第959話◆昼と夜の狭間に

 今日、俺達がプルミリエ侯爵家で家庭教師をしている時も俺の家の改装作業は行われている。

 留守番が三姉妹とラトだけだとちょっぴり不安だったのだが、今日はアミュグダレーさんとタルバがうちで作業をしているのできっと安心。

 苔玉ちゃんと焦げ茶ちゃんもいるのできっと。


 今日の改装予定場所は食堂とリビングとテラスで、キッチンと食堂の間にあった壁が取っ払われ代わりにアコーディオンドアが取り付けられ、キッチンから食堂に料理を運ぶのも楽になるし、ドアを開け放てば料理をしながらキッチンにいる者と会話もできるし、キッチンと食堂を分けて使いたい時はドアを閉めて区切ることもできるようになる。

 リビングの方は壁や床を新しく張り替える程度で大規模な改装ではないが、リビングの掃き出し窓からから出たところにあるテラスはごっそりと新しく造りなおされ面積も広がり、フローラちゃんが巻き付きやすい柵と柱や毛玉ちゃん用の止まり木が取り付けられることになっている。


 ペッホ族君達は空間魔法を使って改装をするので、家の中にあるものはそのままでいいのはほんと楽だなぁ。

 魔力の影響を強く受けると何が起こるかわからない箱庭だけは心配なので、リビングの棚の上から使っていない部屋へ避難させてある。


 改装後どんな風になるかは設計図やペッホ族君がパパッと作った模型を見て何となくわかっているのだが、やはり実物を見るのは楽しみで仕方ない。

 そして、新しくなった食堂での初めての食事は張り切って豪華なものを作りたいって思うのは当然だよなあああ!!


 というわけで、早く帰って改装が終わっていると思われる食堂とリビングを見たい気持ちもあるのだが、帰る前にフォールカルテの市場に立ち寄って食材を買って帰ることにした。

 今日の夕飯は海の幸をたっぷり使った料理かな!?




 ユーラティア王国南東の端っこにあるプルミリエ侯爵領の領地は非常に広く、海に面した南部では漁業が盛んで内陸部である北部はなだらかな山の傾斜を利用した農業が盛んで非常に豊かな地域である。

 それに加え海沿いにある領都フォールカルテは他国からの船舶の寄港も多く、海を通し海外から輸入されるものと輸出されるものが集まるユーラティア東部最大の交易都市である。

 つまり海と陸地、そして他国の文化と食材が集まる都市なのだ。

 ユーラティアの南の海に浮かぶ大陸にある魔族の国、陸続きではあるが東の隣国シランドルの南部やシランドルよりも南の国々、そしてそれより先――俺も行ったことのないの遠い国々のものまで、フォールカルテでは多くの渡来品を手に入れることができる。


 そして夕方になり夜の気配が感じられる頃になると、外国からやってきた船乗り達の姿が多く見られるようになり、昼間は地元の人々が行き交う明るい港町の雰囲気だった町がちょっぴり妖艶な大人の町の空気を帯び始める。

 ユーラティア王国の中でも治安の良さはトップクラスであろうフォールカルテも、この時間になると怪しい人や店、訳ありそうな露店なども目に付くようになる。

 裏路地なんかに入れば無法地帯とまでは行かないが、看板のないアンダーグラウンドな雰囲気の店が営業をしているのも見ることができる。


 市場もそう。店は同じでも昼間と夜ではちょっぴり雰囲気が違う。

 昼間は地元民向けの生鮮食品が中心だが、夜になると観光客や船乗り達向けに食べ歩きのできるものや土産に向いたものを売る店が増え、昼間とは違う賑わいを見せ始める。


 今はちょうどその切り替わりの時間帯。

 大急ぎで夕食の買い出しをしてしていく奥様らしき人、仕事帰りにできあい品を買いにきている地元の独身っぽい男性、夜の街に繰り出す前に市場で掘り出し物を探す異国の船乗り風の男。そして彼らを迎える店には昼間の売れ残りと準備ができたばかりの夜の客向けの商品が入り交じって並んでいる。


 昼と夜の混ざるガヤガヤと雑多な雰囲気の街。

 赤みを帯びた西日に加え、ポツポツと灯り始めた街の明かりの目に優しい山吹色という、これから始まる夜の町の片鱗に心をくすぐられた。


 ものすごくゆっくりのんびり町を散策して買い物をしたいところだが、お家で待っている奴らもいるし夕食の後は箱庭にも行く予定なので、ここであまり時間を食うことはできない。

 でも市場で買い物はしちゃうんだけどね!






「フォールカルテっていったらやっぱ魚だよなー。うっひょー、新鮮な魚と魚介系惣菜がいっぱいだー」


「魚介類なんか買って帰ったらチビカメが拗ねるんじゃない? チビカメって何だかんだで結構粘着質だし。それにチビカメが持ってくる海産物はたくさんあるから、やっぱり肉にしない?」


 カメ君はたまに拗ねてカリカリしたり髪の毛を引っ張ったりするけれど、お前ほど湿度の高い粘度ではないと思う。


 市場で魚介類を始めとした美味しそうな食材を物色する俺と、魚より肉推しのアベル。

 アベルは昔から魚より肉派なんだよなぁ。

 今でこそ結構魚を食べるようになったけれど、出会った頃は魚は骨が嫌だといってぜんぜん魚を食べなかったし。

 魚は多分体にもいいんだぞ~。だからたくさん魚を食え~。


「肉はアミュグダレーさんが食えないのもあるからな。気は使わなくていいって言われたけど、作る手間もあるしやっぱみんなで食えるものがいいな。鳥肉とか卵以外にも白身系の魚もいけるって言っていたよな。エビカニ系も平気なんだっけ? なんか身が白い系なのはだいたい平気なのか?」

 漠然として知らないハイエルフの食事事情。

 動物性のものは食べられないものが多いだけで食べられるものもあるらしいが、そのはっきりとした線引きはわからないので、そこはカリュオンに確認を取りながらの買い物。


 家に帰る前にフォールカルテで市場に立ち寄った理由はこれ。

 アミュグダレーさんが今日からうちに泊まることになり、ハイエルフでも食べられる食事を用意しなければいけない。

 アミュグダレーさんは気を使わなくていいと言っていたがそういうわけにはいかないし、カリュオンのお父様の前でデキる友人アピールをするチャンスでもある。

 お父さん! 俺は料理のレパートリーも多くて、更に研究も怠らない男です! 安心してカリュオンさんとお父さんの胃袋を任せてください!!


「長く生きているから、他種族との取り引きで貰うこともあるけど、ハイエルフは基本森引き籠もりだからあんま海のものは食わねーからなぁ。ま、多少食えないものを食っても腹を壊すくらいだし、見知らぬ食い物はいかにもやばそうなもの以外は実際食って判断してるし、親父も多分知らない食い物は好奇心のが勝つんじゃねーかな。だから適当で構わないさ、というわけで俺はクラーケンかセファラポッドの気分! クラーケンかセファラポッド料理が食いたい!」

 ちょうど目の前に並んでいる小型のクラーケンとセファラポッドを指差すカリュオン。


 カリュオンは適当に自分の食いたいものを言っているように聞こえるが、実はハイエルフがセファラポッドとクラーケンが平気なのは知っているのだ。

 クチバシがあるから鳥判定だとかなんとか嘘かほんとかわかんなようなことを、カリュオンではないハイエルフに以前聞いたことがある。

 親父さんが食べても平気だとわかってそれを提案したのだろうことは、気付かないふりをしておこう。

 素直になれないところも、悟られないように気を使うところもマジでカリュオン。


「んじゃ、今日はクラーケンやセファラポッドを使った料理にするかー。他には何か食いたいものはあるか? ジュストも遠慮せずに言えよ」

 みんなしっかり家賃には多いくらい色々物納してくれているからな、食費は気にすることはないぜ。

「あ、あのシー・オークの炙りってやつがちょっと気になって」

 とジュストが指差した先には、木の枝を焼いたようなものが積み上げられている。

 傍に置かれている札には”シー・オークの炙り”と書かれており、その木の枝を焼いたようなものに何となく懐かしさのようなものを感じて、ジュストがそれを指差した理由をすぐに理解した。


 シー・オークは温暖な外海に棲息する魚で、見た目は木彫りの魚のような見た目をしており、尾とヒレの部分は緑の葉の塊のようになっている。

 表面はめちゃくちゃカチカチな鱗で木目っぽい模様。その見た目から海の樫の木――シー・オークという名が付いている。

 外洋性の魚のため外洋漁業が盛んな地域で以外では比較的高級魚の部類で、こんな風に市場で無造作に積み上げられ庶民価格で売られているのは海の町フォールカルテならではである。


 頭とヒレと尾を切り落として鱗を落とし五枚くらいに卸されたシー・オークの身には、火で炙られた焦げ目がしっかりと付き切り口からは赤い生身が見えた。

 傍に置かれている札には「フォールカルテ名物! 古より消えることのないシュペルノーヴァ由来の聖火で炙った、シー・オークの炙り! シュペルノーヴァの聖なる炎の力で生でも安心!! 特製タレ無料サービス中!」と書かれている。

 シュペルノーヴァ由来の聖火というのは本当かどうかはわからないが、こうしてフォールカルテ名物と銘打って積み上げられて売られているということは、生食でも平気なやつなのだろう。


「じゃ、シー・オークの炙りも買って帰ろうか」

 それを見てしまったから俺の中でも転生開花がアップをしてしまい、心の中でお腹に縞模様のある魚のタタキがピョンピョンとダンスし始めたからもうダメ。

 特製タレというのも、俺の記憶にありそうなやつだといいなぁ。なかったら醤油があるしレモンと合わせて作ればいいか。

 帰ったらスライスタマネギとおろし生姜を添えてタレを付けて食べような。


「カリュオンとジュストのリクエストを聞いて俺のリクエストは聞いてくれないの!? じゃあカニ、カニ食べたい! できるだけ食べやすいやつ! 後エビも食べたい、エビフライ!! それからそれから……」

 カリュオンのリクエストのクラーケンとセファラポッド、ジュストのリクエストのシー・オークの炙りを買う気になっていたら、最初に肉を却下されたアベルが今度はカニとかエビとか言い始めた。しかも食べやすいカニとかいう無茶振り。


 これはこの後怒濤のリクエストがくるやつだ。







※先日ちょこっと予告しましたが、今月から更新頻度が週4ペースになる予定です。

更新頻度が落ちてしまって申し訳ございません。

今後はできるだけ文字数増やしてと展開速度を上げられるように努めるつもりですのでご了承ください。

展開やリアルの都合により変則的になるとは思いますが当面、火木土日の更新を予定してます。

テンポが悪いようでしたらまた変更あるかもしれません。

何卒よろしくお願いいたします。

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