第934話◆これがチートの力だ

 毎週”獣の日”はパッセロ商店へいく日。

 そしてパッセロ商店にいく日の翌々日――”虫の日”にリリーさんの家で家庭教師の仕事が、今月まで毎週入っている。

 つまり毎週獣の日から虫の日にかけての三日間がちょこっと忙しいのだ。


 トレント・ワラビィと楽しい追いかけっこをした翌日、今日はその獣の日。

 午前中はパッセロ商店へ、午後からは冒険者ギルドの仕事をして、箱庭には夕食の後いく予定だ。


 俺が家を空けている間、カリュオンはタルバの所へ魔導具作りの手伝いにいくらしい。

 カリュオンは魔導具作りどころか付与も苦手だったはずだけれど、今日もまた親父さんに呼ばれたのかな?

 ともあれ何だかんだで親父さんと一緒に作業ができているみたいだし、昨日親父さんに会った直後のようなふてくされた雰囲気はなくなっていた。


 湖の傍でカリュオンの愚痴を聞きながら寝落ちをしてしまったけれど、あの時溜め込んでいたものを吐き出してスッキリしたのかな? スッキリして親父さんと上手く話せたのかな?

 どちらにせよ、カリュオンがいつもの飄々とした様子で、今日もタルバのとこにいくといっていた様子を見ると、少しは親父さんとの溝が埋まったのかもしれない。


 で、そのカリュオンにアベルとジュストもついていくみたいで、もちろんラグナ・ロック加工の主役である焦げ茶ちゃんも一緒だし、カリュオンの保護者の苔玉ちゃんも一緒にいくらしい。

 なんだか俺だけぼっちで寂しいなぁ。

 カメ君、一緒にピエモンにいかない? あ、今日もどこかにお出かけ? そっか、いってらっしゃい!

 サラマ君も昨日のうちに帰っていってしまったし、ラトと三姉妹はいつものように森みたいだしどうやら今日の俺はぼっち確定のようだ。


 みんなのお弁当を作って、タルバの所にいく組にはタルバとアミュグダレーさんの分のお弁当とおやつ用のイチジクパイも渡して送り出して、俺はワンダーラプター一号に乗ってピエモンへ。

 まぁいいさ、今日は一日ピエモンで働いてくるもんね。



 と、午前中のパッセロ商店での直販コーナーをいつも通り終えて、冒険者ギルドにいったのだが――。



「わりぃ、グラン、今のとこ余ってる仕事ねーわ。素材系も未処理が山ほどあるから急ぎのものはないかなぁ、買い取りもしばらくは安めだな。最近たまにフラッとやってくる兄ちゃん三人組の冒険者が纏めて仕事をしてくれててなぁ、そいつらが余っているDとCの依頼はほぼ片付けてくれてんだ。ちょうど時期的に閑散期なのもあって、今はおめーの嫌いな護衛の仕事がチョロッと残ってるだけだ。ま、秋になったら農作業系の仕事が増えてそっちに人を取られて忙しくなるから、その時は頼むぜ」


 仕事なんてなかった。

 ギルド長のくせに受付で暇そうにしているバルダーナにそういわれて、午後がまるっと時間が空いてしまった。


 人の活動域で高ランクの魔物を見ることはなく、近くにダンジョンもないピエモンは、Aランクの俺が受けないといけないような仕事は元々ほとんどなく、いつも余っている依頼を引き受けるか素材を売りつけるかくらいしかしていなかったのだが、今日はそれすらないらしい。


 素材はまぁな……食材ダンジョンへいったり王都のダンジョンにいったりで、くそ大型のものも含めてこの二、三ヶ月で色々売りつけたからなぁ。

 ペトレ・レオン・ハマダのダンジョンから持って帰ってきたものは、バルダーナ達も調査にいっていたせいで買い取りを拒否されてしまった。

 そういえば大量の骨も売りつけたかったのだが、ピエモンではあまり高く買い取ってもらえないようなので別の町に売りさばきにいくか。


 それで、若い兄ちゃん三人組だって!? そいつらが余っている依頼を片付けているって?

 田舎で人口が少なくジワジワと高齢化が進むピエモンには、俺のような若くてピチピチの冒険者は少なくておっさんだらけなので、受付のお姉さん達の視線とハートは全て俺のものだったはずなのに。

 まさかのライバル出現!? しかも三人組だと!?


 くそぉ、週一で午後の暇な時間にギルドに顔を出すだけだから、そいつらに遭遇するのは難しそうだな。

 箱庭の件が落ち着いたら、冒険者ギルドに張り付いてそいつらがどんな奴かこの目で確認してやろう。


 秋は収穫の時期であるため農作業関連の依頼も増え、農作業だけではなくそれを加工、運搬する仕事や、収穫祭関連の仕事、そして収穫物を狙って現れる魔物の駆除の仕事など非常に冒険者ギルドに依頼が殺到する時期である。

 あまりランクの高くない依頼がほとんどなのだがとにかく数が多く、ギルドの職員さん達の表情が獲物を狙う肉食獣のようにギラギラとする時期。

 受付に近寄ったら即捕まってこちらにその気がなくても笑顔で仕事を紹介されて、超流れるようなトークで丸め込まれ依頼に向かうことになる。


 その時期までには箱庭の件も落ち着くはずだし、秋の忙しい時期は大活躍をして新参三人組より俺の方が頼りになるということを見せつけよう。

 そしてついでにその新参三人組の面を拝んで、古参の威厳を見せつけてやろう。





 というわけで午後からまるっと時間が空いてしまって、予定より早く帰宅することになった。

 もちろんアベル達はまだタルバの所で、ラトも三姉妹もお出かけ中。

 とくにやることもなく、遊んでくれる人もいないので、この空いた時間でアレの処理をすることにした。


 アレ――昨日たくさん取ってきたトレント・ワラビィの根っこである。

 このトレント・ワラビィの根っこからデンプンを取り出す作業をやるとしよう。


 すごく手間がかかる作業なので時間を空けると根っこを集めて満足してしまいそうなので、思い立った時にサクッと。

 理屈とやり方を知っていてもとにかく面倒くさい。

 植物からデンプンを取り出す作業は、故郷では子供がよく手伝わされる馴染みのある作業だが、やはり思い出すだけでも面倒くさい。


 面倒くさいのだが、暑い夏のうちにひんやりぷるぷるワラビィ餅が食べたい。

 できればきな粉が欲しいのだがそんなものはないので、今日のところは以前リリーさんに貰った抹茶を使った抹茶味のワラビィ餅にする予定だ。


 明後日リリーさんの所にいった時にきな粉がないか聞いてみよう。

 大豆にそっくりなソジャ豆があって、ソジャ豆が原料の醤油や味噌があるんだ、きな粉だってありそうだ。

 遥か東が産地のもののようだが、その地域で食材をお家パワーで入手できるリリーさんならきな粉も持っているかもしれない。

 なかったらソジャ豆を売ってもらって自分で作ろう。

 少し高いかもしれないけれど、高すぎるならアベルを唆して少し援助してもらおっと。


 などと獲らぬ竜の皮算用などしながら、倉庫の作業場でトレント・ワラビィのデンプン、ワラビィ粉を作る作業に取りかかった。



 まずはトレント・ワラビィの根っこをひたすら洗う。とにかく洗う。泥やゴミが残らないように綺麗に洗う。

 くそっ! 今だけでいいから俺にも浄化魔法を使わせてくれ!!


 洗ったら、床に広げたシートの上に根っこを広げて鈍器で叩く。ひたすら叩く。

 適当な木製の鈍器で叩いているが、トレント系の樹皮はとても硬い。なので、効率よく叩き潰せるように鈍器にナナシを憑依させて。

 イヤイヤしてもダメ。俺の美味しい魔力を吸わせてやるから助けてくれ。俺が美味しいワラビィ餅を食べるために。


 で、潰した根っこを水の張ってある桶に突っ込んでジャブジャブとすすぐと、水がどんどん濁っていき根に残っていたゴミも浮いてくるのだがこれでいい。

 桶に突っ込んだ根っこを絞りながら別の桶に上げ、桶の中でかき混ぜながら更に根を絞りまくる。

 そして出てきた水分に綺麗な水をかけつつザルで漉して、先ほど根っこをジャブジャブした桶へと戻す。

 これはとにかく根っこからデンプンを絞りだすための作業で、かなりの力仕事なので容赦なく身体強化を使っていく。


 そうやって絞りまくった水はまだまだ濁っていて、ゴミや不純物がたくさん混ざっている状態。

 これを最初は目の粗いザル、そして目の細かいザル、最終的には布、という感じで何度も漉していくと目立ったゴミはなくなりやや茶色味のある白に濁った水になる。


 これで数時間置くとトレント・ワラビィのデンプンがそこに沈殿するので、上澄みの水を捨ててそこから数日かけて乾燥させてようやくワラビィ粉のできあがりである。

 場合によっては不純物を減らすため、この濾過から乾燥手前の作業を何度もやることもある。


 ここまでやって更に数日かかるのかよーってところなのだが、俺にはすっごい便利なスキルがある――そう、分解スキルである。


 海水から塩を分離することもできるこの分解スキルなら、ただ混ざっているだけのデンプンをデンプンとそれ以外のものに分けるくらい簡単なことなのだ。

 さすがに根っこから直接デンプンだけを引っ張りだすほどの精度はないので、ここまで工程の程度の準備をしなければならなかった。


 白茶に濁った水の中に手を突っ込み分解スキルを発動して、本来なら沈殿するまで時間のかかるワラビィ粉と水を魔力によって識別して分離していく。

 桶の下にワラビィ粉を残った水を上に、そして水は下に溜まったワラビィ粉を巻き上げないようにゆっくりと収納に吸い込めば、ワラビィ粉の分離完了!!


 後は乾燥させればワラビィ粉の完成!!


 俺はワラビィ粉といらない水を手に入れた!!


 さすがにこの水はいらないので後でちゃんと捨てておこうね。俺はちゃんと片付けのできる男なのだ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る