第954話◆俺の名付け歴

「名付ける方がその気がなくてもね、識別するために固有の呼び方を毎回していたり、呼ばれる方がそれを名前と認識して気に入ってしまったりするとそれでも名付けは成立してしまうんだ。受け取る方がそれを自分の名前として受け入れてしまうと、名前になっちゃうってこと。今回のリオのもそう、きっとラピスラズリのスライムだから便宜上ラピって呼び始めたのかもしれないけど、ラピの方もそれを気に入って受け入れちゃったからね。大事に至らなかったのはリオがラピを丁寧に育てていた結果だけど、毎回そんな偶然が上手く重なるわけじゃないから識別用だとしても固有の呼び方をする時は気を付けるんだよ? いいね? グランもだよ!!」


「うん、わかった!!」

「はいっ!!」


 リオ君に名付けについて話し適度なところで区切り、リオ君に確認の笑顔を向けるアベル。

 その話を真剣な表情で聞き、元気良く返事をするリオ君。

 そしてリオ君に笑顔で確認をした後にキッと俺の方に鋭い視線を向けるアベルと、その視線に刺されてビシッと背筋を伸ばして返事をする俺。


「ここにちょうど良い反面教師がいるからねー、絶対真似をしたらいけない悪い例を挙げておくよー。旅の途中で移動用に買ったワンダーラプター三匹を便宜上、一号、二号、三号と呼んで話しかけながら餌付けして遊びまくって、気付いたらそれをワンダーラプターが名前として認識した上に話しかけていたので人間の言葉をある程度理解するようになり、遊びという訓練のせいで通常のワンダーラプターよりもずっと強い個体になってしまい手放せなくなってしまった。相手が便宜上の呼称を名前と認識する、話かけているうちに人間の言葉を覚える、遊んでいるうちに訓練される、これはリオとラピの例と共通するものがあるよね? これは熟練の冒険者でもうっかりやっちゃう名付けの罠なんだ。ね、グラン?」


「お、おう、そうだな。これはマジで俺のうっかりだったやつ。相手が生きものだとつい可愛がりたくなるからな、それで構いすぎてしまった悪い例だな。結局責任を持ってうちで飼ってるけど、スライムや騎獣に限らず生きものに接する時は自分がちゃんと責任を持てるか考えて接すること。情が芽生える気持ちはよくわかるが、情をかけた時の責任がちゃんと取れるか、取れないなら情をかけない、厳しい話だがこれは自分のため、そして相手のためでもあるんだ。人間じゃなくても相手も命がある存在だからこそ名を与えてしまった時、名付けた者としての責任を果たせるかよく考えてから行動するんだ」


 あれは、絵に描いたような悪い例だったな。

 得意げに俺の失敗談をリオ君に話した後、こちらに笑顔を向けるアベル。

 ちくしょう、全く反論できねぇ。


 あの時は構いすぎてはいけないとわかっていたのだが、グエグエ可愛い奴らだったから……。

 あんな適当な呼び名を名前だと受け入れてしまうくらいに、俺に懐いてしまっていたことに気付かなかった俺が悪いのはよぉくわかっている。

 だから責任を持って俺の家で飼って、毎日美味しい肉をあげて毎朝楽しく遊んでいる。


 名を貰い力を得て個を強く認識するということ、そして名を受け入れるほど名付けの主に懐いているということ、それは名を与えた者が無意識でやったことでも名を貰った者には名を与えた主に特別な感情を持っている可能性が非常に高い。


 そこで無責任に名を与えて放置してしまったらどうなるか。

 名前を与えるほどに情をかけたのに捨ててしまったら、名を貰い個を認識した者ならば感情も鮮明に感じるだろう。そして力も得ている。

 その感情と力が名付け親に捨てられたことで悪い方向に向いて、悲しい結末になるという事案も起こりうる。

 そうならないために名付けたからには責任を果たし、責任が果たせないのなら情をかけるべきではないのだ。


 しかし魔物との距離の近い場所で生まれ育ち、冒険者として経験を積んだ俺ですらわかっていても気付いたらやらかしてしまっている。

 自分にだんだん懐く生きものに情が移りつい可愛がってしまうのは仕方がないことなのだが、生きものとの関係には必ず責任がついて回ることを忘れてはいけないのだ。


 アベルにチクチク言われながら改めて己の失敗を反省し、俺の失敗談が今後のリオ君のためになるならそれでいいと思う。

 今後のリオ君のためになるのなら――。


「グランのうっかり名付け癖は今に始まったことではなくてさ、子供の頃からみたいなんだよね。グランの故郷で見たすっごく長くてでっかくて長い足がたくさんある虫なんて、ゲジゲジ様とかって名前を付けたせいで虫のくせに知能も高くなってすっごい力を持っちゃって、そのうち神格持ちになりそうなくらい強くなってるし。グランの故郷の人と上手く共存してるからいいけど、これも一歩間違えたらやっぱい巨大な虫の魔物になるとこだったよね?」


「ギクーッ!! ゲ、ゲジゲジ様は元々害虫専門のハンターで人間を襲わないタイプの虫だから大丈夫だよ!! 名付けがなくてもきっと俺の故郷で上手く人と共存してたはず! たぶん! きっと! おそらく!」


 反省点や運の良い偶然の重なりはあるけれど結果良し!!

 うんうん、俺の子供の頃の話がリオ君のためになるならこのくらいのチクチクは平気さー!!


「そういえばグランにすっかり懐いちゃってるフクロウの子も、毛玉ちゃんなんていう適当な名前になってるよね? いい、リオ? 名付けを避けるために適当な名前で呼んでも適当だと思ってるのは呼んでる方だけだからね? 適当っていうのは人間の価値観で、名だと認識した方からしたら自分を可愛がってくれる人が自分にくれた大切な名前なんだ。だからどうせなら適当に付けるんじゃなくてちゃんと付けてあげようね。適当に付けてそれが定着してからじゃ遅いからね?」


「うん、わかったよ。そうだね、付けた名前を大切なものだと思ってくれるなら、こっちもちゃんと考えて付けてあげた方がいいよね!」


「グサーッ!! あ、あ、あ、あ、あれは不幸な事故だったね? でも毛玉ちゃんは毛玉ちゃんでわかりやすくて可愛いと思う。それにそういう不慮の事故じゃない時はちゃんとした名前を付けてるしな!!」


 ジュストとかディールークルムとかかっこいいだろ?

 そういえば蝶々を連れた幸運妖精のオチヨちゃんも、なかなかいい名前だったと思うんだ。

 あれも偶然気に入られちゃった系だけど……。


「その辺は困ったことになってねーからいいけど、名前っつーのは言葉でもあり言葉には力もあるからな。だから適当にかっこいいとか響きがいいとかいう理由で強い言葉を名前にいれると、それが思わぬ力を与えることにもなるから気を付けろよぉ? 味方ならいいけどうっかり敵対する奴にやっちまうと手が付けられないことにもなるからなぁ?」


 ぎええええええ、カリュオンまで参戦してきたぞおおおおお!!

 しかもそれは†堕ちたる神の化身・暗黒邪竜魔王ルシファー†君のことかーーーー!!

 ぐぼぉ!! 名前が強すぎてその名前を思い出すだけでも俺の心に大ダメージがあああああああ!!


「それから、うっかり名前を間違えて呼んでしまった時に、うっかりそれに応えて返事をしまうと名付けが成立するというレアなケースもあるからね。ま、これは間違えて呼ぶ方もうっかり返事をする方もどっちも鈍くさいだけなんだけど……あつぅっ!! ちょっと、グラン!? 屋内で火を出すのは危ないから、その生意気トカゲの躾はちゃんとして!!」


 アベルのチクチクがチュペに飛び火した瞬間、耳のソウル・オブ・クリムゾンからチュペがヒョコッと顔を出して小さな火の粉をアベルに投げつけた。

 周囲に影響がないように手加減をしたようだが、お貴族様の屋敷では大人しくしておいてくれ。箱庭では好き勝手にアベルをおちょくってもいいから。


 リリーさん、護衛の皆さん、ビックリさせてすみません!

 チュペは耳飾りに住み着いている妖精さんみたいなものなので気にしないでください!!

 チュペには大人しくしておくように言い聞かせておくので、今回のは見逃してください!

 ああ~、リリーさんがビックリしまくって口をパクパクしてる~。

 も~、チュペは大人しくしておかないとつまみ食い禁止にするぞぉ。


「でも名前って自分自身を表すものですから、それをくれた人のことを特別に思うのはわかる気がします。その人がいなかったら、今の自分という存在がなかったかもしれないから。だからラピ君にとってリオ君は自分という存在をくれた特別な存在なんですよね。名付けの責任や危険は知っておかないといけないことですけど、それでも名前を貰えるってことは新しい自分の始まりにもなって嬉しいことなんです」


 チュペに気を取られていたら、授業を見学していたジュストがポソリ。

 ジュストは仕方なかったとはいえ、親に貰った大切な名前を変えることとなり、姿もかつてとは異なり全くの別人になってしまっている。

 その名を付けたのは俺。

 ジュストにそう言われると少し嬉しくて照れる。そしてジュストだからこそ、その言葉に重みがあり、”特別”と言われてかなり嬉しくてエヘエヘと顔が緩む。


「そっか、ラピは名前が付いて嬉しかった?」

 ジュストの言葉にリオ君がラピ君に尋ねると、ラピ君がリオ君の肩の上でピヨンと伸びてリオ君の頬にペチッと軽く触れた。

 それはリオ君の言葉を肯定しているような仕草。

 やはりラピ君、リオ君の言葉をかなり理解しているようだ。


 それを見てアベルが再び難しい顔になったので、リオ君に見えない角度でアベルを肘でコツンと突いた。

 そして小声で伝える。


「心配なのはわかるけど、リオ君とラピ君と信じて見守ろうじゃないか。そのために俺達の経験と知識を惜しみなくリオ君に伝えるんだ。そういればきっといい方向にいくと思うんだ」


 綺麗事や希望が大半かもしれないが、偶然が重なりできてしまった関係を心配するばかりではなく激励してあげたい。

 心配なのではわかるけれど、安易にそれを潰してしまうのは惜しいから。そして悲しいから。


 だってラピ君はすでに心のある命となってしまっているから。






「う……尊っ。っていうかあの耳飾りと一瞬見えたあの赤いトカゲは……」


 俺の言葉にアベルが少し困った顔をして、最終的に軽く首を振って肩をすくめるのとほぼ同時に、背後からリリーさんの独り言が聞こえてきた。


 うん、リオ君とラピ君の仲良し関係は尊いから、俺はできるだけ見守ってあげたい。


 そしてこの耳飾りはちょっと偉大ですごい耳飾りで、そこにヤンチャなナニカが住み着いているだから気にしないでくれ。

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