第971話◆繰り返す夢の中で

 魔力を使うと腹が減る。

 これは体内の魔力が減り始めたサインでまだ余裕がある状態。

 燃費の悪いカリュオンも腹が減った腹が減ったと騒いでいるうちはまだまだ余裕があって、魔力の総量から見て腹を満たせば回復する程度にしか消費していない状態。

 この状態なら少し休憩すれば魔力は回復するし、何かを口にすればより早く回復し、それが魔力を多く含むものなら更に速く、魔力回復ポーションを使えば一瞬で立ち直る。


 ここから更に魔力を消費すると、強い疲労感と倦怠感が襲ってくる。

 例えるならば炎天下で力仕事をした後のような激しい疲れと気怠さ、今すぐ転がったら気持ち良く眠れるんだろうなって感じ。

 もちろん腹も減っているのだが、ここまでくると魔力量が多い者は食事だけで倦怠感と空腹感が消えるほど魔力を回復させるのは難しい。

 食べても食べても空腹感がなかなか消えず、とにかく気怠く動きたくない状態。

 しかし頑張ればまだ体を動かすことはできるし、質が良く回復量の多いポーションを飲めば立ち直ることができる。

 激しい戦闘が起こればこれくらいの状態に陥ることは珍しくなく、ここをポーションなどの魔力が回復するアイテムを使ってリカバリーしながら戦うということは冒険者をしていると非常によくある。

 安全ではない場所でこの状態を乗り越える手段を持っていなければ、死が待っているのが冒険者という職業である。


 干からびているカリュオン達はこの状態かな。

 俺とアベルも一瞬でこの状態まで魔力を吸い上げられて、ここが自宅という安全な場所なのでわざわざポーションを使ってリカバリーをすることなく、床に倒れジワジワと魔力を回復させている。


 もちろん何か食べ物を口にすれば魔力の回復速度は上がるのだが、ここまでくるとポーションを使用しない場合は眠るのが最も効率のいい魔力の回復方法になる。

 そしてこの状態だと体が休息を欲し、睡眠を意識しなくても倦怠感と共に睡魔が襲ってくる。

 横になれば尚更。


 ちなみにここから更に魔力を使い完全に魔力が尽きると、意識レベルがかなり下がって朦朧とし油断すれば意識がなくなりそのまま眠ってしまう。

 それを耐えて無理矢理意識を保ち更に魔力を消費する行動を取ろうとすると、尽きてしまった魔力の代わりに生命力を消費してしまい危険である。

 しかしこの状況も冒険者をしていると、いつ陥ってもおかしくない。

 こうなると魔力が回復するまで眠るか、戦闘時ならポーションをがぶ飲みして意識を保てるまで魔力を回復し戦うしかない。


 さすがにここまではいかない程度に手加減をして魔力を吸収してくれたようなのだが、この倦怠感と襲ってくる睡魔は結構ギリギリの線を攻めているように思える。

 ちくしょう、無駄に絶妙なラインを攻めてきやがって。


 しかし気合いと根性があれば、ポーションを使わなくてもまだまだ動けるのが今の俺の状態。

 冒険者である俺にとってこのくらいの魔力枯渇は今まで何度も乗り越えてきた状態なのだ。




 ハンバーガーを作ってくれるというカメ君に、俺も俺もといった感じでついていこうとした他のチビッ子達がカーッと追い払われた。

 代わりにカメッと前足を挙げて三姉妹をご指名。

 カメ君は俺が料理している時、三姉妹と一緒によく手伝ってくれていたもんね。カメ君と三姉妹なら料理を任せても安心かなぁ?

 他のチビッ子はだいたいつまみ食いばかりだったからね、日頃の行いってやつだよ。

 でも何かを指示しているようにカメカメと話しているのが聞こえるから、他のチビッ子達を追い払いはしたけれど何か別の役割を任せるのかな?

 ラトは当然の如くその人選には参加させてもらえずガン無視されている。森の番人の威厳など全くなかった。


 カメ君と三姉妹のハンバーガーチャレンジは上手くいくかなぁ?

 上手くいかなくてもその気持ちだけでも十分嬉しいよ。

 だけどカメ君達と三姉妹の料理風景は気になるし、全部任せてしまうのは申し訳ないから、気合いと根性がある俺が今から立ち上がって俺も手伝おう。

 Aランク冒険者たるものこの程度の魔力枯渇状態でも料理くらいできるのだー!!


 って、アッ!?

 重い体を何とか起こして立ち上がろうとしたら、カメ君に追い払われたチビッ子がドタドタと走ってきて――。


「キエエエッ!」

「ズモモーッ!」

「ゲレゲレゲレゲレーッ!」


 ああー、残り僅かな魔力が絶妙な加減で吸い取られてあの魔導具へ流し込まれていくー。

 先に干物になっていたカリュオン達の魔力と俺とアベルを干物にするほど吸収した魔力で、対ユウヤ用の魔導具はだいたい完成じゃなかったのか!?


 気合いと根性で立ち上がろうとしたが、更に魔力残量減って再び床にパタリ。

 その気になれば動けるが、もう心が体を動かすことを否定し始めている。

 命を削らない程度の絶妙な魔力枯渇状態、安全な自宅ということもあって気合いさんも仕事したくない様子。

 ああ~、無理~体が起き上がらない~。


 再びパタンと床に伏せた俺の視界に、三姉妹達と一緒にリビングを出ていくカメ君の姿が映った。

 その後、じんわりと押し寄せてくる倦怠感と疲労感でどうしようもなく重い瞼が落ちてきた。




 微睡んでいる時、何度も同じ夢を繰り返し見ることは昔からよくある。

 起きないといけないのに起きたくない時、微睡みの中で何度も何度も起きる夢――起きたと思ったのにやっぱり夢で、起きなきゃと思って今度こそ起きたのにそれがまた夢で。

 それが何度も繰り返され夢か現かわからない状態が続くあれ。

 最終的にはちゃんと目が覚めて繰り返していた夢も夢だと理解し、すぐにそんな夢のことなんてすぐに忘れてしまうのだけど。


 今がそんな状態。

 魔力枯渇で落ちてきた瞼を一度閉じたけれど、やはりキッチンの様子が気になって目を開けて重い体を起こしリビングを出てキッチンへ向かおうとする俺。


 カメ君達はパンに挟むハンバーグ……挽き肉のステーキを上手く焼けるかな?

 ハンバーグはたまに作るからカメ君も三姉妹も作り方は覚えてそうだけど、ちゃんと上手く中まで焼けるかな? 焼く前に真ん中を抑えてへこませるんだぞぉ?

 そうそう、挽き肉は二種類の肉を混ぜた合い挽きのが俺は好みなんだ。

 今は魔力枯渇状態ですごくお腹が減っているから竜肉みたいな魔力たっぷりな肉がいいけれど、竜肉だけの挽き肉は味がしつこいからあっさり目の肉と合い挽きにするといいんだ。

 そういう時はグレートボアの肉が丁度良いけれど、実家に帰った時に貰ってきたアーマードボアの肉もあるからそっちでも……そうだアーマードボアの肉をキッチンまで持っていこう。


 ハッと!? 俺はまだ床で寝てた!?

 ということは今キッチンに肉を持っていこうとしたのは夢か?

 ああ……肉……肉をカメ君に届けてハンバーグを作るの手伝わないと。

 すごくお腹が空いているから、俺のやつはパンの中にハンバーグを二つくらい挟んで欲しいな。

 カリュオンとか三つ四つ挟んでやってもいいかもしれない。


 それも伝えにいかないと――って、まだ床で寝てた! ということは今のも夢!?

 今こうしてまた体を起こしているのももしかしたら夢?


 それをグルグルと何度も何度も――俺は起きてキッチンに行きたいんだ。


 でも気付けばやっぱり寝ていて、繰り返されるのは夢。

 微睡みの中で何度も見る同じ夢は、夢とわかっていてもやり遂げないといけないという強い使命感のせいで終わることなく無限に繰り返される。

 きっと目覚めて冷静になれば、何故そんな使命感があったのだろうってなりそうだが、繰り返している時の俺にはそんなことを理解する余裕がない。


 何度も同じ夢を繰り返す。

 夢なので疲れるなんていう感覚はなく、謎の使命感に支配されただひたすら繰り返す。

 ただ”やらないと”という強い想いだけが俺の体を動かそうとして、何度も何度も同じ夢を見せつける。


 やらないと。

 俺がやらないといけないから。

 それが俺の役目だから。


 だけどなんであんなに頑なになって繰り返していたのだろう。

 それは目覚めれば冷静になってどうでもよくなる。

 俺がやらなくてもいいじゃないか。もっと誰かに任せてもいいじゃないか。

 もっと素直になって俺を助けてくれる者達に頼ってもいいじゃないか。


 合い挽きは好きだけれど、竜肉だけのこってり濃厚ハンバーグもいいじゃないか。


 微睡みの中で同じことを繰り返しすぎて頭に痛みを覚え始めた俺の鼻を、胡椒を振った肉が焼ける香りと香ばしく温められたパンの香りがくすぐり、それで本格的に意識が浮上した。

 今度こそ現実、無限に続いていたループが終わり短くて長い夢が覚める時。


 ハッとなり目を開けると目の前には俺を微睡みから引き上げた香りの源と、それを載せた皿を俺の前に置こうとしているカメ君の姿。

「カメェ……」

 バッチリと目が合ってため息をつかれてしまった。


 ちょっぴり焦げたパンの間には俺が夢の中でカメ君に伝えようとしていた二枚のハンバーグ。

 厚さも大きさも不揃いなところが手作り感があっていい。


 ああ、やっと目覚めた。

 そしてちょっぴり眠ったせいで少し魔力が回復して気怠さが緩くなり、気怠さより空腹を強く感じるようになった。

 それはきっと魔力が少し回復したせいだけではなく、カメ君お手製のハンバーガーが目の前にあるから。


「おはよう、そしてありがとう……いてっ!」


 お礼をいって体を起こしたら、何故かカメ君に小さな氷をぶつけられた。

 周りを見回すと干からびていたアベル達はすでに起きていて、ハンバーガーをガツガツと囓っている。

 どうやら俺が最後まで転がっていたようだ。

 それはきっとチビッ子達が追加で魔力を吸い取ったせいだから俺は悪くない。


 手に取って思いっきり齧り付いたハンバーガーの肉は、ブラックドラゴンとアーマードボアの合い挽きで、口の中にジュワリと染み出した肉汁はいつも俺が作るハンバーグに似た味だけれど少し違う味で、その味もすごく俺の好みだった。


 そしてどうやら俺は、寝ぼけながらなけなしの魔力で収納からアーマードボアの肉を取りだしていたらしい。






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