第928話◆跳ねるトレント君

『すみません、依頼の素材がなかなか見つからなくて戻れそうにありません。箱庭は僕抜きでいって下さい。 ジュストより』


 という手紙を毛玉ちゃんが持って帰ってきたのは、ちょうど俺とアベルが帰宅した時だった。

 ありゃ、カリュオンもタルバのとこだしどうしたものか。


「俺は別にグランと二人でもいいよ。あの別荘周辺の森の探索なら二人でも大丈夫だよね? あの割れ目の辺りとか、やばそうな洞窟あるでっかい湖の辺りとか、森の外の遠い場所とかにいかなければ大丈夫でしょ」


「アベルがいいなら、俺もそれでいいぜ。じゃあ今日はユグユグちゃんにお土産を持っていった後は、無理をしないようにのんびり素材を集めてキノーを貯めるかー」



 というわけで、昼飯の後はアベルと二人での箱庭探索になった。



 そういえば、アベルと二人で出かけるのは久しぶりな気がするな。

 最近はだいたいカリュオンが一緒だったし、ジュストも夏休みでうちにいるからどこかいく時はジュストも誘うし、カメ君や他のチビッ子達も一緒のことが多くていつも賑やかだったからな。

 アベルと二人でも、アベルがすぐ騒ぐから賑やかなことにはかわりなけど。


 今日はアベルと二人だし無理をしない程度に素材を集めて、それを売ってキノーを増やす作業かなぁ。

 冒険者になってしばらくした頃アベルとよく一緒に行動するようになって、二人でよく依頼のついでに素材を集めてギルドに売って小金を稼いでいたよなぁ。

 金銭的に余裕ができてからは、売るために素材を集めることがあまりなくなったから、なんだか懐かしい気分だな。


 よぉし、久しぶりの素材集め金策! がんばるぞー!

 見せてやるぞ! Aランク冒険者の素材集めというものを!!

 


 と、張り切る前にユグユグちゃんに差し入れ。

 本当はこの世のいらないものが欲しかったらしいが、それは難しすぎる要求なので俺達でも何とかできそうなものに変更してもらったやつ。

『時々、何かを持ってきて』

 というユグユグちゃんの希望。


 何か持ってきて――何かっていわれるとそれはそれで意外と難しくて散々悩んだあげく、旬のブルーベリージャムがたっぷり入ったブルーベリージャムのマフィンを、昼飯を作りながら大急ぎで焼いてみた。

 夏のギラギラした日差しを浴びてプッチプチの実を付けたブルベリーは今がまさに旬、甘酸っぱさが凝縮されて一番美味しい季節。

 そのブルーベリーで作ったプルプルのブルーベリージャムを、たっぷりと生地にまぜたブルベリーマフィン、ユグユグちゃん気に入ってくれるかな?


 三姉妹が作ったガーディアンなら、きっと三姉妹に似て甘いお菓子は嫌いじゃないはずだ。

 味の方はもちろんアベルと三姉妹そして俺が、昼食の後味見をしたから問題ない。


 昼飯で膨れた腹に無理矢理でも詰め込みたくなる、バターとブルーベリージャムの香り。

 これ以上食べると午後から苦しくなりそうだったがそれでも食べちゃうし、食べればブルーベリーの爽やかな甘さとバターたっぷりマフィンのしっとりとした甘さがくせになってもう一個食べたくなった。

 しかし急いで作ったため量はないから、また今度飽きるほど作ってスーパーマフィンパーティーをやろう。どうせ今はブルーベリーがたくさん採れる季節だ。 


 そんなブルーベリージャムとバターの甘い香りがするマフィンを、まだ焼きたての香りの残る状態で紙袋に詰めてキノコポシェットに入れてユグユグちゃんのところに持っていくと、ポシェットから出して甘い香りが広がった途端にシュルシュルと枝が伸びてきたので、マフィン入りの紙袋を渡すとユグユグちゃんの本体っぽい女性の形をした幹のところへと持っていった。

 そして紙袋を開いて顔の部分に近付けクンクンと匂いを嗅ぐような素振りを見せた後パクパクと食べ、全て食べ終わった後紙袋が空であることを確認してションボリ。

 この様子からしてマフィンはお気に召してくれたかのかな? 甘いお菓子は好きそうな感じかな?

 うんうん、また持ってくるね。


 この世のいらないものじゃないけど……ああ、よく考えると甘いお菓子なんて食べなくても生きていけるから、いらないものといったらいらないものかもしれないな。

 でもさ、こんな美味しいいらないものなら、いらないものでもないよりあった方がいいよね。

 そうだな、いらないものって美味しいんだ。いらないものかもしれないけど、あれば楽しみにもなるものもあるんだ。


 マフィンに満足してくれたのか、ユグユグちゃんが樹を揺らして葉っぱや木の実を落としくれたので、ありがたく回収して森の探索へ。






「うおおおおおお!! 待ちやがれーーーー!! ちょっと足……根っこを切らせろーーーー!!」


「ホントにあんなやつの根っこが夏にぴったりの美味しいお菓子になるの!? あ、くそ! 木のくせに素速く俺の魔法をかわしやがった!」


「ケーーーーッ!!」


「なる! すごくなる! ホントはきな粉も欲しいけど黒蜜でもいい! って、チュペ!? 森の中で炎はだめだ、炎は!!」


「え? キナコ? クロミツ? またグランが俺の知らない食べ物の話をしてる! って、なんでその性悪トカゲが出てきてるの!? 今日はグランと二人でのんびり森を探索するつもりだったのに、ヘンテコガーディアンまでいつのまにかいるし、いつもみたいに騒がしくなっちゃうじゃない!」


「ピエエエエエエッ!!


「…………!!」


「ケサランパサラト君とディールークルム君も来ちゃったかー。ところで君達名前が長くて走りながら呼ぶと舌を噛みそうだから、ケンちゃんとヤミー君にしない? 痛っ! 何!? 気に入らないって!? 痛っ! パチパチ静電気を飛ばしたり、謎の木の実をぶつけたりしないで! あだ名で呼ぶのは親愛の証だから!! ケンちゃんとヤミー君でいいよね!? いたたたたたたたたっ! っていうか、遊んでないでトレント・ワラビィを捕まえて根っこを頂くんだーーーー!!」


「は? 親愛の証のあだ名!? その性悪炎のこともあだ名で呼んじゃってるし! 俺のことはあだ名で呼ばないどころかあだ名すらないのに!」


「え……アベルってわざわざ略すほどでもないだろ……どうしても、あだ名がいいなら……ア? そうか、今日からアベルはア――ぐぼぉ!!」


「あぶない、グラン! トレント・ワラビィが反撃してきたよ! ちゃんと真面目に追いかけて!! あだ名も真面目に考えて!」


 ユグユグちゃんと別れた後、俺達は森の中を大爆走していた。

 トレント・ワラビィという小型で素速いトレントを追いかけて。


 トレント・ワラビィは葉と根の部分を全て含めても三メートルを超えるか超えないかくらいのシダ系植物の小型トレントで、普段はトレントらしく根の部分を土に埋め周囲の植物を同化している。


 春から初夏に書けて出てくる若い芽が成長して葉になる前、先端がまだクルクルと巻いている時期新芽は簡単な毒抜き処理の後美味しく食べることができる。

 弱い毒を持っているが基本的に穏やかな性格で新芽や葉っぱをちょこっと頂くくらいなら許してくれるので、山や森の周辺に住む平民には馴染みの深い山菜系トレントである。


 しかしあまり毟りすぎたり、掘り返して根を切り取ろうとしたりしようとすると弱い毒がある葉っぱで反撃をしてききて、それでも諦めないと土の中からニョキッと抜け出してピョコピョコ跳ねながら逃走する。


 地上部分に出ている部分は一メートル足らずでも根の部分が意外と大きく、その根を駆使してピョンピョンと跳ねながら逃げていく。

 その姿は、根の部分が太くてしっかりした後ろ足と太い尻尾、葉の部分は頭や細くて頼りない前足のようにも見えて、尻尾でバランスと取りながら後ろ足でピョンピョンと跳ねる動物のように思えてくる。


 それが意外と速くて、俺達はピョンピョンと逃げるトレント・ワラビィを追い回して森の中を走り回っている。

 根っこをちょこっと切らせてもらおう思って引っこ抜こうとしたら、毒のある葉っぱでペチッとされて怯んだ隙に逃げられちゃったんだよなぁ。


 アベルと一緒になって追い回しているうちに、チュペもソウル・オブ・クリムゾンから出てきて、気付いたらケサランパサラト君とディールークルム君も加わってこの騒ぎである。


 チュペは張り切るのはいいけれど、森で炎は禁止な? そんな驚いた顔をしてだめなもんはだめ!

 ケサランパサラト君とディールークルム君は名前が長すぎるので、効率化を考えて短いあだ名付けよ? ケンちゃんとヤミー君じゃだめ? あ、やっぱだめ?

 アベルはそれ以上短くするとアになっちまうから、アベルでいいだろ!?


 っと、アベルのあだ名を考えていたら、トレント・ワラビィがシュルッと茎を伸ばして鞭のように振るってきた攻撃を避けそびれて頬を叩かれてしまった。

 ちくしょー! 俺には頬を叩いてくれる彼女すらいないのに、トレントなんかにビンタをされるとは!!

 お前は根を全部刈り取って、トレント・ワラビィ餅の刑だ!!


 うおおおおおおおおおお!!


 トレント・ワラビィを捕まえて、根っこを持って帰って、根っこからでんぷんを取り出してプルプル冷たいトレント・ワラビィ餅を作るんだよおおおおおおおお!!

 

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