第956話◆遊びながら身に付ける冒険者の基本
ランチタイムにあれこれリリーさんに相談した結果、明日の午前中に改めてリリーさんのお店を案内してもらえることになった。
ランチタイムが終わるとセレちゃんの授業。
今日の授業は冒険者にとってほぼ必須スキル、あるだけで立ち回りの幅が広がり生存率にも直結、そしてこれは冒険者に限らずお嬢様だって覚えておけばもしもの時にきっと役に立つはずのスキル。
そのスキルとは――気配を消すスキル!!
いわゆる隠密スキルというやつだ。
気配を消して強い敵をやり過ごしたり奇襲をして先手を決めたりと守りも攻めにも使えるスキルである。
隠密スキルは気配を消すだけの初歩的なところとから始まり、極まってくると気配を消すだけではなく周囲の気配を利用しそれに完全に同化してすぐ傍に立っていても相手に認識されないほどになる。
この隠密スキルに他のスキルや魔法を絡めたり、道具を使って小細工をしたりすることによりより一層他者から見つかりにくくなる。
この領域までいかないとしても気配を消して隠れるという技術は、危機回避に最も効果がある技術の一つである。
気配を消して危険をやり過ごし無駄な戦闘を避けるというのは、か弱いお嬢様でも自衛のために身に付けておいて損はないスキルだと思うんだ。
というわけで今日の授業は気配を消す訓練!
気配を消す技術の向上にはとにかく気配を消すという行動に慣れることが重要で、それが当たり前になればなるほど隠密スキルの熟練度は上がっていく。
それは魔法や魔力を使わなくてもできる。むしろ使わない方がボロができにくいと俺は思っている。
無理に隠すよりも自然に隠す方がわかりにくいから。無理に隠すと不自然な部分が出てきてしまうから。
そう、自然であることこそが隠密スキルの極意なのだ。
そんな隠密スキルは遊びながら訓練をすることができる。
いや~、俺も子供の頃はやってたなぁ~。
それが気配を消す訓練、そして気配を消しているものを見つける訓練だとは知らずに兄貴達や年上の子供達に誘われてよくやってたぁ~。
か く れ ん ぼ 。
前世でも子供の頃よくやっていたけれど、今世のかくれんぼは隠密スキルや気配察知のスキルを使ってどんどんエキサイトしていたよなぁ。
おかげで、かくれんぼは隠れる方も見つける方もすっかり得意になっちまったぜ。
こうして午後の授業――参加者は多い方がいいと俺達だけではなく護衛さんも巻き込んだかくれんぼ講習が始まった。
俺が鬼で。
俺が気配察知スキルを使うと勝負にならないとアベルがごねたので、俺は気配察知のスキルを使わずに。
「そこの植え込みの中で気配を遮断……魔法で気配を隠してるのはアベルだな。気配は綺麗に消えてるし魔力の痕跡を残さないすげー魔力操作だけど、髪の毛が葉っぱの隙間に差し込む光を反射して光ってるから気配以前の問題だな。そのピカピカの髪の毛剃っちまった方がいいんじゃねーか? あ、そしたら頭のがピカピカするかぁ~」
「は? 何でそんなのでわかるの!? クソ、ちゃんとフードを被っておけばよかった。フードを被れば髪の毛は隠れるから剃らないよ! 頭もピカピカしない!!」
俺が声をかけるとバサッと植え込みの中から立ち上がるアベル。
癖の強い髪の毛に葉っぱがたくさん絡みついていて取るのが大変そうだから、やっぱ剃った方がいいんじゃね?
それと魔法に頼ってばっかりじゃなくてじゃんとかくれんぼの技術を磨け。
ま、でも他の奴らに比べたら優秀な方だけどなー。
「で、あっちの木の陰に潜んでいるのがカリュオンかなー。おめー、かくれんぼの時は鎧を脱いだ方がいいぜ? 音をさせないように消音の魔法をかけてたみたいだけど、緑ばっかりの庭園の中だと金属のにおいはわかりやすすぎる」
「んあ? においだぁ? いやいやいやいや、人間の嗅覚でそんなの嗅ぎ取れる方がおかしいだろ!? くそぉ、気配察知のスキルなしで見つけられたのはさすがに悔しすぎる」
そして最後の一人は予想通りカリュオン。
魔法を使わず気配を完全に消していたのだが、冒険者講習だからといって冒険者として活動している時の鎧に着替えたのがダメだった。
やっぱさ、草木の多いところで金属のにおいってきになるんだよね。
気配察知のスキルは使っていないけれど、身体強化のスキルで少しだけ嗅覚を上げたよ?
気配察知スキルは使っていないからズルじゃないもぉん。
「やっぱりグランさんもカリュオンさんの鎧のにおいでわかったんだ。僕もカリュオンさんの位置は金属のにおいで気付きましたよ! でもアベルさんはわかりませんでした」
「は? ジュストもにおいで気付いてのかよ! てか、ジュストは鼻がいいからノーカンだノーカン!! クソ、それでも素でグランに見つかったのは悔しいぜ」
ほぉら、ジュストにもバレているぞ。
それにほら魔物って鼻がいい奴も多いから、鎧のにおい対策はしておいた方がいいと思うぜ?
あとほんのり汗臭い。
あ、これは俺自身のにおいかもしれない。
気配察知スキルは使っていないのに十分ちょっとで全員発見。
みんなかくれんぼマスターにはまだまだだなー。
今日はかくれんぼマスターの俺がビシビシ鍛えてやるぞぉ~。
護衛さん達には貴族出身の人も混ざってそうだけど、リリーさんが手加減をしなくていいって言ったからビシビシ見つけちゃうもんね~。
かくれんぼ講習の会場はプルミリエ侯爵家の庭園の一つ。
リリーさん曰く、急なことだったのであまり広くない庭園しか用意できなかったとのことだが、俺んちの畑より圧倒的に広いな!!
「ダメだわ、わたくしはジュストが木の上にいたのすらわかりませんでしたわ。というか、わたくしは最初に見つかってしまいましたわ」
「セレは見学してるだけの僕から見てもわかったからダメダメじゃん。ジュストはラピが教えてくれなかったらわからなかったよ。アベル兄とカリュオンは護衛の人達より見つからなかったのはさすがだねー」
「うちの護衛は早々に全員見つかりましたけどね……これはお父様とお兄様に報告案件ですわね。リオさんお付きの方々はかなり粘られましたけど、やはり見つかりましたわね。これは装備――黒一色と迷彩の違いですか……なるほど迷彩柄。それにしてもグランさん……いえ、レッド先生は気配察知のスキルは使ってないのですよね。さすがAランクのアドベンチャラーですわ」
庭園にはテーブルと椅子が設置されたガゼボがあり、そこではかくれんぼに参加していないリリーさんと午後の授業を見学にきているリオ君が優雅にお茶をしており、最初に見つかったセレちゃんもそこに加わってお茶休憩中。
最初に見つかって唇を尖らせるセレちゃんだが、これから慣れればどんどんかくれんぼが上手くなるはずだから落ち込むことはないぞぉ。
何ごとも練習! トレイアンドエラーの繰り返し! 君もすぐにかくれんぼマスター!!
三人が囲むお茶を飲むテーブルの上、リオ君のすぐ目の前には少し大きめだがリオ君が持ち運べる程度の瓶が置かれており、その中には光沢のある群青色をしたスライムのラピ君が見える。
あの瓶は脱走防止機能が付いたお散歩用の瓶らしく、時々こうしてラピ君も一緒にお外のティータイムに参加しているとかなんとか。
めちゃくちゃ可愛がられているなぁ……。
日の光に当たると性質の変わるスライムもいるが、ラピ君は元々日の光に当たる場所で飼育されていたスライムだから大丈夫かぁ。
ラピ君は瓶の中でいい子にしていて、リオ君が話しかけるとプルプルと反応をしている。
そして瓶の中から俺達のかくれんぼを見てリオ君と一緒に楽しんでいるようだ。
え? ラピ君は瓶の中からジュストの隠れている場所に気付いていたの?
確かにジュストはガゼボ近くの木の上にいたけれど、結構上手く隠れていたぞ?
俺は地面に残る足跡でジュストを見つけたけれど、ラピ君はどうやって気付いたんだろう? もしかしてスライムの勘!?
マジでスライムって不思議な生きものだなぁ。
「はー、もう全員捕まっちゃったの? ねぇねぇ、護衛の君達は俺やカリュオンより先に見つかってたけど大丈夫? セレはいっちばん最初に見つかってたけど、そのセレの雑な気配消しで警備を掻い潜られ脱走されたうちの実家の騎士達の警備能力は大丈夫なの? 兄上と兄さんに報告しちゃうしかないよねー? ふふふふふふふ……」
お前も雑な隠れ方で見つかったくせに、他人のこととなると楽しそうなアベル。
あーあ、アベルがチクチク虐めるから護衛さん達の表情が引き攣っているぞ。
かくれんぼ訓練にはいつもは見えないところから護衛をしている人達も参加していて、迷彩っぽい柄の服がリオ君の実家から派遣されている護衛さんで、黒一色の方がプルミリエ家の護衛さん。
リオ君の実家ということはアベルの実家でもあるので、昔アベルがまだクソガキだった頃に時々アベルの周りにいたアベル見守り隊のおじさん達の知り合いかなぁ?
昔はあのおじさん達も黒ずくめで逆に目立っていたから、迷彩の方がいいよって教えてあげたんだよね。
迷彩にも色々あるんだけど、ここは緑の多い場所なので緑と茶色の迷彩だね。
うんうん、プルミリエ家の護衛さん達も迷彩にするといいよ。
じゃあ少し休憩を挟んで、かくれんぼ訓練を――。
「全員捕まったなら次にいけるな! 次はみつかんねーからな!」
ガシャガシャと鎧を脱ぎながら超笑顔のカリュオン。
めちゃくちゃ笑顔ではあるが、内心とても悔しそうな空気を醸し出している。
でも少し休憩をさせてほしいなぁ。
隠れている方はじっとしているだけかもしれないけれど、俺は暑い中をウロウロしていたから。
「わたくしも次はもっと粘りますわ!」
「僕も僕も!」
早々に見つかったセレちゃんとジュストは休憩する時間があったから元気そうだな!
かくれんぼや鬼ごっこは連続でやると、鬼役とか最後まで生き残っていた人が休む間がないの!
今回は最後は体力オバケのカリュオンだったから休ませなくていいけれど、か弱い俺は冷たいお茶を飲んで休憩したいの!
「護衛の人達もやる気になってるから、次を始めようかー。あー、冷たいお茶を飲んだらやる気が出てきたよー、次は見つからないもんねー。じゃあ、散るよーグランは目を伏せて五〇数えてー」
「あ、てめぇ! 自分だけ冷たいお茶を飲みやがって! ってみんなやる気!? ああああああ、もう散っちゃったよ!! くっそ、次は五分で見つけて休憩してやるからなーーー!!」
いつの間にかガゼボに移動して、立ったままお茶を貰っているアベル。
ずりーぞ、てめぇ! と思った時にはもう勝手にかくれんぼを始めるコールをして、ヒュンッと転移魔法で消えていった。
いやいやいやいやいや、かくれんぼで転移魔法は汚ねーだろ!?
あー、もう護衛さん達もやる気で散らばっていったよ。
ちくしょー! こうなったらかくれんぼプロフェッショナルの俺の本気を見せてやる!!
※更新遅れて申し訳ありません!
近況ノートにも書きましたが軽い交通事故で病院いってました!!
元気です! 無事です! 痛いのでは足だけなので小説は書けます!!
そして明日と明後日は更新をお休みさせていただきますが、これは元から予定していた通りなので、事故は関係ありません! 元気です!!
皆様も日没後の信号のない横断歩道はお気を付けて!!
今日、コメント返しできなかったらすみません。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます