第941話◆悪夢より恐いお仕置きタイム

 夢の中で何回も落っことされてめちゃくちゃ汗だくで目が覚めた。


 あまりにビビリ散らかして起きたため、その勢いでベッドから逆さまの体勢で転がり落ちて頭を思いっきりぶつけた。

 ベッドから逆さまに落ちた体勢でしばらく状況が掴めず、思考も動きも止まった状態の俺。

 そこに差し込んでくるまだ強くはない夜明けの光と、床にぶつけた頭の痛みで、ついさきほどまで見ていたのもが夢だと理解してホッとした気分になりながら体を起こす。


 ドラゴンや鳥の背に乗って空を飛ぶことには昔から憧れがあったし、落っこちてもまだ大空への憧れは消えていないが落っこちるのはさすがに嫌だ。

 昨夜もユグユグちゃんが受け止めてくれなかったら、俺は今ここにはいなかっただろう。

 そう思うと、夜明けの時間でもすでに暑さのある部屋の中、夢から覚めてもまだ体中がゾクソクとした。


 きっとまたディールークルム君の背中に乗って空を飛ぶことがありそうだから、その時はもう絶対にいい子で大人しくしてる!

 反省したーー! すんごく反省したーーーー!


 反省したから気持ちを切り替えて今日もがんばるぞーーーー!!

 今日はやらないといけないことがたくさんだーーーー!!


 と、気を取り直して張り切って今日一日をスタートした。



 この後、昨夜の落下体験や連続落下悪夢よりも恐ろしい目に遭うとも知らずに――。




 今日はペッホ族がうちに来る予定になっている日。

 そう、今日からうちの大改装が始まるのだ。


 ペッホ族君達の話だと今回くらいの改装なら一週間もかからないらしい。

 ええ? 改装どころかもはや建て替えに近いレベルの大改装なのに!?

 さっすが妖精! 人間の理解を遥かに超えた力を持っている存在!!


 すごい能力を持っている反面、その性質や行動も人間の理解の及ばぬ存在で、平素は人に対し害のない妖精でも何がスイッチとなって怒りを買い手に負えないことになるかわからない。

 妖精は基本的に気分屋で、機嫌のいい時と悪い時の差が激しいのだ。

 ペッホ族君達は先日話した時は穏やかそうで大人しい感じだったけれど、やはり油断をしてはいけない。

 ま、機嫌のいい時の妖精はびっくりするくらい大盤振る舞いをしてくれるので、ペッホ族君達ができるだけ気持ち良く仕事ができるようにしておこう。


 というわけで朝の鍛錬と畑やワンダーラプター達の世話が終わって朝食を作りながら、ペッホ族君達が休憩している時に出すお菓子を作っていた。


 朝食を作りながらオーブンではブルーベリージャム入りのパウンドケーキを焼く。

 冷蔵箱の中にはすでに仕込み終わったパイナップルのゼリーもスタンバイしている。

 これはサラマ君が持ってきたくれたパイナップルなので朝食のデザートにも出す予定だ。


 それにしてもサラマ君はどこからパイナップルを持ってきたのかなぁ?

 パイナップルだけではなくいつも南の温暖な地域でしか育たない果物をよくお土産でくれるけど、近所に秘密の南国ダンジョンでもあるのだろうか。

 秘密の南国ダンジョン……もしあるならいってみたいな。

 サラマ君にお願いしたら連れていってくれないかな? ダメならこっそり後ろをつけていってみようかな?


 すっかり増えてしまった同居人分のベーコンエッグを作るだけでも大変。しかもみんな微妙に好みが違う。

 ドラゴンベーコンエッグを何個も作りながら隣の鍋では野菜スープをコトコトと煮込んで、隙あらばレタスを千切ってキュウリを刻んでミニトマトのヘタを千切ってサラダの準備。

 朝食の準備はいつも忙しい。

 それに加え今日はパウンドケーキも焼いていててんやわんや。


 新月前後は力が弱まるらしく三姉妹は起きてはいるがリビングでウトウトしていてお手伝いはなし。

 いつもなら手伝ってくれるカメ君は……俺と一緒に起きたものの、何やら他のチビッ子と雑談が忙しいようだ。

 なので手伝ってくれているのはジュストだけで、ジュストにはできあがったはしから料理を食堂に運んでもらっている。


 ああ~、忙しい忙しい。


 だから朝食の直前まで俺はジュスト以外とはほとんど顔を合わせていなかった。



「お待たせー、これで朝食の準備は全部かなー……うお!? うおおおおおおおおお!?」


「カーーーーッ!!」

「キーーーーッ!!」

「モーーーーッ!!」

「ゲッ!!」


 食堂に入った直後、俺が押してきた配膳台が勝手に動いて俺の手から抜けてスススーっとテーブルまでいったので驚いていると、チビッ子達に四方から蹴りや木の実や頭突きやタックルをくらい、そのまま頭と左腕と腹と右足に張り付かれた。

 料理に被害が及ばないように、配膳台を俺から離すという気遣い付きでなんだか憎めない。


 のだが――。


 カリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリ。


 そしてひたすら引っかかれる。

 そんなに強くではないのだが、俺は薄着だしチビッ子達の爪は意外と尖っているしで微妙に痛い。


「何!? いきなり何!? とりあえず朝飯にするから離れてくれ」


 カリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリ。


 しかしチビッコ達のカリカリは止まるどころかより勢いが増すばかり。

「だから飯にするから離れろーーーー!! うおっ!?」

 無理やりチビッ子達を剥がそうとしたら、シュルッと床から植物の蔓が生えてきて手足を絡め取られた。


「さきほど話は全てアベルに聞きましたわ。ええ、箱庭の中のことなのでわたくしでも知ることができないことでしたが、何があったかは朝食を待ちながら聞かせていただきましたわ」

「闇のガーディアンに乗って空を飛んでていて落ちたのですって? さすがに空の上からの落下には私達の加護も今のままでは役に立たないわ。っていうかグランが思ったよりも鈍くさかったわ」

「ええ、グランが鈍くさくても大丈夫なように落下を制御できるお守りを作りましょう。でもその前にお空の上でふざけて遊ぶグランにはお仕置きですよぉ~」


「そういうことだから、素直に怒られて。昨夜は疲れてたみたいだったから、色々話したいことがあったけど休むのを優先したからね。ほんと、ユグユグの樹が助けてくれなかったらどうなってたかわかんないんだからね。チビッ子達も、三姉妹もしっかりグランをわからせておいて。そうそう、拷問をするならカリカリよりコチョコチョの方がいいかもしれないよ」


 ちょっとちょっとちょっとちょっとおおおおおおおおお!?

 このカリカリと拘束プレイはもしかして昨日の落下事件のお仕置き!?

 反省してる! あれは夢でも落っこちてヒヤヒヤしたからすでに反省しまくってる!!


 コチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョ。


 っちょ!? アベルが余計なことをいうからカリカリがコチョコチョに変わったーーーー!!

 やめろ! くすぐったい!! やめてえええええ!!

 ああああああああーー……蔓で縛られて動けない~。

 やめてくれ! 拘束くすぐり責めとか俺が変態みたいじゃないか!!


 カリュオン助けてーーーー!!


「あ、そうだ。昨日うっかりいうのを忘れてたんだけど、親父達が今日の作業はグランちでやるっていってたなぁ。今日からペッホが家の改築にくるから今日くらいは俺達もペッホ族の作業を見てるわーって話をしたら、じゃあグランんちの作業場を借りて作業をしながら、ペッホ族の作業を時々見学しようって親父がいいだしてさ。わりぃ、今思い出した!」


 え? どういうこと? つまりいきなり来客!?

 ていうかカリュオンはすっかり親父さんとの距離が縮まってない!?

 そういうことは早くいえええええええ!!


 って、ああああああああコチョコチョはそろそろやめて~~~、辛くなってきた~~~~!!

 あああああああ……拘束もといてほしいいいい~~!!


 ごめん! ほんと、ごめん! みんな心配してくれてるんだよね!!

 ごめん、そしてありがとう!! だから、そろそろコチョコチョはやめて~~~~!!!


 つらい、マジでつらい! コチョコチョ拷問つらすぎるうううううう!!


 空高くから落ちるのも二度とごめんだけど、コチョコチョ拷問ももう嫌だ~~~~!!


 やだ~、落下より悪夢よりコチョコチョ辛い! コチョコチョの刑恐い!!









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