第935話◆単純だけど難しい

 まだ湿り気のある粉を日陰で乾燥させようと思って、粉の入った桶を抱えて倉庫の外に出たらフローラちゃんがやってきて魔法で乾燥させてくれた。

 フローラちゃんは植物の妖精なので火属性魔法は苦手だけれど、お日様は大好きなので光属性の乾燥魔法だ。

 うんうん、光魔法で乾燥したからお日様の光で乾燥したみたいないい香りになったね。

 ありがとう、フローラちゃん。ワラビィ餅ができあがったら、一緒に食べようね。


 フローラちゃんのおかげで粉が待つことなくできてしまったので、倉庫から母屋の台所に戻ってワラビィ餅作りだ。

 粉までできてしまえば、ワラビィ餅はもう一息だ。


 今回作るのは三種。

 ワラビィ粉だけのもの、ワラビィ粉二割くらいで残りはイモ系のでんぷん粉を混ぜたもの、ワラビィ粉に抹茶を混ぜたもの。

 ワラビィ粉だけだとトレント・ワラビィの香りが強く残るので、植物みの強いにおいを嫌がりがちなアベルのために、ほんのりワラビィの香りが残る程度にイモ系のでんぷん粉で薄めたものを用意することにした。

 それと抹茶味のワラビィ餅も。


 準備した粉に水と砂糖を加えとにかくよく混ぜる。すごくよく混ぜる。

 よく混ぜないとダマができてしまうので気合いで混ぜる。


 よおく混ぜた後は鍋に移して木ベラでかき混ぜながら加熱するだけなのだが、油断すればすぐ焦げ付いてしまう。

 単純な調理方法だけに、難しいっていうやつだ。


 加熱しているうちにどんどん粘り気が出てきて餅状になりかき混ぜる手に手応えを感じ始めるが、とにかく鍋に張り付いたり焦げ付いたりしないように木ベラで混ぜ続ける。

 だんだん透明感が出てきてツヤツヤしたら火を止めて器に移し常温で熱を取り、一口サイズにカットして冷蔵箱へ。

 ワラビィ餅はキンキンには冷やさず食べる前に程よく冷やすくらいが俺は好みなのだが、俺には時間停止機能付の便利な収納スキルがあるので熱が取れた端から食べ頃に冷やしちゃう。


 一つできたら次のワラビィ餅だ。

 とにかく張り付いて混ぜ続けないといけないため三種同時に作ることができず、順番に作っていくことになるので全部できあがるまでには思ったより時間がかかりそうだ。



 故郷でも、トレント・ワラビィの粉に限らずでんぷん粉を水に溶いて加熱するだけのおやつを、お袋が作ってくれていた。

 トレント・ワラビィの粉のこともあれば、カタクリやイモの粉のことも。

 故郷でよく出てきていたのは餅というほどの固さはなくドロッとしたゼリー状で、それに樹液から作った甘味料や蜂蜜をかけて食べる。お袋の機嫌のいい日には、ゼリーそのものが砂糖で甘い味付けにしてあったことも。

 うちの実家は山奥の田舎だから、砂糖より樹液から作った甘味料や蜂蜜の方が手に入りやすいんだよな。

 都会のように小洒落たお菓子なんてない田舎だったので、でんぷんゼリーは楽しみなおやつの一つだったなぁ。

 何も考えず食べていたけれど、こうやって自分で作ってみるとずっと混ぜていないといけないので結構大変だな。

 次に実家に帰る時はワラビィ餅をお土産にしようかな。



 そんなことを考えているうちにワラビィ餅三種無事にできあがり、冷蔵箱でほどほどに冷やして食べ頃に。

 冷えるのを待ちながら抹茶ワラビィ餅にかけるための黒蜜用意して完璧。


 今日試食するのは抹茶ワラビィ餅の予定で、抹茶以外のやつらはまた後日トッピングを考えて食べようかなと思っている。

 もしかするとリリーさん経由できな粉がみつかるかもしれないし、それがダメでも秋ぐらいにはまた米を買いにオーバロにいくことになりそうなので、その時にきな粉もしくはソジャ豆を探してみよう。

 もちろんその時はアベルの転移魔法パワーにお願いする予定だけど。


 作業が一段落したところで赤みが混ざったギラギラした光が窓から差し込んできていること気付き、現在の時間が三時のおやつというには遅すぎる時間だと察した。

 早く食べないとアベル達が帰ってきてめんどくさいことになりそうだな、とワラビィ餅を皿に載せている時に気付いた騒がしい気配達に手を止めた。



「ただいまー! 俺の知らない食べ物のにおいがするから真っ先にキッチンにきちゃった!」


 うるせぇ、気配に気付いてすぐにアベル達のも用意することに決めたからリビングで大人しく待っていろ!


「おぉ? この独特のにおいはトレント・ワラビィのにおいか。それから茶の葉のにおいか。さてはグラン、俺達に内緒で何かを食べようとしてたな?」


 チッ、相変わらず勘のいいカリュオンだぜ。 

 いやいやいやいや、お前らにはおやつを持たせただろ? これは俺のおやつ! ちょっと遅いおやつだから、俺だけこっそりというわけでは!


「あれ? グランさん、今日はピエモンでお仕事じゃなかったんですかぁ?」


 お、おう……謎のにーちゃん三人組とやらのせいで仕事がなかったんだ。

 ジュストは夏休み中にピエモンの冒険者ギルドで仕事をしているけれど、その謎の三人組に会ったことはいのかな?


「キエエエエッ!」

「モーーーーッ!」

「カメーーーーーッ!! カッ!?」


 だだだだだ、大丈夫みんなの分もちゃんとあるからね!

 そ、そうだね。もうおやつって時間でもないから、夕食後のデザートかな!?

 あ、カメ君も帰ってきたんだね、お帰り!


「ただいま、帰りましたわー」

「あら、何かトレントのようなにおいがするわ」

「これはデザートの気配でしょうか?」

「む? 酒のつまみか?」

「ホホォ……」


 三姉妹とラトの達も戻ってきたなー。

 ワラビィ餅は酒のつまみより普通に食べる方がいいんじゃないかなぁ……ほらぁ、毛玉ちゃんも呆れているぞ。

 あ、フローラちゃんもみんなの気配に気付いてやってきたんだね。一緒に夕食を食べてデザートにワラビィ餅も食べようね。


「ゲッ……」


 あ、サラマ君もいらっしゃい。

 今日はパイナップルをくれるの? いつも、ありがとう! 

 じゃあ今夜はパイナップル入りの酢豚……酢ボアにするか!!


 その後みんなで抹茶ワラビィ餅を食べようね。




 この後、酢ボアに入れたパイナップルのせいで好みが真っ二つに分かれることになったが、抹茶ワラビィ餅は大好評だった。

 そしてやはりきな粉が欲しい。早急にきな粉を手に入れなければならない。







 そして夕食の後は少し休憩をして、ここ最近すっかり日課になった箱庭探索、箱活へ。


 いつものように持ち帰るもののための余力を考えながらしっかり準備をして箱庭への扉をくぐり、玄関脇の靴箱の上に置いてあるキノコ君との伝言ノートみたいなものでもある、妖精の箱庭観光のしおりを開く。

 何か大事なことが書き加えられていたらいけないから、毎度箱庭に入った時と帰る時に軽く目を通すようにしているのだ。

 大事なことが書かれているかもしれないのもそうだが、新しい機能や自動売買機能に新しい商品が追加されるかもしれないって思うと楽しみじゃん?

 ちょっぴりワクワクしながらしおりを開くと――。




 空間干渉系の魔法及びスキルの使用の制限を解除します。

 これにより空間魔法及び収納スキル、外部より持ち込んだマジックバッグの使用が可能になります。


 ただし箱庭内の環境を大きく破壊するような使用方法はご遠慮ください。

 箱庭内の環境バランスを崩しそうな物質、植物、生物等の持ち込みはご遠慮ください。

 もちろん酒カス珍獣、駄女神、謎の生物の連れ込みも禁止です。


 また箱庭内のものを持ち帰るのは自由ですが、こちらも常識の範囲でお願いします!!

 箱庭はダンジョンよりも自然に近い環境です。そのとこよぉく考えてお持ち帰りください!!


 他空間系の魔法やスキルの使用は、用法用量常識を考えて環境に悪影響のないよう安全にご使用いただきますよう何卒お願いいたします。何卒。 

 お手持ちの魔法はスキルは平和のために平和的にご使用ください。




 え? マジで!? 収納スキルを使えるようにしてくれたの!?

 つまり今日から手荷物の量を考えずに色々持ち帰れるし、持ち込めるってこと!?

 あ、うん……ちゃんと限度は考えて使うよ。


 歩く常識人の俺は、ちゃんと常識と用法用量を守った収納スキルの使い方をするから安心してくれ。



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