第939話◆ありがとうの気持ち
ユグユグの樹は俺が思っていた以上にでかかったんだな。
改めて見上げるとかなりでかい。
ユグユグの樹の全体から見ると低い位置にある女性の上半身のような形をした凹凸部分――ユグユグちゃんを目の前に見る場所からてっぺんを見上げると、真っ暗な夜の闇と生い茂るユグユグの樹の葉に視界を遮られ頂上を見ることはできなかった。
ただ至近距離で見ると、地上から見るよりその大きさに圧倒されるだけになった。
そのおかげで命拾いをしたのだが。
ユグユグの樹のおかげで助かった俺の目の前には、俺をここまで運んでくれた葉っぱや枝の放つ聖属性の魔力の薄い光と夜空の星々の僅かな光に照らされ、ぶっとい幹に浮かび上がる凹凸ユグユグちゃん。
地上の距離と樹の大きさの比率故に、地上から見た時は然程大きくは見えなかったのだが間近で見るとでかい。
そりゃそうだよなぁ、めちゃくちゃでっかい樹の本体っぽいもんなぁ。
あれ? 近くから見ているからかな?
ユグユグちゃんの形が、遠くから見るよりはっきりと人型の凹凸になっているような気がするな。
昨日までははもっとこう、幹に埋まっていてここまではっきりとした人型じゃなかったような……気のせいかなぁ。
なんか近くにいるからか樹もすっごく大きく、葉の量も多く見えるんだよなぁ。
真っ暗だから空との境目がわかりにくいからかなー。
そして間近だから、ユグユグちゃんの顔の造形がはっきりと見えた。
遠目だと何となく人の顔に見える程度の凹凸にしか見えなかったが、近くで見れば整った女性の顔。
樹の幹のはずなのにユグユグちゃんの部分だけ表面がやたら滑らかで、色も薄く艶もあり人肌のように見えてくる。
形や雰囲気は確実に人なのだが、目には瞳がなく樹の表面に彫られた彫像のような状態のため無機質な印象を受ける。
しかしその目が眠そうにパチパチと瞬きを繰り返しているので、冷たいとか恐いという印象よりも先に可愛いとか起こして申し訳ないとか思えてくる。
しかしこの顔、なんかこう……謎の既視感がある。うーん、誰かに似ているな……誰だろう?
やっぱ制作者の三姉妹か? 三姉妹を大人っぽくした感じ?
うーんうーん……確かにそうなんだけどなんか違う気がする。うーん……喉に何かひっかかっている感じ。
人の顔を覚えるのが苦手すぎて、何となくどこかで会った誰かに似ているんだけど思い出せない。
やっぱ、三姉妹かなぁ? そうだよなぁ、三姉妹が大人になったらきっとこんな雰囲気なんだろうなぁ。
三姉妹は幼女なのに、三姉妹が作ったユグユグちゃんの方が大人っぽく見えるのはなんだか不思議だけど。
あ、いや、今はそれよりユグユグちゃんに助けてくれたお礼を伝えて、起こしてしまったことを謝らなきゃ。
大丈夫、今日の俺はもう感謝と謝罪の気持ちを収納スキルで伝えることができるから!!
「ユグユグちゃん、助けてくれてありがとう。そして起こしてごめんね。これはお礼とお詫びのワラビィ……あ、しまった!」
お礼とお詫びと差し入れに抹茶味のワラビィ餅――は、さっきほとんど食べて明日タルバとアミュグダレーさんに差し入れる分しか残っていない。
あとは大豆が見つかったらきな粉で食べたいなとか、見つからなかったら別の何かを考えようと思ってまだ味を決めていないワラビィ餅が残っているだけ。
「抹茶ワラビィ餅はもうなかったから、今回はイチジクのタルトにするね。ワラビィ餅……ワラビィ餅なぁ……大豆……ソジャ豆があればきな粉が作れて定番の美味しい食べ方ができるんだよなぁ。リリーさんってすごいお嬢様に聞いてみる予定だけど――あっ! 以前キノコ君にソジャ豆の種を渡したから、箱庭に平和が戻ったらキノコ君にも聞いてみよう! そういえば胡麻や胡椒も渡したからキノコ君ならきっと上手く育ててくれそうだし、そしたらお菓子も料理も幅が広がるし、そのためにも勇者グランが箱庭を平和にしてやらないとなぁー……あ、ごめんごめん、ついつい一人で喋ってた。寝てるところごめんね、また日中に来た時にちゃんとお礼をするよ。あと収納スキルが解禁されたからいろんなものを持ってくることができるようになったから楽しみにしててね!」
俺はユグユグちゃんの言葉がわからないから、つい一方的に話してしまう。
でも感謝の謝罪の気持ちはいっぱいだから、ちゃんと伝わったかな?
下に降りたら、収納の中にあるおもしろそうなものを置いておくから好きに使ってね! その中にユグユグちゃんが気に入るものがあるといいな!
つい怒濤のように話してしまって、ユグユグちゃんの瞬きの回数が増えてきょとんとしているようにも見えている。
だけど感謝とお詫びの印のイチジクのタルトは細い枝がスルスル伸びてきて受け取ってくれた。
その時に枝でめちゃくちゃペシペシされたのは、夜中に起こしてしまったのと、落っこちてきた時に枝をたくさん折ってしまったからか。
どっちも、ごめんね。
いたっ! いたたたたたたたっ! めちゃくちゃペシペシしすぎ!
深夜にいきなり空から落ちてくることは、もうないと思うてかもう俺もそんなことになりたくないから許して!
いたっ! いたたたっ! 反省してる! めちゃくちゃ反省してます!! はい、迷惑を掛けないように気を付けます!!
いたあああああっ! いたたたたたたたたた!! ペチペチしすぎいいいいいい!!
「はあああああああ、もう!! グラン、何やってるの!! って思ったら、早速餌付けをしてるしいいいいいいい!! めちゃくちゃ焦った俺の気持ち、わかってんの!? 君達も下にでっかい樹があって大丈夫だってわかっててのんびりしてたの!? もおおおおおおおお!! ていうかこの樹、昨日よりすごくでっかくなってない? 気のせい? 本体部分もすごくはっきりとした人の形になってない? 気のせい?」
「うおおお!? って、痛い! 冷たい! ごめん! めっちゃ、ごめん! もう飛行中は遊ばない! ふざけない! ご心配をお掛けしました! 痛い! 冷たい! でも、心配してくれてありがとう!!」
突然真横でアベルの声が聞こえ、ベチベチと大きめの氷何個もぶつけられた。
ああ、ゆっくりと降りてきているディールークルム君の背中から俺のとこまで転移魔法でワープしてきたんだな。
って、いてっ! ごめん、ごめんって! みんな下にユグユグの樹があることに気付いて結構のんびりしてた中で唯一心配してくれたアベル、ありがとう! すごく、ありがとう! そして、ごめん!
ぎゃー、何故かユグユグちゃんもドングリサイズの木の実を俺に向かってベシベシぶつけ始めたー!
こらー! そんな悪い遊びを真似しちゃいけません!! でも木の実はありがたく貰う!
ん? アベルから見てもやっぱユグユグの樹がでっかくなってる気がする? ユグユグちゃんの形もはっきりして見える?
俺だけだと自信はなかったが、記憶力がすっごくいいアベルがいうならきっと間違っていない。
「うぉ~い、今回は無事でよかったけど毎回こう運良くいくわけはないから、危ない場所でふざけすぎんなよぉ。トカゲッ子も人間は空を飛べねーからなぁ、あんま悪戯してると苔玉達に言いつけるぞぉ。というかユグユグの樹は明らかにでかくなってるな」
「ケ……ケェ……」
だんだんと近くまで降りて来たディールークルム君の背中上で、珍しく険しい表情になっているカリュオンが俺の方を見下ろしているのが見えた。
ん? ディールークルム君の近くを呑気に飛んでいたチュペが、慌ててこっちに飛んできて左肩にピトッてくっついたぞ。
普段怒らない人が怒るとこえーもんなぁ、チュペもカリュオンを怒らせないようにいい子にしてるんだぞぉ。
それとももしかして心配してくれてる? ははは、そんな照れジリジリ熱くなんなって! あちっ!
それよりカリュオンから見てもやっぱユグユグの樹は大きくなっているように見えるなら間違いないな。
「ふ、ふええええ……グランさん、無事でよかったぁ~僕がぶつかったばっかりにぃ……え? あ、はい、そうなんですか!? ありがとうございます、グランさん達にも伝えておきます。ええ、僕もすごく気を付けます。はい、ちょっとついてないのは昔からなので気を付けます!」
もうすぐ目の前まで降りてきたディールークルム君の背中にいるジュストは涙目になっている、鼻がピーピー鳴っている。
ん? ユグユグちゃんに何か話しかけられてる? ディールークルム君も一緒に何か話してる?
植物語はわかんないから通訳を頼むぞ、ジュスト!!
「えぇっと……空が騒がしくて目が覚めて上を見たら、僕達がいてグランさんが落っこちそうな予感がしていたら本当に落っこちてきたので、慌てて樹を成長させてひっかけたそうです。昨日貰った甘い食べ物のおかげで少し力が余っていたからなんとなかったけど、でも光のない夜に力を使いすぎたからもう眠いので寝るそうです。それから危ないので空の上では大人しくするようにということです。僕も運が悪そうだから気を付けるようにいわれました!」
ああ、俺を助けるため急いで成長したのか。
昨日より大きく見えたのも、ユグユグちゃんの姿がよりはっきりと人の形に近付いたのも、俺を助けるために急激に成長してくれたからなんだね。
だから、こんなに眠そうに目をシパシパしているだね。ありがとう、ユグユグちゃん。
これはからはちゃんと気を付ける。
今度から――うん、一回失敗すると今度はないものもたくさんあるからな。
今日もユグユグちゃんが助けてくれたから、ユグユグちゃんの近くだったから、運良く助かったんだ。
ユグユグちゃんが無理でも他の誰かが助けてくれたかもしれないけれど、いつも誰かに助けてもらえるとは限らないからな。
助けてくれて心配してくれて、ありがとう。そしておやすみ。
お礼は根元にたくさん置いて帰るね。
ディールークルム君が俺のすぐ目の前まで降りてくる頃にはユグユグちゃんの瞼は下り、俺に張り付いていた葉っぱや小枝はパラパラは魔力を失い地上へと落ちていった。
そして目の前まで降りてきたディールークルム君にも蔓でペチっと叩かれ、遅れてフワフワと降ってきた小さな綿毛の集団ケサランパトラト君には張り付かれてパチパチと静電気を浴びせられた。
はい! お騒がせしました!!
すっごく気を付けます!! さすがに今回のは肝が冷えまくって反省しました!!
末永く平和に楽しく暮らしたいもんな!!
うん、アベルの転移魔法のマーキングをしたら今日はお家に帰って休もうか。
そうそう、ユグユグの根元にお礼とお詫びと差し入れの品を置いて帰るのをわすれないよにしないとな。
俺のためにたくさん力を使って急成長してくれたユグユグちゃんにありがとう。
たくさんのありがとうの気持ちを込めて、収納の中からすごく魔力が豊富そうな魔物の骨や、栄養たっぷりそうな故郷の山の土砂をユグユグちゃんの根元にたっくさん置いておいた。
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