第958話◆強キャラの法則

 俺ばかり鬼だと単調になりそうだし俺も飽きるしで、途中から俺とアベルとカリュオンとジュストで鬼をローテーションすることにしたら、大人げないアベルとカリュオンがだんだんとエキサイトしてトレース魔法や精霊魔法を使い始め、護衛の人たちもだんだん真顔になってきて、セレちゃんの隠密スキルの訓練だったはずがいつの間にか大人の本気のかくれんぼと化していた。

 そして気付いたら場違いな服装をした参加者が増えていた。


 襟付きの白いシャツに、シングルタイプの黒系のスーツ、あまり特徴のないストライプのネクタイにピカピカの黒い革靴といういかにもお役所で働いていそうな装い。

 役人にありがちな服装だが汚れやくたびれが全くなくビシッと決まっているそれは、明らかに高級品ばかりだと一目でわかる。

 ありがちな見た目の中であえて目に付く部分を挙げると、眼鏡そして眼鏡の奥に見える糸のように細い目とリリーさんと同じ白みのある目に優しい金髪。

 ただし髪型は全く特徴のないショートヘアー。


 その眼鏡や細い目も文系が多い役人ではありがちなため強く印象に残るほどではなく、金髪もセレちゃんやリオ君のように眩しいほどキンキラキンというほどでもないのでそこまで強烈に印象に残らない。

 全体的にどこにでもいそうな人で、意識していないとそこにいたことが記憶に残らないだろうというのが特徴。

 言い換えればどこにでもいそうな人、いわゆるモブっぽい人。

 だがそれが特徴になってしまっていて、気付いてしまえばそれがあまりに印象的。

 

 しかもすごくヒョロヒョロで身長も俺達に比べやや低めで、パッと見すごく弱そう。

 現役最前線の冒険者や、上流階級を守るエリート護衛さん達のかくれんぼに混ざるには不安しかない第一印象。


 そんな人が、気付いたらリリーさん達がお茶をしているガゼボの傍らに立っていて、ニコニコとしながら俺達のかくれんぼを見ていた。

 ま、その人が立っている場所って、すでに見つかって一列に並んで待機してかくれんぼが終わるのをまっている護衛さん達の真後ろだったんだけどね。

 護衛さん達、全く気付いていなさそうだけれど大丈夫?

 髪の毛の色からしてリリーさんの親族、つまりプルミリエ侯爵家の関係者だと思うけれど――って思ったら眼鏡さんが後ろから護衛さん達に話しかけて、護衛さん達が跳び上がるほど驚いていた。


 そんな糸目眼鏡のヒョロヒョロスーツさんは、リリーさんのお兄様だった。

 へぇ~、王都のお城で働く役人さんなんだ~。確かにいかもエリートなお役人って感じの見た目。

 役所にいったら必ず遭遇しそうなタイプ! そして遭遇しても全く覚えていないタイプ!

 まさに文官! めっちゃ体力なさそうですごく弱そう! 激しい戦闘に巻き込まれて眼鏡がパリンとしていそうなタイプ!

 その人がニコニコヘラヘラしながら俺の方に歩いてきて、次からかくれんぼに混ざるという。


 アベルよりも十センチ程度身長が低いせいでアベルよりもヒョロヒョロして見えるし、そんな高級スーツでかくれんぼなんかして大丈夫?

 すぐ見つかっちゃわない? 高そうなスーツが汚れない? 冒険者と護衛のガチかくれんぼ勝負になっているけれどヒョロヒョロで弱そうだけれどケガしない?

 そろそろガチかくれんぼも切り上げて、セレちゃんと仲良くほのぼの初心者向けかくれんぼに切り替える予定だけれど、そこから参加でもいいんですよ?


 と言いたくなるような印象の人だが、だが俺は知っているぞ。

 これはきっと前世の記憶というか前世の知識――糸目や眼鏡のヘラヘラキャラは確実に強キャラなんだよおおおおおおお!!


 昼行灯……いや、昼ランタンみたいな人なら尚更だ。

 この人、ヘラヘラしていて感じる魔力もそうでもなくて圧も全くないけれど、逆にそれが不自然すぎて背中がゾクゾクする。

 何だろう……自然すぎて不自然。自然であることを装っている不自然さ。全く印象に残らない、どこにでもいそうな雰囲気もそう。

 これはこういうキャラを表に出しているだけ、そのヘラヘラした裏側に間違いなくやっべーものを隠しているやつだ。


 そしてスーツという装い。

 一般的には布の服であるスーツは戦闘向きの装備ではない。

 だがこの世には付与という技術があり、魔物の素材を利用した繊維もたくさんある。

 布は皮や金属より防御性に劣るが、付与次第では化ける。金をかければスーツだって恐ろしい防御性能になる。

 動きにくいカチッとしたスーツも素材次第や縫製次第で可動域も広くなるし、布故に軽いという利点もある。

 それに何よりスーツにはポケットが多く、袖口が広い。しかも装い的にボタンが多く付いており、ネクタイやタイピン、カフスボタンを身に付けていることが多い。

 つまり武器を隠す場所が多く、付与ができる小物が服のあらゆるとこに付いているということだ。


 冒険者ギルドの職人にはギルドの制服を戦闘向きに魔改造している者も多いし、ハンブルクギルド長もスーツ姿でどこでもいく印象だ。

 まぁ、ハンブルクギルド長はスーツがどういう装備であろうが本人が恐ろしく強いのだが、おそらくあのスーツもきっと何かすごい仕掛けがあるに違いない。多分。

 ……いや、ハンブルクギルド長のはもしかしたら本当にただのスーツかもしれない。





 そして俺のその予想は当たっていた。





「ははっ、なかなかやりますねぇ……グラン君でしたっけ、僕の下で働きませんか? あのお方に取られるのは癪なのでプルミリエ侯爵家の方で。ふふふ、その観察眼とそれに伴う身体能力と判断力、僕が侯爵家を継ぐ時にぜひ欲しい人材ですねぇ……それだけの実力なら給金も弾みますし出世もすぐですよ? プルミリエ家は身分より実力重視ですので」

 

「いやー、リュンクスさんもやばいしすごかったです。あ、俺は一般的な平民冒険者でただの生産者なんで、すっごいお貴族様の下で働くとか無理です、無茶です、ご免被ります! 可愛い小動物に囲まれながらおうちで静かに畑を耕していたいです!」


「ちょっと、そこの二人! セレの訓練だったはずなのに、なんで本気になっちゃってんの! しかも満足しまくった顔でガッチリ握手なんかして!! 護衛達は弛んでるからしばき回すの自由だけど、かくれんぼがいつの間にか奇襲合戦になってセレがドン引きでしてるでしょ! いい、セレ? あれが極みに近付いた者の世界、生半可な気持ちでは踏み込めない世界だよ。それは冒険者も同じ。そこに踏み込みたいと思うなら半端な覚悟じゃ足りないからね。生死を扱う場所というのはそういうところなんだよ。っていうか、眼鏡君は勝手にグランを勧誘しないで!!」


「ひえ……あれが極まった世界。才能と努力を積み上げた世界というものでしょうか……生半可な気持ちでは辿りつけないということを体で感じることができましたわ。そうですわね、それはきっと冒険者も……いえ、それは全ての事柄に言えることなのでしょうね。何ごとも極みという領域は生半可な気持ちでは辿り付けないということを頭ではわかっていましたが、こうして実際に目の当たりにしてみると憧れと現実の差を実感致しましたわ……」


「ああ~、セレちゃん! セレちゃん! そんなに難しく考えなくていいの! 確かにあの眼鏡のおにーさんの隠密スキルはやっべーけど、あそこまでなる必要はないの! ちょっとでも使えれば役に立って、自分の身を守ることにも繋がるスキルだからもっと気楽に隠密スキルで遊んで身に付けて! かくれんぼを楽しみながらかくれんぼマスターを目指して!!」


 息を乱すこともなくニコニコと笑顔でこちらに右手を差し出す眼鏡君――リリーさんのお兄様のリュンクスさん。

 それを右手でガッチリ握り返す俺も息は上がっていないが、そりゃAランクの現役冒険者としてかくれんぼ如きで息を上がらせるわけにはいかないから。

 運動不足のヒョロヒョロアベルはヒィヒィ言っているけれど。


 眼鏡の奥の糸目を一度くらい見開かせてやろうと、見つけた時に奇襲っぽく悪戯をしてみたり、あちらが鬼の時はいくつも罠付きのダミーを仕掛けてみたりしていたら、あちらも付き合ってくれて奇襲攻撃や罠を仕掛けてくるようになったので、ついつい楽しくてエキサイトしてしまい最終的に俺とリュンクスさん間で色々な投擲武器が飛び交うことになった。

 そしてエキサイトしすぎて、かくれんぼに参加していたアベル達や護衛さん達にも俺とリュンクスさんでちょいちょい奇襲悪戯をしたり、セレちゃんがドン引きした表情になっていたり。

 もちろんセレちゃんだけは優しく「みーつけた」って驚かせるくらいにしておいた。


 だって糸目キャラって、本気を出す時は目を見開くものかなって思ったから。

 結局それはできなかったけど。

 くっそぉ~、糸目眼鏡君はめちゃくちゃ強キャラじゃないか!

 かくれんぼには少し自信があったからくやしー!

 しかしやはり世の中には上には上がいるということを実感した瞬間だった。

 今は教える立場である俺もまだまだ未熟であり、これからも学ぶことと技術を磨くことを忘れてはいけない。


 リュンクスさんの目を見開かせることはできなかったけれど、いい汗を掻いて満足したのでガッチリと握手。

 部下にならないかって言われたけれど、俺は田舎でのんびりくらいしたいので遠慮をしておいた。


 リュンクスさんが参加してからは、すぐに見つけられるわトレースも回避されるわでいいとこなしだったアベルがプリプリしながらセレちゃんを脅している。

 リュンクスさんはかなり極まっている人かもしれないけれど、俺はまだまだだよー。リュンクスさんの糸目を開かせられなかったし。


 一方アベルの話にセレちゃんは真剣な顔で考え込み始めた。

 セレちゃんは極みを目指すわけでもないし、冒険者活動に生活や命がかかっているわけでもないから、今の状況ならそこまで重く考えなくていいと俺は思うぞ。

 そりゃ、憧れの現実には大きな差はあるし命のやり取りがある場所にいくならば覚悟はいるけれど、今日の訓練は身に付けていれば冒険者活動以外でもセレちゃんを助けてくれるスキルだから。

 それを遊びながら身に付けようってはずだったのだが……エキサイトしすぎたのは俺達大人の責任だな。


 プリプリとしているアベルに、苦笑いのカリュオン、困惑顔のジュスト、相変わらずニコニコしているリュンクスさんとその近くで遠い目をしながら整列している護衛さん達、そして真面目な顔で考え込んでいるセレちゃん。

 彼らや俺を照らす日の光にはすでに赤みが含まれ、それが作り出す影もすっかり長くなっている。


 今日のそろそろ授業も終わり。


 楽しかったかくれんぼ授業はこれにて終了!!



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