第962話◆起きたら朝だった

 起きたら朝だった。


 窓から差し込む夜明けの淡い光とチュンチュンという小鳥のさえずりでハッとなって飛び起きて周囲を見回すと、すごく見慣れた俺の部屋で時計はちょうどいつも起きるくらいの時間を示していた。


 やっちまった――ちょっとだけのつもりが酒を飲みすぎて寝ちまった。

 部屋で寝ていたってことは自力で戻った……いや、服が夕食の時のままだから、飲みすぎて潰れた俺を誰かが部屋まで運んでくれたのか?


 それより、箱庭あああああああ!!

 やっちまった……一日一回しか入れない箱庭に行く前に寝てしまった。

 俺としたことが、どうしてこんなことに……。



 昨日、夕食の後リビングでアヒージョパーティーをして、やっべーいっぱい食ってちょこっとだけ酒も飲んだけれど、箱庭に入るのに支障が出ない程度でやめておくつもりだった。

 それで程々でやめておこうと思った矢先に、アミュグダレーさんがハイエルフの里に伝わる霊酒とやら持ち出してきて――あはぁん……口当たり滑らかほんのり甘味のある上品な霊酒~の後から記憶がない。


 アミュグダレーさんとタルバとセファラポッド焼き器の話で盛り上がり、アミュグダレーさんの手土産に一台セファラポッド焼き器をあげることにして、もしアミュグダレーさん以外のハイエルフ達がそれを気に入るようなことがあったら、製作はタルバに依頼してくれということになって、そのお礼にエルフの里で栽培している作物をお裾分けしてもらうという話をしていたのは覚えている。

 それを届けにきた時にカリュオンと会っていけばいいし、なんならうちに泊まってカリュオンとゆっくり話していけばいいみたいな話をしていて――その後何かあった気もしないでもないが……ダメだ、そこら辺から記憶がない。


 ハイエルフの霊酒が口当たりがいいわりに、めちゃくちゃ強かったんだよおおおおおお!!

 めちゃくちゃ強い酒を飲んで潰れてしまったと思われるのだが、意外と目覚めはスッキリしていて二日酔い感は全くない。

 むしろいつもよりぐっすり寝た気がして、疲労が消し飛んで体がすごく軽く感じる爽やかな目覚めだった。

 さすがハイエルフに伝わるという霊酒、最高級の品質の酒だったようだ。もしかすると、ハイエルフ秘伝の何か特殊な効果でもあるのかもしれない。


 しかし寝落ちしてしまったせいでデイリー箱庭に行きそびれてしまった……もったいないーーーー!!

 いや、アベル達が俺を置いていっているかもしれないな、一昨日の俺みたいに。


 そうだ、酒を飲みすぎてデロンデロンの状態で箱庭にいくくらいなら、家で寝落ちした方が安全だし箱庭でアベル達に迷惑をかけないで済む。

 つまり結果よし。過ぎてしまったことを悔やんでもしかたのないので、ポジティブな方向に考えるのだ。

 箱庭に行きそびれたのは残念だったが、気持ちを切り替えて今日を始めるのだー!


 と、気持ちを切り替えていつものように早朝トレーニングを始めるとジュストが起きて昨夜の話を聞くことができた。

 


「ええ、グランさんとアミュグダレーさんが寝ちゃったのでアベルさんが魔法でグランさんを部屋に運んで、アミュグダレーさんはカリュオンさんが自分の部屋のベッドを貸したみたいですね。タルバさんはリビングで寝たみたいですね。それでですね、箱庭には僕とアベルさんとカリュオンさんでいってきました! 詳しいことはアベルさんが朝食の時に話すと言っていたのでそれまで秘密です。うふふふふふ……キノコさんもガーディアンさん達も箱庭の畑もすごいですねぇ……うふふふふふふふ」



 どうやら箱庭には三人でいったようで、一日一回しか使えない鍵は無駄にならなかったようでよかった。

 え? それで何!? 何があったの!?

 すごく気になるジュストの話。

 間違いなくアベルによって口止めされているのだろうが、だったらそのちょい出し報告はやめろよおおおおお、めちゃくちゃ気になるだおおおおおおおお!!


 俺の方にまっすぐと向けられてまん丸になっている目にクイッと上がった口角とピンと立っている耳、そしてパタパタと振り回される尻尾が、めっちゃくちゃそわそわとして話したくて仕方ないというジュストの感情の表れは考えるまでもなくわかった。

 めちゃくちゃ気になるから少しくらい聞かせてくれてもいいだろぉ?

 というかジュストは俺に懐いているから聞けば教えてくれるかもと朝練の間に何度も聞いてみたが、ニコニコとした表情でアベルさんに聞いて下さいと返されるだけだった。

 

 ちくしょう、アベルと付き合いの長い俺にはわかるぞ!

 きっと昨夜は俺抜きでいいことがあって、アベルはそれを自慢して俺の反応を楽しもうとしているんだな!?

 寝ちまった俺が悪いのだが、気になるし何だか悔しいぞおおおおおお!!




 で、予想通り朝食の時にめちゃくちゃ自慢された。めちゃくちゃ早口で。




「それでねそれでね、ガーディアン達と一緒に畑で豆を収穫した報酬のオマケでね、パンを貰ったんだ。すごく地味な見た目のパンだったんだけど、ジュストがあまりに喜んでるから食べてみたらさ、めちゃくちゃ俺の好みだったんだ――揚げパンっていうパン。パンを揚げてソジャ豆の粉と砂糖にまぶしてあるだけっぽいけど、揚げてあるのに硬くなくて中は思ったよりしっとりふかふかで甘さもしつこすぎなくて、すっごくまた食べたくなる味。脂っこいものを食べた後に箱庭にいったのに、揚げたパンも全部食べちゃった。これはきっと油の神様の神託だよ。ねぇ、グラン? グランも食べたいよね? だから作れない? あの売買機能でも売ってておかわりが欲しかったけど高くて悩んでたら、収穫したソジャ豆がたくさんあるからグランなら作れるかもってジュストが言うから我慢して帰ってきちゃった」


 あっあっあっあっあっ揚げパンだどおおおおおおおおおおおお!?


 しかもアベルの話からするときな粉味の揚げパン!!

 これはジュストが朝からちょうご機嫌でずっと口の端が上がってニコニコした表情だったのもわかる。

 学校の給食で出てくるとすごく嬉しいやつ! 誰か休みの奴がいて余るとジャンケン大会が始まるやつ!!

 ああああ~~~~、揚げパン! きな粉味の揚げパン! 俺も食いたかった!!


 朝食のメニューは新しいオーブンで焼いたバターロールにドラゴンベーコンエッグ、それからサラダと野菜スープ。

 焼きたてのバターロールは美味しいのだが、揚げパンを自慢されたせいで心がすっかり揚げパンになっていて、ふかふかのバターロールを口に入れながら、あまぁ~いきな粉と砂糖の味を脳が求めてしまう。



 昨夜はアミュグダレーさんとタルバがうちに泊まって、いつもよりも人数の多い朝食。

 サラマ君も昨夜は泊まっていったようで、カラフルなチビッ子達も勢揃い。

 だが箱庭にいったアベル達以外はきな粉味の揚げパンの味がピンとこないようで、アベル達が箱庭で揚げパンを食べてきたことより、俺が揚げパンを作るか作らないかの方が重要なのだろう。アベルの早口報告が終わる頃には視線が俺に集まっていた。


「昨日、箱庭にいったらソジャ豆が収穫時だとガーディアン達に農作業を手伝わされてなぁ。ま、グランもいねーから元々ちょこっと覗いて帰るつもりだったから畑仕事をして帰ろうってなって、なんかよくわかんねーけどソジャ豆の収穫が終わったら畑のグレードが上がって報酬のキノーと揚げたパンを貰ったってわけさ。で、収穫したソジャ豆はグランに渡せばいいだろうってアベルが持って帰ってるぜ。それと揚げパンってやつは美味かったぞ」

「はい! 揚げパン、すごく美味しくて懐かしかったです! きな粉って大豆の粉ですよね!? 昨夜大豆をたくさん収穫したので、アベルさんが持って帰ってきてくれてます! えへへへ……僕、揚げパン大好きなんです」

 

 状況を簡潔に説明しながらもさらっと揚げパン自慢をするカリュオン。 

 あるぇ、起きたらカリュオンに何か言おうと思ってたんだけど思い出せないや。

 ジュストはジュストで揚げパンでテンションが上がりまくっているようで、いつも以上にポロポロしまくっている。

 そのポロポロいつか忘れた頃に、記憶力チートのアベルに掘り返されるかもしれないぞ。


「それで揚げパンってやつ、作れそう? ソジャ豆はたくさん持って帰ってきたから、作れるならみんなで揚げパンパーティーをしよ?」


 お強請りをするようにコテンと首を横に倒すアベル。

 俺より長身の男にそんな仕草をされてもイラッとするだけなのだが、俺も揚げパンが食べたい。


「ソジャ豆があるならキナ粉は作れるから、後はパンを揚げるだけだから揚げパンは作ろうと思えば作れるな」


 もちろんすでに作る気にはなっていたが、もしそうじゃなかったとしても俺に集まる視線は絶対に作らないとは言わせない圧だらけだった。

 作るよー! もちろん作るよー!!

 揚げパンだけでなく、キナ粉を使ったスイーツを。


 そう、キナ粉があれば我が家のスイーツの水準が爆上げされる。

 そしてキナ粉以外にもソジャ豆を加工した食品を色々作ることができる。

 発酵食品は無理だとしても、それ以外でもソジャ豆を利用した加工食品はたくさんある。


 見せてやろうじゃないか、転生開花の本気と大豆――ソジャ豆の本気を。


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