第916話◆閑話:陸に上がった亀と今を知る女神――前

「貴方達、ずっと箱庭を覗き込んでいるけど、そんなにグラン達のことが心配なの?」


 と、チビ女神の中でも一番ポンコツそうな女神が言った。



 今日はおっさん島に行かずに赤毛の家でダラダラ。

 おっさんも今日は休みの日のようなので、俺様も休みだ休み。

 む、これでは俺様がおっさんに合わせて休んだみたいではないか。

 たまたまだ、たまたま。今日はこの世の最新版非常識を知るために赤毛の観察をしたい気分だったのだ!


 そして昼飯の後に赤毛達があの箱庭に入っていって赤毛を観察できなくなったので、暇潰しに箱庭を覗いていた。

 上から覗いていれば赤毛達が戻ってくるのもわかるので人の姿に化けて。

 赤毛は人間なので赤毛の家にあるものは人間の体に合わせたものばかりなので、子カメの姿より人の姿のが過ごしやすいからな。

 他の奴らもそう思ったのか皆人型になりやがった。

 おっさんのリザードマン姿はでかすぎなんだよ! 古代竜の中では小さい方のくせに!


 というか全員人型に化けて箱庭のある棚の周りに固まっているから、非常に狭いし暑苦しい。

 箱庭を動かすと扉が消えて、赤毛達が戻ってくるのに支障が出そうなので箱庭は定位置に置いたままにして、そこで俺様達が覗き込んでいる。

 白い奴は早々に飽きて酒を飲み始め、おやつの後はソファーに寝てしまった。

 俺様はもう少し箱庭を観察しているかな。この世の最新版非常識を学び、非常識な古代竜にならないための手本にするのだ。


 耳のいい俺様なら耳をすませば箱庭の中の騒がしさくらいならわかるし、集中しまくれば俺様の加護が発動したのもわからなくもない。

 奴らが相変わらず非常識な大騒ぎをしていることくらい余裕でわかるのだが、箱庭を外から見ていると小っこくてよく見えなくてイライラする。


 空の上にいる神連中はこうやって地上を見ているのだろうか。

 そう思うと、奴らが地上に降りてきて小さき者に紛れて遊んでいるのわからんでもないな。見ているだけでは退屈すぎる。

 他の奴らも俺様と同じようなことを思っているのか、箱庭を覗きながらだんだんと前のめりになっていって、時々頭や肩がぶつかって顔を上げるを繰り返していた。




 で、俺様達が赤毛達のことを心配しているかだと?




「女神は普段見えるものが見えぬ時は不安にならぬのか? 僕は不安になる。僕が鍛えたカリュオンはエルフにしてはめちゃくちゃ強いからきっと大丈夫だと思うが、時々調子に乗りすぎて修羅場を更に修羅場にするから、そこがちょっぴり……いや、すごく心配なのだ」


 と、テムペスト。

 ああ、あの変エルフな……確かに小さき者としてはいい線をいっていると思う。

 だがあいつは常識が足りていない、鍛えたついでに何故常識も教えなかった?

 そういえばテムペストは森引き籠もりの知識オタクで、知識はあっても常識は微妙な奴だったな。


「私はワンコロ少年があまりに不運すぎて目が離せないのだ。というか面白い。あそこまで不運な者はなかなか見ない、実に興味深い。そして不運すぎて放っておけない、不運すぎて面白くて放っておけない」


 と、マグネティモス。

 お前が人間好きで人間を気にかけるのは昔からだが、そうやって他人の不幸を楽しむところも昔からあるよな。

 まぁ、あのワンコロの運のなさは俺様も気付いていたが……あれは、たまにカバーしてやらないと俺様達まで不運に巻き込まれるからな。

 それにあのワンコロは素直なワンコロなので話していて悪い気はしない。

 俺様のことを「カメさん」なんて呼びやがって「偉大でかっこいいカメ様」と呼んでもいいんだぞ。


「うむ、人間の一生は我らにとってはほんの一瞬だ。どんなに気に入っても、共に過ごせるのは我らの時間の数百分の……いや我らはこの先も生き続けることを思えばいつかは数千数万分の一にしかすぎなくなるだろう。だがその僅かな時間が長い我らの人生の中で後悔として残らぬよう、俺が彼らに対してできることと望むことは彼らの生があるうちにやり尽くすことにしているのだ。彼らを見送る日、決して悔いが残らぬように」


 そして、おっさん。

 おいやめろ、そこで一隻だけ真面目な答えはやめろ。言われなくてもわかっているから。

 心がユラユラするじゃないか……これだから加齢臭は!


「お、俺様は――俺様は――……べ、別に赤毛達のことが心配なわけじゃないぞ! 家でゴロゴロしているだけだと暇だからちょーーーと箱庭の様子を見ていただけだ! そう、暇潰し! ただの暇潰しだ!!」


 お、俺様は赤毛のことなんか心配していないぞ。

 すごく非常識で、すごく大雑把で、すごく詰めが甘くて、肝心な時にやらかす奴だから、俺様のちょっぴり本気の加護を耳飾りに付けておいたから心配なんかしていないぞ!!

 そう俺様の加護が偉大で優秀すぎるから心配なんかしていない!!


「あら、暇潰しをするほど暇なのね、それはちょうどよかったわ。他の竜達はグラン達が心配でしょうがないみたいだから無理矢理連れていくのは申し訳ないと思っていたけど、暇そうな貴方なら問題ないわね?」


「カメッ!?」


 突然ターゲットされてびっくりしてカメ語になってしまったわ。


「ちょっと森の散歩に付き合ってよ」


 そういうのは白い奴の仕事では――って寝てる!! おっさんが持ってきた酒を飲み尽くし、空き瓶を抱えて寝ている!!

 役に立たねー白い奴だな!!


「貴方、全ての海の主だけど陸でも強いのでしょ? そのとても強い貴方に、ラトの代わりに森の奥まで護衛をお願いできないかしら」


 カーーーーーッ!

 俺様は海では最強だが、陸に上がっても強いからなーーーー!!

 はーーーー! しゃーねーなー、白い奴が酒ばっか飲んで役立たずだから俺様がついていってやるかーーーー!!

 はーーーーーーーー!! このままだと役立たずの番人の代わりに俺様がこの森の支配者になるかもしれねーなーーーー!

 いいだろう、縄張りを広げるついでに女神のお守りもしてやろう!!


「そうまでして頼むのなら仕方ない、海でも陸でも強い俺様が散歩に付き合ってやろう!」



 というわけで、赤毛達のことは大して心配はしていないので、ポンコツ臭のする女神に付き合って森の散歩に出かけることになった。






 おっさんにあの時の流れの違う島に閉じ込められていたせいで俺様にとっては万の時ほど昔の話だが、実際の時間では数千年前くらいの話だろう。

 あの性悪キンピカラグナロックの親子喧嘩に付き合わされた時に、キンピカがこの森のことを話していたことがあるな。

 親子喧嘩で一度親父にこっぴどくボコられたキンピカが家出した先がこの森だったというか、森に迷い込んだところを女神と白いのに拾われたといっていた記憶がある。


 キンピカの話では白い奴は古の神獣で本気を出せば太古の神に匹敵する力を持っているらしいが、酒カスなのでだいたい本気が出せず役に立たない。

 うむ……ただのカメさんですよー、ですり抜けられるこの家の結界を見ればそれはすごく納得できる。

 あいつ、いつも酔っ払ってひっくり返っているな。鹿の姿でも人の姿でも。


 そして白い奴が守っているバカデカイ樹と、その樹が自分の分け身として生み出した三人の女神。

 キンピカ曰く、女神達は真ん中の奴以外はあまり戦闘が得意ではないらしい。ただし女神基準で白い奴に比べての話らしい。

 真ん中の奴はそこそこ強くてしかも好戦的。しかし大雑把な駄女神だといっていた。


 この三人の女神達は、見た目はそっくりだがそれぞれ違う能力を持ち、三人揃っていると個々の能力も高くなるらしい。

 長女は過去を、次女は現在を、三女は未来を知ると聞いた。

 それから三人揃ってめちゃくちゃ意地悪で、森にいた頃はいつも白いのと三姉妹に揶揄われていたといっていたな。


 そうか? そんな意地悪か?

 まぁ三人揃えばキャアキャアうるさくはあるし、たまに辛辣な言葉も飛び出すがそこまで意地悪ではないぞ?

 キンピカは白いのとこの女神達に苦手意識があるようで、こいつらが動いている時は完全に気配を消して銀髪の中に入っている。


 はて、銀髪の中にいるのはキンピカの中身だけみたいだが、あいつは何やってんだ?

 しかも黄金の棺とかという妙な箱に突っ込まれて、銀髪の中に突っ込まれているな。

 棺……棺……まぁ、普通に考えて死体を入れるもんだよな。それと、ヴァンパイアの寝床。


 ……あいつはヴァンパイアのババアに喧嘩を売ってボコられて、腰が抜けるまで血を吸われたことがあるから、ちょこっとヴァンパイアに似てしまったか?

 うむ、見た目クソガキに馬乗りになられて血を吸われて、新たな扉を開いてしまったのかもしれない。


 あの時とばっちりで俺様もテムペストともマグネティモスもちょこっと血を吸われたが棺で寝ようなんて思わないし、キンピカ特有の新たな扉だったのかもしれん。

 あの件のせいであのヴァンパイアババアは、聖属性にめちゃくちゃ強くなるし、水と風と土の力も強くなるしで、もはや手の付けられないスーパーヴァンパイアババアになっているからな。

 そのせいで俺達はあのババアに苦手意識があるんだよな。


 中身がギンピカの中に押し込まれているということは、あいつの本体はどこにあるのだ?

 ま、その気になれば古代竜たるもの魂と体を分けるくらいはできるからな。

 俺様もおっさんに魂と体と力に分割されて封じられていたし、キンピカも体はどっかで寝ていて本体だけ人間にくっ付いて人の世を覗き見しているのだろうな。

 じっとりとして陰湿なあいつらしいといえば、あいつらしい。






「着いたわよ」

 そう言って立ち止まり、俺の方を振り返った真ん中の女神は、赤毛の家にいる時の子供の姿ではなく大人の女の姿になっていた。


 赤毛の家の裏手に生えている木にぽっかりと開いた洞は女神が作った森の奥への近道。

 そこを抜けるとすぐ目の前に他の洞のある木が生えており、そこに入ると更に森の奥へ。

 女神の道案内に従い、いくつも木の洞をくぐって森の奥へ。


 洞を抜け森の奥へいくほど女神の体に変化が起こるのをすぐそばで見ていた。

 洞を抜ける度に少しずつ、しかし確実に女神の体が成長し、いくつもの洞を抜け森の中心部分であろうと思われる場所に到着した時には、女神の体はすっかり大人のそれになっていた。


「ここが私達の本当の住み処、そして森の中心、ユグドラシルの樹よ」


 俺の方を振り返った女神の後ろにアホみたいにでかい樹が見えた。


 葉っぱもモサモサと広がりすぎて、樹を通りこして山じゃねーか!!


 その山のような樹の上の方で角の生えた黒い虫が二匹、角を打ち合わせ戦っているのが目に入った。




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