第920話◆生まれ変わりを待つもの

 いつもなら帰宅して俺が飯を作るのだが、今日は俺達が帰ってきた時点でウルとクルがほぼ夕食の支度を済ませてくれていて、俺が風呂に入っている間に他の面子も準備に加わって、俺が風呂でのんびりしている間に夕食ができあがっていた。


 一仕事して帰ってきてすぐにお風呂に入ってスッキリして出てきたら、夕食が準備されている。

 理想のライフスタイル! まるで一家のお父さん!!

 あ、いや……結婚どころか彼女もいなくて、その気配すらないのにいきなりお父さんはちょっと……だな。

 お父さんではないけれど、一仕事終えて帰ってきたら風呂と夕食が準備されているって最高だな!!


 食卓の上にはウルとクル中心になって作ってくれた料理が所狭しと並べられている。

 少し焦げのあるミートパイ、ひっくり返すの失敗して身が崩れた魚のムニエル、具を入れすぎてパスタより具がメインになっている具だくさんすぎパスタ、煮込みすぎて具がちょっぴり溶けてしまったスープ、不揃いな形に切られたトマトやキュウリが見えるサラダの上には厚みも大きさもバラバラの生ハム――垣間見える不慣れさで料理が更に美味しそうに見え、俺も未だによくやるやつだとほっこりしたところで腹がグーと鳴った。


 独身だというのに幼い娘が夕食を作ってくれた時のお父さんの気分を知ってしまったかもしれない。

 まだまだお父さんの気持ちを知る年ではないのだが、こうして夕食が用意されているのはやっぱり嬉しい。


 ただいま、そしていただきます。


 パイのお焦げ部分はサクサクパリパリで好きだし、身崩れしたムニエルはむしろ一口サイズで食べやすいくらい。

 体を動かしまくって帰ってきて腹ペコなのでパスタは具がゴロゴロくらいでちょうど良いし、具がくったりするくらい煮込んだスープは美味しいんだよぉ。

 野菜の大きさが不揃いなのは自家製だから。暑すぎるとキュッと曲がるキュウリや弾けそうなほど大きくなった完熟トマト、うちの畑から食卓に直行したとれたて野菜の証。

 生ハムは俺のお手製だから元々形が少し歪で、これを切る時に包丁で手を切らなかったか心配になる。

 もちろんすっかり作り慣れてきた自家製生ハムの味は悪くない。




「ふむ、ユグユグの樹の栄養になるものか」


「最初は"この世にいらないもの"って言われたんだよな。でもこの世って大きな括りで見ると、いらないものってなくないか? 俺がいらないと思ったものでも誰かが必要としているかもしれないし、誰かがいらないと思ったものでも、俺が欲しいものなんてたくさんある。この世にいらないものってあるのかなって思うとどうしても思い当たらなくて、それを言ったら要求が"いらないもの"じゃなくて"何でもいい"に変わったんだ」


「グランは"いらないもの"をむりやり"いるもの"にしすぎ。でも確かにいわれてみると世界――つまり自然まで含めた括りで見ると、本当にいらないものって案外思い付かないね」


 夕食中の話題はユグユグちゃんのお願いについて。

 ユグユグちゃんに要求されたものを話すと、ラトを始めとして全員が難しい顔になった。

 ついでにさりげなくアベルのお小言も混ざった。

 そんな物知りアベルですら思い付かないという、この世のいらないもの。

 あ、でもそのお小言はいらないものの気がする。形がないからユグユグちゃんの栄養源として持っていけないのが残念だなー!!


 ユグユグちゃんのいう"この世のいらないもの"というのがどうしても気になったのだ。

 個という小さな括りで考えると"いらないもの”というのはたくさんある。

 だがそれは他の誰かにとっては欲しいもの必要なものであることもある。

 個では不要なものも、世界という大きな括りで見ると必ずどこかで必要とされている気がして、"この世のいらないもの"というのがどうしても思い当たらなかったのだ。


 だがユグユグちゃんがそれを口にしたというのなら、もしかすると存在しているのかもしれない。

 何故かその"この世のいらないもの"という言葉がチクチクと心に引っかかってしまって、ユグユグちゃんからの要求は変わったもののどうしても気になってラトに聞いてみるとこの反応。

 チビッ子達まで難しい顔になったぞ?

 あれ? 俺、何か変なことを言っちゃいました?


「そうだな、命があれば必ずそこに存在するものだが、当たり前のようにありすぎてその存在のは気付かず、時と共に自然に浄化され消えていくが浄化しきれなかったものが溜まり続ければ大きな災いの元となる。前の秋にお前達の倒したニーズヘッグもそれを食って成長するものだな。まぁあの蛇はユグ……ユグの樹と違ってそれを浄化する力はないのでため込み成長し災厄になる存在だが」


 ラトの答えで少しピンときた。

 前の秋に俺とアベルが激闘の末倒したニーズヘッグ、幼体だったようだがゴリ押しで正面から戦ってめちゃくちゃ苦戦をした。

 無事勝利して美味しいおでんになってもらったが、あの強さも幼体だというニーズヘッグは伝説級の魔物で冒険者ギルドの記録にもその出現例はほとんど残っておらず詳細も不明な魔物である。

 ただ一度出現すれば天災級の魔物であるということだけ。

 去年ニーズヘッグを倒した際に聞いた話によると、ニーズヘッグは穢れた魔力から生まれ、魔力故に実体を持たぬため蛇系の魔物に取り憑き穢れた魔力を吸収し成長するという。


 なるほど穢れた魔力。

 確かにいらないものといったら、いらないものだな。


 穢れた魔力――主に生物の負の感情から排出されるといわれるそれは、魔力ではあるが負の感情の残骸のようなものであり少量ならほとんど力を持つことはなく、属性としても何に属すこともないため無という扱いにされている。

 ただそれが発生しやすいのは死者の多い場所や不幸な出来事が多い場所、凄惨な出来事があった場所で、そういう場所には沌属性も溜まるため、何でも混ぜてしまう沌属性と混ざり合ってしまってさっぱり見分けのつかないことになっている。


 ただこいつのやっかいなのは、浄化魔法で浄化してもなかなか完全に浄化しきれない。

 凄惨な事件の後によくあるアンデッド騒動を浄化魔法で解決しても、何故かその場所に薄気味悪さや居心地の悪さが残っている感じがするのは、浄化魔法では浄化しきれなかったこの穢れた魔力のせいだといわれている。


 "いわれている"というのはそれがはっきりとした確証がないから。

 感情というものは目に見えず、すでにいない者の感情ならなおさら。

 そしてマイナスの感情は誰しも持っているもので、それは気付かないうちに心の中に必ずいる。

 あまりにも自然すぎて、あまりにも皆が持っているものすぎて、そして僅かなら気付かないものすぎて、その性質を引き継いだそれに人はなかなか気付くことができず、研究が魔力に詳しい種族の文献頼りでほとんど進んでいないのだ。


 詳細は不明だとしても、そういう魔力があるということは漠然と認識はされている。

 だから穢れた魔力の溜まりそうな場所には、祠を建てたり樹を植えたり、時にはそれを祀る催し物を行う。

 それは一般的な浄化魔法では消えないけれど、自然の中や時の中、明るい感情の中でいつしか消えていくと思われているから。

 昏い感情が時と共に薄れる、もしくは新しい感情で塗り替えられるかのように。


「それは生命が活動をするとこには必ず発生するものですわ。だから"何でもいい"という答えになったのでしょう。箱庭はできたばかりで生命もまだ多くないですから、そういうものはまだあまり溜まってないと思われますわ」

「そうね、生命活動の残りカスみたいなものかしら? ほら、生きていると体から不要物が出てくるでしょ? それと同じで命という存在そのものからも、いらなくなったものがポロポロと出ちゃうの。ユグ……ユグの樹はそれを栄養にして綺麗な魔力として世界に放出してるすごい樹なのよ」

「溜まりすぎると恐いものになるので、ユグユグの樹が綺麗にするのですよぉ。でもそれはユグユグの樹に栄養にもなるし、新たな魔力として生まれ変わるので――そうですねぇ、確かに"いらないもの"ではないですねぇ。生まれ変わるのを待っている魔力といったところでしょうかぁ? ふふ、その方がなんだか希望があっていいですねぇ」


 なるほど、生命が活動した後の残りカス? それって命のウン……いてっ!!

 ごめん、食事中に言葉にするものじゃなかった。だからって氷をぶつけなくてもー、無詠唱技術の無駄遣いすぎるアベルだぜ。


 ふむふむ、その生命のウンコがユグユグちゃんの栄養になるんだ。なるほど堆肥。

 あ、ごめん……ついポロッと漏れてしまった。


 いたっ! ごめんて! 氷ぶつけすぎ!

 カメ君もカリカリしないで! 苔玉ちゃんと焦げ茶ちゃんもどさくさで木の実とか石とか降らさないで!

 ごめんて!!

 もう食事中に汚い話はしないからっ!

 サラマ君が手に持っているそれは冷めて固まったばっかりの溶岩かな!? それは投げないでしまっておいて!!

 ああ~、カリュオンとジュストは困った顔で見ていないでチビッ子とアベルと止めてくれ~。


 そうだね! 残りカスとかいらないものじゃなくて、生まれ変わる日を待っている魔力っていってあげよ!





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