第924話◆森の文字オタク

 対ユウヤ用の魔導具の作成にアミュグダレーさんが協力をしてくれるというので、その言葉にありがたく甘えることにした。

 これをきっかけにカリュオンとアミュグダレーさんの間にある溝が少しでも埋まればいいなとかという想いもあったが、箱庭のあの割れ目の中にいた存在のことを思い出すと、借りられる力は遠慮をせずに借りるのが正解だと思ったから。

 それが千を超える時を生きたハイエルフの長老だというのならなおさら。


 拗ね顔のカリュオンはとりあえず置いておいて、タルバが作ってくれた魔導具の設計図をアミュグダレーさんに見てもらうことになった。

 というわけでタルバ工房の応接間で、薬草クッキーを摘まみながらプチティータイムが続行中である。


 頭を使うと口が寂しくなってくると思うので、好きなだけで食べてください!!

 クッキー以外にも出そうと思えば色々出てきます!! うちには野菜嫌いなお子ちゃまな大人がいるので、お子ちゃま男の健康を考えて野菜や薬草を使ったお菓子は常備しています!

 カリュオンは少し加減しろよー、お前が勢いよく食べると全部なくなりそうだからなー。

 いてっ! だから足を踏むな! 何でアベルまでっ!





「ふむ……ラグナ・ロックなら周囲の魔力を吸い込むという性質上、吸い込んだ魔力を魔導具の動力にすれば少々魔力消費の大きい付与もできる。よって神代文字でも問題ない――が、やはり神代語は効果は高くとも、神のために作られた言葉で神の力量を基準としているため燃費があまり良くない。赤毛と銀髪は神代文字を少し学んでいるといっていたが、他の言語はどうだ? モールは神代語より精霊や妖精の言葉だったか」


「はい! 神代語は囓った程度です! 他はユーラティア系列の古代語ならほぼいけて、精霊系妖精系はユーラティア中西部のものなら多少は……後は、故郷に伝わる古い文字が意味がわからないけど効果だけ知ってるのがいくつか?」


「神代語はだいぶ憶えたけど完璧までにはまだまだだよ。古代語と精霊妖精系なら海の向こうの国のもだいたいいけるよ。ふふん、記憶力には自信があるから語学は得意なんだ。って、グラン!? 故郷に伝わる古い文字って何それ、初耳なんだけど!? グランの故郷ってあの魔境じゃん!! うっわ……研究者すら知らない文字がボロボロ出てきそう……」


「むむ~、神代文字はあまり使わないし種類も多くて複雑だからあまり触ってないも。モールが付与によく使うはこの辺りで使われていた古代語と精霊語や妖精語の系列も」


「俺のことはガン無視かよ」


「お前は聞くまでもなく把握しておるわ」


「ちくしょー、俺が里を出てから新しく言語を習得してないとでも思ってんのかぁ? まぁ、ぶん殴る方が楽しくて新しい言葉なんて一つも習得してないけどなぁ」


「キエーッ!!」


「うるせぇ、苔玉! 俺はタンクだから頭より体を使うこと方が多いんだ。いて! おいこら、俺が読めないような本をドサドサ降らすのはやめろ! 本はあんま読まねーし、持ち歩くのもかさばるだろ!!」


「うっわ……すっごい古い本。その本、俺が読んでもいい? ね、書き写してる間だけ貸してくれるだけでいいよ。貸してくれたらこの国で最高級のお菓子やお肉や果物やお酒をたくさん持ってきてあげるからさ、ね? 最高級食材でグランにすっごい料理をお願いするからね?」 


「モッ!? モモモモモモーッ!」


「うおおお……めちゃくちゃ本が降ってきたーー。焦げ茶ちゃんってもしかして結構読書家? ま、俺にはさっぱりわからない文字だな。でも内容は気になるから、アベルがその本を読み終わったら俺にもわかる言葉で三行に纏めて教えてくれ」


「もー、遊んでないで真面目に魔導具を作るもよ」



 広げられた設計図を隅々まで見たアミュグダレーさんがポツポツと話し始め、アミュグダレーさんの話を聞きながら、聞かれたことに答えていただけなのに途中からこの騒ぎ。


 ああ~、苔玉ちゃんと焦げ茶ちゃんが最高級食材に釣られてドサドサと分厚い本を降らせ始めたぞ~。しかもそれを料理するのが俺で決定しているぞ~。

 だがわかる、わかるぞ! バラバラと降ってきた分厚い本は、人間が知らないようなことがたくさん書かれてるやっべー本に違いない!!

 俺も読みたいけれど見るからに難しくて読めない文字だから、アベルが読み終わったら三行に纏めてよろしく!!


 すっごい魔導具となればやはり神代語を使うのかと思ったら、なるほど神代語――つまり神様達の時代の言葉は神様基準の力を持っているので、人間のレベルに合わせたものに使うには燃費が悪い。


 だから強力な付与ができたとしても人の生活ではあまり使われることがなくなって、今では専門家が知るくらいの言語になってしまったんだな。

 しかも神代語は前世の漢字を絵のような記号に置き換えた言語で、とにかく種類が多い。文字が音を表すのではなく意味を表している言語なのだ。

 なので一文字で意味を持たせられるという意味では強いのだが文字の種類が多すぎる故に記憶力の勝負になり、憶えている文字が少ない俺はあまり使わない文字はメモを見ながらになる。


 文章になると前世の記憶にある漢文のようになるのだが……うっ……漢文……何故だ、転生開花ですらまともに思い出せないぞ! まるで靄でもかかったかのようにおぼろげにしか思い出せない!

 これが思い出せれば文字を暗記するだけで神代語のマスターに近付けそうだというのに!

 まるで記憶が欠落しているかのように、何が漢文の記憶を思い出すことを邪魔をしているように、漢文の記憶が転生開花でほとんど引っ張りだせない!!

 くそ、思い出すのは漢文の授業で居眠りをしていた記憶、授業中にノートの端っこに書いたパラパラ漫画の記憶、成績が悪すぎて追試も補習もダメダメで結局漢文が苦手なまま高校卒業まで逃げ切った記憶、そんなのばかりだ。

 ダメだ、転生開花でよけいなことを思い出す前に漢文のことは諦めよう。たまには思い出せないものくらいあってもおかしくないのだ。




「精霊語と妖精語がわかるなら、それらを中心にして神代語は強力な付与が必要な部分だけにした方が、ラグナ・ロックの魔力を無駄なく回せるだろう。して、赤毛のがいう故郷に伝わる古い言葉というのも書けるなら少し書いてみてくれぬか。念のためにどういう言語か知っておきたい、もしかするとそちらの方が効率が良い可能性もある。魔境というからにはそうとうな辺境の地の出身なのか? ふむ、森から出ることの少ない私の知らない言語の可能性が高いが、完全にわからなくとも文字というものは起源を同じくするものも多い故、ルーツがわかれば言語の把握までにはそう時間はかからぬはずだ」


 セーフ、神代語はあまり使わないみたいだな。

 そっかー、ただ強力な付与をするだけではなく動力となる魔石の魔力をいかに効率良く使うかまで考えないといけないよなぁ。

 強力な魔導具ほど魔力を多く消費するけれど、魔力を効率良く回す方が同じ動力でも効果が大きく引き出されるし、魔石の消耗速度も抑えられるしな。


 それで俺の故郷に伝わる古い言葉も?

 って、アベルが魔境とかいうからアミュグダレーさんに俺の故郷が魔境だと思われたじゃないか! 俺の故郷は魔境じゃなくて、大きな町から離れた山の中にあるただの秘境だろ!

 

 それにしてもアミュグダレーさん、淡々としてはいるが思ったよりよく話してくれるな。

 表情があまり動かないから取っつきにくさはあるのだが、聞けば答えてくれるという雰囲気である。

 そして言語の話になってから口数が増えた気がする。

 なんとなーくだが、オタクトークに共通する空気を感じてしまった。

 俺の話したことあるハイエルフ達も、魔法や魔導具の話になると口数が増えるし、もしかしてハイエルフって人見知りが激しいだけで、実はオタクトーク大好きな種族だったりする?


「あ、グラン! 俺も俺も! 俺も、グランの故郷に伝わる古い文字っていうの気になる! 言語ってさ、遠く離れた場所のものでもルーツが同じだと共通点が残ってて、それに気付いた時が楽しくて好きなんだよね。古い言葉も遠くの言葉もそう、言葉が世界を巡って、時間と周囲の変化でどんどん変わっていった痕跡を見るのって楽しいんだよね」


 うわ……アベルが珍しくオタクみたいな表情になって、早口で巻くし立ててきた!


「む、人間のくせにわかっているではないか」


 うわ……アミュグダレーさんの目が輝いている! 表情は動かなくてわかりにくいが、確実に目がキラッとした!

 そして二人の視線は俺に刺さる。


 この後、俺の知っている限りの故郷の古い文字を書き出さされ、その文字も対ユウヤ用魔導具に使われることになった。











「うちの親父さ、ハイエルフの時間は長すぎて暇だからって魔術や付与の研究で文字ばっかり弄ってるんだよな。お袋のこともほっぽって、その暇潰しに夢中になることも多かったんだ――人間の時間は短いんだから、暇潰しの時間をもっとお袋のために使ってやればよかったのに」


 そんな俺の横でカリュオンがボソッと何か言っていたが、最後の方は小声すぎて聞き取れなかった。

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