第972話◆閑話:KAME'S☆KITCHEN

 またお気に入りが一つ増えてしまった。

 あそこから出てきて以来、お気に入りが次々とできる。

 俺様があそこにいる間、世界は色々変わったようだ。


 ――いいや、変わったのは俺の方かもしれない。


 この世界でおそらく数百年程度の短い時間、あそこにいた俺様にとっては万にも近い長い時間。

 偉大で賢い古代竜の俺は万の時を越えても記憶は消えることなく残っている。

 さすがに万の時は古代竜にとっても長すぎるし、長い時の間には別の記憶も交ざるので古い記憶を鮮明に引っ張りだすのは、やる気が起きないと適当にしか思い出せないけどな。

 ほ、ほほほほ、本気を出せばちゃんと思い出せるからな! 俺様は無駄なことに余計な労力を使わない効率的な生き方をする亀――違う、古代竜なのだ!


 そう、思い出せないだけ。

 あの頃は世界に興味がなかったから、今のようにこうしてよく見ていなかったから、記憶に強く残っていなくてすぐに思い出せないだけ。


 俺様が変わったのでも、世界が変わったのでもない。

 ちょっぴり俺が世界に興味を持っただけ。


 興味を持ってみれば世界は意外と知らないことだらけで、古代竜の終わらない時に少しだけ楽しみを増やしてくれた。


 長い時の中あの海の中で漂い何色だったか忘れていた世界が、鮮やかに見えてきたような気がした。



 そして今日、新たなお気に入りがまた増えてしまった。

 お気に入りすぎて思わず竜の目を使って、そのものの過去を覗いてしまった。


 俺様は混血だから純血の古臭い奴らにように見るだけで視えるお手軽な過去視は持っていないが、水が関わるものならそのものにある記憶くらい覗くことができる。

 そしてこの世は水で溢れ、生命達は水を必要とする。

 つまり多少制限はあるが、水を通してこの世のあらゆるものの過去を見ることができるということだ。

 あまり古い記憶だと不鮮明だし、量が少なければ断片的だし、何よりめんどくさいから必要な時しかやらないけどな。


 その俺様のすごい竜の目を使って覗いてみたのが、ハンバーガーという食べ物の過去。

 ちょっぴり気に入ったし、パンに肉が挟んであるだけなら俺様にも作れそうだなーって、いや偉大で優秀な俺様だからハンバーガーの過去を覗けば作り方くらい理解できると思っただけだ。

 そうこれは知識。赤毛がよく言っている、知識は邪魔にならないからいくら増やしてもいいと。

 赤毛のくせにたまには良いことを言う。

 そうだ、知識は邪魔にならないからどんどん増やせ。だが物は邪魔になるからたまに整理をしろ。お前のその収納スキルは、お前の性格と悪い意味で相性が良すぎて混沌の坩堝となっているではないか。


 新鮮なレタスにはもちろん、香ばしく焼けたパンの中にも、ジュワっと肉汁の溢れる挽き肉のステーキの中にも水分は存在している。

 そこに存在している水分は僅かだが、直前のことなのでハッキリと見える水達に残る記憶――おいしく料理をされた記憶を読み取り俺の知識とする。


 俺様はハンバーガーの作り方を覚えた!


 挽き肉のステーキは赤毛がたまに作るやつとだいたい同じだだから、練習をすれば偉大な俺様ならすぐに上手く焼けるようになるだろう。

 パンを焼くのはオーブンが必要だし見ただけでは焼き加減が難しいそうだから、おっさん島の珍獣とリザードマンのガキどもにハンバーガーを食わせてやるには、パンをどうにかしなければならないな。

 似たようなパンに差し替えて、俺様風ハンバーガーにするか。

 中身に挟むのは挽き肉のステーキでなくとも構わないようだし……よし、作ろう! 俺様風ハンバーガーを!

 そして俺様風ハンバーガーを広めて、俺様の偉業とするのだ!!




 そうして得た知識を活用する場面は案外すぐにやってきた。

 というか赤毛の家に帰った直後だった。


 帰って来たら変エルフ親子と犬コロが魔力を枯渇させ、浜に打ち上げられ干からびたクラーケンのように床に転がっていた。

 その横にはドヤ顔のテムペストとマグネティモス。


 そういえばそろそろあの魔導具が完成するとと言っていたな。

 あの魔導具――カタストロフィ・スターが。

 何とも物騒な名前だが言葉は力を持つもの故、赤毛がうっかりあの者の名を付けてしまった混沌なる存在を打ち破るにはこのくらいの名であってもよいだろう。

 箱庭の中の存在だとしても、あの名を冠してしまったのなら本物には遠く及ばずとも、その名がそれなりの力を呼び寄せてしまっているだろう。


 故に我らだけでなく森の連中も交えて力を合わせ強力なものを作り上げた。

 偉大な我らがあまり手を出しすぎると小さき者には扱えぬ偉大すぎるものになってしまう故、作成はできるだけ小さき者達に任せ我らは最低限で力を貸すだけにして。

 最後の仕上げも我らの偉大な力はちょびっとだけにして、奴らの魔力を中心に付与をする予定だった。


 どうやらそれを実行したようだが、我らが手を貸した魔導具が偉大すぎた故か、小さき者が小さすぎた故か、帰宅したら三人が干物になっていた。

 そこにふっくらとピンピンした赤毛と銀髪が戻ってきたので、やる気満ちあふれるテムペストとマグネティモスが奴らの魔力も吸い上げてカタストロフィ・スターに付与を始めた。


 ぬ? お前等ばかりでやると風と土に属性が偏るから俺様も手伝うぞ。

 察しておっさんもすっ飛んできた。さすがおっさん、年長者。経験豊富で察しが良い。

 

 というわけで、いくぞ赤毛! そして銀髪! お前等の魔力をちょこっと頂くぞ!!

 お前等は小さき者にしては魔力がバカ多いし先ほど飯を食いまくったばかりで、魔力の貯蓄は十分であろう!!


 と張り切ったら、赤毛も銀髪も浜に打ち上げられたクラーケンの仲間入りをしてしまった。

 おお、赤毛と銀髪よ。この程度のことで干からびたクラーケンになってしまうとは情けない。

 ……うむ、これは少しやりすぎたかもしらんな。しかしこれでカタストロフィ・スターが完成に近付いた。

 よくやった小さき者達よ、ゆるりと休息を取るがよい!


 え? あ? 赤毛がこのまま干からびたクラーケンになっていると晩飯の危機!?

 それはまずいな……仕方ない、今こそ! 先ほど覚えたばかりのハンバーガーの作り方を活かす時!!

 赤毛が金髪のねーちゃんにあのパンをたくさん分けてもらっているのも見ていたぞ!

 残った魔力で収納スキルを使ってそれをこちらに寄こすがよい。

 ふはは、後はこの俺様に任せて寝ていれば目覚めた時には美味いハンバーガーができあがっているぞ!


 赤毛に例のパンを捻り出させ、助手にチビ女神どもを指名して調理場に向かおうとしたら、おっさんとテムペストとマグネティモスもついてこようとしたので丁重に追い返した。

 おっさんはやることなすこと大雑把だから調理場に近付けたくない、テムペストは料理中にあれこれ質問攻めにされて怠そうだからちかよるな、マグネティモスは確実につまみ食い目的だから論外。


 お前らには赤毛が寝ぼけて変なことをしないように見張る役を任せるぞ!

 それから俺様は料理のためにかっこいい海エルフさんの姿になるから、赤毛を絶対に調理場に近付けないでくれ。

 ……バレてもいいのだが、アイツはどうやら小さくて可愛いものには甘いようだからな、子亀の姿でいた方が色々便利だからな。

 そう、子亀の方が得をするから子亀の姿でいるだけだ。

 え? 白い奴? 知らんがな……お前は酔っ払って寝ていてくれ、それが世のためだ。


 それに赤毛はマジで寝相は悪いし、寝言はすごいし、寝ぼけて動き回るし、寝ているといっても何をやらかすかわかないからな。

 同じ部屋で寝ている俺様は夜な夜な寝ぼけるアイツをベッドに詰め込む作業に追われている。

 古代竜の俺様ですら知らない言葉で話し始めたり、いきなり起きてウロウロし始めてまたベッドに戻ったり、何やら突然うなされ始めたり、その度にカメカメの子守歌で寝かし付けてベッドに投げ込んでいる。


 俺様が同じ部屋にいてよかったな。古代竜は本来はこまめな睡眠は必要としないから、お前が夜中に寝ぼけても俺様が寝かし付けてやれるから感謝しろよ。




 調理場でかっこいい海エルフの姿となってハンバーガーを作り始めしばらくした頃、テムペストが調理場にやってきた。

 何だよ、邪魔すんなよ。

 え? 赤毛が寝ぼけて肉を出してきた? この猪の肉をブラックドラゴンの肉と一緒に挽き肉にしろ? 挽き肉は二種混ぜると美味いと赤毛が言っていた? それから挽き肉のステーキは真ん中をへこませると中まで火が通しやすい?

 ふむふむ、わかった。赤毛は料理に関しては信用ができるからな、そのアドバイスに従うことにしよう。

 って、やっぱ寝ぼけていたか……おう、カタストロフィ・スター用に魔力をちょこっと吸って寝かし付けておいた?

 ま、寝ぼけるくらい余裕があるのだから、もう少し魔力を吸い取っても問題ないだろう。


 その少し後、今度はマグネティモスがやってきた。

 何だ、俺様がいる限りつまみ食いは許さぬぞ。え? パンの間に挟む肉は二枚にして欲しいって、赤毛が寝言を言っていた? 変エルフは四枚くらい挟んでやれって?

 そうだな……奴ら浜のクラーケンみたいに干からびていたから食べごたえがある方がいいだろう。

 俺様に任せておけ、食べごたえのあるハンバーガーを作ってやるぞ。

 ってマグネティモス!! 貴様、どさくさでつまみ食いは許さんぞ!! カーーーーーーーッ!!




 そうしてできあがったハンバーガーは、肉がちょっぴり不揃いでパンも温める時にてっぺんが少し焦げてしまい、金髪のねーちゃんのところで食べたものよりもずっと不格好だった。

 むぅ……歪になってしまって、こんなの偉大な俺様のプライドが許さないな。

 女神の方を見ると、揃って赤毛なら細かいことは気にしないって答えが返ってきた。

 確かにそうなのだが……やはり偉大な俺様は完璧でありたい。

 作り直せば次はきっともっと上手く作れるはず。


 と思った矢先、今度はおっさんが調理場に駆け込んできた。

 今度は何だ? 赤毛がまた寝ぼけたか? え? 赤毛の奇行を止めるために毎回魔力を吸い上げていたら、吸いすぎて本格的に干物のようになってしまった早く食い物を与えろ?

 何やってんだ、おっさん達ーーーーーー!!

 しかもポーションを飲ませようとしたら、寝ぼけながら俺様のハンバーガーが楽しみだから空腹のままで待っているって頑なにポーションを拒否する?

 あーー、もう! 作り直している時間がないじゃないか! まったく世話の掛かる赤毛め! 


 子亀の姿に戻りリビングで干からびる赤毛のところに急いでハンバーガーを持っていくと、干からびたままパチリと目を開けヘラリとマヌケな顔で笑いやがった。

 おっさんがやりすぎたと慌てていたからちょっぴり心配してやったのに、マヌケ面でありがとうとか言うから思わず氷をぶつけてしまった。

 しかし赤毛はそんなことお構いないし、俺様が作った歪な形のハンバーガーを手に取りガツガツと食べ始めた。

 そしてすぐに”おかわり”という言葉。


 その”おかわり”という言葉は赤毛だけじゃなく、銀髪や変エルフ親子や犬コロからも。 

 銀髪は相変わらず一言多かったので氷をぶつけてやったが”おかわり”という言葉は何だかすごく胸の辺りが痒くなるような気分になった。

 それは決して不快な感覚ではなく、痒いところがザワザワとして無意識に表情が緩くなりそうな感覚。


 この感覚、嫌いではない。


 この感覚はきっと俺の新しいお気に入り。


 赤毛が毎日楽しそうに料理をしている理由がちょっぴりわかった気がした。


 俺の新しいお気に入り”おかわり”という言葉は料理を楽しくしてくれる。





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