第961話◆おニューリビングとアヒージョパーティー

 カリュオンが今日はクラーケンとセファラポッドの気分だと言ったので、今日の夕飯はクラーケンとセファラポッド――イカとタコがメイン。

 

 予想通りアベルがドン引きをした真っ黒なクラーケンスミパスタ。

 真っ黒で見た目はすごいけれど、クラーケンのスミは旨味が詰まっていて美味いんだぞぉ。俺の前世の知識だけではなく、フォールカルテでもクラーケンスミ料理があるから間違いない。


 表情があまり変わらないアミュグダレーさんも、真っ黒パスタに眉毛がピクンと跳ねたのが見えた。

 でも二人とも最初の一口で表情が緩んだので、それを見ていた俺も釣られて表情が緩んだ。

 ついでに口の周りにクラーケンスミのソースが付いて、残念なイケメンと化しているアベルも面白くて更にニヤニヤした。


 セファラポッドはキュウリやトマト、アスパラなどの夏野菜とスライス玉ねぎと和えて定番のマリネに。

 マリネの具はセファラポッドと野菜だけではなく、こちらもカリュオンが食べたいと言ったので茹でたエビとカニの身も入っている。

 いやー、カリュオンが食べたいって言ったからなー。へー、ハイエルフはカニもエビも食べられるんだー?

 ま、実は以前カリュオンではない別のハイエルフに聞いて、ハイエルフがカニもエビも食べられることは知っていたけどな。


 エビはアベルやカメ君のリクエストもあってエビフライにもした。

 カメ君が追加でエビを出してきたので、そりゃあもぉすごくたくさん。

 でもキッチンが広くなってコンロも増えて、みんなが手伝ってくれるのでたくさん揚げ物をしても苦痛じゃない。


 アミュグダレーさんもエビなら揚げ物でも大丈夫とか言って結構食べていて、見ているこちらが不安になってきた。

 カニ炒飯もカニとレタスとグリンピースと卵だから平気みたいだけれど、そんなに食べて大丈夫?

 お腹がいっぱいになったら適当に魔法を使えばいい? アミュグダレーさんってやっぱカリュオンのお父さんだな!?

 と思って生温かい目でカリュオンとアミュグダレーさんを見比べていたら、テーブルの下でカリュオンに足を蹴られた。

 この照れ屋の反抗期君め!


 ジュストのリクエストで買ってきたシー・オークの炙りはさすがにアミュグダレーさんは無理だったようで、これはアミュグダレーさん以外で平らげることに。

 最初は生だと警戒していたアベルも、スライス玉ねぎと生姜と一緒に醤油ベースの酸っぱいタレを付けて食べたら一瞬で陥落した。


 ふはは、あっさりとしとしているけれど脂の乗ったシー・オークの炙りを、辛みのあるスライス玉ねぎと鼻に抜ける爽やかさのあるおろし生姜と一緒に、この酸っぱい醤油タレを付けて食べると最高だろう?

 ほぉら、ほかほかご飯を一緒に口の中に入れてみるがいい、心が飛んでいくぞ?

 ははは、生魚系はみんな警戒すると思って今日は少ししか買ってこなかったからな。次はたくさん買ってこような。


 人間とは食生活の違うハイエルフの客人を迎えての夕食。色々考えながら食材を選んで料理するのは思ったよりも楽しかった。

 明日は今日よりも美味しいものが作れるといいな。

 アミュグダレーさんはドワーフやモールのとこにメンテナンスに出しているものが完成して、ハイエルフの里に帰るまではうちに滞在する予定なので、それまでカリュオンに食べたいものを聞きながらメニューを考えることにしよう。




 そして、夕食が終わったら――。




「うぉい~、親父はあんま食いすぎて腹を壊しても知らねーぞぉ。てかグランもアベルもあんま食ってるとこの後の箱庭探索に響くぞぉ」


「うむ……さすがにそろそろやめるつもりだ。あ、主様の手ずから酒を注いで下さるとは……これは飲まぬわけには……」


「うむ、ハイエルフとは長年の良き隣人であるからな。こうして酒の席でお互いを知るというのも必要なことであろう。ほれ、もっと飲め飲め」


「キエッ!」


「あぁっ、苔玉様までそんな追加で酒を注ぐのはおやめ下さいませ」


「わかってるよ、今日はちゃんと箱庭に行くつもりだからそんな食べてないよ。でもセファラポッド焼き器でアヒージョは、少しずつ食べるからあんまり量を食べた気分にならなくてどんどん食べちゃうのは恐いね。油が後からお腹にきそうだから油と脂の神様にお祈りしながら食べよ」


「僕はそろそろお腹がいっぱいの頃だけど、空腹感があまりなくてまた食べすぎそう……うっ、でもそこのタコさんが欲しいです」


「こういう使い方でもできるもねぇ。海のものをこんなにたくさん食べるのは初めてもだけど、たぶんモールはハイエルフよりは頑丈だから大丈夫も。多少お腹を壊しても、滅多に食べられないものなら食べておくほうがいいも」


「これは思った以上にセファラポッド焼き器の悪魔的使い方だな……一つの穴が一口程度の量だからパクッといけるし、少量小分けで作ってるから具材を入れるとすぐにできあがって無限アヒージョのターンになってしまってやばい……手が止まらねぇ。もうこれは油と油の神様に祈りながら食べるしかないじゃないか」


「ゲ、ゲェ?」


「カメッカメッカメッ!」


「カメ君、追加のセファラポッドを入れてくれてありがとう。さすがカメ君、気が利くなぁ~でも食べすぎるとこの後の箱庭……あれ? 焦げ茶ちゃんが寝ちゃってる。俺の酒を間違えて飲んだのか」


「モ……モォ……」



 夕食を完食した後、何となくもの足りない気がした俺達――夜になったので寝てしまった三姉妹をのぞいた面子で改装が終わったおニューリビングに集まり、セファラポッド焼き器を使ってアヒージョパーティーをしていた。

 新しくなったピッカピカリビングに、ニンニクや油か魚介類の香りを染みこませながら。


 リビングは元々かなり広さがあり、壁には埋め込み式の収納スペースもあったのだが、やはり中古物件だったので古さが目立っていし、家具も適当においていたのでリビングの広さと元々ある収納スペースを活かし切れてしなかった。

 そこをセンス良く更にピカピカの新品に、そして収納スペースも上手く活用できるように大改装をされた。


 元々収納スペースがあった場所の前は横長の作業台が設けられ、収納を背にして立てば小さなバーのような雰囲気になる。

 これは俺のリクエスト。

 えへへへへ……収納スペースには酒やグラスをたくさん並べるんだ。


 コンロやシンクはないのだが、小さな冷蔵と冷凍スペースがカウンターの内側には設けられており、氷や冷たい水や飲み物、少量の食品をストックしておける他、カウンター料理を切り分ける程度はできるし、小型の携帯コンロくらいなら使うスペースはある。

 えへへへへへ……バーカウンターがあるお家は前世からの夢だったんだ……えへへへへへへ。

 嬉しくて顔が勝手に緩んじゃう~。


 これまでもリビングで飲食をすることが多かったので、俺の夢もありリビングに元々あった壁収納を活かしたカウンタータイプの調理スペースを設置してもらったのだ。

 もちろんリビングに料理のにおいが染みつかないように換気機能もしっかりとしたものを付けてもらった。



 が、さすがにアヒージョはやりすぎたかもしれない。

 改装直後のピッカピカのリビングに腹の減るアヒージョのにおいが染みついてしまいそうだ。

 三姉妹達に明日の朝アヒージョパーティーについて質問攻めに予感がするので、彼女達のためにアヒージョをアレンジした料理を用意しておこう。


 以前タルバの協力により作ったセファラポッド焼き器はセファラポッド焼きを作るだけではなく、その故に今回のように各自で好きな具材を入れながら一口分のアヒージョを作りながら食べるというアヒージョパーティーもできるのだ。

 一つの穴が一口で食べられる程度の量なので、おつまみ感覚でつい食べすぎてしまうのが欠点でもある。

 そして一口でパクパクいってしまうので、酒と交互になって飲みすぎやすくもあるのもまた。


 セファラポッド焼きを作るための穴の中に満たされたオリーブオイルの中で、コトコトと煮える野菜や海産物。

 オリーブオイルの中には小さく刻んだニンニクの他に、リュウノツメという名の辛ぁ~いスパイスも入っている。

 その二つの風味に、中でコトコトと揺れているセファラポッドやエビからでる海の香りが無限に食欲を刺激する。

 セファラポッド焼き器の穴の大きさ的に一つ一つが一口で食べられる量なのが、ミニチュアサイズのアヒージョのようで可愛くてそれもまた食欲をそそる原因となっている。


 この突発アヒージョパーティーで予想以上に食べているのがアミュグダレーさん。

 カリュオンをアベルみたいにヒョロヒョロした感じの体型なのだが、やはり魔力が多く魔法に長けた種族であるハイエルフだけあって魔法に頼りがちで腹が減りまくるのだろうか?

 今日の昼間に魔導具作りでそんなに魔力を消費したのかな?


 親父さんの前ではツンツンしているカリュオンも、さすがにこれには心配そうな表情になっている。

 そして心配しているのを誤魔化すように、ついでで俺とアベルにも矛先が。

 確かに手が止まらなくてつい食べすぎている気はするから、あとちょっと食べたらやめておくよ。あとちょっとだけ……昨日のアベル達のようにならない程度で……ね?


 カリュオンにジト目で見られながらそろそろやめておこうと言っているアミュグダレーさんの横から、ラトがスッと空いたグラスに酒を注ぐ。

 そうなると真面目なアミュグダレーさんは注がれた酒を飲むしかなく、それを空けると今度は反対側から苔玉ちゃんが酒を――。

 大丈夫なのかこれ!? 

 

 で、彼らが楽しそうに飲んでいるから、この後箱庭に行く予定の俺達もちょっとだけ飲んじゃって……ちょっとだけ、ちょっとだけな?

 うんうん、ちょっとだけ飲んじゃったけど今日の箱庭はソジャ豆畑を弄るのが主なミッションだから、大丈夫大丈夫~。

 畑仕事の後、箱庭で枝豆を食うつもりなら腹の隙間を空けておけよ。


 って、アベルもすっげー食っているな。ジュストも手が止まらなくなっているみたいだし、これだとまた昨日みたいなことになるぞぉ? それからタコじゃなくて、こっちではセファラポッドな?

 アヒージョは油だから後からくるぞー。後で苦しくならないように油と脂の神様に祈っておけー。


 サラマ君がその話を聞いて不思議そうに首を傾げているけれど、いいじゃないか、脂っこいものを司る神様がいたって、脂っこいものをいくらでも食べられる加護があったって…………すごく欲しいな、そんな加護。


 タルバもめちゃくちゃ食べているけれど大丈夫かな?

 しかし、食べながらセファラポッド焼き器の使用感を確認しているのはさすが職人だな。

 これからも調理器具の製作を依頼するはずだからよろしくな!

 それから食べすぎて苦しくなったら、遠慮なくうちに泊まっていっていいぜ。

 うちは賑やかだから、今さら一人二人泊まっていく人が増えても問題ないからさ。


 手が止まらなくなるがそろそろ自重しなければと思っているはしから、カメ君が空いた穴にせっせとタコやエビを入れてくれている。

 みんなアヒージョを食べる手が止まらなくなっているのは、だいたいカメ君のせいな気がする。

 カメ君が次々と具材を入れてくれるから、食べるしかないじゃないか。

 まだいける、まだいけるぞ! そしてニンニク香るアヒージョを食べると、酒が欲しくなるという無限ループの罠が!


 と、酒の入っているはずのグラスに手を伸ばそうとして、俺の横でヘソ天で転がっている焦げ茶に気付いた。

 そして空になっている俺のグラスにも。 

 あちゃー、俺の酒を間違えて飲んじゃったか。

 焦げ茶ちゃんはお酒に弱いみたいだから、それで寝てしまったようだ。

 ま、俺もこの後箱庭に行く予定だからそろそろ酒は止めておくか。


 空いたグラスで冷えたトレント茶で飲むかと、トレント茶の入った瓶に手を伸ばした時。


「赤毛……いや、グランと言ったな。そなたもグラスが空いているではないか、宿に飯に世話になっている礼だハイエルフの里に伝わる霊酒を飲むがよい」


 すっかり顔が赤くなって目がトロンとしているアミュグダレーさんが、うちの家では見たことのない酒瓶を手にしているぞ?

 もしかして持ち込みの酒!?

 ああ~、お客様~困ります~~、俺達はこの後用事が~~~、あぁ~俺のグラスにハイエルフの里に伝わる霊酒がなみなみと~~~~。

 お父さんが注いでくれた酒を飲まないわけにはいけないので、ここはいっきにいかせていただきます!!




 この後、お父さんとめちゃくちゃ話した。

 タルバを交えてセファラポッド焼き器の話とか、俺が欲しい調理器具の構想とかで盛り上がりまくって、また遊びに来てくれる約束とその時にハイエルフの里付近で採れる食材を持ってきてくれるという約束をしてもらった。

 その後カリュオンの話になったので、俺の知っている限りのことを答えようとしたら、話ながらグラスが空く度に注がれていた酒のせいか急激な睡魔に襲われパタリと意識が途切れてしまった。


 意識が途切れる見えたのはアミュグダレーさん……違う、これはカリュオンだ!

 アベルのようにな不適な笑みを浮かべるカリュオンと、ローテーブルに突っ伏してしまっているアミュグダレーさんの姿が、意識が途切れる直前の俺の記憶だった。


 カリュオン、てめぇ!

 俺が余計なことを話さないようにスリープの魔法をかけやがった……スヤァ……。








 そして目が覚めたのは、小鳥のさえずりが聞こえる夜明けの時間だった。



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