第944話◆閑話:始まる改装と改造
ペッホ族は建物弄りが好きで、その様式や素材を問わず建築に長けた妖精である。
森の奥深くで暮らす我らハイエルフも彼らと取り引きがあり、ペッホ族の手を借りて建てられ、現在でもペッホ族に手入れを依頼している家屋が里にはいくつも存在する。
こちらが不義理を働かなければ基本的に敵対行動を取らぬ連中ではあるがやはり妖精故に気まぐれであり、建物弄りが好きだといっても小さな家屋より城のような大型の建築物を好む傾向があり、その辺りは妖精らしく自分の欲望と感情に忠実に行動する傾向がある。
つまり一個人の住居の改装程度だと途中で飽きて手を抜く可能性もあるので、そこは上手く機嫌を取ったり圧をかけたりしなければならない。
もちろん誇り高きハイエルフの長老である私が妖精ごときの機嫌を窺うようなことなどはしない。ハイエルフらしく圧力をかけるのみだ。
息子が滞在しているという友人宅がペッホ族によって改装される予定だと聞いて、息子が世話になっている恩返しでハイエルフの長老としてペッホ族にしっかり働くよう圧をかけてやろうと、その友人宅を訪れればこれである。
ハイエルフの長老としてペッホ族に圧をかけるつもりがその必要は一切ないどころか、古代竜四隻と森の主様勢揃いで圧をかけられているペッホ族に同情さえ覚えた。
しかし来たからには私もハイエルフの長老としての威厳を示さなければ以後のハイエルフとペッホ族の関係に問題が生じるやもしれぬ故、古代竜の方々と主様の後ろからこっそりと視線だけで威圧をしておいた。
まぁこれだけ圧をかけられてはペッホ族も手を抜くことはなかろう。
彼らの建築作業は空間魔法と時間魔法始めあらゆる魔法を駆使して行われる。
建造物が恐ろしい勢いでできあがっていくのは、千の時を生きた私の目から見ても不思議でそして見事である。
それと同時にそのために使われている魔法技術の高さにも目を見張る。
魔法とはイメージである。
魔力の多さや強さ、それを扱う技術だけではなく、魔法をイメージする力とそのための自由の発想も魔法を扱ううえでは重要になってくる。
ハイエルフは魔力に恵まれ、それを扱う技術を磨くだけの長い時間を持つため魔法に長けた者が多いが、古い習慣やハイエルフとして歴史に誇りを持っているが故に、古くから伝わる魔法のイメージに捕らわれて自由な発想というのがやや苦手な面がある。
私も若い頃は自由な発想を求め、今のカリュオンほどではないがハイエルフ以外の種族とも――おっと、今は私の過去を思い出している時ではなかった。
学ぶことより遊ぶことが好きな妖精達の魔法に関しての知識や技術はハイエルフのそれに遠く及ばないのだが、彼らは気まぐれで自由な性質故に魔法の形に捕らわれず自由な発想で魔法を使いこなすことを無意識にやってのける。
ペッホ族の建築もそう。
小規模な改装なら遊び感覚でそのまま弄ることもあるが、大規模な建築や改装の場合じっくりしっかりそして好き勝手弄くり回すために、現場を複製した仮初めの空間を空間魔法で作り出しそこを好き勝手弄くり回し納得できたら、その複製空間で元の空間を上書きするのだ。
それで自分や依頼主が気に入らなければ時間魔法で巻き戻す。
そのため知らない者から見ると、一瞬で改装が終わったとか大きな建物が建ったという風に見えるのだ。
この家の改装もそうやってやるようで、偉大な方々の圧力洗礼を受けたペッホ族の若者達は作業に取りかかり、私とモールは今日は改装作業を行わないというリビングで魔導具制作の作業をすることになった。
そしてそこには古代竜四隻と森の主様達も――。
「モッ!」
「キッ!」
マグネティモス様がラグナ・ロックの能力を最大限に引き出す加工をし、テムペスト様が魔導具の付与にお力を貸してくれる。
畏れ多いと思いつつも、ハイエルフの長い時の中でも授かることができるかどうかわからぬほどの身に余る光栄と貴重な体験に心が躍る。
ハイエルフの時は長い。
ハイエルフはその長い時を魔法や魔術、魔導具作りに費やす者が多く、私もその一人だ。
だが古代竜の時は更に長い。
ハイエルフの長老ですら知らぬ知識や技術を当たり前のように持たれている面々。
偉大で強大な存在であり、我ら小さき存在からすれば近付くどころかそのお姿を目にすることすら畏れ多い方々。
ペッホ族がしっかりと働くように圧をかける目的もあったが、それと共に息子の現在の生活を少し覗いてみたい気持ちもあった。
それがまさかまさかの状況で、正直今でも理解と感情が付いていかず戸惑っているのだが、それよりも古代竜方の作業を間近で見ることができるということに童心に帰ったように胸が高鳴る。
今日はその作業にシュペルノーヴァ様とクーランマラン様、そして森の主様達も加わっている。
このような体験など千の時を生き初めての体験であり、この先もう二度と体験できることではないだろう。
あまりにあまりな空間で、どうしてこのようなことになっているのか気にはなるが、私は知識欲に抗うことを諦めることにした。
「カッ!」
え? これは沌の魔力を吸収して聖の魔力に変換する魔導具ですが?
それを書き加えると水にも変換されてしまいますぞ、クーランマラン様。
「ゲッ!」
あ、シュペルノーヴァ様が火変換を書き加えた。
「キエエエエッ!」
「ズモオオオッ!」
そのお二方に対抗するようにテムペスト様とマグネティモス様が風変換と土変換を書き加えているぞおお!!
さすが四大元素を司る方々。
う、うむ。
当初とは予定が変わっているが、バランスよく四大元素に変換するなら問題ないだろう。
「どうせなら光も加えよう」
「ねぇねぇ、だったら闇も入れた方がバランスいいよ。グランに教えてもらった文字で書いてみていい?」
神獣様が光変換を書き加えると、横から銀髪金目の人間がヒョコッと闇変換を書き加える。
しかしこの人間――うーんうーん、どこかで見たことあるような、大昔に出会ったことのあるような顔をしているのだが思い出せぬ。
しかも人間にしてはあり得ぬほどの魔力を持っているうえに、その魔力にどこか覚えがあるようなないような……先日モールの工房で初めて会ったはずなのに。
「だったらもう沌をただ変換するだけじゃなくて、沌以外の属性を全て持った複合属性の魔力攻撃を放て、例のあいつにダイレクトアタックできるようにしましょうよ」
ヴェル様!? それは設計図からやり直しになりまする~!
「だったら形状も付与も大きく変更しないといけませんねぇ。でもやろうと思えばできますよぉ、細工が得意なモールさんがいれば物理的な改造はできますしねぇ。付与は私がお手伝いしますよぉ」
未来を語る女神のクル様は、三女神の中でもっとも付与に精通しているお方だと聞いている。
魔導具の方向性は大きく変わりそうだが、そんなお方の付与技術を見られるというのなら……ありだと思う。
「あらあら、あまり勝手なことをするとモールの職人がお困りになってしまいますので、弄るならよぉく相談しながらがよろしいかと」
モールのような小さき存在にまで心をかけるとは、さすが三女神の長女ウル様はお優しい。
怒らせると天罰のような魔法が降ってくる恐ろしい女神だと、私が子供の頃にうちの爺さんが言っていたが何をやったのやら。
「も……とっくに手遅れも。主様達が弄るならこの設計図はもういらないもね」
あぁ……モールがクシャクシャと設計図を丸めてゴミ箱に投げ込んだ。
「あーあ、家主がキッチンに篭もってる間に魔導具が魔改造されていってるな。ま、グランは計画の時からずっと寝落ちばっかしてたし今さらか」
ソファーで退屈そうに私達の作業を見ている息子がぼやいたのが聞こえた。
息子は付与や魔導具作りを本格的に学ぶことをせずハイエルフの里を出たため、あれから数十年過ぎても相変わらずその手のことは身についていないようだ。
里にいた頃は付与や魔導具作りから逃げ回り、テムペスト様のところに入り浸っていたが、先日モールの工房で会って以来どういう心境の変化か魔導具を作る作業に少し興味を示したようで、私達の作業を後ろからジッと見ている。
カリュオンの年は人間の寿命はとうに超える程であるが、ハイエルフとしてはようやく大人として認められる時期。
体の成長は止まっても、経験と共に心は成長し続け、長い時の中で膨大な知識と技術を得るのがハイエルフ。
人間の血が混ざっているとしても、きっとカリュオンもこれまでの時間よりこれからの時間の方がもっと長い。
だから、今まで学ばなかったこともこれから学べばいい。
ハイエルフには、ハーフだとしても私の血を引いているのなら間違いなく長い時があるはずだから。
私と似ているようで全く似ておらず、だがやはり似ている息子。
息子が私のことを避けていたのは当たり前のように気付いていた。
だかその距離がほんの少しだけ縮まったような気がするのは気のせいだろうか。
それが本当でも気のせいでもせっかくできた機会、もう少し息子との間にある距離を縮めることができたならと思う。
そしてそのきっかけを与えてくれた者達に感謝を。
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