第925話◆干からびた俺
俺の故郷では、普段使っているユーラティア語とは違う文字が、村の要所を始め人々の生活の中でも使われている。
その文字の詳しい意味や使い方を教わる前に村を出たが、よく使われていた文字は今でもちゃんと憶えている。
その文字を持ち物に書き込むことで、子供でもちょっとしたお守りを作れていたから。
そう、子供でもできる初歩的な付与にも使われていた文字だ。
都会の専門職のような高度な付与の技術を持つ者はいなかったが、身の回りのものや日頃の農業や狩りで使うものにする簡単な付与くらいは生活しながらみな身に付けていく。
子供の頃から自分の持ち物にその村に伝わる文字を書くことを始め、少しずつ付与に使う文字を憶えていく。
その文字は神代語と同様に一つの文字そのものに意味があり、見た目は文字というより絵をかなり簡略化した記号のようなものだった。
俺の爺さん婆さんくらいの世代になると、ユーラティア語の読み書きはできなくてもこちらの文字はたくさん知っているという人が多かった。
ただ書けるけれど読み方はわからず、その文字の意味に従って昔から付与のために使われていたと聞いている。
俺達の世代はリリスさんにユーラティア語の読み書きを叩き込まれているから、あの文字よりもユーラティアの文字の方に馴染みが強い。
村の周りには目立った防壁なんかはなかったが、畑や民家の周囲、村の要所要所にはその文字を使った簡単な魔物避けは設置されていた。
確かそれに書かれいるのは、ここには主がいるという意味の記号だったかな。それだけで、弱い生きものは主を恐れて近寄らなくなるって教えられた。
たまにでかい生きものが突っ込んでくることはあったが、それも稀なことだったのでその魔物除けは間違いなく機能していたのだろう。
そしてその主というのは、おそらくすっごいヒヨコのオミツキ様のことだろう。
魔物避け以外にも、民家の周りには健康や安全を意味する文字、畑には豊作を意味する文字、川や山の近くには自然を称える文字、狩りに出る者の持ち物には強さや命に関する文字が使われていたのを憶えている。
親父や兄貴達、幼馴染みのガロ達の使う弓がやたら高威力なのも、この文字でなにかしらしているのかもしれないな。
そういえばオミツキ様の社にある門にも色々な文字が書かれていたな。俺が知らない文字だったから意味はわからなかったけど。
そんなことを思いなら、アベルとアミュグダレーさんに気圧されながら憶えている文字と意味を紙に書き出していった。
俺の故郷で使われている文字は、アベルどころかアミュグダレーさんも知らない文字ではあったが、文字の特徴からそれが神代語に近い時代の文字――おそらく地上に降りてきた神様が地上の生物とコミュニケーションを取るにあたり、神代語を地上の生物でも扱いやすいものにして伝えた文字の派生なのではないかという話になった。
その時代にはそうやって地上に伝えられた言語はいくつもあったが、時と共に変化したり忘れられたりでどんどん失われていき現在まで残っているものほとんどなく、とくに短命の人間に伝わったものはほぼほぼ失われてしまっているため、このように文字だけでも残って使われているのは短命種族の間では非常に珍しいと、アミュグダレーさんが教えてくれた。
つまり俺の故郷にそんな古い文字が残っていていて、今でも日常生活のすぐ傍で使われているというのは実はすごいことで、思い出せるだけ思い出せと圧をかけられまくった。
無理無理~、俺の転生開花はあくまで転生前の記憶が対象で、今世の記憶は自力で思い出さないといけないんだよぉ~。子供の頃の記憶なんてそんなポンポン出てくるわけはないよぉ~。
ぬおおお……神代語を地上の生物でも扱えるように変化させた言葉だから、神代語より効力は弱くなるけれど燃費はいい? 付与に向いている言語?
うん、じゃあ頑張る。
と、頑張った。めちゃくちゃ頑張った。
転生開花にまったく頼れないので、自力で頑張った。まさに記憶を絞り出す感じ。
でもやっぱり十二で村を出た俺が知っているその文字の数は少ないので、もし必要ならアベルの転移魔法で故郷の村にいって詳しい奴に聞いてみることにしよ。
「うぉ~い、そろそろ勘弁してやれ。詰め寄られすぎて、グランが干からびそうになっちまってるぞぉ。言語より魔導具の設計を進めねーと、モールも退屈そうにしているし、まったく……親父は昔から変わんねーんだから」
ローテーブルの向かい側から前のめりになっているアミュグダレーさんと、すぐ横から覗き込んでくるアベルの二人に圧をかけられまくって、果汁を搾りまくったレモンの残りカスの気持ちみたいになってきた頃にカリュオンがアベルと反対側の隣から割り込んでくれた。
ありがとう、カリュオン。今日は拗ね気味でいつものようには頼りにならないと思っていたけど、やっぱり空気が読めて頼りになるのはカリュオンお兄ちゃんだよ。
「む、すまない。人間の間でまだ残っている古い言語に、思わず熱が入ってしまった」
「あ、ホントだ。思ったより時間が過ぎてる。知らない文字なのに、教えてもらっているうちに予想が当たるようになってきて面白くてつい夢中になっちゃった」
相変わらず表情は変わらないが、口調は申し訳なさそうなアミュグダレーさん。
カリュオンより長い耳が少し横に倒れたような気がするのだが、もしかして顔には感情が出なくても耳には少し出るのかな?
アベルは相変わらずアベル。ものすごくわかりやすく残念な顔になっている。しかしレモンの絞りカスみたいになっている俺のメンタルに申し訳ないとは、一ミリも思っていなさそう。
「も……? エルフの長老がいるなら、難しい付与や設計はそっちに丸投げして、オイラは必要なパーツを作ることに専念するも」
タルバは早々に文字の話からは離脱して、クッキーをポリポリしていた。
うおおおおお……俺も頭を使ったからクッキーをポリポリするー。頭を使った後に食べる甘味のあるものはうめぇー。
「というわけで、グランは休憩しろ。後は親父とアベルとモールッ子に任せておけば、苔玉と焦げ茶ッ子が協力して何かスゲーのができるだろー。俺は賑やかしについてきただけで、魔導具のことはさっぱりだからグランと一緒に外の空気を吸ってくるぜ」
カリュオンがポンッと俺の背中を叩いた。
ああ、すごく頭を使ったから少し体を伸ばして新鮮な空気を吸いたい気分だったんだ。
「……うむ、いってくるといい。後は銀髪に話を聞きながら我々で進めておこう」
「うん、わかった。つい熱が入っちゃったのは俺達だしね、グランは休憩してきていいよ。でもカリュオンと一緒になって変な騒ぎを起こさないでね」
「工房を出てでっかい通路を進めば、森の湖に出る道があるも。わからなかったらその辺の奴に聞くも」
ちょっぴり耳が垂れてしまったアミュグダレーさんが、チラリとカリュオンの方を見たがカリュオンはそれに気付いているのかいないのか、アミュグダレーさんの方を見ることはなかった。
アベルは余計な心配してんじゃねー、少し休憩をするだけでそんな騒ぎなんて起こすわけがないだろー。
「んじゃ、んじゃありがたく外の空気を吸って休憩をしてくるよ」
タルバがいっている湖とは、森の中にあるあのでっかい湖だろう。
あそこは景色もよくて空気もおいしくて、俺のお気に入りの場所だ。
たまにユニコーンがいることもあるが、そいつも高級素材だしな。
よぉし、ちょっと気分転換気分転換。
俺だけじゃなくて、突然親父さんと遭遇して複雑な表情になっているカリュオンもな。
一度外の空気に当たって気持ちを落ち着ければ、戻った後お父さんとちゃんと話せるかもしれないし。
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