第960話◆賑やかな料理の時間

「こうやって食堂でグランが料理しているのを眺めながら待つのは新鮮で楽しいね。あ、でも何がでてくるかわかっちゃうから楽しみはちょっと減るし、キッチンから流れてくるにおいでメニューを当てる賭けもできないね」

 今まで俺がキッチンで料理をしている時にそんな賭けをやっていたのか。


 アベルが食堂のテーブルでほおづえを付き、キッチンで作業をする俺の方を楽しそうに見ている。

 食堂とキッチンの間にあった壁は取り去られた代わりにアコーディオン式のドアが取り付けられ、それを全開にしている現在は俺がキッチンで作業する光景を食堂からよぉく見ることができる。

 もちろん俺の方からも食堂がよぉく見える。


「さすがグランだなぁ、クラーケンを捌くのも手慣れててはえーな。へー、内臓っぽいのは避けてあるけどそれも何かの料理になるのかぁ? グランが料理するところは野営の時によく見てたり手伝ったりすることもあるが、こうやって厨房で料理するのをまじまじと見ることはあんまないから確かに新鮮だなぁ」


「うむ、私は作業中のキッチンに入ることがほとんどない故、こうやってグランの作業する姿を見るのはなかなか興味深いな」


「ラトが調理作業中のキッチンに入れてもらえないのは、つまみ食いをしながら作業の邪魔をするからですわ。調理器具も新しくなってますからラトが触って壊さないように、ラトはあのスライドする扉より向こうは立ち入り禁止ですわ」


「それより、見ているだけでは飽きたからグランの作業を手伝いたいわ。食堂のテーブルからキッチンを見るのは楽しいけど、新しいキッチンも触ってみたいわ」


「そうですねぇ、グランのそばで新しい調理用魔導具の使い方を覚えないといけないですからねぇ。キッチンも広くなったことだし、お手伝いにいきましょう」


「見ているだけはやっぱり落ち着かないので僕も手伝います!」


「む、では私も何かできることがあれば……」


「親父は客人なんだから余計なことをしないで座ってろっつーの」


「もっ、オイラは料理は食べる専門だから待っておくも。キッチンの広さもだいたいわかったから、グランが言っていた調理用魔導具の制作も任せるも」



 帰宅してすっかり改装が終わった食堂やリビングそしてテラスを見て大騒ぎした後は、改装でキッチンと繋がった食堂に全員集合。

 もっとゆっくり新しくなったリビングや食堂で感動を味わいたかったのだが、俺には夕飯の支度という重大なミッションがある。


 食堂のテーブルからみんな俺が料理しているところをガン見しているのが見えて、ものすごく気恥ずかしいし緊張もする。

 そう、みんながキッチンを見ている時、俺もまた食堂にいるみんなを見ているのだ。


 今日はアミュグダレーさんがうちに泊まる以外にも、タルバも一緒にうちで夕食を食べることになった。ペッホ族君達も夕食に誘ったけれど遠慮をされてしまった、残念。

 なんだかんだでタルバとの付き合いも一年を超えているが、夕食に招くのは初めてだな。

 今日はこの辺りでは手に入りにくい南の海産物中心メニューだから、気に入ってくれるといいなぁ。


 もちろんチビッ子達もすぐ近くにいる。

「カーーーーーーッ!!」

「ほっぺたカリカリはくすぐったいよ。カメ語は分からないけど、俺とカメ君の仲だから何が言いたいか何となくわかるよ。俺様がいるのにクラーケンを買ってくるとは何ごとカメー! って言ってるんだよね? うんうん、わかるわかる。そういうちょっぴり嫉妬深いカメ君も可愛くて……ギエエエエエッ! 髪の毛を毟るのはらめぇえええ!!」

 そぉ、カメ君はとくにすっごく近く。

 いつものポジション――俺の左肩の上から俺がちっこいクラーケンを捌いているのを見ながら、俺の頬をカリカリと引っ掻くカメ君。

 手加減をしてくれているので痛くはないけれどくすぐったい。

 これはフォールカルテの市場で買い物をしていた時にアベルが予想していたカメ君の可愛い嫉妬!

 ははは、嫉妬深いカメ君は可愛いなぁ。でも照れ隠しで髪の毛を毟るのやめろおおおおおおおお!!


「ゲゲ? ゲ?」

 そしてキッチンの作業スペース、俺に近い位置ではサラマ君がシー・オークの炙りの入っている包みを見てひたすら首を傾げている。

 それを売っていたお店の人の話によると、フォールカルテの教会にはかつてシュペルノーヴァが灯したという聖火があり、強い聖属性も持っているシュペルノーヴァの炎は浄化作用もあるため、教会に行けばその炎を有料で分けてもらえるとかで、フォールカルテの食料品店では観光者向けのアピールや食品の衛生のためにその炎を使っているところも少なくないそうだ。

 ちゃんと教会から分けてもらった正規の炎だという証明書も店に飾られていた。

 サラマ君は火属性だし、やっぱり気になるのかなぁ?

 本当にシュペルノーヴァの炎かどうかはわからないけど、ちゃんと浄化効果はあるみたいだから内側が生でも平気みたいだよ。


「キェ!?」

「モッ!?」

「大丈夫大丈夫、時間がきたらチンッていうようになってるから。魚が塩まみれなのもそういう料理だから、大丈夫大丈夫」

 苔玉ちゃんと焦げ茶ちゃんは小さいの方のオーブンの前で、オーブンの扉に付いている覗き窓の部分に張り付いて中をずっと見ている。

 焼き上がり具合を真剣に見ていたのか、張り付きすぎて揃って覗き窓にゴチン。

 

 オーブンで作っているのはカメ君が持って帰ってきた魚の塩釜焼き。

 白身の魚だったのでアミュグダレーさんもきっと大丈夫、そして塩の衣に包んで焼いた魚はふんわりしっとり美味しいんだ。


 チビッ子達が俺の周りをウロウロしていても、見ているだけに飽きた三姉妹と見ているだけでは落ち着かなくなったジュストが手伝いにきても、広くなったキッチンでは作業に困らない。

 さすがにアベルやカリュオンやラトまでくると狭くなりそうだし、お前等はつまみ食いの常習犯だから大人しく待っていろ。


 待っている人の様子を見ながらこうして料理ができるのは賑やかでいいなぁ。

 でもやっぱ見られすぎると恥ずかしいので、飽きたらリビングで寛いでいてもいいんだぜ?

 リビングも改装が終わってすっげー綺麗になっていたからな。

 リビングも堪能したいが、まずは夕食の準備を急がなければならない。


 今俺がせっせと捌いているクラーケンはクラーケンスミパスタになる予定だ。

 捌く時にクラーケンの墨袋を破かないように注意しないとな。

 真っ黒なパスタにアベルがドン引きすることが予想されて、そのリアクションが今から楽しみだぜ。

 もちろんクラーケンのはらわたも無駄にはしない。

 こちらは処理と仕込みに少々手間と時間がかかるから今日は食べられないけれど、クラーケンの塩辛にするんだ。


 クラーケンを捌くことに手を取られなかなか他のメニューに取りかかれていないのだが、三姉妹とジュストが手伝いに加わってくれたから彼らにエビとカニは任せようかなぁ。

 エビ料理が大好きなカメ君も手伝ってくれるかな?

 うんうん、エビはエビフライにしてカニはカニ炒飯かなぁ? え? 炒飯? 炒飯っていうのは米を炊いて炒めた料理かな? どこの国の料理だったかなぁ、たまたま知っていただけだよ、たまたまね!

 カニはシンプルに網焼きにしてもいいかなぁ。カニクリームコロッケとグラタンは手間がかかるからまた今度ね!


 俺一人だと時間がかかるけれど、みんなが手伝ってくれるなら作業もサクサクと進む。

 前は誰かが動けば誰かにぶつかるほど狭かったキッチンが、今ではすっかり広くなって作業もスムーズ。

 作業をまじまじ見られるのはちょっぴり恥ずかしいけれど、わいわいと賑やかな料理の時間は楽しくてついつい作りすぎちゃいそう。



 そして料理が次々にできあがってくると、今までは廊下を経由して仄かにただよってくるだけだったにおいがキッチンから食堂へダイレクトアタック。

 そうなるとそわそわし始める奴らが続出する。


 おい、アベル! キッチンが視界の範囲内だからって空間魔法で掠め取ろうとするのはやめろ!

 お前のやることくらいお見通しだから、そんな空間魔法でエビフライを奪わせないぞ! 何年その空間魔法癖の悪さに付き合ってきたと思ってんだ!

 はっ! お前の空間魔法なんてこうやってひょいっと避けられるぜ、バーカバーカ!


 カリュオンも料理を運ぶ手伝いをするふりをして近付いてきて、エビフライをつまみ食いしようとするのはやめろ!

 ほら、アミュグダレーさんが呆れた顔になっているぞ。

 ラトよ、お前もエビフライ狙いか……手伝うふりをして近付いてきているが、三姉妹にキッチン出禁って言われたばっかりだろ!?


 きえええええええ! どいつもこいつもつまみ食いをしようとしやがって!!

 いけ、カメ君と苔玉ちゃんと焦げ茶ちゃん! エビフライ泥棒達に”巻き貝をぶつける”と”木の実をぶつける”と”小石をぶつける”だ! 巻き貝も木の実も小石も俺がちゃんと回収しておくから安心して投げつけていいぞ!


 サラマ君はエビフライ泥棒達がまたつまみ食いをしようとしないようにしっかり見張っておいてくれ。

 ほら、後はもうシー・オークの炙りを切って皿に盛たら全部完成だから、アミュグダレーさんやタルバを見習って大人しく席に着いて待っていろ。


 こうやって食堂とキッチンが繋がっているのは賑やかで楽しいけれど、つまみ食いから料理を守るのも大変だということを実感した。



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