第955話◆お嬢様に願いを

 名付けのことがあったため今日のリオ君の授業は、ラピ君の状況と他のスライムの成長記録を確認した後、残りの時間はアベルが中心となり徹底的な名付け講座となった。

 短時間で理解できるようにわかりやすい例をあげながら。

 つまりだいたい俺の過去の所業をザクザクと掘り返して、ついやってしまう例としてそりゃーもうわかりやすくチクチクと丁寧な講義が繰り広げられた。


 それによってリオ君だけではなく、一緒にアベルの講義を聴いてリリーさんや使用人さん達や護衛さん達にも、名付けという行為に潜む危険性と落とし穴をしっかりと伝えることができたはずだ。

 実例として過去の所業をあれこれ掘り返されてチクチクされた俺は、授業の時間が終わる頃には死んだ魚のような表情になっていたけれど、その結果リオ君が想定外の名付けに危機感を持って今後の危機回避に繋がるのならそれでいいのだ。

 うん、俺も今後うっかりしないように気を付けるようにするよ。できるだけ。



 アベルはまだまだ心配そうだったがとりあえず今のところ実害もないのでラピ君はこのまま様子を見ることになり、俺はスライムの脱走対策と脱走した時の対処方法などをリオ君とラピ君とは別の部屋で護衛や使用人の代表の人達に教えることとなった。


 冒険者歴イコールほぼスライム飼育歴で、王都時代に小瓶に入れて飼育していたスライムにあらゆる方法で脱走をされ、その度に滞在していた宿屋で大騒ぎになってアベルとドリーに怒られ、宿屋の人に毎度謝り倒してきた俺の経験が生きた瞬間だった。


 家を買ってからは小瓶ではなく脱走防止装置の付いた水槽で飼っているが、やはり生きものなので全ては人間の思い通りにいくわけでもなく、ゼリーの採取や餌やりの時にちょっとした隙を突いて脱走されることがある。

 脱走されないに越したことはないだのが、脱走されても捕獲できれば問題なし! 最悪スライムを飼育している部屋から出さなければヨッシ! スライムの所在さえハッキリしていれば対処はいくらでもできる!


 場所さえわかればスライムの習性や本能を利用して捕獲することができるので、水槽から逃げたら今度は部屋から脱走されないようにすればいいだけなのだ。

 そして飼育しているうちにラピ君の習性や好みがわかってくるともっと対策がしやくしなるし、ラピ君との間に信頼関係が成り立てばラピ君を連れ出せる範囲も広がるかもしれない。

 やはり言葉を持たず意思疎通が難しくまだまだ何をするかわからない相手ではあるが、ラピ君が人間の言葉を理解できるほどの知能を持っているなら時間をかけて良い関係を築くことは可能だと思う。


 リオ君とラピ君のいない場所でスライム脱走対策の説明をしたのもそのため。

 複雑な言葉まで理解できないとは思うが多少は人間の言葉を理解し、おそらくそれは日常的にリオ君が話しかけたり周囲の会話を聞いたりして学習したものだと思われるため、万が一のことを考慮してラピ君に脱走のヒントを与えないように護衛さんや使用人さんへの脱走対策のレクチャーは別室で行うことにしたのだ。


 俺が別室で脱走対策の話をしている間、アベルはリリーさんともしもの時の対応を話し合っていたようで、しばらくの間冒険者ギルドのシステムに乗っからせてもらって連絡をこまめに取ると言っていた。

 連絡さえ取れればアベルならすっとんでいけるから。


 フォールカルテの冒険者ギルド長はプルミリエ家の親戚らしいし、ピエモンのギルド長はアベルともリリーさんとも知り合いだしちょっとお願いすればできるだろうと言っていた。

 それって貴族様パワーではと思ったけれど、庶民の俺はあの二人の意味ありな笑顔に深入りをする勇気はないので気にしないことにして、おそらく仕事が増えるであろうバルダーナに心の中で手を合わせておくだけにした。





 今日はそれで午前中が終わってしまい、授業が終わるとランチタイム。

 そうだ、今日はリリーさんにお願いがたくさんあってきたんだった。 

 

 お願いリストにあったきな粉は箱庭でソジャ豆が手に入りそうなので一旦保留にして、とりあえず改装で必要になったものを纏めてリリーさんにお願いできないか聞いてみよう。

 アベルに頼むとバリバリのお貴族様向けが飛びだしてきそうで恐いので、庶民向けの商売もしているというリリーさんに相談をするのだー。


 キッチン用品や食器類、寝具系も新しくしたいしカーテンなんかも新しくしたい。

 それからお風呂用品!!

 手桶に洗面器に椅子!! 大人用と子供用の椅子!! 子供用の椅子は三姉妹が三人一緒に入っても大丈夫なのように三つ!!


 侯爵家の豪華なランチを頂きながら、纏めてリリーさんに相談だ!!



「最近うちを改装してすっげー綺麗で広くなったから、それに合わせて色々欲しいものができちゃってさ、主にキッチンとか風呂系の小物とか寝具とかの生活用品系? リリーさん……じゃなかったアイリス嬢に相談したいんだけどいいかな? 庶民でも手が出そうなもので、ちょっと可愛いやつとかがいいなぁ」

 おっと危ない。

 リリーというのは身分を隠しして活動する時の仮の名で、今は本名で呼ばないといけないんだったな。

 うっかり間違えそうになったのを誤魔化すのと、少しでも割引してもらえるように可愛く首をコテンと傾げておこう。コテン。


「あ、はい。リリーではなくアイリスです。庶民向けの生活用品系ですか? ええ、宿屋や喫茶店を経営してるのでそういうものでしたら、わたくしの経営している商会が取り扱っているものもありますし、得意先でもそういったものを取り扱っている商会はいくつかありますわ。それで、え? 可愛い系!?」

 その可愛い系、俺のではなくて三姉妹のためのものなんだけど事情を知らないリリーさんに俺の趣味だと思われていそうだな。

 でもリリーさんに頼めばだいたい揃いそうなのはやはり予想通りだった。


「まだまだ改装途中なんだけど風呂とキッチンはすでに終わってるから、そこら辺が急ぎで欲しいかなぁ。特に風呂場用品――洗面器とか手桶が何個か欲しいのと、椅子が三つ……いや四つか? できればカビとか汚れに強い材質がいいな」

 各自の部屋の改装は最後だから、寝具系は後回しでいい。食器やキッチン用品も今あるのでもなんとかなるから、こいつらも早く欲しくはあるが超急いでいるというわけでもない。


 しかし風呂。

 風呂はピッカピカに綺麗になって広くなったから、三姉妹達がお風呂でゆっくりできるように三姉妹用の子供サイズのバス用品を取り急ぎ揃えたい。

 改装前はそんなものを奥スペースがなくて大人用のものがちょこちょこあっただけだったから、これを期に三姉妹がバスタイムを過ごせるように色々揃えたい。


「エッ!? お風呂に椅子が四つ!? ええっ!? 四つ必要というのは四つ同時に使うということに……広いお風呂で!? 洗面器も手桶もたくさん!? まさかの銭湯サイズのお風呂!?」

 俺の注文にリリーさんの視線が俺達の顔を見回すように順に移動していった。


 あ、なんか誤解されたかも?

 確かに今の言い方だと銭湯でもやるのかって受け取られても仕方ないな。

 って、銭湯なんてあるんだ。

 王都や俺がいったことある町では見たことなかったけれど、ユーラティア南東部にはあるのかなぁ?

 まぁ地域が変われば文化も変わるし、ユーラティア東部はシランドルの影響も強いから銭湯みたいな文化もあるのかもしれないな。


「グランの言い方が悪すぎて絶対に変な誤解をされてるよ。お風呂の椅子は十歳より少し小さいくらいの子供用が三つで大人用は一個でいいよ」

「え? 十歳より少し小さい子供用が三つ!? あ、はい……って、子供用!? すでに十歳よりも少し小さいくらい!?」


 俺が銭湯でもやるのかって誤解をされてそうだったのを察してアベルがフォローをしてくれた。

 でもそれはそれで何か別の誤解を生んだぞ!?

 いやいやいやいやいや、俺はまだ十九歳だからそんな大きな子供は無理だよ!!

 うちにいるのは俺の子供じゃないし、それに言えない話だけれど俺よりずっと年上だから。

 アベルくらいの年なら隠し子がいてもおかしくないし、カリュオンは長生きだからどこかに子供がいても驚かないけど。

 ……やっぱ驚きそう。

 そしてジュストは年齢的に無罪!!


「アベルよぉ、お前の言い方も何か誤解されてそうだぜ? グランちは客人も多いっていうか溜まり場みたいになってて、俺もアベルも宿代わりにしちまってるし、ジュストも訓練校の夏休み中はグランちにいるもんなぁ、それで改装して風呂も広くなったってわけ。俺達以外にもグランが拾ってきたりグランについて来たりで近所やら遠方から色々遊びにきてるから、その中にちっこいお嬢ちゃん達とその保護者がいるってだけだ。ちっこい風呂椅子はそのためだな」


 カリュオンナイスフォロー!!

 アミュグダレーさんが絡んだ時のクソガキッぷりが嘘ような滑らかなフォロー!

 やっぱ頼りになるカリュオンだぜ!!


「ああ……お客様用……ああ、はい。そうですよね! 冷静に考えたらそうですよねええええええ!! おっほほほほほほほほほ!! 女の子! 保護者付きの小さな女の子ですね! わかりました、お任せ下さいまし、って情報過多ああああああああ!!」


 良かった、リリーさんが納得してくれたみたいだ。

 すみませんね、情報量の多い家で。

 というわけで成人男性用のと、可愛い女の子用のと、ちっこい謎生物用の生活用品が色々欲しいです!!

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