第915話◆閑話:大樹の女神達

「ほーんと、ラトもあの竜達も心配症ね。あれだけたくさんお守りを持たせて防御魔法もかけまくって加護も付けて、更にクルがグラン達は無事に帰ってくるって言ったんだから、ずっと箱庭に張り付いていなくてもいいのに」


「ラトは心配症というか、ただお酒を飲みながらダラダラしているだけですわ。箱庭に張り付いているのも、夏の暑い森で過ごすより涼しい部屋の中で過ごす方が快適だからですわ。ラトだけではなく竜の皆様もおやつの時からヒトの姿になられて、そのまま箱庭に張り付いてらっしゃるからリビングが狭く感じますわ」


「グラン達は無事に帰ってくるはずですけどぉ、未来といういうものは小さなきっかけでも変わってしまいますからねぇ。そういう意味では、グランは良い方向にも悪い方向にも、無意識に未来を変えるきっかけを作るタイプで困りますねぇ。さすがに数時間程度の未来は間違わないはずだから大丈夫ですよぉ。大丈夫ですけどぉ、帰りは予定よりも遅くなりそうですから夕飯の支度は私達で頑張りましょう」


「そうですわね、グラン達がダンジョンにいって予定通りの時間に戻ってくることの方が珍しいですしね。今日はユグドラ……ユグユグの樹のとこにいくと言ってましたっけ?」


「ユグユグの樹ね! ふふ、グラン達が私達の正体に気付いて恐れおののかないように、完璧に隠蔽しておいたんだからグラン達の前で間違えたらだめよ。なんたってあの樹は世界にとって大切な樹の一つなんだから」


「箱庭は特殊な空間ですのでぇ、箱庭内で発生することを予知することはできませんがぁ、完璧に偽装をしたのでバレないと思いますぅ」


「そうですわね、わたくし達の隠蔽工作が見破られるわけがありませんわ。ラトがあの樹の枝を折ってきて箱庭に刺した時はどうしようかと思いましたけど、何とかなるものですわねぇ。さすがはわたくし達ですわ」


「ふふ、箱庭に植えたユグユグの樹はドンドン大きくなっているから、そろそろ近くに住む生き物達に力を与えて眷属にしている頃かしら。夏だから蝉が多そうねぇ……基本的に大人しく樹液を吸っているだけだしこっちの言うことはよく聞くから、鳴き声がうるさいこととあまり強くないことを除けば悪くない子達なのよね。個々は弱いけど数が強みなる子達だし。カブトムシは強くてかっこいいんだけど、自分勝手で乱暴だから最初にしっかり躾けないとだめなのよね」


「カブトムシですか……あの方達は力も個性も強いのですが、皆様気がお強いですからね。縄張りを与えて警備をお任せするのはいいですけど、他の眷属がいる場所ですと、ちょっとしたことでケンカを始めてしまうのが困りものですわ」


「樹液を飲む時も角で樹の表面を削る時があるのも困りものですねぇ。樹液は眷属さんとして働いてくれている代償ですが、お行儀よくしていただかないとビシッとお仕置きですねぇ。カブトムシさんは頑丈なのでちょっとくらいビシッとしても大丈夫ですからぁ、後々のためにしっかりわからせてあげないとですねぇ」


「グラン達が無事に帰ってくるっていう確信はあっても、やっぱり箱庭の中のことはきになるわね。そろそろユグユグの樹に到着して眷属達に会ってるかしら……ケンカになってないといいわね。でもそれはそれでちょっと見てみたかったわ、箱庭に入れないのがホント残念ね」


「それは見てみたいかもぉ? でもグラン達の圧勝は間違いないですねぇ」


「でも樹の恵みを口にして眷属になった者は、元の個体よりはるかに強くなっていますから少しは見応えがあるかもしれませんわ。それに今日グランが持っていた弓は、カメを連れて帰ってきたダンジョンでラトのそっくりさんにもらった弓ですわ。あのダンジョンの場所は確か先代の樹と縁のある場所だとラトが言っておりましたわね。わたくし達が生まれる前のことなので樹の記憶を辿っても詳細ははっきりと思い出せませんが、あのラトのそっくりさんもあの弓もきっと樹に縁のあるものですわ」


「そうですねぇ、あの弓は樹の前ではすごく張り切りそうですが、その理由は私には思い出せませんねぇ。ただあの弓があれば樹はグラン達を敵と見なすことはない気がしますよぉ。それにグラン達には私達の加護がありますからぁ、樹も快くグラン達に力を貸すはずですよぉ」


「ウルでも思い出せないのなら私やクルには無理よ、私もクルもウルほど昔のことを細かく思い出せないからね。でも水鏡越しにキンピカのラトみたいなのを見た時は何か不思議な気持ちになったから、きっとこれは私が忘れている樹の記憶ね。おかしいわね……胸がザワザワするようなチクチクするようなわたしの知らない感情だったわね。でもそれと同時になんかちょっとイラッともしたわ、嫌いとかそんなんじゃないけどイラッと……全く思い出せないけど何なのかしらこの気持ちは」


「それより、そろそろ畑でお野菜を収穫して夕食の仕込みを始めないといけない時間ですわ。ついでにワンダーラプター達にも水浴びをさせてあげて、ご飯をあげましょう」


「ミ゛ッ!」


「あら、窓の外に樹の眷属の蝉が来ているわ。ここには用がなければこないように言っておいたのに珍しいわね、何かあったのかしら?」


「ミ゛ッ!」


「あらぁ、ヘラクレスさんとコーカサスさんが樹で鉢合わせしてケンカを始めたそうですぅ」


「ミ゛ッ!」


「あらあら、あのお二方はお互いの強さを意識しすぎてことある毎に競い合ってますからねぇ。樹でやられると他の眷属達も大変でしょうから仲裁して、ついでに樹の付近で争わないようにわからせてあけませんと」


「そうですねぇ、カブトムシさん達にはビシッわからせてあげないとぉ。でもそろそろ夕飯の支度に取りかからないといけない時間ですねぇ。グラン達は帰りが遅くなりそうですからぁ、私達ができるところまでやっておかないと夕食が遅くなりそうですよぉ」


「いいわ、じゃあ私がいってくるからウルとクルは夕飯の支度をお願い。一応森の主だから眷属の喧嘩は放っておけないからね。森の主っていうのも大変なのよねぇ」


「あら、ヴェルだけでいくつもりですの? でもラトは箱庭を覗きながらお酒を飲んで寝ちゃってますわね」


「ラトに期待しすぎちゃだめよ、自分の身は自分で守らなきゃ。いざとなったら先代が偉い神様の倉庫から盗んできたっていう槍でこのプスッとすればいいし、何とかなるわ」


「ミ゛ミ゛ミ゛ッ!?」


「その槍でプスはやりすぎですよぉ。蝉さんがビックリしているから、槍は収めてくださいぃ。あとやっぱりヴェルだけだと心配だから、ラトがだめなら竜さんの誰かと一緒にいくのがいいと思いますよぉ」


「私一人でも大丈夫だと思うけど、クルがそう言うなら暇そうな竜を一隻連れていこうかしら」


「それがいいと思いますわ。森には変態がいるから気を付けるようにとラトもグランもよく言ってますから」


「そうですよぉ。そろそろ夕方なので私達の力も弱まり始めるので、竜さんに護衛してもらうのがいいですよぉ」


「わかったわ、じゃあ竜を一隻連れてちょっと樹までいってカブトムシのケンカを仲裁してくるわ」

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