第938話◆非情な現実

 小さな星の瞬きさえ目に届く月のない夜空はまるで星の海。


 ディールークルム君の背中から落っこちて、無数の星々が瞬く真っ黒な空に仰向け状態で投げ出されたしまった俺は、星の海に浮かんでいるような気分。


 なあああああああんて、ロマンティックなことを考えている場合じゃなあああああああい!! ていうかぜんっぜん浮かんでねええええええ!!


 ディールークルム君の背中から空中に放り出されたってことは、飛べない俺は落ちるしかないだろおおおおお!!

 これぞ重力!! 地上の重力に縛られている人間が空を飛べるわけないだろおおおおおお!!


 俺が落ちてる!! 落ちてるよおおおおおおお!!


 ああーーー、不安定な乗り物の上でふざけてはいけない!! しっかり覚えたので、もうディールークルム君の背中の上でふざけません!!

 だから助けてーーーー!! 自分でも頑張るから助けてーーーー!!


 うっかり空中に放り出された俺! 不安定な場所ではしゃいでいたことを今さら反省しても、もう遅い!

 後悔して反省した時にはすでに急降下が始まり、一瞬の出来事に即座に反応できずアホ面になっているアベルと、反応できてもどうしようもできないカリュオンと、裾の長いローブが捲れ上がって顔にかかり茶巾寿司のようになっているジュストが見えた。


 え? 茶巾寿司って何だっけ? 俺、この落下から無事生還して覚えていたら、お家に帰って茶巾寿司を作るんだ……って、余計なことを思い出させるよりこの状況を何とかする方法を思い出させろ、馬鹿転生開花ーーーー!!


 あああああ~~、馬鹿とか思ったからなのか何も思い付かねええええ!!

 とりあえず、ディールークルム君からピロンを伸びている蔓に……プチンッ!!

 ああ~……ピロンとした蔓を掴んでみたけれど、それなりに長身でかっこいい細マッチョでかっこいい俺の肉体を細い蔓一本じゃ支えきれなかった~~~~!!

 こうなったら左手の防具に仕込んでいるローパーワイヤー……ああ~~、これもすでに届かない距離に~~!!


 って、だいたいの原因になったチュペは何で不思議そうにそして呆れたようにこっちを見てるんだ!!

 チュペルノーヴァの馬鹿野郎! 人間は空を飛べないんだ!!

 そんなハッとした表情をしても気付くのおせーっつーの!! 早く助けろおおおおお!!


 ケサランパトラト君は分裂してフワフワしていてすぐに反応できない感じ? だって、綿毛だもん?

 そこは光のガーディアンらしく本気だして助けてくれーーーー!!


 っていうか、一番頼りになりそうなディールークルム君!! 俺と拳で語りあった彼ならきっと!!

 と思ったんだけど、もしかして俺が落っこちたの気付いたのまさに今じゃない? 俺が掴んだ蔓がプチンッてなって痛かった?

 ちょっとその十二枚のかっこいい翼で助けてくれないかな?

 あ……もしかして飛んでいる時に急な方向転換は難しい? そうだよね、背中にアベル達がいるから急な方向転換をしたらアベル達まで落っこちちゃうよね!


 はー、落ちたのが俺だけでよかったぁ……いやいやいやいやいや、ぜんぜん良くない!! むしろ魔法が使えない俺が落っこちるのが一番良くないのでは!?

 だから、たっけてーーーーーー!!


「グランッ! ああ~、落下速度が速いし真っ暗で距離感が掴めなくて、引き寄せが空振りになちゃった!!」


 ああ~、そんな呑気に解説している暇があったら指パッチン乱舞でも何でもして何とかしてくれえええええええ!!


「ケ?」


 だから、チュペはそんな呑気な顔をしていないで、偉大な火竜で飛竜であるシュペルノーヴァの模擬体ならピューッと飛んで俺を助けてくれえええええ!!


 というかディールークルム君も、俺が落ちているの気付いたけれどなんかすごくのんびりしてない!? ドウシテ!? ナンデ!?

 ケサランパトラト君はいつもほんのり酒臭いからあんま期待しない方がいいよね!

 カリュオンは完璧タンクだと思っていたけれどさすがに空をスイスイ飛ぶのは無理そうだし、ジュストはまだ茶巾寿司だーーーー!!


 ああ~~~、やっば! これはマジやっばあああああ!!!

 この高さから地上に叩き付けられたらまず助からないだろう!? 下が森だから木がクッションになってワンチャン!?

 しかしこの高さからだと森の木がクッションになるとしても、木にぶつかる衝撃も相当なものに違いないからダメ元でも身体強化を最大に発動しておこう。でもできれば誰かたちけてー!


 ああああ~~、今度こそ長生きできると思ったのに~~~~!!


 え? 今度?


 あれ? 前世ってそれなりに充実した人生だった気がするけれど、長生きはできなかったんだっけ? あれ?

 いやいや、今はそんなことよりこの落下から生還することを考えなければ!


 まだ僅かだが時間があるはずだ、その間に――。



 バサッ!! バキッ!! バササササササササッ!!



 かなりの高度からの落下、だんだん遠くなるディールークルム君の姿で地上に近付くまでまだ時間があるという感覚だったのだが、身体強化を発動した直後背中に衝撃がきた。

 それは俺が予想していたより早く、しかしそれは俺が予想していたほど強いものではなく、そして森の上空だったのである程度は予想していた衝撃。

 衝撃がこの程度に済んだのはダメ元で発動した身体強化のおかげか?



「イタッ!! イタタタタタタッ!! うおおおおおおお??? 木!? きいいいいいいいい!? やっぱり森の上ええええええ」



 でも痛いものは痛くて変な声が出まくってしまった。


 強くはあるが思ったよりもずっとましな衝撃と耳のすぐ近くでバキバキバサバサという音、しかし身体強化の上からでも痛みは強く、バキバキバサバサという音と共に木や葉が俺の体を擦り、肌が剥き出しになっている部分を引っ掻いていく。


 そう、俺が落ちたのは木の上。

 森の上空を飛んでいたのでこうなることは予想していた。

 ただそれが思ったよりも早くて、思ったよりずっと軽い衝撃だったくらい。

 そりゃあもう鍛えた体と身体強化あればぜんぜん平気、高い崖の上から森の上に落っこちた程度の衝撃で死ぬほどのものではなく少し痛いくらい。

 はー、身体強化のスキルがそれなりに高くて、体も鍛えた冒険者でよかった~。


 木の上に落ちたがすぐには落下は止まらず、張りだした枝にぶつかりその隙間を縫うように落下しながら、細い枝を折りながら落下していく。

 そのせいで急激に落下速度が遅くなり、最終的に俺が腰掛けても平気そうな太い枝に引っかかるように落下が止まった。


 随分でかい木だなと体勢を調え上を見上げると、ゆっくりと高度を下げてきているディールークルム君の姿が見えた。

 そのすぐ近くでこちらを見下ろしながら飛んでいるチュペは呆れたような変顔をしているし、ケサランパトラト君もフワフワと風に舞いながらゆっくりと降りてきている。

 君達、もっと慌てて俺を助けてきてくれないの!?


「グラン! グラン! 大丈夫!? よかった、木に引っかかって無事そうだよ! はーーーーー、空間魔法で引き寄せが失敗した時は心臓が止まると思ったし冷や汗でびっしょりだよ!! ホント無事でよかったああああああ!!」

 ゆっくりと高度を下げているディールークルム君の背中から乗り出して叫んでいるアベルの声が、まだ身体強化を解いていない俺の耳まで届く。 

 あー、これだよこれこれ。アベルだけで大袈裟なくらい心配してくれると信じていたぜ!!


「ユグユグの樹の真上だったのが運がよかったなぁ。ていうか、だからガーディアンもトカゲッ子ものんびりしてたのか。というかジュストはそのバサバサするローブ、グランに頼んでバサバサしないように作り直してもらった方がいいんじゃないかな?」

「ふえええ、今度は下から上に巻き上げられて、また前がー」

 もう随分近くまで降りてきたディールークルム君の背中からこちらを見下ろしているカリュオンの声は、身体強化を緩め始めてもはっきりと聞き取れた。

 そして相変わらずジュストは捲れ上がるローブの裾に苦戦していた。

 それ、危ないから帰ったら風に煽られて捲れないように直そうな。


 って、ユグユグの樹?

 カリュオンの言葉に自分が引っかかった枝から下を見下ろすと、ずっとずっと下の方に真っ黒な森が広がっているのが見えた。


 俺がいるのは森から大きく突き出した大きな樹――ユグユグの樹のてっぺんから少し下の辺りだということにすぐ気付いた。

 気付いたと同時に木の枝が不自然に揺れて、枝の上に何とか乗っかっていた俺の体がフワリと浮いた。

 

 げーーーー!? また落ちる!? え? 違うなんかフワフワする?


 落下とは違うその感覚にキョロキョロと周りを見回すと、ユグユグの樹の上に落ちてきた時に服に付いた樹の葉や小枝を中心に聖の魔力が集まり、それが白く光る小さな翼のような形となってパタパタしながら俺の体を持ち上げてゆっくりと下へと降りていっていた。


 これは俺を助けてくれているのかな? さっすがユグユグちゃん!!


 そして、俺が下ろされたのは眠そうな表情をしたユグユグちゃんの目の前の枝の上だった。


 あ、どうもこんばんは、グランだよぉ。起こしてごめんねぇ。






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