第943話◆閑話:息子の暮らす場所

「カーーッ!!」

「キエェッ!!」

「ズモモモ……!」

「ゲッ!!」


「コラーーッ! 職人さんの仕事の邪魔をしない! ペッホ族君達はお家を暮らしやすく改装してくれる妖精さんなんだから、威嚇しない! ガンを飛ばさない! 木の実も飛ばさない! 石ころもダメ! ほら、グルグル渦巻き模様のペロペロキャンディーをあげるからリビングで大人しくしてて。って、ラトも手伝わなくていいからリビングで大人しくしてて!! ていうか、森の見回りにいかなくていいのかよ!? はーーーー、お菓子に夢中な三姉妹とジュストはいい子で可愛いなぁ。アベルとカリュオンはいい大人なんだから、お菓子をお前らだけで食い尽くすなよ!!」


「グランは三姉妹を子供扱いしてるけど、間違いなく俺達より年上だからね? いい大人って俺達より三姉妹達の方だからね? いい大人というかいいおばぁ……ぎゃっ!」

「間違いなく俺よりも年上だなぁ。見た目に騙されるなー、きっとハイエルフの最長老よりも……ぬぉ!?」 


「あら、手が滑って樹の枝が出てしまいましたわ」

「ね、ちょっと枝を伸ばしたい気分だったわ」

「アベルとカリュオンは樹難じゅなんの相が出てますよぉ」


「一日くらい見回りをさぼってもよかろ、一日など我々にとっては瞬き以下の時間にすぎぬ。たまにはこうして住み処でのんびりする日も必要だ、それが住み処の改造の日ならなおさらだ。どうだ、その改造に私が力をかしてやろうか」


「住み処っていうか俺の家ーーーー! 改造っていうか改装ーーーー!! 素人が手を出すとペッホ族君達も困るから、ラトは大人しくしていてくれ! 俺はクリエイトロードっていうすっごい生産系ギフトがあるから、ちょっと器用な素人だから手伝ってもいいよな!? 素材が必要なら出すこともできるよ! え、ダメ? 今はいらない? 今日改装しない部屋で大人しくしていてくれ? はーい、じゃあタルバ達の魔導具作りの手伝いでもしようかなぁ? 何か必要なものがあったら気軽にいってくれ!」


「材料はもうだいたい揃ってるも、後は細工や付与をして組み立てるだけも。オイラと頭ピカピカ三人組でやるから大丈夫も。それとワンコも離れているも、ワンコが近付くと危ないも」


「あ、はい。じゃあ僕は大人しく見学してます!」


「ちぇー、じゃあ俺はお客様のためにお茶菓子でも作ってようかなぁ」




 私は今、猛烈に言葉を失っている。目の前で繰り広げられているありえない光景に。


 千を超える時を生き、数多の経験と知識を積み上げ、ここ数百年では驚くということにすっかりと縁が遠くなっていたハイエルフの長老であるこの私が。


 いや、数多の経験と知識があるからこそこの光景をありえないと思うのだ。



 私はハイエルフの長老アミュグダレー。今、息子が世話になっているという人間の家に来ている。



 そして今は、この家の改装を請け負っているというペッホ族がやってきて、これから改装作業に取りかかろうというところだ。



 人間の家に建築好きの妖精ペッホ族がいるだけなら、そこまで驚くことではなかったのだが――何故ここに……このような普通の人間の家に……テムペスト様を始めとした偉大な古代竜が四隻も集まっているのだ!? 集まっているのは古代竜だけではなく世界樹の森の主様達まで!?


 しかもこの家の主である息子の友人が、偉大な古代竜をまるで愛玩ペットを相手にしているかのように接しているだと!?

 いや、さきほどは古代竜の方々に散らかった倉庫の掃除をさせていたようにも見えたな……。


 息子よ……お前の友人は何なんだ!? どういう経緯でこのありえない状況になっているのだ!?

 そもそもお前もテムペスト様の傍で育ったハイエルフならば、この方々が古代竜って気付いているだろう!? 気付いているなら何故止めぬ!?

 というかお前はテムペスト様が正体を隠してただの苔玉のふりをしているからといって、雑に扱いすぎでは!?


 いろいろと息子を問いただしたいところなのだが、どうやらテムペスト様は正体を隠してこの家に滞在しているようで、正体のヒントになりそうなことをうっかり口にしようとすると口を塞がれてしまう。物理的に。


 ま、まぁ……テムペスト様は、我々のような小さき生きものにも寛容で、小さき者に寄り添い、時には正体を隠しその中に紛れ込み生き続けておられる方だからな。

 正体を隠して人の家に紛れ込んでいてもおかしくな……いやいやいやいやいや、おかしい! 絶対におかしい!!


 一万歩譲って温厚なテムペスト様が人の生活に紛れ込んでいるのはありえるとしよう、そこの茶色いモコモコした謎の生きものはどっからどう見てもマグネティモス様ではないか!

 テムペスト様の縄張りの傍で千を超える時を生きてきた私にはわかるぞ、小さな生きものに化けていてもその独特で偉大な魔力は古代竜であることに間違いない。

 そして隠していても滲み出るその偉大な土の魔力は間違いなくマグネティモス様!

 いや、テムペスト様とマグネティモス様は植物と大地で大昔から仲が良いと伝えられているからな……共に行動なされていても不思議ではない。


 モールの工房で偶然息子に会った時はテムペスト様とマグネティモス様だけだったのだが、今日訪れた息子の友人宅には――そ……そのサラマンダーの子供に化けているのは古代竜の中でも最も古く偉大な古代竜の一隻であるシュペルノーヴァ様では……。

 そして青い亀は、荒ぶる海の代名詞――古代竜の中でも最も気性が荒いといわれ、数々の極悪伝説を残しているクーランマラン様!?

 しかもシュペルノーヴァ様とクーランマラン様はめちゃくちゃ仲が悪いと伝えられていたのだが、一緒になってペッホ族の若者を威圧しており、その様子を見る限り仲は悪くなさそうに見える。


 モールの職人に案内されこの家を訪れた時、最初に見たのはこの偉大な方々が頭に妙な布を巻いて汚い倉庫を掃除している姿で、驚きのあまりテムペスト様の名を口にしそうになり物理的に口止めをされてしまった。


 気付いていなさそうだとはいえ偉大に古代竜に倉庫の掃除をさせていること、古代竜の方々もそれに従っているということ――息子よ、お前の友人は何者なのだ!?

 そこで驚いたすぐ後に、案内された母屋で世界樹の森の主様達が寛いでおり、ほんの数分の間に千の時を生きた私が二度も驚かされることになった。



 ハイエルフの里のあるテムペスト様の森と融合するように隣接する広大な森の最深部には天まで届く勢いの巨大な樹がそびえ立っている。

 その樹は世界樹、或いはユグドラシルといわれる世界の根幹となる偉大な樹で、それを守るように取り巻き深く広大な森はホッドミーミルの森と呼ばれている。


 ――が、そのことは人間を始めとする森の外の住人達に知られてはならない。

 故に森の奥地は森の主の力により隠され、隠されたまま長い長い時が過ぎたがために森の外部から忘れ去られている。いや、忘れ去るように外部の者全て拒んだのだ。

 こうしてかの樹の存在も森の本当の名も森の外に住む者からは忘れ去られ、森の外では森の真相を知らぬ者達からは彼らが付けた名で呼ばれるようになっている。

 何故なら先代のユグドラシルは遥か昔――伝承の時代に人間達の欲の果てに、或いはそれを誘導したものの仕業により折られてしまったと伝えられているから。


 故にユグドラシルを守る神獣ラト様は人間をあまり好まず、長い時を掛けて信用を得て縁を繋いだごく一部の人間としか交流をしていなかった。

 人間や森の外の者だけではない。

 その白く美しい姿から醸し出される気高さは森に住む者ですら近寄りがたく、見れば頭を垂れたくなる存在。

 それはたった一柱でこの森と樹を守り続けてきた守護者としての威厳か、それとも元は創世神が作り出した神の一柱だった故か。


 その神獣ラト様と並んでホッドミーミル森の主とされるのが、ユグドラシルが生み出した自らの分身の女神――ユグドラシルそのものであり森の主ともいえる存在。

 先代のユグドラシルは女神の化身であったというのがハイエルフに古くから伝わる伝承だ。

 その先代が作り出した分身である三人女神達が、先代のユグドラシルが失われたおりに新たなユグドラシルの苗となり別々の場所に植えられ成長し、そこから枝を分けて更に各地にユグドラシルが植えられ増えまくった。


 その最初の三本のうちの一本が成長したものがハイエルフの里の近くの森――このホッドミーミルの森にあるものだ。

 その新たなユグドラシルが自らの分身として生み出したのがホッドミーミルの森の主である三女神様だと、ハイエルフの間に残る伝承にはある。


 古代竜だけではなくそんな方々がどうして人間の家に集結しているのだ!?


 しかも家主もその友人も、彼らと親交のあると思われるモールの職人も、この異様な状況を当たり前のように過ごしており、それもまた異様すぎる状況だ。


 そしてどうしてうちの息子はこの異様すぎる状況を全く気にした様子がないというか、当たり前のように馴染んで女神様達と遊んでいるのだ!! しかも失礼なことを言って樹の鞭を食っているぞおおおお!!


 息子ーーーー!! どういうことか説明しろおおおおおお!!

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