第949話◆夕食の後は――
「う……食べすぎた……今日は魔法をあんまり使ってないから、いつもよりもお腹の隙間が……う……くるし……っ。でも、あんなに色々出されちゃうと苦しくなるってわかってても食べない方が後悔しちゃう……プリンは別腹だからいけると思ったのに……あ……最後のプリンがとどめに……うっ」
夕食の後、だらしなく三人掛けのソファーを独り占めして仰向けに倒れ、ポコンと出た腹をさするアベル。
顔がいいからそう見えないだけで、どう見てもおっさんのような行動である。
しかし顔がいいだけでそれすらも無駄にエレガントに見えるので、イケメンというのはこの世で最もズルい生きものだと再確認した瞬間だった。
「あの、ブラックドラゴンの薄切り肉を焼いただけのやつな……薄切りの肉だからいくらでも食えると思ったのに、何だあれ……この俺があのうっすい肉をちょこっとおかわりをしただけでこんなに苦しくなるだと……?」
こちらは一人用のソファーにずり落ちるように座り、完全に脱力をしているカリュオン。
ああ、ブラッグドラゴンの前バラ肉が気に入ったみたいでひたすら食っていたもんな。
ちょこっとどころか結構おかわりしていたのを、俺はちゃんと見ていたぞ!
あの部位は薄切りだとしても、バラ肉特有の赤身とペアになる脂身のせいでドーンと腹にくる。
だが薄いくせにしっかりしている歯ごたえと脂の乗ったバラ肉の旨味が絶品すぎて、スイスイと食べちゃうんだ。
そしてあのモンスター胃袋のカリュオンですらこの有様である。
「う……満腹感はそこまでではないんですけど、お腹が重くて動けな……う……これはお腹がいっぱいというやつ……っ。でもハヤシライスだったから……ハヤシライスはおかわりしないとダメでしょ……う……ハヤシライスすきぃ……ハヤシィ……」
床で体を丸くしてハヤシハヤシと呟いているのはジュスト。
もうジュストのポロポロ芸は気にしていないのだが、この世界でハヤシさんは唐突すぎるのでグランライスって言ってもいいんだぜ?
犬獣人は満腹感がほとんどないと聞いたことがある。ジュストは正確には犬獣人ではないのでどうかわからないが体格のわりによく食べる印象だった。
ジュスト自身も日本にいた頃に比べて随分食べるようになったと自分で言っていたのだが、今日はさすがに食べすぎて動けなくなってしまったようだ。
夕食の後、リビングで転がる者達。
俺が片付けをしてリビングに戻ってきても、まだ満腹感に敗北をしたままゴロゴロとのたうち回っている。
実のところ俺も腹がパンパンで転がりたいのだがそれをしないのは、ここで転がると俺も彼らのように動けなくなって無限にゴロゴロしてしまいそうだから。
この後箱庭にもいかないといけないし、箱庭から戻ったら改装された風呂を楽しまないといけないから、ここで倒れるわけにはいかないのだ。
リビングでゴロゴロしているのはアベル達だけではない。
食べすぎることなく自重できた可愛くて賢い三姉妹達はそんな醜態を晒さず風呂を済ませベッドへといったが、ラトとチビッ子達がリビングでゴロゴロと転がっている。
いつもなら夕食が終わったら酒を飲み始めるラトですら、今日は食べすぎて夕食後リビング床で仰向けにゴロン。
無意識にシャモアの姿に戻ってしまうのではないかという程の脱力っぷりでゴロン。
そしてチビッ子達も揃ってお腹をポッコリさせてヘソ天でゴロン。
うんうん、みんな食べすぎるくらい俺の料理が美味しかったってことだよね。
いっやー、新しいキッチンがあまりにも気持ち良くてすっげーたくさん作ったのにみんながすごい勢いで食べ尽くして、料理をした俺は嬉しくってずっとニッコニコだよ!
俺も腹いっぱいだけれど嬉しくて片付けまでがんばっちゃえたし、新しくなったシンクの使用感もヨッシ!!
「ゲ……ゲ……ゲェ……」
サラマ君はそろそろいつもなら帰っていく時間になるけれど、無理しなくていいよ。
いつでも泊まっていってくれて構わないよ。
起き上がろうとしてやっぱ諦めてゴロンとしたサラマ君に、毛布代わりにタオルを掛けてあげる。
リビングは空調が効いていて俺達人間には夏の暑い夜でもほどよく涼しいのだが、火山などの暑い地方に棲むサラマンダーには寒いかもしれない。
サラマンダーかどうかは謎だけれど火属性のサラマ君がお腹を冷やしたらいけないからね。
そのままコロンとして眠かったら寝て、明日の朝帰ってもいいんじゃないかなぁ?
「カ……カメェ……」
え? カメ君も? 水属性だから涼しいくらいでちょうどいいと思っていたけれど空調が効きすぎ?
チビッ子達は食べすぎてみんなヘソ天になっているからお腹が冷えるのかな?
そっか、みんなタオルを掛けておいてあげて、空調も少し弱めておこうか。あまり部屋を冷やしすぎると体が怠くなるもんな。
サラマ君にタオルを掛けていると、俺のズボンの裾をカメ君がヘソ天体勢のままチョイチョイと引っ張ったので、とりあえずカメ君にもそれから苔玉ちゃんと焦げ茶ちゃんにもタオルを掛けておいた。
蒸し暑い夏の夜、お腹いっぱいで空調の効いた涼しい部屋、みんなウンウンいいながらゴロゴロしているからそのまま寝ちゃいそうだなぁ。
余ったらサンドイッチにして明日のお弁当にしようと思っていたローストドラゴンも、こちらも余ったら煮込みハンバーグのソースで再利用しようとしていたトマト煮も、あまり量はないがトロットロッの脂身部分のせいで案外腹に貯まるブラッグドラゴンの前バラ肉の炙りも全て綺麗になくなってしまった。
食卓に並べきれないほどの量だったのだが、みんなさすがであると思っていたら食後にこの状況。
作った俺自身でさえ今日の夕飯はすごく上出来だったと思う。
そのせいで、ついあればあるだけ食っちまったのは俺も同じ。
そしてダメ押しにココナッツミルクのプリンもあって、デザートは別腹だからいけると食ってしまった。
満腹感って後からくるんだよね。
俺も後片付けの前にリビングで倒れ込んでいたら、彼らのように動けなくなっていただろう。
しかし俺は後片付けで体を動かしたので、多少はやっべー満腹感から解放されてなんとか動くことができる。
う……この後キノコ君の箱庭にいく予定なのに……う……腹が重い。
時計を見ると今日も残すところ五時間を切っており、このままだらだらしていると満腹の気持ち良さでうっかり寝てしまって、一日一回しか使えない箱庭いきの”仮の鍵”を使いそびれてしまいそうだ。
そんなの絶対もったいない!
一日一回しか使えないものを、使わずに終わるなんてもったいないと思うのは生きものの正常な感覚!
ログインボーナスの誘惑! デイリークエストの罠!! 気付けば日課となってしまっているアレ!!
ん? ログインボーナス? デイリークエスト? 何だっけそれ? 週末にはウィークリーに月末にはマンスリーに追われ……キエエエエエエ! ゲームは仕事じゃないんだよおおおって、転生開花は余計なことをするなーーーー!!
ハッ!
転生開花に前世の黒歴史を掘り起こされそうになったぜ……。
これ以上黒歴史を掘り起こされる前に、そして満腹感で面倒くさくなる前に箱庭にいこう。
「おーい、アベルーカリュオンージュストー、動けるかー? こりゃ、無理そうだなぁ……」
チビッ子達にタオルを掛けて回っている間に、アベル達はウトウトし始めている。ラトはいびきをかいて本格的に寝ているな。
アベル達が立ち直るの待っていると今度は俺まで眠くなりそうだし、どうしたものか……。
今日は俺だけでいくかぁー?
チュペもいるし、箱庭に入ればケサランパトラト君やディールークルム君もいるしな。
それに今日は腹が重いから、一人でいくなら森へはいかず畑を触ってみようかなぁ。
「う……グランだけでいくつもり? ダメだよそんなのぉ……でも動けない。ちょっとだけ待ってぇ……」
アベルが何かゴニョゴニョ言いながらもそのまま脱力して静かになってしまった。
やっぱダメそうだな。
カリュオンも顔の上に腕を乗せ――これはもう寝ちゃってるな。
ジュストも床で丸くなっちゃってピーピー鼻が鳴っているから寝ているな。
ま、今日は俺だけで箱庭を楽しんでくるか。
あんま遅くなると明日のリリーさんちでの仕事に響くし、箱庭で少しだけ畑を弄って帰ってこよう。
畑弄りなんて俺一人の時のがやりやすいから、これはチャンスじゃないか。
というわけでちょっと行ってくるから、留守番よろしく~。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます