第966話◆閑話:お嬢様の秘密の事情――参

 プルミリエ家とシュペルノーヴァの縁が長く続いているのは、単にプルミリエ家の先祖との縁だけではない。

 シュペルノーヴァが意外と人好きだったとしても、つまらぬ存在にはそう長いこと興味が留まるはずはない。偉大故に古代竜とはそういう生きものなのだ。

 それを示すようにプルミリエ家の血筋でも、おじ様の興味がなければ他の人間と大して変わらない距離感の付き合いになる。


 プルミリエ家に生まれる者は、方向性に統一はないが何かしらの突出した才能に恵まれた者が多い。

 武に優れた者、魔法に優れたもの、商才に恵まれた者、統治者として君臨するに相応しい能力を揃えた者などなど、とにかく優秀なギフトと何かしらのユニークスキルを先天的に持って生まれる者が非常に多い。

 それは本家に近ければ近いほど。 


 そういう者がシュペルノーヴァの興味を引くのか、おじ様曰く「代々才能に恵まれた変わり者を多く輩出する隣人は、長い時間に驚きと楽しみを与えてくれる」らしい。

 つまり全部が全部ではないが、おもしれー奴が生まれてくるからプルミリエ家との付き合いは飽きないってことですわ。


 そのプルミリエ家の本家の長女として生まれたわたくしは、あの日までこれといった才能に目覚めることもなくただの平凡な子供だった。

 たしかにギフトは持っておりましたが、そのギフトの効果が不明でわたくし自身も同世代の子供と変わらぬ……どころか頭の回転も運動神経もやや劣っているくらいで、心ない者にはプルミリエ家の本家に生まれながらも無才ではないのかと囁かれておりました。

 今思えばその当時の記憶――まだ四つにもならない頃に近くで囁かれていた大人達の言葉がしっかりと記憶に残っているので、これはわたくしがあの時をきっかけに目覚めた才能ではなく、アイリス・リリー・プルミリエという人間そのものが生まれた時から持っていた非凡な能力で間違いない。


 ですが当時のわたくしはそんな才能に気付くことなく、わたくしが平凡な子供であるにも拘わらずわたくしを可愛がってくださる偉大な父や叔父そして才能溢れる兄に憧れながらも、彼らと平凡なわたくしを比べる他の大人達の言葉を耳にし幼くして劣等感に苛まれておりました。

 ベテルギウスおじ様と始めて会ったのはその頃。


 ちょうどお母様とお庭のガゼボでお茶をしながらマナーを学んでいた時でした。

 すんごい恐い顔のクソデカリザードマンがドスドスと大股で近付いてきて、口にやっべー鋭いお牙が並びあそばってるのが見えて、そりゃあもう絵本に出てくる恐ろしいドラゴンかと思いまして、ビックリして椅子から飛び降りて走ってにげようとしたらそのまますっころんでガゼボの階段をコロコロ転がってしまい頭を強打することに。

 子供だったら命に関わるほど怪我だったのですが、偉大なベテルギウスおじ様が目の前にいたおかげでちょこっと寝込むだけで命の方は無事でした。


 後におじ様に聞いた話によると、名付けに関わった子供が思ったより大きくなっていて嬉しくなって足早に近付いた。名付けの場にいたから覚えているものだと思っていた。

 などと申されておりました。

 いやいやいやいや、わたくしは幼い頃から記憶力は良かったようですが、さすがに生まれた直後のことは覚えているわけないでしょう。


 その名付けに関わったといいうのが、わたくしのミドルネームとなっているリリーという名について。

 これは元々お母様が考えられた名前で、こちらの名になる予定だったのですが、おじ様が女性で”リ”で始まる名前は万が一があるから避けた方がいいとおっしゃられ、アイリスという名を父と母とおじ様で話し合いまくって付けられたそうです。


 おじ様の話によりますと、体を失った古の神に噐として目を付けられるかもしれないから。

 その神は自分の噐になるだけの能力と自分の名と響きの近い名を持つ者に取り引きを持ちかけ、体の持ち主の願いを叶える代償としてその体を貰うという。

 そしてその噐が朽ちれば、また新しく噐になる人物を見つけ取り引きをして噐に。


 プルミリエ家の者ならその噐として目を付けられてもおかしくはないからという、おじ様の助言によりわたくしの名はリリーではなくアイリスとなり、しかし母が最初に考えてくれた名はミドルネームとして残し、現在ではわたくしがプルミリエ侯爵家の令嬢であることを伏せて活動する時に使用している。


 その神の話を聞いた時はゾッと鳥肌が立ちましたわ。

 神々の時代から生きるおじ様の言うことであれば、その神は間違いなく存在し、その行為は現在でも続き、この世のどこかにその神が中にはいった人物が存在するということだろう。


 その神と噐になる者の相性は名で決まるらしく、頭文字が”リ”であることが絶対的な条件だという。

 そしてその神の名に近ければ近いほど、その神が噐として好むとかなんとか。

 それでいて、噐になる者が神の力を行使できるだけの膨大な魔力を持っていることが条件。

 生まれて間もない頃でわたくしの魔力が将来どうなるかわからない状態でしたが、プルミリエ家の者なら万が一があるとおじ様が助言をしてくれたのだ。


 時々その話を思い出しては恐くなっておじ様に聞いてみるのですが、しばらくはその心配はないだろうから安心していいという答えが返ってくる。

 そう言われてもそんな話を知ってしまうとやはり恐いではないですか。


 でももしどうしても自分の力ではどうにもならなくて、神様の力ならどうにかなるかもしれない。


 それがわたくしの大切な方々を救うための願いなら――そんな時がきたら、自分を代償としても神の力を求めるかもしれない。







 

 あの時、前世の記憶が蘇ると共に詳細が不明だったギフト”転生天賦”が効果を現し、同時に”叡智の扉”というギフトといくつかのユニークスキルが発現し、その後は色々ありましたがギフトとユニークスキルのおかげもあって陰で無才と言われない程度の令嬢に成長し、自分の趣味に没頭するおマネーを自分で稼ぎながら至った現在、今のところはそんなことを願うような出来事には遭遇していない。

 転生前の記憶のおかげでちょこっとズルができたのもあって、前世の記憶を得てからはメキメキと魔力が伸び、おじ様にはやはり名をアイリスにしておいたのは正解だったかもしれないとぼやかれて、またちょっぴりゾッとさせられたとか。



 そして現在、推しのいる人生を進行形で満喫している。



「う……足が痺れてきた……肩も凝ってきた……サラマ君、重たっ。カメ君も出会った時に比べて随分ずっしりと……」

「もー、グランはチビッ子達に甘すぎなんだよ。叩き起こしてその辺に転がらせておけばいいのに。てかグランのとこに出入りしてるチビッ子達、食っちゃ寝の堕落生活続きでこの短期間で確実に丸くなってるよ。熱っ! 冷たっ! なんで寝ながらこっちに火の粉と氷の破片が飛んでくるの! 実は起きてるでしょ!?」

「プピー」

「スコー」


 さすがですわ、おじ様。

 飼育員様の膝上で居眠りをしていても自分に対する悪意には自動で反撃、しかもその度合いに応じて手加減もしている模様。

 さすが古代竜、偉大な能力の無駄遣いに躊躇がない。

 それから、おじ様は屋内で火はおやめくださいませ。これは後でお説教ですわね。


 そして肩の上で爆睡をしている青いカメさんも、おじ様と同様に悪意に対してオートカウンター機能付き!?

 こちらはカメらしく水属性の魔力で氷が飛んでいっている模様。

 偉大な古代竜と同じことができてしまうこの青いカメさんは何者!?

 しかしそれより何より、火属性と水属性という相対する属性の組み合わせが非常によろしいですわ。



 店の応接室でソファーに座りカタログを見ながらの買い物は続く。在庫があるものは実物を確認しながら。

 飼育員様に抱えられた体勢で寝てしまった子サラマンダー姿のベテルギウスおじ様は、飼育員様が重たいといって膝の上に降ろされてからそこで爆睡中。

 その姿はやはり飼い慣らされた猫。古代竜から猫に転職でもしたのですかねぇ。


 飼育員様が足が痺れたとおっしゃっていますが、すごくわかります。その子サラマンダーすごくでっぷりしていますわね。

 ええ、わたくしもプルミリエ家本家の者ですからベテルギウスおじ様の仮のお姿はいくつか存じておりますが――子サラマンダー姿はその中でも隠密行動中によくお使いになっているお姿でわたくしも非常に見慣れておりますが、おじ様……実はすごくぽっちゃりされましたね?


 そういえばつい先日リザードマン姿のおじ様とお話をした時に、なんか少しふっくらしたなぁと思っていたのですよね。

 暑い季節なので火属性のリザードマンの肥ゆる夏なのかなどと思っておりましたが……さてはおじ様、飼育員様のところに入り浸って食っちゃ寝してますわね!?

 その様子からしてすでに餌付け済み。

 さすが王都で紅蓮の猛獣使いという異名を持つだけの飼育員様!! しかしその超ポチャトカゲおじは、猛獣どころか古代竜ですよ!!!



 世界なんて簡単に滅ぼせる程の力を持つ偉大な古代竜が、人間に餌付けされ堕落した猫のようになってしまうほどの平和な時。

 そしてその古代竜を堕落させてしまう推しと、古代竜に弄くられてリアクション芸人と化している推し。


 なんという平和で幸せな時間なのでしょう。






 そうですね……もし神様に願うとしたら、いつまでも推しやわたくしの周りの方々が平和で幸せでありますように。


 そしてその代償として神様がわたくしの体を噐にした時は、わたくしの分まで彼らの平和と幸せを見守る幸せを噛みしめていただくことを願うでしょう。


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