第913話◆神話的存在
世界には地域や宗教により様々な神話が存在する。
遠く離れた国々の一見して全く違う話に見える神話が、よぉくよぉく読み解くとなんとなぁく共通点のようなものがあり、そこから実はこいつとこいつは同一のものではないかとか、このエピソードは伝わり方もしくは視点が違うだけで同じ出来事ではとかというものがあり、それに気付くと色々と想像が広がり神話を読むのがだんだんと楽しくなってくる。
前世でもそういうのが好きだったのもあり、今世でも機会があれば各地の神話や伝承について調べてみることがあった。
そうやって知った各地の神話には地域で名前や逸話に違いはあれどやたら巨大な樹が登場する。
ユーラティア王国周辺に残る神話では、その巨大な樹はユグドラシルという名で呼ばれ創世の時代より世界を支えていたが、悪い神がその樹に火を放ったため樹は古代竜に姿を変え飛び去り、その時に舞い散った火の粉が世界に各地に降り注ぎ新たな樹として芽吹き育ったと語られている。
また隣国のシランドルの西部地方に伝わる神話にはボダイジュと呼ばれる巨大な樹が登場し女神の化身として語られ、この樹も最終的に欲に目のくらんだ地上の民により燃やされてしまい、女神は眷属を連れて天へ還ってしまう。
そしてその後に樹を燃やしたことを悔いた地上の民が反省し神に許しを請うと、新たな樹が生えくるという結末となっている。
ユーラティアとシランドルは隣接した国ということもあり、なんとなぁく神話の流れは似ている。
カリュオンのポロリの感じだと、古代竜ユグドラシルは行方がわからないもののエルフの記録には残っているのか。
だとしたらユーラティアに伝わる神話が真実味を帯びてくる。
しかし三姉妹が女神の末裔ということを考えると、シランドルに残る神話にも真実が紛れ込んでいると思われる。
これが別の大陸の神話になると、創世神に逆らった邪神が樹に変えられ世界の礎にされたとか、樹は悪い神が奪っていったとか、樹がなくなった後ふらりとやって来た旅人が新たな樹になったとか、大きな樹が登場する神話は多く内容も様々だが、その多くは最終的に最初から生えてきた樹は何かしらの理由で失われ新たな樹が生えてきて終わる。
珍しく樹がなくなることのない神話では、超巨大な海の中に超巨大な樹がそびえ立っており、その樹の葉の一つ一つが一つの世界であり、この世界もその葉の一つだというもある。
その神話によると、超巨大樹と同じ形をした氷の樹が海面を挟み超巨大樹と対称になるように海底へ向けて伸びており、海の下の世界は神に逆らった者が落とされる地獄だという。
確かこれは、海を越えた先にある魔族の国の神話だったかな。
この世界とは違う世界があることを知っている俺は、その葉っぱの中に俺の前世の世界もあるのかなと想像するのが楽しくてお気に入りの神話である。
それはどれも時代がはっきりと描写されていない大昔、神々の時代が語れる神話達。
前世なら全く現実味のないただの作り話として楽しんでいた神話だが、今世では神や神格を持つ者、古代から生きる竜、それら以外にも人間の想像を遥かに超えるものも確実に存在しており、世界には人間の知らない場所や知らないことがまだまだたくさんある故に、この各地に残る神話から漠然とした現実味を感じる。
だから各地の神話に登場する樹は実在のもので、それが失われるような大きな出来事があったのではと考えてしまう。その後に各地にその樹に縁のある樹が生えてきたこともまた。
もしかすると俺の故郷にあるあのクソでかい樹もその一つだったりして。
なんて考えるとワクワクしてくるので、神話や伝説を自分なりに考察してみるのはとても楽しくて好きだ。
でもラトと三姉妹はガチっぽいので、それはやっぱりふわっと気にしていないふりをして今まで通りに過ごそう。
神話や伝説を空想として身近に感じるのは楽しいのだが、いざそれが現実として近くにあるとちっぽけな人間である俺は非常に恐縮してしまうのだ。
おっと、神話について考えていたら手元がお留守になるところだったぜ。
俺はこのジャッジメントマッシュルームを採り尽くしながら進んでいくぜ。
「もー、カリュオン、そこは気付かないふりをしておこうよ。ドリーにも絶対に内緒ね、もちろん俺の兄達にもね。間違いなくめんどくさいことになるし、グランの家の周りが騒がしくなるのは絶対にダメ」
「おう、それはわかってるさ。グランの家の状況をドリーが知ったら、頭を抱えながらダンジョンへ逃亡して一年以上帰ってこなくなりそうだ」
「すごくありそー。それはそれで面白そうだけど、やっぱグランの家の平穏が最優先だからね。カリュオンだってあの緑のチビッ子のことがあるし、グランの家はそっとしておいた方がいいでしょ?」
「ま、そうだな。あんま騒がしくなると苔玉が寄りつかなく……いや、寄りつかなくなるならまだいいが、あの家で楽しそうに過ごしてることを考えると、自分が寄りつかなくなるより騒がしい原因を強制排除しそうだな」
「うっわ、でもチビカメとかもやりすぎそう。グランに懐いてるといってもやっぱり人間とは違う存在だから、彼らが常に穏やかな存在であるとは限らないことを忘れてはいけないんだよ。というわけで、俺達は今日は何も気付いてない! この先にいそうな聖のガーディアンの正体には気付いてないし、それを創ったラトや三姉妹の素性なんて気にしない!」
せっせとジャッジメントマッシュルームを採取する俺の後ろで、アベルとカリュオンが話しているのが聞こえてくる。
おう、俺の家の同居人のことは内緒にしておいてくれ、というか同居人がいることは知られてもいいが素性は上手く誤魔化しておいてくれ。
そうだぞー、うちの同居人の素性をドリーが知ると、ダンジョンに一年以上はオーバーだとしてびびり散らしてうちには近寄らなくなるかもしれないし、アベルの安全のためにうちを出禁にするかもしれない。
ドリーはお説教が多いけれど、いつもでアベルとアベルのおまけで俺の安全を考えてくれてるんだよなぁ。
俺達の安全を考えすぎてラト達やカメ君達と対立するかもしれないし、アベルの実家は相当高い身分の家門みたいだしばれるとそっちも大騒ぎになりそうだ。
あの白銀さんも兄弟を大切に思っている人みたいだから、アベルのことをすごく心配してうちまで突撃してきてもおかしくなさそうだし。
それに俺の家の内情を知る人が増えると、どこからともなく噂が漏れて良からぬ輩が寄ってくるかもしれない。
空き巣や強盗の類いはあっさり返り討ちにされて問題はなさそうだが、うちには可愛い幼女達がいるので変質者がうちの周りをウロウロするのはダメだな。
変質者は変態ドリュアスとロリコンユニコーンだけで十分である。
そしてなによりアベルのいう通り、俺達の前では穏やかに過ごしている彼らだが人間とは違う存在。
感覚も力も違いすぎるのは、つい先ほど目にしたばかりだ。
やはり俺の家の平和とご近所の平和のためにも、うちの同居人達の素性は内緒に、俺達も気付いていないことにしよう。
「あ、木の隙間から光が差し込んでますよ。森が途切れるのかも」
ジュストの声に採取をする手を止めて獣道の先を見ると、道に覆い被さる木々の葉が薄くなり隙間から眩しい光が差し込んでいる。
木々の隙間から吹き込んでくる風には、心も体も自然と浄化されそうなほどの強い聖属性の魔力が含まれ、この先が俺達の目指していた場所だと確信する。
点々と続いていたジャッジメントマッシュルームも、俺達を導く役目を終えたとばかりに今俺が採取している場所が最後になっている。
「いくか」
獣道に生える最後のジャッジメントマッシュルームを採取してキノコポシェットに詰め込み立ち上がる。
相変わらずミンミンとうるさい蝉の声を聞きながら獣道の終着点に向け歩き出し道を覆う最後の枝をくぐると、光溢れる広い空間と見上げると首が痛くなりそうなほどの巨大な樹が目に入った。
そしてその樹の幹には――蝉だーーーー!! 蝉がたくさんくっ付いて鳴いているぞーーー!! 聖なる樹の聖なる樹液をたくさん吸って丸々太った聖なる蝉だーーーー!!
そりゃ、こんだけいればミンミンうるさいわな。まぁうるさいだけで害はなさそうだけど。
ん、なんか樹の上の方に蝉じゃない奴もいるな、なんだあれ?
なんだ、クソデカカブトムシか。
って、角で樹の幹を傷付けて樹液を吸っているテメェはギルティだ。
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