第968話◆俺が俺であるために
「なるほどこれはパンの中に具をたくさん挟むことが前提なんだね。皿に盛るなら無理に挟む必要もないので皿にボリュームが出せて、カトラリーを使って食べるなら手で持って食べることに抵抗がある人でも平気そ。俺達みたいに外で食べ歩きに慣れているならあまり人の目は気にならないけど、女性だと確かに気になるよね」
「ええ、食べたいと思っても手に持って外で食べるということに抵抗ある方は、貴族も平民も関係なくいらっしゃいますからね。それにあまり肉々しいくてボリュームがあるものをガツガツ食べているところを、殿方に見られるのは恥ずかしいと思う方も少なくないですからね」
「ええ~、俺は美味しそうにもりもり食べている女性は結構好きだけどなぁ。お上品に食べるお嬢様も庇護欲をそそられて可愛いと思うけど、美味しそうにたくさん食べる女の子を見てるとこっちも飯が美味くなるみたいで好きだなぁ。ハンバーガーに齧り付いてる女の子……悪くないと思うな!」
平民はそうでもないが貴族はやはりマナーを気にし、自分にも他人にも厳しい者が多い。
それは決して悪いことではなく、どんな時も仕草が優雅で綺麗なアベルなんかを見ていると、滲み出す育ちの良さが少し羨ましくもある。
あと自然に綺麗な仕草ができると、それだけでイケメンに見えて女の子に注目されるからマジで羨ましい。
でもそれと同じくらい、美味しそうに食事をする人を見るのも好きなんだよな。
俺まで食事が美味しくなっちゃう。
その辺もマジアベル。
上品なくせに美味いものを食った時のリアクションがわかりやすく面白くて、一緒に飯を食っていると飯が美味くなる気がする。
これだからイケメンは。
テーブルの上にはテイクアウト用に包装紙で包まれたものから、大ボリュームで皿に盛られフォークとナイフで食べるものまで、レストランのメニュー候補の様々なハンバーガーが並べられていて、俺達はそれらの中から気になったものを食べている。
用意された様々なタイプのハンバーガーを食べながら、リリーさんとの共同事業のレストランの話になっていた。
カメ君とサラマ君はハンバーガーが気に入ったのか、それとも商売の話には興味がないのか、俺達の話には興味を示さず持ち帰り用の紙に包まれたハンバーガーをちっこい前脚で抱えてせっせと食べている。
俺もアベルとリリーさんの話が難しい内容になると話に参加できなくて、黙々と食べる係になるのだが。
プルミリエ家のハンバーガーの始まりは、元はたくさんのお店の経営で忙しいリリーさんが手早くボリュームのある食事ができるようにと、プルミリエ家のシェフに頼んで作ってもらったものだそうだ。
その手軽さとボリュームからプルミリエ家の使用人や騎士の間でも食べられるようになり、最近では庶民――主に冒険者向けの料理屋のメニューに加え、テイクアウトもできるようにしたところ非常に好評なのだそうだ。
名前もフォールカルテ出身でハンブルクギルド長にちなんでいて、フォールカルテの人々にも冒険者にも馴染み易くて覚えやすい!
ちくしょう、フォールカルテの冒険者ギルドには時々立ち寄っていたが周囲の料理屋はチェックしていなくて、まさかハンバーガーが売られているなんて思わなかったぜ。
そのハンバーガーを、ソーリスで開店が予定されているアベルとリリーさんの共同事業であるレストランのメニューに組み込んでみてはどうかというのがリリーさんからの提案だった。
店内で提供されるものは皿の上にハンバーガー用のあのパンを広げその上に野菜と肉を積み上げ、肉以外の具材もソースもたっぷりで、更にメインの肉の横にはどっさりと揚げ芋が添えられたボリューム重視。
一方持ち帰り用は、手に持てるくらいの食べ歩きにも困らないサイズで食品用の包装紙に包まれていて、すごく俺の転生開花を刺激してくる。
それに添えられている揚げ芋は、小さめの袋から少しはみ出すよう入れられており、こちらもなんだか懐かしさを感じてしまう。
揚げ芋以外にも一口大のフライドチキンやミートパイ、焼き菓子など、ハンバーガープラス何かという形での販売を中心にしたいらしい。
さすがに前世のような紙のカップはないようで、持ち帰り用には飲み物は付かないらしいが、店内で食べる場合はハンバーガーと何か一品に飲み物が付いてお得感のあるセットを用意するのはどうかという話。
賛成賛成! めちゃくちゃ賛成ーーーー!!
もしそれで人気が出るようだったら、具材を色々変えてハンバーガーの種類を増やして……いや、メニューを増やしすぎると仕入れや食材の保管が大変だから、その時期に合った具材で季節限定のメニューとかがあってもいいと思うんだ。
店があるソーリスは食材ダンジョンのあるオルタ・ポタニコからそう遠くないので、そこの食材を活用できないかな?
まだ調査中のダンジョンだから管轄がオルタ辺境伯だけじゃなくて王家も絡んでいるから難しいのかな?
え? 多分いける? ドリー経由で何とかできると思う? さっすがドリー、オルタ辺境伯様の弟!!
ま、難しい話はアベルとリリーさんに任せて俺はこうやって試食をしながらたまに思い付きの話をするだけ。
いい身分だなぁ。
それにしてもやっぱりこのハンバーガーという名前も、既視感しかない形状もどうしても心にひっかかる。
確かにハンブルクギルド長はプルミリエ家の出身地だし、王都のギルド長といえばユーラーティア王国の冒険者ギルドのトップであり、あの超人的な強さであの年齢不詳の若作りイケメン。
地元では大人気の超有名人で、ハンブルクという名に親しみがあるという理由もわかる。
庶民と冒険者向けに売り出したものだから、冒険者のトップでもあるハンブルクギルド長の名を付けたというのも納得できる。
しかもそれを売り出したのはハンブルクギルド長の姪であるリリーさんだし。
理由としてはどこもおかしくないのだ。
だがハンブルクギルド長にちなんでハンバーガーという名前を付けられた料理が、こことは全く違う世界のハンバーガーという料理にそっくりだという偶然。
偶然すぎる偶然に転生開花がそわそわとしている。
もしかしてという疑惑と共に。
聞いてみる? どういう風に?
もし本当に偶然なら前世の話なんか突然したら、俺に前世の記憶があるとかこことは違う世界があるとかという真偽のわからない話を突然始めた変な人になる。
それにこの場にはアベルやカメ君やサラマ君もいるし、今すぐ確認するのは難しい。
ジュストの時はレイヴンからのヒントもあって、ジュストが日本人だと確信していたから抵抗なく俺の記憶のことを明かすことができた。
だけど確信が持てない相手にはやはり思い切れない。
しかしもし同じ話題ができる相手がいるのなら、そしてそれが俺にはできないことができる相手なら、それはきっととても楽しくてできることもきっと増えて金もどっさり稼げる。
今は俺のスキルと前世の知識を使ってでしか作れないものも、リリーさんに相談すれば今世の技術者に俺の知識を委ねることができるかもしれない。
リリーさんならきっと俺の記憶を変に利用しようとするタイプではないと思うし、それにリリーさんはすでに魔女である自分の手の内の一部を俺に明かしてくれいる。
リリーさんと二人っきりになれるチャンスがあれば話してみような?
いや、リリーさんは年頃のご令嬢だからいつも近くに護衛さんと使用人さんがいるからな。
チャンスがあるとすればアルジネのお店にいる時か。あそこならお客さんのいない時を狙えば――。
もしかすると懐かしい話ができて、俺だけではできないことに力を貸してくれそうな相手に俺の中の戸惑いが少しずつ決心へと変わろうとしていた。
それと同時に小さな不安と戸惑いがピョンピョンする転生開花を牽制するように、心の奥で落ち着きなく動き出す。
懐かしい思い出がわかる相手とその話で盛り上がりすぎると、もう戻れない場所の想い出があまりにキラキラしたものに思えてきそうで。
今が一番大切なはずなのに、今ではない時のここではない場所のものを求めたくなりそうで。
俺という……グランという存在が過去の記憶と感覚に侵食されてしまういそうで。
そう、きっとこれが転生開花というギフトの最大のデメリット。
転生開花で前世の記憶を掘り起こせば、そこのことに紐付いた記憶と感覚が俺の中で芽生えて今の俺を侵食していく。
それはすでに気付いている。そしてすでにかなり進行している。
つい魔物や妖精に情が芽生えてしまうのもそれ。
でもそれのおかげでラト達と仲良くなって、カメ君との縁も続いていて、ナナシにも取り憑かれたままで、最近ではダンジョンボスのチュペをお持ち帰りしてしまった。
確実に甘くなっている。
きっとそれは平和だった前世の記憶の影響。
命を奪うことに慣れることなかった前世の感覚。
そう、転生開花は少しずつ俺に影響を与え、最近は以前より積極的に俺の人格を刺激してくる。
やはり転生開花に頼りすぎてはいけない。
固まりかけた決心を心の奥底に押し込み、近くにあった持ち帰りサイズのハンバーガーを手に取り包みを剥がし口の中へと中身を押し込むと、転生開花を刺激する懐かしい味がした。
懐かしいな。
でもそれは想い出なんだ。
俺ではない俺の、もう戻ることのない俺の想い出なんだ。
今生きているのは俺だから、想い出は想い出のままでいてくれ。
俺は俺のままでいたいから。今の俺はグランという人間だから。
リリーさんのことは気になったけれど、それを確認するのは俺の心がもっと強くなって転生開花をちゃんと制御できるようになってから。
俺が俺であり続けるために。
※近況ノートの方でも書きましたがグラン&グルメコミックス1巻が重版されましたああああ!!
ありがとうございますありがとうございます!!
昨日くらいから書店に並び始めたみたいです。
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