかな?
それと――。
「もう、だから何もないって言ったでしょ!」
部屋の入り口から中を見ている俺を押しのけて、アベルがスタスタと部屋の中に入っていく。
そしてごく自然な動作で机に近付き、机の上にあったそれをさりげなく伏せた。
それはアベルの部屋をグルリと見回して最後に目に付いたもの。
ハッキリとは見えなかったが、見慣れたローブ姿でなく貴族らしい煌びやかな服を着たアベルと、アベルと雰囲気なそっくりな金髪の人達が並んでいる姿が描かれた絵画が入った小さな額。
チラッとしか見えなかったが、アベルと同じように煌びやかな服を着た白銀さんとリオ君とセレちゃんとあともう一人。
その俺の知らないもう一人が中央で豪華な椅子に座り、その左右に白銀さんとアベル。白銀さんの横にリオ君とセレちゃんがいるという構図。
考えなくてもそれがアベルの兄弟だとすぐにわかった。
何かの記念日行事の時の姿なのだろうか、全員が煌びやかでそしてユーラティア王国の伝統に沿った衣服を身に着け、その中でも中央にいる人物は特に豪華で頭の上に――すっごいキラキラ装飾品を付けて見えたけれど、それが何かを確認する前にアベルがその絵画の入った額を伏せてしまった。
おのれ、照れ屋さんめ。
遠くからチラッと見ただけでもすぐにアベルとその兄弟だとわかるほどのクオリティーの高い絵画。
画家に家族の揃った絵を依頼するだけでも高そうなのに、こんなにクオリティーの高いものととなるとそうとう腕の良い画家が描いたものなのだろう。
アベルの部屋の机の上に飾られていたのは元の絵画の複製品だとは思われるが、それほどの画家に肖像画を依頼し質の良い複製品まで作れるなんてさすがお金持ち貴族様だぜ。
絵画屋に行けば、王族や国史に名を残す有名人、人気の役者の肖像画やその複製品を買うことができるがめちゃくちゃ高い。
肖像画なんて描かれている人の身分に比例して高くなるし、それを複製スキルや印刷で複製したものでも庶民では手を出しにくいほどの値段。
建国祭の時には王族の肖像画の複製品が庶民でも買えそうな値段で売りに出されるがやはり高いものは高く、今代の王族は美形揃いらしく記念の複製絵画は一瞬で売り切れてしまい、俺のような庶民中の庶民はそれが売られているところすら見たことすらない。
というか建国祭は人が多すぎて近寄らないし、俺と同じく人が多いところが苦手なアベルとだいたい人の少ないところに行ってるんだよな。
建国祭に人が集まると王都近郊のダンジョンも過疎ってやりたい放題できるから。
冒険者になって一年目か二年目にちょこっと祭りに近寄ってみたけれど、人が多すぎて歩き回ることすらままならなし、人が多いと変な人も多くて変なトラブルに巻き込まれるし、建国祭を楽しみたいなって思う反面やっぱ近寄りたくないってなる。
家族の肖像画なんて高そうなものがあるって、やっぱアベルの実家は金持ちなんだなー。
それはもちろん頭では理解していたがこうして垣間見てしまうと、なんとなくアベルを遠い存在に感じてしまう。
そして何もなくて殺風景なこの部屋が、その気持ちを更に大きくさせる。
物が少ないということは、いつでもフラリとここから消えてしまえるということだから。
消えてしまいそうだから。
コトン。
「ちょっと!? 何、変な置物を置いてるの!? 何これ、こわっ!」
不安になって、シランドルに行った時に買った雰囲気のある黒髪の女の子の人形を棚の上に置いた。
アベルは俺があげたものは大事に残しているから。
「あまりに殺風景だと思って、俺からのプレゼントだ。ほら、追加でこれも置いてやろう」
おまけで熊が魚を加えている木彫り。どこで買ったからは覚えていいない。
ついでに頭がペコペコ揺れるミノタウルスの張りぼても飾ってやろう。
「もー! 変なものを次々飾らないで! くれるならもっとマシなものをちょうだい!!」
「ははは、こいつらは多分アベルとどこかに行った時に買ったやつだから大事に飾っとけ」
「熊もミノタウルスも何か見覚えがあると思ったら! あー、もう! 思い出したよ!」
意外とロマンチストなアベルは思い出のあるものなら捨てずに残しておくはずだから。
物が増えれば片付けも時間がかかるから。フラッと消えようとする前に気付くから。
粘着質で口うるさくて、勝手に押しかけてきてストーカーじみた奴だけれど、それでもやっぱ一番付き合いの長い友達だからな。
だから知ってるんだ。
アベルにはきっと俺に知られたくない秘密がたくさんあることも。
アベルは苦しいことや危ないことを一人で抱え込んで、俺を巻き込まないようにしようとすることも。
何度言っても一人で無茶なことをしようとすることも。自分だけが傷つくなら問題ないと思っていることも。
いつかそれでフラッと消えてしまうんじゃないかって不安が心のどこかにある。
だから――。
「ちょっおおおおおおお!! 変なものをたくさん並べないで!! 明日から改装なんだから散らかさないで!!」
怒られながら、昔アベルと一緒に行った場所で買ったちょっぴり思い出のある品をアベルの部屋に並べまくった。
この時がいつまでも続かないのはわかっているから、いつか別々の道を歩む日がきた後もここをアベルの部屋のままにしておくために。
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