第923話◆ハイエルフの長老

「――というわけで、私はここにきたのだ」


「俺もさっき話した通りだ。チッ、そんな偶然ってあるのかよ」


 向かい合って座るそっくりな顔。

 またしても苔玉ちゃんに張り付かれたアミュグダレーさんの顔には更に細かい傷が増えたが、今は回復魔法で傷は綺麗に消えて元の美形パパに戻っている。

 一方焦げ茶ちゃんが張り付いていたカリュオンも顔や頭が焦げ茶ちゃんの毛だらけになったが、こちらも浄化魔法ですっきり。

 だが二人ともチビッ子に悪戯をされたせいで髪の毛がボサボサになってしまっいる。

 口調こそ違いお互い目を合わせようとしないものの、乱れた髪の雰囲気も魔法を使っている時の仕草も似ていて、確実な血の繋がりを感じさせられた。



 突然ふざけ始めた焦げ茶ちゃんと苔玉ちゃんをなだめて二人の顔から引き離した後、アミュグダレーさんがタルバの工房にいる理由を話してくれた。


 話が長くなりそうなことを察したアベルがティーセットとお湯を出してきてお茶を淹れ始めたので、俺はお手製の薬草クッキーを提供して即席ティータイムに。

 バターではなく植物性のバターもどきを使って作ったクッキーを出して、大食漢のカリュオンの胃袋を任せても大丈夫な料理スキルと、ハイエルフに対する気遣いのできる男であることをカリュオンのお父さんにアピールだ。


 以前カリュオンに聞いた話によると、ハイエルフは肉や魚を食べすぎると腹を壊すとかで、食事は植物性の食材がほとんどで、動物性のものは鳥肉や卵、白身の魚を少し食べる程度で乳製品も食べすぎるとお腹が緩くなるとかなんとか。

 野菜嫌いの甘いもの好きの偏食男アベルの健康を考えて作ったヘルシー志向クッキーがここで活躍するとは思わなかった。


 森で採れるペッルという木の実の果肉がバター代わりになるんだよなぁ。

 バターに比べて風味に物足りなさはあるのだが、森やダンジョンで手に入りやすく、大きさも人の頭ほどで果肉部分も多いため、バターよりかなり安価で庶民の食卓ではバター代わりによく使われる。

 ただバターよりやや柔らかいので加減を間違えるとクッキーがサクサクにならなかったり、予想以上に膨らんでしまったりするのが難点である。

 庶民からの需要は多く冒険者ギルドでも積極的に買い取られるペッルの実は、人間の生活圏近くの森でも手に入れやすいため低ランクから中ランクの冒険者のお手軽金策素材筆頭である。

 俺もランクが低い頃はよく集めていたし、今でも森で見つけるとつい採取してしまう。


 そんなペッルの果肉をバター代わりに使ったクッキーは、生地に薬草や木の実の砕いたものを混ぜ、しっとり感の中にカリッと歯ごたえがある仕上がりになっている。

 甘さはやや控えめでバターのような濃厚な風味はないが、それ故に腹に溜まりすぎず飯前に食っても飯に大きく響くことはなく、満腹感で眠気を誘発することもないどころか、使っている薬草が疲労回復効果のあるものが中心なので食べると何となく元気になるはずだ。

 アベルの健康にいいだけではなく、何か作業をしながら摘まむのにもちょうどいい優秀クッキーである。



 話によるとアミュグダレーさんは武器の修理のためドワーフの集落に滞在中で、そのついでにモールに装飾品を依頼していたらしい。


 へー、エルフとドワーフって仲が悪いとかいう噂はよくき聞くけれど、実はエルフとドワーフってそこまで仲は悪くないんですか?

 価値観の違いでぶつかることは多いが、お互い対価さえ貰えば引き受けた仕事はキッチリやる?

 なるほどー、どっちも職人肌ってやつかー?


 そういえば王都にいるドワーフの鍛冶屋……あ、その鍛冶屋っていうのがクーモのお兄さんのウーモで、エルフからの依頼はなかなか引き受けないことで有名なんですけど、カリュオンの装備はウーモが手入れしているのだよな? というか、カリュオンはウーモに結構気に入られているよな?

 むしろアベルの方が人間なのに、ウーモからエルフみたいだっていわれて店に入ると追い返されそうになるみたいな?


 そうそう、カリュオンってそうやって誰とでも仲が良くなるのもすごいし、パーティーのムードメイカーで厳しい状況の時でも暗くならない雰囲気を作ってくれるし、でもやばい時になると冷静だし見極めも正確だしすっごく頼りになるんですよ。

 俺なんかそんなカリュオンが羨ましくて、いつも嫉妬しちゃうんですよね。

 

 って、話をしたら俺を挟んで左右に座っているアベルとカリュオンにつま先を踏まれた。

 アベルだけならともかく、カリュオンまで……わかるぞ、これは照れ隠し!! 親父さんの前で褒められて恥ずかしいんだな!!

 いてっ! 金属プレートの靴で踏まれると痛いからやめろ! アベルみたいなことをするのはやめろ!!

 ああ~、カリュオンのクソガキみたいな一面は新鮮すぎて楽しいぜ! だから、踏むな! テーブルの下でこっそりつま先を踏むな!!

 どさくさに紛れてアベルまで追加で踏んでんじゃねえ!!


 え、ああ……タルバが昨日いっていた複雑な魔導具に詳しい人ってアミュグダレーさんのことなんだ。


 人間とは比べものにならないほどの魔力と寿命を持つハイエルフは、魔法だけではなく魔術や魔導具作成にも長けているというの聞いたことがある。

 ただハイエルフは他種族との交流をほとんど持たず自給自足の生活を送る彼らは他種族の通貨を必要としないため外部との交易は滅多になく、彼らの作る物品だけではなく知識や技術が世に出てくることは非常に珍しい。


 たまーにカリュオンのように人間社会で生活するハイエルフもいて、時折彼らがやっべー魔導具や書物、知識を持っていることがあるが、他者との交流が少ない彼らからそれら表に出されることは滅多にない。

 またごく稀にハイエルフの作った超高性能魔導具や彼らが所有していた古文書や魔導書がオークションに出品されたは際には、庶民には想像できない恐ろしい値段で取り引きをされていると聞く。


 生物は魔力の保有量が多いほど、その種の平均寿命を大きく超えて長生きする傾向がある。

 ハイエルフは種族として元々寿命が長い上に魔力も多く、平均寿命は千年弱だといわれているが魔力保有量は個人差が大きく、特に膨大な魔力を保有する者は平均的なハイエルフの倍、それ以上の時を生きるとも聞いたことがある。

 長く生きるハイエルフの中でも千を越える齢を重ねているような者は、長い時を生きたが故に魔力、魔法、知識、技術などあらゆる面において平均的なハイエルフを遥かに超える存在となっており、敬意を込め長老と呼ばれるという。


 え? カリュオンってお父さんのこと長老っていっていたよな?

 つまりお父様って千歳以上!? え? もしかして超ご長寿のすっげーハイエルフ!?

 カリュオンって非常識な変人だけれど、そんなすっごいハイエルフの息子さんだったの!?

 カリュオンってハーフエルフだからハイエルフと比べて魔力が少なくて、その少なめな魔力もほぼほぼギフトで消費されていつも魔力がカツカツで腹が減ったといっているけれど、その魔力少なめの比較対象って長老のお父様だったりする?

 魔力少なめっていっているわりには、あのやっべー魔法盾のバリアも盾ビームもやっべー魔力を消費してそうだなぁと思ってたんだよなぁ。

 しかもあれらはだいたい二つでワンセットだし、終わった後に燃え尽きたように腹が減ったと毎回いうけれど、あれだけの大技を連続して発動させるだけの魔力がカリュオンにはあるということである。

 ああ……うん、その魔力が少なめって比較対象がわりーんじゃないかな。

 いてっ! だからプレートの靴で足を踏むのはやめろ!


 で、その長老呼ばれるご長寿ハイエルフのアミュグダレーさんがちょうどドワーフの集落にきていることを知っていたタルバが、昨日俺達と話し合った後ラグナロックを利用した魔導具の作成についてアミュグダレーさんにアドバイスをもらいにいったら、今日装飾品の依頼ついでに工房にやってきて俺達と鉢合わせをしたということだった。


 気難しいハイエルフの長老にタルバはアドバイスをもらうだけのつもりだったと思われるが――。


「そういうことなら、ドワーフに預けている弓とモールに頼んだ装飾品が仕上がるまでの間やることもない故、暇潰しに付き合ってやろう」


 なんと対ユウヤ用の魔導具制作に協力してくれることになった。


 アミュグダレーさん、めちゃくちゃいいハイエルフじゃん!!


「は? 暇潰しって、ハイエルフの長老にとって武器の修理待ちに二日三日かかるとしても一瞬みたいなもんだろ」


 カリュオンだけはちょっぴり不満そうだった。


 


 




※ニコニコ漫画でコミカライズ版グラン&グルメの五話(後半)が公開されてます。

ついに来ちゃいます!!

ゆっくり弾幕をしていってね☆

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