第912話◆聖なるトレント

 ジャッジメントマッシュルームは聖属性の濃い場所、その中でも聖属性の魔力を持つ木もしくはトレントの根元や地面に露出した根に生える。

 つまりジャッジメントマッシュルームがこんなにたくさん生えているということは、近くに聖属性のトレントがいる可能性があるのだ。

 なので、ジャッジメントマッシュルームに向かって全力で突っ込んだが、警戒を怠ってはいない。俺は優秀で用心深い中堅冒険者なのだ。

 まぁ、ジュストがホイホイとジャッジメントマッシュルームを採ってきたので、トレントがいたとしてもおそらくトレントではないと思われる。


 木にも色々あるようにトレントにも色々ある。

 肉食や雑食性の危険の高いトレントから、肉食性だが小動物や虫しか捕食しない危険度の低いトレント、他にも生きものの魔力を吸収し糧にする種もいる。また普通の木と同じように水と土からの養分を糧にする害がほとんどないトレントや、周囲の自然の魔力を糧にする種なんかもいる。


 聖属性のトレントのほとんどは他の生物を捕食しないタイプでこちらから手を出したり縄張りを荒らしたりしなければ攻撃してこない温厚な種が多く、長寿の個体の中には非常に高い知能を持ち言葉を話す個体も存在する。

 そういった個体の中には神格を持つ者すらおり、森の主であったり、周辺に住まう者に守り神として崇められていたりもする。


 俺の故郷の山にあるあのくそでかい御神木も動いているところを見たことはないが、超超超超超ちょーーーーーーーー齢を重ねたトレント系の樹だと聞いている。

 動いているところは見たことないけれど時々木の根元がパカッと割れて、そこからいける不思議な洞窟には子供の頃にすごくお世話になった。


 これだけたくさんのジャッジメントマッシュルームが群生しているとなれば、近くにあるのはただの木ではなく確実に強力な聖属性のトレントだろう。

 獣道に点々と生えるジャッジメントマッシュルームをよく見ると、その根元には地面から露出している木の根が見える。それが獣道の先からずっと続いている。

 ああ、これはもしかするとこの森に根を広げた巨大トレントの一部かもしれないな。


 深く繁った木々の隙間を通る獣道の向こうはまだ森の木々しか見えない。

 だがその先に強烈でそして澄みきった聖の魔力を感じた。

 この先にいる巨大なトレントの気配と共に。



 ま、そこに続く道に生えているジャッジメントマッシュルームは全部回収しちゃうんだけどねえええええ!!

 仲間に裏切られ俺のやさぐれた心を癒やせるのは、採取作業しかないのだーーーー!!



「ああああああああーーーー、ポシェットの中にジャッジメントマッシュルームがどんどん増えていくーーーーー!!」

「ちっ、ばれたか……だが安心しろ! これはユウヤ対策だ! きたるべき沌の割れ目に突入する日のための準備! 沌には聖を! きっとこのジャッジメントマッシュルームは、俺達を助けてくれる!!」

「ひどい、舌打ちした! ていうか、ポシェットの中身が共有じゃなくても、目の前でそうやって採取してたらわかるに決まってるでしょ! 沌には聖はわかるけど……あーーーー、グランの進んだ後にジャッジメントマッシュルームが一つも残ってないーーーー!!」


 点々と生えているジャッジメントマッシュルームを素速くそして丁寧に残すことなく採取している俺の後ろで、アベルがギャーギャーと騒いでいる。

 はー、俺より冒険者歴が長いくせに未知の森の中で大騒ぎとは緊張感のない奴だぜ。


 ジャッジメントマッシュルームを採取しながら、それが続いている先へと進む。

 進めば進むほど聖の魔力が濃くなり、まだ姿を見ることはできないがその先に確実にいる者の存在を強く感じさせられた。

 澄みきった聖の魔力は聖属性に適性の高い俺には心地が良い。それと同時に、あまりに大きな気配に重苦しさを感じ頭を垂れたくもなる。


 いる、間違いなくこの先にいる。

 聖属性の巨大なトレント――聖属性のガーディアンが。


 それでもジャッジメントマッシュルームを採取する手は止めない。

 ジャッジメントマッシュルームを採取しながら、ジャッジメントマッシュルームが生えている場所にチラリと地面から見える木の根に触れてみるが当然のように鑑定できない。

 ただの植物なら触れれば鑑定できるのだが、鑑定できないということはトレントなどの植物系生物の類いかもしくは特殊な植物である。


「アベル、これが何か見えるか?」

「え? 何? 今度は何を見つけたの? 木の根? うっわ……名前はユグユグの樹で、とあるすごい樹から株分けしたすごい樹って見えるよ。明らかに隠蔽の痕跡があるけど、適当な名前と説明すぎて誰の仕業がバレバレだし、この感じからして聖のガーディアンの根っこでしょ!! それにユグユグ……ユグ……そんな気はしてたけど、気にするのはやめておこ。俺は知らない、何も知らないし何も見てないし何も気付いてない」

 アベルに鑑定を頼んだら、鑑定をした後に何かブツブツボソボソ独り言モードになってしまったぞ。


 ユグユグの樹? すごい樹から株分けした樹?

 確実にラトと三姉妹達の仕業だよな。

 巨大な樹とその名から創世の神話にも出てくる世界を支える大きな樹と、その樹の化身の古代竜をなんとなく連想したが、気付かなかったことにしよう。

 だってそれは創世に関わる伝説の樹であって、本当かどうかのわからない話だから。


 世界各地には大きな樹にまつわる似たような創世神話がいくつもあり、その創世神話に出てくる樹だといわれる樹も各地に存在する。

 似たような伝承が各地にあるのが面白くて、冒険者ギルドの資料室や大きな図書館で調べてみたこともある。

 不思議なくらいどこの国の神話にも世界の根幹となる大きな樹が出てくるので、おそらくこの樹は実在しているもしくはしていた樹で、伝説は長い時間を越えて大きく変化をしていたとしても、伝わった話の中には僅かだが真実があるのだろうと思っていた。


 ラトや三姉妹達の話は時々神話級で、そのこととこのガーディアンのことを考えるともしやどことか、創世神話に出てくる者達に縁のある者であろうという答えにいきつく。

 普通ならドン引きをするところなのだろうが、彼らがうちで普通に暮らし、それがすっかり日常となってしまった今となっては、彼らが俺を拒まない限り彼らの素性を気にすることなくこの関係を続けていきたいという気持ちが強い。

 アベルが葛藤するような表情でブツブツ呟いているのも、俺と同じようなことを考えてそれが口から漏れているだけなのかもしれないな。


 昼食後の小休憩時間、ラトや三姉妹達がたくさん魔法をかけてくれた防具に触れると、すっかり慣れ親しんだ彼らの魔力を感じる。

 過剰なくらい感じる俺を守るための魔法からは、彼らが俺に無事に帰ってきて欲しいと思ってくれていることがわかる。

 めちゃくちゃ強いのに酒にだらしなくて森を守護していること以外はいい加減すぎる番人と、子供のように好奇心が強く賑やかで可愛い面があるかと思えば人間の知を遥かに超える知を持ち時折お姉さんのような面を見せる神の末裔三姉妹。

 どちらも神話級の存在だということには薄々気付いてはいたが、彼らがどんな存在であろうと俺にとってはもうそこにいることが当たり前になっている同居人――家族みたいな存在になっている。


 知ったからといってその関係性が変わるとは思わないが、もしかするとこの賑やかで穏やか生活が寂しくなることが起こる可能性が僅かにでもあると思うとやはりどこか恐い。

 だから気付かなかったふりをして帰ろう。

 俺がそれを知っても知らなくても、ラト達がラト達であることには変わりないし、ラト達は隠しているというわけではなくただ話していないだけだろうから。

 それは彼らにとって、彼らが伝説と共に長い時を生きてきたことは当たり前のことすぎるから。



「ユグユグの樹かー。あー、ユグ……ユグ……なるほど、ユグドラシルなー。あちこちの国の伝承に出てくるんだよなぁ。ま、全部だいたいユグドラシルみたいもんだし、主様のとこの樹もそれだしなー。だが本体の古代竜ユグドラシルは、伝承に残っている通り行方不明らしくて、エルフの古文書にも数千年前まで遡らないと残ってねーんだよな」



 アーーーーーッ!!

 俺が気付かないふりをしようとしたことを、カリュオンがサックリと口にしちゃったーーーー!!


 カリュオンはあまりハイエルフっぽくないのに、ごく稀に時々たまにエルフ感覚の話をポロッと口走る。

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