第937話◆俺、空を飛ぶ

 今日は新月、星の明かりだけしかない暗い夜。

 だが暗い夜だからこそ星の瞬きが際立ち、月があればその光に飲まれるような小さな星の光までもが俺達の目に届く。


 俺達は今、その星空をすぐ目の前に見ていた。



「ひぇ……高いっ! ここここここ恐いわけじゃないからね! おおおおお俺は、自分で制御できないものに対して用心深いだけだからね!! おっおっおっ俺は魔法で空くらい飛べるから、別に植物の背中に乗って空飛ぶくらい恐くないよ!! もっもっもっももしもしも、振り落とされるようなことがあったら俺が助けてあげるから、みんな恐がらなくて大丈夫だからね!!」


「うおぉ……すげぇ……、植物だと思ったら空も飛べるのか!? こりゃ、苔玉には内緒にしておかないと……」


「今日は新月で闇の力が強まるので、空くらい飛べるとのことです」


「うおおおおおーかっこえええええええ!! 闇の翼かっこええええええ!! マジかっこえええええええ!!」


「ケーーーーーッ!!」


「ピエエンッ!!」


 

 茎や蔓を伸ばしそして絡み合せ、俺達四人を背中に乗せられるほどの大きさの鳥のような姿になり、翼部分に闇の魔力を纏わせながら空を飛ぶディールークルム君の背中の上で。




 突然始まった星空を見ながらティータイムを終えると、転移魔法用のマーキングのため箱庭各所を回ることに。

 前回いった時は転移魔法が制限されていたため当然マーキングはしておらず転移魔法ではいけないので、今回は歩いていかないといけないよなぁ……と思っていたら、抹茶ワラビ餅とチーズケーキとマドレーヌをペロリとたいらげて、アベルの淹れたアイスミルクティーだけではなく、甘いもの続きだったので口直しにと俺が淹れたブラックコーヒーまでしっかり飲みきったディールークルム君が俺に任せろと立ち上がり、夜の闇を取り込みながらウニョウニョとすごい勢い成長して植物でできた大きな鳥のような姿になった。


 二本の足でスクッと立ち上がっている姿は猛禽類のようにも見えるのだが、尻尾の部分から伸びる長い蔓と、植物の体であるが故にピヨンピヨンと飛びだしている小さな枝や葉っぱがちょうど胸の左右辺りにもあるのがなんとなーく小さな前足のようにも見えるせいで、鳥に近いフォルムを持つ亜竜を模しているようにも思えた。


 その体は闇のガーディアンらしく黒く具現化した闇の魔力を纏っており、鳥型ディールークルム君が翼を広げると翼と共に黒い闇の魔力も広がり、そちらも翼のような形になって浮かび上がった

 そしてその闇の翼から羽毛の形となった黒い闇の魔力がハラハラと舞い散っていてめちゃくちゃかっこいい。

 しかもその闇の魔力でできた翼は一対だけではなく――ひー……ふー……みー……五対の闇の魔力の翼がディールークルム君の周りに浮かび上がっていた。


 ディールークルム君の植物の体でできた翼と合わせると全部で六対、つまり十二枚の翼。

 黒ではあるが真っ黒ではなく、夜明けを待つ空のような艶のある深い黒紫は、飲み込まれそうな威圧感と共に底知れない神々しさも感じさせられた。


 そしてなによりかっこいい。すごくかっこいい。

 黒い闇の翼がいっぱいなんて、鳥型ディールークルム君の姿は俺の心にギュンギュン突き刺さる。



 そんなかっこよくて神々しい鳥のような竜のような姿になったディールークルム君が、俺達を背中に乗せていきたい所に連れていってくれるというので、ちょっとビビリながらもその言葉に甘えてアベルが転移魔法用にマーキングした場所を巡ってもらうことになり、ディールークルム君の背中に並んで乗っけてもらい俺達の星空ツアーが始まった。


 星しかない夜は真っ暗で、ディールークルム君の背中の上から見る地上は深い闇に覆われているように見え、油断をすればそこに吸い込まれそうな気がしてしまう。

 もちろんディールークルム君は、俺達が背中から落っこちないように気を使いながら飛んでくれているし、落ちそうになればきっと本体からシュルシュル伸びる蔓で助けてくれると信じている。

 最初はビクビクしていたが、だんだんと慣れてくると星が目の前に迫る空の旅が楽しくなってきた。


 その背中の上で騒いでいるのがアベル。

 普段から自分の魔法で空高くまで浮くことがあるくせに、何故かびびり散らしてディールークルム君の背中で落ち着きなく騒いでいて、そのうち自分で転がり落ちそうだ。

 鈍くさいアベルが落ちないように、アベルのすぐ前に座っている俺がよく見ておいてやらないとな。


 アベルの後ろに座っているカリュオンはアベルよりも落ち着いているが、夜空の旅を楽しみながらもどこかソワソワしているようにも思える。

 もしかして、カリュオンは高い所が苦手だったり?

 昨日ちょっぴりカリュオンの完璧じゃない部分を見ちゃったからな、普段の大人で完璧なカリュオンからは想像できない意外な一面があったとしても気にしないぜ。というか親近感すら覚えるな。

 でもアベルの後ろにいるカリュオンは俺から離れていて、落っこちそうになっても助けられないから落ちないように気を付けろよー。


 俺の前に座っているジュストは意外と平気そう。

 運の悪いジュストが落っこちないように俺の前に座らせたのが、ジュストよりも後ろで落ち着きのないアベルとカリュオンの方が心配なくらいだ。

 先頭に座っているジュストは、ディールークルム君とちょいちょい会話をしているみたいで、ディールークルム君の言葉を通訳して俺達に伝えてくれている。

 へー、新月の日は闇の力が強くなるから、こうやって急激に体を成長させて闇の魔力で翼を作って空を飛べる?

 なるほど、ディールークルム君の闇の魔力がすごいことだけはよくわかった。

 ふむふむ……満月の日も力は強くなるけれど、こちらは闇よりも月の魔力による聖の力だから闇と聖が合わさって安らぎという心を浄化する力が強くなる?

 なるほどぉ? よくわからないけど、すっごーい! かっこいー!


 俺達は鳥型ディールークルム君の背中の上。

 ゆったりと羽ばたくディールークルム君の周囲には、ディールークルム君が飛び立つ時にパァンと弾けて無数の小さな綿毛となったケサランパサラト君が、ディールークルム君の周囲をフワフワと漂いながら付いて来ている。

 時々ディールークルム君の巻き起こす風に翻弄されながら。

 それは夜空から降ってきた星のように見えて、まるで俺達が星の中にいるような気分にさせられる。

 フワフワと舞う綿毛からちょっと酒のにおいがすることを除けば、非常に幻想的で美しい光景である。


 そんなちょっぴり酒臭いけれど美しい光景の中に赤い炎の魔力の筋を引きながら飛んでいるのはチュペルノーヴァ。

 星空ツアーとディールークルム君のかっこよさに目を輝かせていると、俺達の周囲を飛び回りながらちょいちょい小さな火の玉を飛ばしてくるのだがどういう感情表現だ!?

 そういえばシュペルノーヴァは火竜であると同時に、大空を飛び回る飛竜であり大空の覇者という異名もある。

 ということはチュペも空を飛ぶのが好きなのかなぁ?


 そういえばシュペルノーヴァを間近で見た時も空からきたな。

 ああ、すごくでかくてかっこよかったな。すごく熱かったけれど。マジ、すっげー古代竜の威厳って感じ。

 俺達を助けてくれたでっかい時のチュペもかっこよかったぜ。

 今のちっこいチュペもちっこくて可愛いけどなーって、あちっ! おいこらいきなり火の玉を飛ばすな! 空の上で危ないから悪戯はやめるんだ!


 ちくしょう、お前がやるなら俺もやるぞ!

 もしかしてさっきから火の玉を飛ばしてきているのは遊んで欲しいアピールか!?

 ははは、意外と可愛い面もあるじゃないかー。そういうことなら目的地に着くまで遊んでやろうじゃないか。

 悪戯をした分、とっ捕まえてお返しをしてやるからなー?


「ちょっと、グラン!? 危ないから、こんなとこで暴れないで!!」


 俺の周囲をチョロチョロと飛びながら煽るように火の玉を飛ばしてくるチュペを捕まえようと手を伸ばすと、すぐ後ろにいるアベルに肩がぶつかり顔をしかめられた。

 おっと、悪い悪い。

 でもこれは、チュペとの負けられない戦いなのだ!


「グランー、あんま暴れてると落っこちるぞぉ――あっ?」


「うわっ!」


 落っこちない程度でやるから大丈夫大丈夫――あっ?


「ひっ!」


「ケ?」


 バサバサと羽ばたくディールークルム君の翼が巻き起こした風に、一番前に座っていたジュストのローブの裾が大きく巻き上げられ、それでバランスを崩したジュストが俺にぶつかった。


 ちょうどチュペを捕まえようと手を大きく伸ばした体勢の時に。


 グラッ!


 あ……っと思った時にはもう体勢が崩れていた。


 そして俺の体は、星空の中へとダイブした。





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