第922話◆真逆の親子
ハイエルフ――それは様々なエルフの中で最も古く、全てのエルフの始まりであり最もエルフらしいエルフ。
人間よりも遥かに長寿で遥かに歴史の長い種族で、一説では創世神が地上に初めて作った人型の種族、つまり地上に初めて作られた創世神の姿を模した種族ともいわれており、魔力に対して非常に高い適性を持ち保有する魔力も非常に多く、魔法の才能にも恵まれまくっている。
しかも見た目も非常に美しく、その美しさと魔力の質の良さから精霊や動物など自然と共に生きる者に好かれやすく、それらを使役する能力にも長けている。
何でもエルフの歌声には精霊や動物を魅了する力があるとかなんとか。
自然の多い場所を好み、他種族との交流を嫌い深い森の奥で排他的な生活を送る彼らだが、中にはその高い魔力を活かし魔導士として人間社会で生きる者もいる。
しかし長い歴史と寿命を持ち、見た目は麗しく魔法の才能にも恵まれている故に、ハイエルフ達は非常にプライドが高く、他の種族に高圧的な態度を取る者も少なくない。
超陽キャなカリュオンに慣れていると忘れがちだが、エルフとは本来他の種族との馴れ合いを好まない種族だといわれている。
それがエルフに塩対応された奴らの誇張表現だとしても、カリュオンレベルの陽キャハイエルフは超絶レアだと思われる。
カリュオンみたいなのは特殊ではあるが、ツンケンしていて話しかけづらさを感じるハイエルフも話が全く通じない相手ではないので話していくうちにだんだん態度は軟化するし、魔法や魔導具のことを聞くと自信満々の早口オタクトークが始まる奴も少なくないというかすごくいる。
あ、でも男はみんなイケメンなのはちょっと気に入らない。
女性はみんな美人だからツンツンケンケンしていてもそれはそれで悪くないというか、ただのツンデレの場合がほとんどでエルフのお姉さん達はだいたい可愛い。
それでも人間から見たらツンツンしていて取っつきにくい印象の強いハイエルフだが、人の町で暮らすハイエルフ達は口を揃えていう――森で暮らすジジババどもはマジでハイエルフに誇りを持ちすぎでプライド高すぎの面倒くさい偏屈石頭ばかりで、自分達はそいつらに比べれば柔軟で社交的なハイエルフだと。
それは超陽キャで温厚なカリュオンですら例外ではなく、故郷のハイエルフの話になるとめちゃくちゃ渋い表情になって、悪質な悪戯の話を武勇伝のごとく語り始める。
そういえば長老を燻したいから携帯ピザ窯の試作品"どこでもピッツァ君"を改良をせずそのまま売ってくれといわれて売ったけれど、本当に長老を燻したのかな?
その燻したい長老ってもしかして、長老って言い直したお父さんのことかな? もしかして本当に燻されちゃった?
そういえば、ドワーフのクーモのところでバーベキューをしながら酒を飲んだ時に、カリュオンが親父さんの愚痴をひたすら零しているうちに珍しく飲みすぎて潰れていたな。
いつも飄々としていて、大雑把で適当でふざけたことをすることも多いが肝心なところでは冷静で頼りになって、愚痴や人の悪口なんてほとんど漏らすことのないカリュオンの世にも珍しい絡み酒。
強い酒を無計画にチャンポンで飲んで、止まることなく親父さんの愚痴を無限に漏らしまくって、ドワーフのクーモがハイエルフであるカリュオンの親父さんを擁護するというシュールな光景になっていたな。
あの時は俺も結構飲んでいたからあまり詳しくは憶えていないがまるで反抗期の少年のようにふてくされた表情のカリュオンはとても新鮮だった。
それと同時にカリュオンの大人げない一面に妙に親近感を覚えた。
そのカリュオンが燻したと思われる長老ハイエルフというのが、このカリュオンのそっくりさんの可能性が高い。
そして人間の町で暮らすハイエルフ達が口を揃えていう、偏屈石頭のプライド高すぎの森暮らしジジババハイエルフという可能性も。
チラリとカリュオンの方を見るとものすごく険しい顔でそっくりさんを睨んでいるし、そっくりさんの顔には苔玉ちゃんが張り付いているし……俺、上手く挨拶できるかな?
「カリュオンの父のアミュグダレーだ」
「どうも、冒険者のグランといいます。カリュオンさんとは冒険者仲間として良い付き合いをさせていただいてます。えっと、俺の特技と趣味は素材を集め……いたっ!」
とりあえず立ちっぱなしで睨み合うのは邪魔だとタルバの工房内にある来客用の部屋に通され、ソファーに横並びで座る俺達三人とローテーブルを挟んで向かい側に座るカリュオンパパのアミュグダレーさん。
見れば見るほどカリュオンにそっくりなのだが、先ほど苔玉ちゃんが顔に張り付いてキエキエしたせいで綺麗な顔が細かい傷だらけになっている。
苔玉ちゃん小っこい木みたいなものだからね。きっと葉っぱとか枝で擦り傷ができちゃったんだね。
向かい合って座ると、先にアミュグダレーさんの方から名乗ったので俺も張り切って自己紹介を始めたら、テーブルの下でアベルにつま先を踏まれた。
何すんだよー、友達の親御さんに好印象を持ってもらうためには最初が肝心だろう?
怪しい友達じゃないことをちゃんとアピールしないと~。
いたっ! こら、何度も踏むな!! ちくしょう、踏み返してやる!!
「同じくカリュオンの冒険者仲間のアベル……いっ!」
アベルが自己紹介を始めたタイミングで足を踏み返してやったぜ!
「そういうわけで、最近よく一緒に行動してる仲間。苔玉はなんか気付いたらグランの家に出入りしてた、こっちは苔玉の友達っぽいから気にしないでくれ」
「モッ! モモ? モーッ!!」
「うおっ!? 焦げ茶……っ! 何をうんおーっ!!」
いつもよりもテンションが低いカリュオンがアミュグダレーさんから目を逸らすようにそっぽを向いたまま焦げ茶ちゃんを紹介したから、それが気に入らなかったのかソファーの肘掛けの上にいた焦げ茶ちゃんがピョーンとしてカリュオンの顔に張り付いた。
「……そうか」
俺達の自己紹介にも、謎の生きものを顔に張り付けてそれを剥がそうと奮闘している息子にも、表情を変えることなくただ座ってこちらを見ているだけのアミュグダレーさん。
カリュオンも素っ気ない空気を出しているが、アミュグダレーさんもまた会話を維持しにくい空気を出しているというか、会話をそうかの一言でぶった切られてしまって、次の会話にどう繋げていいかわからない。
いつもならこういう時はコミュ強のカリュオンが場を持たせてくれるのだが、今日のカリュオンにそれは期待できそうにない。
何だこの反抗期の男の子と気難しい父親みたいな親子はーーーー!!
以前のカリュオンの様子からなんとなく親父さんと確執がありそうな感じはあったけど、まさかここまで気まずい雰囲気になるとは。
ほら、応接室を貸してくれたタルバも困惑してカリュオンとアミュグダレーさんを交互に見ているぞぉ。
しかし言葉は少ないながらもアミュグダレーさんはカリュオンのことは気になっているようで、張り付いた焦げ茶ちゃんを引っぺがそうとするカリュオンの動きを、表情を動かすことはなく目だけで追っている。
そして――。
「おいこら、やめろ! いきなり何しやがるんだ、馬鹿っ!」
「モーーーーーッ!!」
「私を適当に紹介するとは何ごとかインゴットー! いい年したエルフが子供じみた態度をスナー! そんな奴はお仕置きモール!! 君さ、いつも思うんだけど語尾適当すぎない? いたっ! 間違ったことは言ってないのに何で石をぶつけるの!!」
焦げ茶ちゃんと無理矢理剥がそうとするカリュオン、剥がされまいと顔に張り付く焦げ茶ちゃん、いつもの翻訳係のアベル。
いつもの大騒ぎが始まってしまった。
うぉ~い、他所様のお宅で、しかもカリュオンのお父様の前でふざけて遊んでるなよ~。
「こ……これは……この謎の生きものは……まさか、マグ……ッ!」
「キエエエエエエエエエエエエエッ!!」
その様子に呆れたのか、アミュグダレーさんがこの世の終わりのような険しい表情になって何かを言いかけ――ああああああーーーー、そこに苔玉ちゃんがピョーンとまた顔に張り付いたーーーー!!
や、ホントすみません。
みんないつもテンション高くて、すぐにはしゃぎ始めるんです!!
でもそれが楽しくて、みんな仲良くやっています。
ていうか、焦げ茶ちゃんに張り付かれるカリュオンと苔玉ちゃんに張り付かれるアミュグダレーさん、ホントそっくりだな。
タイプは真逆かもしれないけれど、どっからどう見ても親子。
二人の間に何があったか俺にはわからなくて、それがわかったとしても俺にどうこうできる問題ではないと思うけれど、それでもいつかカリュオン親子の間にある溝が少しでも小さくなればいいなと思った。
だってカリュオンの保護者である苔玉ちゃんが悪意なくふざけている相手だから、きっと悪い人ではないはずだから。
そしてハーフエルフとハイエルフである彼らには、ゆっくりとお互いの溝を埋めるだけの時間は十分にあるのだから。
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