第940話◆堕ちたる者の夢

 ユグユグちゃんが寝てしまったのでお礼とお詫びの気持ちを直接渡しそびれたので、地上に降りた後人型に戻ったディールークルム君のアドバイスを聞きながら、ユグユグの根元にユグユグちゃんの糧になりそうな魔力をたっぷり含んだものを置いて帰った。


 ユグユグの樹は魔力が豊富なものなら何でも肥料になるから大丈夫? ゴミでも何でも置いていっていい? ユグユグの樹はそういうもの?

 ディールークルム君はなんだかすごく楽しそうというか含みのある雰囲気になっているけれど、大丈夫?

 と思っていたら、眠っているはずのユグユグちゃんから突然木の実が飛んできてディールークルム君にぶつかって、ディールークルム君が吹っ飛んでいった。


 あんま変なものを置いたら木の実をぶつけられそうだから、肥料になりそうなものをほどほどに置いていくね。

 俺を助けるために急成長したならきっと魔力をたくさん使ったはずだから、魔力をたっぷり含んでいそうな魔物の骨を置いておくね。

 それから俺の故郷で崖崩れがあった時に山から崩れてきた土。自然豊かな山の土だから植物の栄養になると思うんだ。


 ユグユグちゃんは俺の命の恩樹だから、ユグユグちゃんの起きている時間にしっかりお礼をするね。

 甘いものが好きみたいだから、甘いものをたくさん持ってくるよ。収納を解禁された俺は無敵だから、楽しみに待っていてね。

 じゃ、今日は魔物の骨と故郷の土を樹の前に積み上げて帰るね。


 おやすみぃ、またねぇ!!



 ディールークルム君の背中からユグユグちゃんの上落っこちた俺は、落っこちた時にできた擦り傷で打撲に加え、命の危機に直面して精神的にもそれなりに疲れがきていたので、ユグユグちゃんの根元に差し入れを置いた後はアベルの転移魔法のマーキングをサクサクと終わらせてお家に帰って休むことにした。

 ユウヤ君の割れ目の近くもディールークルム君に乗っていったけれど、もう絶対に落ちないように大人しくしていたし、絶対に落ちないようにディールークルム君に蔓でグルグル巻きにされた。

 俺だけじゃなくてアベル達も。




 帰宅して一風呂浴びた後はすぐにベッドに潜り込んだ。


 箱庭での落下事件をアベルから聞いた留守番組に怒濤のようにお説教されそうになったのを全力で回避して。






 そして夢を見た。

 ディールークルム君に乗って空を飛んだからか、それともそこから落っこちて危うく死ぬところだったか、大きな竜の背に乗って飛ぶ夢をいくつも。






「ははは、そんな気を使わなくっても大丈夫だって。落ちるようなヘマなんかしないし、落ちてもきっと兄さん達の力を上手く使えば何とかなるって。翼も魔法もないけど何とかなるよ、だって俺には兄さん達に分けてもらった力があるから。って、うわっ!? いきなり一回転とか心の準備が……うおあああああああああ!?」


 聞いたことのあるような声に、目の前には真っ赤な鱗。

 が、状況を把握する前に視界がグルンと回った。鱗以外には真っ青な空とそこに浮かぶ白い雲しか見えない視界が。

 そしてつい先ほど味わったばかりの感覚、夜空と青空という視界の違いはあるがそれ以外はほぼ同じ状況。


 おっおっおっ……落ちるうううううううううううううううう!!

 夢の中でも落ちるうううううううううう!! 


 今まで目の前に見えていた真っ赤な鱗が一瞬で遠くなり、その姿全体が見えたと思ったらそれが高速で小さくなっていく。

 見えている景色が違うだけでさっきと同じーーーーーー!!

 何とかするって聞こえたけれど、何とかなるのーーーー!?


「これがあれば翼も魔法もなくても空くらい飛べるさ。見て! 海の王者リヴィ兄さんに貰ったフライングシャークゴーレム!! ポチッと起動で空を自由に飛べるよ!」

 この視界の主は落ちながらよく舌を噛まずペラペラ喋ることができなるなー、って思っていたら馴染みのある感覚と共に目の前に人が乗っかれるくらいのサメが収納スキルから飛びだしてきて、指先にポチッという感覚がしてそいつが落下中の体の下に滑り込んでパラシュートなしのスカイダイビングが止まった。


 そしてそのまま、空飛ぶサメに跨がり、先ほどまで俺を背中に乗せていた真っ赤な鱗の持ち主――巨大で真っ赤な竜の横を並んで空の旅をする夢。


 ああ、これはチュペにあるシュペルノーヴァの記憶か。

 ソウル・オブ・クリムゾンは俺の左耳にピッタリくっついているから、そこに住み着いているチュペの記憶が俺の夢に干渉しているのかな?


 視点がシュペルノーヴァではないのが少し気になったが、チュペはシュペルノーヴァではなくダンジョンの魔力が作り出したシュペルノーヴァを模した存在。

 同じダンジョンにいたアルコイーリスの模擬体は、自分はダンジョンの記憶が作り出した存在だといっていたから、きっとチュペもそういう存在。

 つまりチュペの視点はあのダンションの記憶の視点だと思えば、俺が見ているのがシュペルノーヴァの視点ではないことも納得できる。

 あのダンジョンはきっと、あそこに眠るものから滲み出している魔力が具現化したダンジョンだから。その魔力が持っている記憶が具現化したものだからかな?


 夢の中独特のふわふわとして気分で、理屈なんてわからないがそういうものだと考えることなく納得しているとすぐに違う夢になった。

 これも夢の中ではあるある。


 ってまた落ちてるうううううう!!


 夢の中で同じ場面を何度も繰り返すなんてあるあるあるある!!

 でももう落ちるのはやだーーーーー!!

 ごめんなさい! もう空の上では大人しくしています!!


 また落ちている俺の視界には真っ青な空とどんどん小さくなっていく赤い竜。

 そして叫んでいる視界の主の声。


「シュペルノーヴァの馬鹿野郎!! 自分にとって当たり前だからって他の奴もそれが当たり前だとは思うなよ!! いいか、人間は飛べねーんだよおおおおおお!! わかったら今すぐ助けてくれえええええええ!!」


 小さくなっていく赤い竜、しかしその表情はハッキリと見えた。

 ついさっき俺が落っこちた時に見せたチュペルノーヴァのアホ面にそっくり。

 まるでなんで飛べないんだっていうような表情。

 当たり前だろ!! こいつのいう通り人間は飛べないんだ!!

 というかこいつ、落ちながらよく喋れるな。


 そしてその言葉にハッとなり超スピードで追いかけてきた真っ赤な火竜シュペルノーヴァにギリギリで助けられる俺。

 これもチュペに残るシュペルノーヴァの記憶か?

 なんかだかちょっぴり違和感があるが夢なのできにしない。

 辻褄が合わなくて意味がわからないなんて、夢なら当たり前のことなんだ。


 って、また次の夢でも落ちてるよおおおおおおおお!!


 また竜の上から落っこちている俺だが今度は真っ赤な竜シュペルノーヴァからではなく見たことのない竜。

 それは美しい水晶を思わせる鱗を身に纏った竜。連想するのは本来の姿になった時のナナシの刃。

 めちゃくちゃ上品で綺麗な姿の竜なのだが、こいつの飛び方はダメだ。

 悠々と空を飛ぶシュペルノーヴァのような安定感と乗り心地はなく、とにかく大はしゃぎという感じで乗る者のことを考えていない。

 そしてはしゃぎすぎた結果、落とされた俺。


 しかしこれだけヤンチャな竜に乗るからには落とされることを想定していたのか、すっと浮遊効果のある傘を出して悠々と地上に降りていく俺。

 その俺に追いついてきて申し訳なそうな顔をする水晶の竜。

 竜の背中に戻り空の彼方へ飛んでいく夢。

 その後、また振り落とされたけど。


 それで終わりかと思ったら、こんどばキンキラキンですっげー眩しくて翼がバサバサうるさい竜の背中からも落ちた。


 どんだけ、今日の落下がトラウマになったんだよ。

 でも今度のは俺が竜の背中の上で剣を振り回していて落っこちた。

 何やってんだ、俺ーーーー!!

 キンピカの竜がめっちゃ慌てて助けにきてくれたからよかったけれど、人間は空を飛べないし空を飛ぶ手段を持ち合わせているとは限らないから、竜に乗って飛ぶ時は落ちないようにしろよ!!


 って、ああ……これは夢だ。

 ソウル・オブ・クリムゾンに住み着いているチュペの記憶かと思ったら、途中から普通に夢を見ていたみたいだな。


 マジ何回竜から落ちる夢を見ればいいんだ。

 ものすごく反省したので、もう落ちる夢は勘弁してください。

 空の上では大人しくしているので。



 堕ちるのは嫌だ。


 堕ちたくないよ。



 すごくすごく反省した夢の最後は真っ黒で冷たい穴の中に堕ちる夢で、それは空の上から落ちるよりずっと恐くて助かる術も思い付かなくて、体中に汗をかいて飛び起きた。


 と同時にベッドの上から床に落っこちた。




 本当に本当に反省しました。



 もう落ちるようなことはしません!!


 

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