第969話◆干物化現象

 買い物から帰ってきたら、午後は箱庭に行く予定だった。

 ここのとこ夜に箱庭に入ることが続いていたので、今日は明るいうちに箱庭に入ってユグユグちゃんに会いに行こうかなと思っていたのだが――。



「に……肉……肉が足りない……肉をくれグラン……」


「く……ラグナロックを素材とした付与に、これほどまでに魔力を持っていかれるとは……苔玉様達の力をお借りしてもこの様とは……いや、むしろ苔玉様達の……」


「ヒ……冒険者ギルドの仕事を午前中に終わらせて帰ってきたら付与の手伝いをすることになって……すっごい付与ってこんなに魔力を持っていかれるんですか? う……無理……いくら食べてもお腹が空いてる……肉……魚……ご飯……」


「オイラは魔力が少ないから協力できなかったけど、協力できなくてよかったもね。クッキー食べるも? クッキーじゃ足しにならないも?」


 リビングの床に干からびたように倒れている耽美エルフ親子とモフモフワンコ。

 その横ではタルバがチョコンと座って、お茶を啜りながらクッキーを摘まんでいる。


 この状況はいったい……。


「おお、ハイエルフの長老とその息子とワンコロよ。この程度の魔導具作りで干からびてしまうとは、なんと不甲斐ない」


 ソファーですでに酒が入っていそうなラトが寝そべった体勢で床に転がる三人を煽っている。


「キッキィ?」


「モモモ?」


 そして干からびている三人をツンツンとつつき回しながら首を傾げているのは、苔玉ちゃんと焦げ茶ちゃん。

 何を言っているのかはわからないが、間違いなく干からびている三人を煽っているのだろう。


 何だ、この面白くてほのぼのした光景は?

 いや、たぶん干からびている奴らはほのぼのどころじゃなさそうだけど。

 この感じは間違いなく魔力枯渇で干からびているやつだな。


 しかしなんで――あぁ……まさか!? もしかして!?

 アミュグダレーさん達が床で干物状態になってしまって作業をしていない現在、リビングの隅っこにとりあえずといった感じで置かれているそれに目がいき、彼らが干からびている理由を察した。


「箱庭の混沌を払う魔導具がもうすぐ完成しそうなんですよぉ」

「先ほど皆で力を合わせて強力な付与をした時に、床に転がっているお三方は魔力を使い果たしてしまったようですわ」

「これでもお昼ご飯を食べて、少しマシになった方なのよ? どうやら昼ご飯だけじゃ魔力の回復量が足りなかったみたい」


 三姉妹が語った事情は俺が予想していたものだった。

 この干からび具合からして昼ご飯はまだかと思っていたのだが、昼ご飯を食べてもこれってことは限界に近いところまで魔力を消費したんだろうな。


 そして彼らの魔力を吸い上げて付与が施されたと思われるそれは、リビングの片隅で壁に立てかけられ淡い金色の光を放っていた。

 それの外見は白くて長い筒状。周りに施されている細やかな細工はおそらくタルバの仕事だろう。

 長い筒を飾るためのように見える細工は、よく見るとビッチリと刻まれた文字。

 神代文字や古代語、俺が教えた俺の故郷の文字も混ざっていれば、俺の全く知らない文字もある。

 これはそれぞれに違う付与がされ、それが複雑に関係し合い一つの大きな効果になるという構造だろう。


 これが魔導具に使われる付与。

 俺が装備品に施すような単純な付与ではなく、細かい付与をいくつもいくつも紡ぎ、そうしてできたものを更に紡いでいき、何重にも細かい付与を重ね紡ぎ上げたもの。

 理屈はわかっていても、その知識と技術に加えそれをやり遂げる集中力と忍耐力がなければ、完璧な完成まで紡ぎ上げることはできないだろう。

 アミュグダレーさん達が何日もかけてやっていたのがそれ。


 そして大がかりで複雑な付与になればなるほど、強力な効果になればなるほど、付与を行う時に消費する魔力も大きくなる。

 しかも今回は素材にラグナ・ロックというやっべー素材を使う都合上、魔導具本体に使った素材も魔力のキャパシティーの大きな素材ばかりだ。

 俺もいくつか素材を提供したが、どれも高スペックな素材ばかりだったし、製作現場をあまり見ていないからなんともいえないがもしかしてラトや三姉妹やチビッ子達が素材を提供しているかもしれない。

 おそらくそれを最大限に活かした付与をしたのだとしたら……この惨状も納得しかないな。

 それにしてもカリュオンとジュストだけではなくアミュグダレーさんまで干物状態になるとは、いったいどんな付与をしたんだ!?


 部屋の隅っこには白くて長い筒――太さは俺の腕より少し細いくらい、長さは床からまっすぐ立てると俺の胸より少し下くらいまではありそうだ。

 艶のある白い本体の素材は何だろう……金属でも木でも鉱石でもなさそうだし、後で触ってじっくり鑑定してみよう。

 その筒からくっ付いているものが取っ手や引き金のようなものに、前世の記憶からくる勝手なイメージだろうか。


 勝手なイメージ、それは前世でも実物は見たことがなく写真やイラスト、動画だけでの知識。

 そのせいで余計にそれっぽく見えてしまうんだ。


 なぁ、この魔導具さ……大砲っぽくね?

 何だっけ? 無反動砲とかバズーカとかとか……ああ~、ついさっき転生開花の使いすぎには気を付けようと思ったばかりなのに~、まぁた転生開花がピョンピョンしてる~。

 仕方ないね、ドカンと撃ち出すものはだいたいかっこいいしロマンだもんね!!


 そう、部屋の隅っこに置いてあるそれはすごく大砲っぽいのだ。

 えぇと……最初の予定では沌属性の魔力を吸収して他の魔力に変換して放出する設置型の魔導具じゃなかったっけ?

 途中でタルバが設計図を丸めてぶん投げてたのは見ていたけど。

 説明を聞いてみるまではわからないが、すごく攻撃用の魔導具――ユーラティアではあまり見かけない魔導武器の魔砲ってやつに見えるんだよなぁ。


 魔砲という使用者の魔力を魔力弾に変換して撃ち出す魔導武器は、一般的な武器屋や魔導具屋でも見かけるのだが値段のわりに威力はそれほど高いものではなく、そんなものに魔力を使うくらいなら普通に魔法を使った方がいいみたいなものばかりである。

 魔法は使えないが魔力は多い俺のような者向けかと思いきや、魔力を詰め込みすぎると暴発つか爆発しやすく、そのため撃ち出される魔力弾威力にも限界があり、ぶっちゃけぶん殴る方が強いし遠距離攻撃なら弓や投擲でいいってなった。


 昔、試しに安いのを買って試してみたことがあるけれどいまいち使い勝手が悪く、何とかしようと改造しまくって最終的に爆発しちゃったんだよね。

 西の方にある魔導具の生産が盛んな国では、すごく性能のいい魔砲が売られているのだが、それらをユーラティアで手に入れようと思うと超お強い他の武器が何個も買えてしまうような値段だ。


 その魔砲っていうのが俺の前世の記憶にある銃器によく似ており、手のひらサイズのものから、肩に担ぐもの、すごく長ぁいもの、何発も連続で撃ち出せるものから、同時に複数打ち出せるものまでといろんな種類があるところもそっくりだ

 が、魔導具なので普通の武器よりも高い! 魔導具なので壊れやすい!

 使えば魔力を消費してしかも威力が上がれば上がるほど魔力消費も増える! つまり強さは使用者の経済力と魔力次第!

 ぶっちゃけ、殴った方がいいよねってなって、ユーラティアでは魔砲を使っている人を見かけることは滅多にない。


 俺の知っている限りではハンブルクギルド長の剣の手元部分には魔砲が隠されており、超身体能力による近接攻撃だけを警戒していると不意に剣から魔力弾が発射されてビシビシと撃ち抜かれることになる。

 Bランクの昇級テストの時に何故かハンブルクギルド長が出てきて、剣の攻撃を頑張って避けてチマチマせこい反撃していたら、あの隠し魔砲をビシビシ撃たれてくそ痛かったんだよなぁ。

 あれはきっとその辺に出回っているものではなく、やっべー強くてやっべー高級な魔砲に違いない。

 だって俺が爆発させた安物のハンド魔砲なんかよりずっと強くて、使い勝手良さそうだったんだもん。


 そんな大型魔砲のようなものがリビングの隅っこにポチョンと置かれている。

 なんか物騒なものな気がするのは気のせいかな?


 俺がマジマジとその白い筒状のものを見ていると、苔玉ちゃんと焦げ茶ちゃんがドヤ顔で俺のところにチョコチョコと歩いてきてズボンの裾をクイクイと引っ張ってその白い筒を指差した。


 ん? なになに? 近くでよく見ろってこと?

 うんうん、見る見る。


「もう少しで完成だから赤毛と銀髪に協力してほしいクサ。より強力なものにするために有能なお前達の力が必要なのだイワ。ふぅん、有能な俺達の力が必要なの? 仕方ないなー、そういうことなら協力してあげるよ。それを必要としてるのは俺達だしね。グランも一緒に協力してあげよ」

「そういうことなら協力するよ。でもその前にカリュオン達に食べ物を――うお!?」


 もちろん魔導具作りに協力をするつもりだが、その前に干からびている人達に魔力が回復しそうな食べ物を渡してから……ちょうど昼食で食べきれなかったハンバーガーを貰って帰ってきたのがあるんだよね。

 と思ったら、素速く後ろに回り込んだ苔玉ちゃんにやったら強い力でグイッと押されて白い筒の前まで進むことになった。

 俺のすぐそばにいたアベルも焦げ茶ちゃんに押されて同様に。


「グラン、アベル! 気を付けろ! 苔玉が突然煽ててくる時はだいたい罠だ! 俺達もその罠に……」 


 カリュオンのその声が聞こえた時にはすでに苔玉ちゃんからシュルシュルと伸びてきた蔦が俺の手に絡みつき、その蔦の先端が白い筒に巻き付いていて、咄嗟にアベルの方を振り返るとそちらは蔦の代わりに焦げ茶ちゃんからぴゅーっと伸びた砂が手に纏わり付きそれも蔦と同じように白い筒へと伸びているのが見えた。


 直後、蔦がポワンと緑に光って心地良い風に吹かれるような感覚と共に、俺の魔力がグインと吸い出される感覚に襲われた。

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