第957話◆閑話:護衛泣かせの奴ら

「てんめー、トレースの魔法はずりーだろ! 汚い! さすが汚い、アベル! これだから顔がいい奴は! はぁ~むかつくぅ☆」


「は? グランがオーガは飽きたっていうから変わってあげたんだからこれくらいいいでしょ! そもそもグランとカリュオンが本気で隠れると、見つけられなくて日が暮れちゃうよ! ていうか、グランのそれは何なの? その草を着てるみたいな外套、そんなの気配も消してるし目視で見つけるのは絶対無理だよ!!」


「お? 聞いてくれたか? これはギリースーツっていってな――」






「エスクレントゥスでん……」


「バカ、今はアベル様だ、気を付けろ。赤毛の前で口を滑られると物理的に口封じをされるぞ」


「そうだった、アベル様だった。アベル様と赤毛のじゃれ合いを見るのは久しぶりだなぁ……アベル様の見守り役が解散して何年だっけか? しかし二人ともすっかり大人になって――中身はあんまり変わってないか」


「中身クソガキのままで技術だけはしっかり成長してるから質が悪りーんだよなぁ。しっかも今日はカリュオンさんもいるし、新顔のワンコ獣人もやたら鼻がいいし、あの四人の誰が鬼をやってもこっちの分が悪いんだよなぁ……何なんだアイツら!?」


「何なんだって言っても、カリュオンさんはドリアングルムさんのパーティーのメンバーって時点で普通じゃないし、それを言ったらアベル様もなんだけど、赤毛は赤毛だし……あのワンコはなんなんだろうなぁ。あのワンコが鬼の時はにおいで全員見つかったからな。このゲームで犬獣人はズルくないか!?」


「犬獣人の嗅覚もズルいが、アベル様のトレース魔法も赤毛が言うとおりズルい。あれは対象の空間に魔力を放って、そこに存在するものを読み取る上級空間魔法だから気配とか関係ねーじゃねーか。カリュオンさんはカリュオンさんで、エルフの能力で精霊の声を聞けるらしいから、それで探されたらどうしようもねーっつーの。赤毛は――まぁいつもの赤毛だな。くっそ、しばらく関わってない間にまた俺達を見つけるスキルが上がってるだろ」


「たまには赤毛に遊ばれてやるのも、俺達の技術向上のためになるからそれはそれで悪くないだろう。ほら、赤毛が今後の参考になりそうなことをベラベラ喋ってるからしっかり覚えておけ。あのギリースーツってやつ、うちでも採用できねーか装備品担当に報告するぞ」


「はー、班長はもうすっかり赤毛に慣れてしまってますね。五年でしたっけ? 赤毛がアベル様と一緒に行動するようになって」


「ついこないだで六年だったか。さすがに慣れ……ないな……」


「あれと六年ですか、そちらも大変そうですね。プルミリエ家も護衛対象がフリーダムに動き回るタイプばかりで苦労はしますが、外部からの予想外の邪魔は滅多にありませんから。セレ様の家庭教師にアベル様とあの赤毛が就いてからですね」


「プルミリエ家の隠密部は、いきなりのことで大変そうだな。しかもまさか赤毛が現れるなんて俺達も予想してなかったし、現れたら現れたでやっぱり予想してたことが起こるし……だから俺達が陰から護衛してるのに、気付いたなら手なんか振るなっつーの。お前達も前回の外出の時に赤毛の洗礼を受けて、黒は逆に目立つって教えてやっただろ。早くこの迷彩柄を用意しないから、かくれんぼでボロカスにされるんだ」


「く……言い訳のしようがない。今まで黒でも見つかったことなんて滅多になかったし、見つかる原因は視覚的なものより気配察知系のスキルや魔法の方が多いから、そちらばかりを重視していたからな。まさか素人向けの隠密訓練で俺達がここまで見つかるとは、侯爵様……いや、上の坊ちゃんに知られると確実にやっばいしごかれそう。お嬢様も不穏な超笑顔だから、あれは我々の不甲斐なさにブチキレてるやつだわ」


「プルミリエ侯爵家の上の坊ちゃんつったら、上様……あのお方の側近の糸目眼鏡君か。眼鏡のせいで文官っぽく見えるし、いつもニコニコヘラヘラして昼間のランタンみたいな人だけど、武の方の実力もカシュー様やドリアングルムさんといい勝負で上様の護衛を兼ねてんだよな。あの三人で誰が一番つえーんだろうなぁ」


「うちの坊ちゃんは騎士や冒険者とはタイプが違いますからね。隠密行動に特化していて、得意なのは奇襲や閉所での戦闘、暗器や仕込み武器による急所狙いや毒攻撃ですからね」


「確かに暗殺者の襲撃があった時なんか、どっちが暗殺者がわかんねー戦い方をしてるよな」


「そっそ、あのお方の周りにいる中では一番弱そうに見えるから、最初に狙われるか放置されるかだけど、どっちにしろ最初に狙えばカウンター瞬殺され、放置すれば好き放題死角から即死攻撃をされ、マジで人は見た目によらないってタイプ」


「あれで、僕の周りは非凡で癖の強い人達ばっかりで平凡な僕は辛いとか言ってもんな。いやいや、あの人も十分非凡で癖が強いよなって――」


「あれ? もしかして、僕の話をしています? いやいやいやいや、僕はどう考えても普通でしょ? あのお方みたいに人の上に立つことに特化したギフトがあるわけでもなし、カシュー隊長やアベル様のように戦闘特化したギフトがあるわけでもなし、ドリアングルム君みたいに不死身じみたゴリラギフトがあるわけでもなし、うちの妹みたいに手を出す商売を片っ端から成功させて大儲けしてるわけでもなし、叔父上みたいに人間を辞めたような強さでもないし、僕はすごい人達の陰でコソコソすることしかできない普通の人間ですよ」


「うおおお……坊ちゃん!? いつからそこに!?」


「いつからって言われても君達が雑談を始めた時にはすでにいましたし、妹達や客人からは見える場所にいましたから彼らは気付いてましたよ? 君達からは死角だっただけで。すぐ後ろに立っているのにうちの者も、あのお方が派遣した皆様も全く気付かないで私語を続けているなんて、ちょっと緩みすぎじゃないですかねぇ? まぁ、訓練中の待機時間だったから横一列に並んで警戒を怠ってただけでしょうが、そんなことだとホラ……簡単に奇襲をされて、奇襲をされたことすら気付かずに――ねぇ?」


「そんな前から!? たたたたた確かに緩んでおりました! アベル様とそのお仲間の空気に飲まれてしまい、つい!」


「バカッ! ついとかって言い訳をすると更に詰められるぞ!」


「そうですよ”つい”なんて言うともっと詰めたくなるじゃないですか。普段僕もそうやってあのお方に詰められてますからね……ふふふふふふふ。ところであれが噂の赤毛君ですかー? ふーん、かくれんぼが得意? なるほど……うちの者もあのお方に派遣された方々もやられっぱなしみたいだし、次から僕も参加してみましょうかね。あ、もちろん君達はこの後で今日のかくれんぼの結果についてしっかり聞かせて下さいね? あとうちの奴ら、一度指摘されたことを改善してなかったことはギルティですねぇ」


「ぎえっ! 直します直します、可及的速やかに! あのギリースーツとやらもお嬢様にお願いして可及的速やかに取り入れます!」


「うん、改善の姿勢はいいことだと思いますけど、表向きだけではなくその意味を理解することを忘れないようにお願いしますよぉ。ふふふ、しかし魔法やスキルよりも道具や己の経験と感覚を軸とした立ち回りですか……僕の周りにはいないタイプで楽しそうですね」





 僕の上司、あのお方からの言伝を妹に届けるために、王都から遠く離れた実家に転移魔法陣を使い戻ってきた。

 もちろん今日があのお方の弟君と妹君の家庭教師の日で、同じくあの方の弟君である銀髪の君がうちの実家に来ていることを知っての上だ。


 双子の君がうちの実家に滞在して一月あまりが過ぎたが、王都で忙しく働く僕の耳にはたいした騒動はあまり届いていない。

 細かい騒ぎはあるようだが、僕に実害がない限り僕にとってはたいした騒動ではない。

 プルミリエ侯爵家の長男で跡取り、なのに何故か王都であのお方の側近として働かされている僕はめちゃくちゃ忙しいので、僕に実害がないことまで首を突っ込みたくないのだ。


 しかしうちの妹とあの方のご兄弟という組み合わせは何が起こるのか不安なので、あの方から言伝を預かったついでに一度実家に戻ることにした。

 銀髪の君とそのお仲間がうちに来ている日を狙って。


 ここ数年、銀髪の君が何かやらかして僕の仕事が増えることになる時、だいたいその原因の源にいる噂の赤毛――妹の仕業でその彼がうちの実家に出入りするようになったとの情報を得て、一度実物を見ておこうと思ったのだ。


 もちろん赤毛の情報は冒険者ギルドや諜報部などを経由して把握はしているのだが、その情報が僕の理解の及ばないものも混ざっており、なんとなぁ~くうちの妹と同種のトラブル製造機のような印象を受け、一度実物を見ておきたいと思っていた。

 僕の実家であるプルミリエ侯爵家に出入りするようになったのならなおさら。

 僕の仕事が増える前に。


 そして戻ってきたら情けない護衛達の姿。

 以前目にした赤毛の情報に護衛泣かせと書かれていたが、これはたかが初心者向けの隠密訓練だと思って護衛達の方が緩んでいるのもあるな。


 ふむ、いいでしょう。

 あのお方への報告のネタにもなりそうですし、僕もちょこっとこの隠密スキルの訓練に参加してみることにしましょう。




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