第964話◆閑話:お嬢様の秘密の事情――壱
「ここのお店はオーダーメイドも利くそうだから、チビッ子達の食器やベッドも頼んじゃおっか。改装費用で素材はかなり減ったけど現金を使わなかったから、その分家具や生活用品に使ってしまおう。え? カメ君は俺が作ったベッドでいいの? じゃあ部屋に綺麗な水槽を置いていつでも泳げるようにしようか。サラマ君はサンルームにハンモックを付けて欲しいっていってたよね? ハンモックは付けるとして、サンルームには南国の植物をたくさん置こうか。サラマ君はよく南国フルーツを持ってきてくれるけど、やっぱサラマンダーだから温暖な地域の植物が好きなのかなぁ?」
「は? チビカメ水槽なんて贅沢だよ、バケツで十分でしょ! それにサラマンダーかどうか怪しいけど、サラマンダーなら南の植物じゃなくて火山の石ころで十分……つめたっ! あつっ! 君達さ、いつの間にかグランの家に居座ってる居候のくせに生意気だよ! 大人しくしてないと、グランにお願いして君達の食器をだっさいものにしてもらうよ! つめたっ! あつっ!」
「アベルはいちいちウザ絡みしてくるから弄くり回して遊びたいのはわかるけど、今はお買い物中だから大人しくしてて。ほらぁ、飴玉をあげるからもうちょっといい子にしててね」
「ゲッ!?」
「カメッ!」
ええと……これはどういう状況なのかしら……。
はっ! しまった、わたしくしとしたことが目の前の微笑ましくも異常な光景に気を取られてしまい、思わず遥か遠くに思いを馳せるところでしたわ。
ええ、まったくどういう状況なのでしょう。
今日はターゲット様と飼育員様達のお買い物にご協力する予定だったはずなのですが、どうしてシュペ……ベテルギウスおじ様が、子サラマンダーに化けて飼育員様に抱えられて飴玉であやされているのでしょう。
その恰好と表情、捕獲され逃げることを断念し全てを諦めた表情になったしまった猫のよう。
何故そんなことになってしまっているのか、そしてその子サラマンダーの正体にまったく気付かず小動物を愛でるように接する飼育員様と、子サラマンダーと子亀に火の粉と氷をぶつけられているターゲット様に、子サラマンダーと妙に息ぴったりなカメーと鳴く子亀。
全体的に! 何から何まで! 全てにおいて! 意味がわからなすぎて思考を放棄してしまいますわあああああああ!!
思考を放棄してこの微笑ましい光景を、微笑ましいだけで流してしまいたい。
というか飼育員様達は子サラマンダーの正体にまったく気付いていない!? あからさまに怪しい子サラマンダーっぽい何かの正体に!?
正体に辿り着かずとも、妙に知能が高く人間の言葉を理解する明らかに怪しい子サラマンダー。しかも背中に小さな翼。
いやいやいやいや、どう見てもサラマンダーではないとわかると思うのですけれど何サラッと”サラマ君”なんて呼んでいるのですか!?
しかもベテルギウスおじ様もそう呼ばれて普通に返事してしまっているのですか!?
気付いて! もっと危機を感じて! Aランク冒険者様ああああああああああああ!!
ああ、でもそういうちょっぴり抜けているところもご馳走です。
あ、そういえばそのおチビさん達用の家具や食器をお求めでしたっけ? ご自宅を改装したから?
は? もしかして住み着いてらっしゃる? その子サラマンダーの姿で? 飼育員様のご自宅に? 専用の空間も作ってもらったらしい?
おじ様ーーーーー!! いい大人が!! 偉大な存在が!! あざとい姿で何やってらっしゃるんですかーーーーーー!!
つい気になってガン見したら、一度目があってすぐに目を逸らされてしまいましたわ。
……まぁ、ベテルギウスおじ様は人間の理解も常識も遥かに超える存在でしたね。
なので気にしても仕方ないことですし、おじ様も正体を明かさず、飼育員様達もまったく正体に気付かずお過ごしにようなので、わたくしも空気を読んで何も知らないふりをしておきますが、ちょっとその最近の楽しそうなお話をぜひ! ぜひぜひぜひぜひ、聞かせて頂きたいものですわね!!!
先日、フォールカルテ近郊まで偉大なお姿ですっ飛んできて、あちこちに多大で偉大な影響を与えまくってしまったお話もゆっくりいたしたいことですし!!
ええ、かの古代の火竜と長年の隣人そして友人であるプルミリエ家の一員として。
プルミリエ侯爵領の南の海上に浮かぶルチャルトラ島には、この国の歴史どころか人類の歴史より古くから巨大で偉大な竜が棲んでいる。
その名はシュペルノーヴァ。
人間を含めたこの世の生物の何よりも強大で強力な力と知能を持ち、世界の始まりから存在し続けているといわれる最古の古代竜で、歴史だけではなく伝説にも神話にも多くの名を残し、この世でもっとも神に近いとも謳われる存在。
神のように崇められ、神のように畏れられる存在。
そのシュペルノーヴァの住み処であるルチャルトラ島は人間の船でも半日から一日ほどの距離、古代竜の翼ならほんの数分か数秒の距離だと思われる目と鼻の先。
シュペルノーヴァは好戦的な性格らしいが、幸いなことに無意味に周囲を攻撃するようなことはなく、あちらから人間を攻撃してきたという例は記録に少ない。
愚かな人間がシュペルノーヴァの怒りを買い、部族ごとどころか国ごと燃やされたという話はちょいちょい残っているが。
そんなシュペルノーヴァをこの地を治めるプルミリエ家が意識しないはずもなく、また長年そこに棲むシュペルノーヴァが自分の縄張りの傍に棲む生きものに気付かないわけがない。
だがこの地を治めるプルミリエ家はシュペルノーヴァと争うようなことはせず、かといって媚びるようなこともせず、適切な距離を保ち良き隣人としてお互い干渉をせず、しかし時には互いの利のため協力や取り引きをし良好な共存関係を大昔より続けていると聞いている。
プルミリエ家とシュペルノーヴァの関係はこの国の建国より以前、かの魔法大国がこの大陸を支配していた時代からだとプルミリエ家の歴史書に記されており、プルミリエ家の先祖がシュペルノーヴァと共に世界を救う旅をしたのが始まりだったなどという神話のような話が残っている。
プルミリエ家とシュペルノーヴァは表向きでは大きな干渉をすることはなく、理由と対価次第で力を借りることができる程度の関係にあるとして、この辺りで暮らす者やユーラティアの貴族の歴史に詳しい者には知られている。
表向きには。
実際のところはというと――意外と人間臭いというか庶民臭いというか、古代竜から見たらちっぽけな存在に非常に理解がある方ですの。
世間一般では炎の化身とか荒ぶる炎の象徴みたいな扱いをされて、信仰と恐怖の対象みたいなところはありますし実際そういう存在なのでしょうけれど、やはり生きもの故にオンとオフはあるという印象。
そしてそのオフの部分、つまり世間一般には知られていない伝説の古代竜の意外な本性と、古代竜以外の姿を知る程度の付き合いをしているのが我がプルミリエ家である。
シュペルノーヴァが正体を隠し人の社会に溶け込んだつもりになり、あちこちで竜生を古代竜のスケールで大雑把に楽しんでいることもしっかり把握し、その正体の隠蔽工作に協力したり巻き込まれたりするくらいの親しい付き合いである。
それはプルミリエ家の本家の人間なら幼い頃に知る話、というかうちの実家に普通のリザードマンのふりをして出入りしてらっしゃいますからね!!
ええ、わたくしも物心付いたくらいにあのクソでか強面のリザードマンとうちの庭で遭遇して超びびり散らしてしまい、大泣きをしながら走って逃げてすっころんで頭を強打して数日寝込むことになったのは、今でも残っている数少ない幼い頃の記憶ですわね。
ええ……あの時、あの出会い、それがなければ今のわたくしはありえなかったでしょう。
あの時、クソでかくて超強面のベテルギウスおじ様に出会っていなければ、わたくしはびびり散らして走って逃げてすっころんで頭をぶつけることはなく、わたくしを大きく変えたあのギフトも記憶も発現することはなかったでしょうから。
シュペルノーヴァ――遥か太古より生きる竜の力は人間など足元にも及ばぬもの。その先天的な力も、長い時を生き手に入れた技術も。
それらの力により姿など自由に変え、正体を隠し古代竜以外の生き方を楽しむのは無限の命故の退屈凌ぎか。偉大すぎる古代竜という生き方に疲弊した時の息抜きか。
数十年しか生きることのない人間にその理由を理解するのは難しいが、彼がわたくし達のような小さな存在の傍で過ごすことを好きなことはよくわかる。
現在ではベテルギウスという名のリザードマンとして人の社会に紛れ込んでいる。
そしてその人社会のしがらみすら面倒くさい時は、子サラマンダーもどきの姿になることや、まったく別の人物に化けることもある。
ええ、そう……小さなサラマンダーもどき。
ちょっぴり天然な飼育員様達の目を誤魔化せても、プルミリエ家の者としておじ様との付き合いの長いわたくしの目は誤魔化せません!
ていうかおじ様の正体隠蔽工作はガバガバすぎて、ルチャルトラの冒険者ギルドの職員どころか地元の人達にも正体がバレていますよ!! 気付いていないふりしてくれているだけですよ!!
むしろ飼育員様達が気付かないのがおかしいレベル。
自分の人生でありえないこと思い込んでいることには絶対に気付かないという恐ろしさを目の当たりにする事案。
今、飼育員様に抱えられて何度もメッとされている躾のなっていない子サラマンダーもどき。
この人……この子サラマンダーもどき、シュペルノーヴァです!!
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