第927話◆カリュオンならできる
人間の時間は俺達が思っているよりずっと短い、だから大切な人のための時間は絶対に無駄にしてはいけない。
わかっているのに、それに気付くのは大切な人の時間が終わる直前か終わった後。
後悔するくらいならもっと時間を大切に使えばよかったのに、時間が有り余る生き方をしてきたらそのことに気付くのが遅れるんだ。
ハイエルフのそういうところが嫌い。
だから俺は別れの時に笑って見送れるよう、見送った後に後悔がないように時間を大切にするんだ。
うとうとしながらもカリュオンの言葉が耳に入る。
馬鹿だなカリュオン。そしてやっぱりカリュオンらしくて強くてまっすぐだな。
どんなに後悔しないように生きても、後になればやっぱり後悔をするんだ。
そして後悔をするのは残される方だけじゃなくて、残して逝く方もなんだ。
大切に思っているのは残された方だけじゃなくて、残して逝く方もだから。
な、カリュオン。
エルフの長い時間があってもきっといつか親父さんと別れる日が来るから、その時に後悔なく別れられるか?
だろ? 今のまま……いや、もう長い間今の状態が続いているなら、きっと後悔しちまうだろう?
だから、それがまだ間に合ううちにさ。
ま、エルフならまだ長い時間があるから、今なら後悔もいい想い出に変わるだけの時間があるんじゃないかな?
生きものなんて、何をやったって後悔するんだ。
あの時どうすればなんて後になってみないとわからなくて、気付いた時にはもう遅くての繰り返しなんだ。
だからその時すでに気付いているなら、後は自分が動くだけなんだ。
少しでも後悔しないように――な?
――カリュオンならきっとできるよ。
カリュオンの話を聞きながらいいたいことはたくさんあるけれど一度うとうとし始めたらもうダメで、だんだんと視界とカリュオンの声が額縁の向こうの出来事のような感覚になってくる。
ごめん、カリュオンの話にもっと付き合いたいし、もっと話したいけれど睡魔に勝てない不甲斐ない俺を許してくれ……あ、でもこんな真面目な話をするのは照れくさいからやっぱスヤァ……アミュグダレーさんと仲直りできることを祈りながらスヤァ……カリュオンは強いから俺が励ましたりアドバイスしたりしなくてきっと自分で解決できそうだからスヤァ……でもアミュグダレーさんはしばらくドワーフのとこにいるみたいだしみんなでバーベキューでもしようかスヤァ……こんな場所で居眠りは危険が危ないのだがカリュオンがいるからきっと大丈夫スヤァ……というわけで今はスヤァ……。
「ちょっと!? なかなか戻ってこないから探しにきたら、グランもカリュオンも何でこんなとこで寝てんの!? カリュオンは機嫌が悪そうだったし、グランは疲れてそうだったから、気分転換と称して何か非常識なことをしてるんじゃないと思ったけど、これはこれですごく非常識だよ!! 魔物がいるとこで寝っ転がって寝てるなんてホント非常識! 近くでユニコーンがウロウロしてたから角を折って馬にしておいたよ!!」
カリュオンの話を聞いているうちに睡魔に負けてウトッと気持ち良く意識が飛んでしばらくしたところで、聞き慣れたアベルの声で現実に戻された。
が、眠りに堕ち始めた所で無理矢理意識を引っ張り戻されたせいで、頭がボーッとしてちょっぴり頭痛、目の焦点も合わず開いた目に映る景色はまだぼやけている。
そして、睡魔と戦いながらになってからのカリュオンの話をさっぱり覚えていないし、自分が何をカリュオンに伝えようと思ったのかも忘れてしまった。
ま、居眠りの瞬間にあるあるの話である。
って、ユニコーンの角? いる! めっちゃいる! 欲しいから起きた! 頭の中もハッキリした! おはよう、アベル!! アミュグダレーさんとタルバと苔玉ちゃんと焦げ茶ちゃんもおはよう!!
ちゃんと起きたからそんな残念な子を見る目で見ないで!!
「確かにここは心地の良い場所だが、近くに魔物の気配も多い故昼寝をするなら安全を確保にしてからにしろ」
「んな!? は!? 寝てた!? こんな所で、俺が? 馬鹿な!?」
「キエエエエエエエッ!!」
「ぐおっ! おい、やめろ苔玉! 頭に張り付くな! 髪の毛をグシャグシャするのはやめろ! たまにはそういう日もあっていいだろ!!」
俺だけではなくカリュオンも居眠りをしていたらしく、無表情のアミュグダレーさんからお小言が。
でもそれは、怒っているのではなく確実にカリュオンの安全を思ってのことである。
カリュオンのことを思ってのことであるのはよくわかるのだが恐い先生みたいで圧があって、この無表情と圧でわかっていることを指摘されると反抗期になりそうなのもわかる。
カリュオンの方も居眠りをしてしまったことに驚いているようで、飛び起きて座った体勢で頭を掻きながらキョロキョロとしている。
わかる、俺もカリュオンなら寝落ちすることはないと思って、自分は安心して寝落ちしたからな。
そのキョロキョロとしているカリュオンの頭に向かって、アミュグダレーさんの肩の上から苔玉ちゃんがピョーンとして、地面に寝っ転がって寝落ちをしてすでにクシャクシャになっていた髪の毛をさらにクシャクシャにし始めた。
これは、こんな所で眠りこけて弛んどるーっていう意味のクシャクシャだろうか。
ははは、こんな所で居眠りしたんだからしかたねーな。諦めて苔玉ちゃんにクシャクシャにされてろ。
「モ?」
カリュオンと苔玉ちゃんの様子を苦笑いしながら見ていたら、目を細め呆れた表情になっているアベルの肩の上にいる焦げ茶ちゃんと目が合った。
いや、俺はカリュオンがいるから安心して寝落ちしただけからね? 俺は悪くないよ?
「モーーーーーッ!!」
「ぐおおおおっ!」
焦げ茶ちゃんがアベルの肩の上から俺の頭の上にピョーンと移動して髪の毛をクシャクシャにし始めた。
やめろー! 俺のかっこいい無造作ヘアーを乱すんじゃない! ていうか、焦げ茶ちゃんのそれはただ単に苔玉ちゃんがやっているからやりたくなっただけだろー!
ぐおーーーー! 髪の毛がグチャグチャになるだけの頭皮マッサージはやめろーーーー!!
「も……人間もエルフもよくこんな眩しい所で眠れるもね……帰って続きをやるもよ」
明るい所が苦手で遮光ゴーグルを付けていているため表情が見えないが、タルバの口調からは確実に呆れているのがよくわかった。
あ、はい。戻って続きをやりましょう、続きを!!
「え? 俺がかぁ?」
「うむ、お前達がダンジョンで戦うという”堕ちたる神の化身・暗黒邪竜魔王ルシファー”とやらの実物を見たのはお前達だけだから、とりあえず今日の所はお前達のうちの誰かが残って魔導具の制作に付き合ってもらいたい。苔玉殿も付き合ってくれるといっている故、ならばカリュオンでいいだろうという話だ」
タルバの工房に戻ってくると、タルバが用意してくれていた設計図に色々と書き加えられ、俺達が休憩をしている間に対ユウヤ用魔導具の設計が進んでいることが一目でわかった。
しかしそろそろ昼時、昼飯を食って午後からは箱庭にいく予定。
そこで俺達のうち誰か一人残って魔導具の制作に付き合うことになり、アミュグダレーさんがカリュオンを指名したのだ。
指名されたカリュオンは困惑顔。突然ユウヤの真名を呼ばれた俺も大困惑顔。
箱庭の説明が面倒くさいからダンジョンと説明したのはわかるが、そこで戦う予定の奴の名をアミュグダレーさんに伝える必要があったか!?
「確かにその堕ちたる神の化身・暗黒邪竜魔王ルシファーとかってやばそうな奴だったかなぁ。何がやばいってすっげーやばくて、そのやばさは実物を見た俺達しかわかんねーーだろうし……苔玉と焦げ茶ッ子の力を借りまくりたいし、やっぱ俺達の誰が残って魔導具の開発に付き合う方がいいよなぁ……俺かぁ……そうだよなぁ」
カリュオンまでその名を復唱するのはやめろ。
でもいいんじゃないかな、アミュグダレーさんと共同作業をするのも。
カリュオンが残るのがいやなら俺がって思っていたけれど、溜め込んでいたことを吐き出してすっきりしたのか、その表情はもう残ることを決意しているものだった。
「俺はそれに賛成。ダンジョンはまだユウヤのとこにはいかないし、何がどうなってるか現地の様子を見て回るだけだし、俺達だけで何とかしておくよ」
「うん、グランを残していくのは不安だし、俺が残るとグランの面倒を見る人がいなくなるから残るのはやっぱカリュオンだね」
うんうん、無茶なことをする予定はないから、大丈夫大丈夫。
大丈夫だから、アベルは俺に失礼なことをいうのはやめろ。
「じゃあ、決まりもね。後は急いでないけど用意して欲しい素材がいくつかあるもよ」
ん? 素材?
タルバが俺達の前にピロンと出したメモには、俺がストックしている素材の名も見えた。それ以外でもストックしている素材で代用できそうなものも。
「素材のことなら俺に任せてくれ!! それっぽいのもあるし代用できそうなものもあるぞ! とりあえず出すから見てくれ、俺の素材コレクションを!!」
「ちょっと!? 出すなら順番に出してよ!! って、それ今はいらないものじゃない!? 見せびらかしたいだけでしょ! しまって! すぐにしまって! タルバに迷惑をかける前にしまって!」
「もーーーー!? 今はメモに書いてあるものだけでいいも!! 珍しいものも混ざってるけどそれはまた後日でいいも!! 頭ピカピカはうるさいけど、今は一番頼りになるも!! あああああああああ、グランは関係ない変なものを出すのはやめるも!! どうしても関係ない変なものを出すならドワーフの所で出すもーーーーー!! あそこならでっかい穴が近いから水が溢れても穴に流れていくもーーーーー!!」
変なものなんて失礼だな! 使えるものがあるかもしれないから、ちゃんと見て!? 俺のすっごい素材コレクション!!
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