第911話◆森の奥へ
ミンミンミンミンミンミンミンミンミンミンミンミンミンミンミンミンミンミンミンミンミン。
「ふぃ、やっと収まったか……」
まだ近くで鳴いている奴はいるが、制御不能のオートカウンターの大暴走により飛び回る無数の蝉は蹂躙され、俺達にぶつかりそうな範囲で飛び回る蝉の姿はほぼ見えなくなったところで大きく息を吐いた。
「あーもう、最低ー! 蝉に反応して制御できない防御魔法が発動し続けるし、それに驚いて更に蝉が飛び回って防御魔法が発動するし、色々降ってきて汚いし、サイテー!」
俺の斜め後ろでアベルがプリプリと怒りながら浄化魔法をシュッシュッとしている。
蝉に色々かけられたから俺にもシュッシュしてくれー!!
ミンミンミンミンミンミンミンミンミンミンミンミンミンミンミンミンミンミンミンミンミン。
空中を飛び回って蝉をモシャモシャしていた水でできたサメは蝉の数が減ったところで弾けて消え、カリュオンの周りで渦巻いていた風も落ち着き、ジュストの周りに生えまくっていたタケノコのような岩の針もジュストに近付く蝉がいなくなると出てこなくなった。
アベルのやつはマントに触れたら発動するもののようなので、蝉がぶつかってこなければ落ち着いている。
ミンミンミンミンミンミンミンミンミンミンミンミンミンミンミンミンミンミンミンミンミン。
この騒動で蝉の数が減って少しは騒がしさが落ち着いたような気もしないでもないが、一匹すごく近くで鳴いているようでめちゃくちゃうるさい。
「グランさんの背中……」
ミンミンミンミンミンミンミンミンミンミンミンミンミンミンミンミンミンミンミンミンミン。
ん? ジュストは何かいったか? 蝉がうるさくてよく聞こえないな。
「シッ、面白いからそのままにしとこ」
「張り付いて鳴いてるだけなら、サメェは発動しねーのか」
ミンミンミンミンミンミンミンミンミンミンミンミンミンミンミンミンミンミンミンミンミン。
「え? 何々? ボソボソ話してないで大きな声で頼む、蝉の鳴き声がうるさくてよく聞こえない」
「ああ、苔玉達のやりすぎ防御魔法でびっくりしたなって話。それよりマッピングは捗ってるか?」
ミンミンミンミンミンミンミンミンミンミンミンミンミンミンミンミンミンミンミンミンミン。
蝉の鳴き声が近くてもはっきり聞こえるくらいの音量でカリュオンが応えてくれた。
「ああ、大丈夫。あらかじめ外から見てる部分の地図を作ってきているから、それを中で確認しながら詳細を書き込むだけなんだ。この辺りは蝉の巣窟っと……つまりトレントも多そうだな」
ミンミンミンミンミンミンミンミンミンミンミンミンミンミンミンミンミンミンミンミンミン。
樹液を食糧とする蝉系の魔物は木だけではなくトレントの樹液も吸い、普通の木よりもトレントを好む種も多い。
つまり蝉が多い場所にはトレントもいる可能性が高いということだ。
ま、森の中だしトレントがいるのは当たり前だけど。
ミンミンミンミンミンミンミンミンミンミンミンミンミンミンミンミンミンミンミンミンミン。
蝉がすごくうるさいけれど気にしないで地図作りを再開しよう。今日の俺の主な役目はマッパー。
といっても箱庭の外から見た光景で大まかな地図は作ってきているので、内部を歩きながら答え合わせをして外からは見えなかった詳細をマップに書き加えているだけだ。
ミンミンミンミンミンミンミンミンミンミンミンミンミンミンミンミンミンミンミンミンミン。
って、うるせぇ! すぐ近くで鳴いているみたいだが、どこで鳴いているのだ!? うるさすぎて気が散るだろ!?
ミッ!
後ろで鳴いているような気がして振り返るが近くに蝉の姿は見えない。
そして、俺の振り返る動作に合わせるように、後ろで短い鳴き声が。
ミッ! ミッ! ミッ!
キョロキョロと周囲を見回すとその動きに合わせて、近くにいる蝉を見つけられない俺を嘲笑うかのような蝉の鳴き声。
くそ、どこだ!? どこにいるんだ!?
ミッミッミッミッ!
「さっすがグラン、準備がいいね。じゃあ、蝉の多いこの辺りをさっさと抜けて先に進もっか、頼りにしてるから引き続きマッピングをお願いね。そうそう、また蝉の大群に遭遇してチビッ子達の変な魔法が発動しまくると大変だから、蝉が多そうな場所での採取は控えてね」
いつもお説教ばかりのアベルに褒められて、気分が良くなったからマッピングをがんばるか。
ミンミンミンミンミンミンミンミンミンミンミンミンミンミンミンミンミンミンミンミンミン。
どこかにいるセーミィ君まで機嫌良さそうに鳴いてやがる。
ま、移動すればうるさいセーミィ君とも離れているし移動だ移動。
この後移動しても蝉は相変わらず近くで鳴いていうるせーし、それが自分の背中だと気付いたのはかなり時間が経ってからだし、俺に気付かれて飛び立った蝉に例の液体をかけられるし、変な液体をかけられたのは三人かかりで浄化しされて綺麗になったけど、アベルとカリュオンだけではなく純真で真面目で素直な良い子だと信じていたジュストにまで裏切られて、俺のガラスのハートは深く傷ついてやさぐれモードだよ。
「もー、ごめんってばー、機嫌直してよー。気配に敏感なグランなら背中の蝉くらい気付くかなって思ったんだよー」
「プーン」
俺、もう完全に拗ねちゃったもんね。
知らない、もう楽しく採取する。
「おーい、グランー。採取していてもいいけど目的地が近付いたら機嫌を直せよー。なんせ目的地は聖のガーディアンのでかい樹だからなー、すっげー素材があるかも知れないぜー」
「あ、聖のガーディアン! でかい樹! すっげー素材! はっ!! そんなものに釣られないぞ!! 俺は傷心中なんだ!!」
危ない、カリュオンに上手く乗せられるところだった。
目的地にはちゃんといくし素材も回収するけれど、今の俺は心に深い傷を負っている真っ最中なのだ。
今日の目的地は、箱庭の外からでもよぉく見える森の奥にドーンとそびえるでっかい樹。
ラトが植えて大きく育ち、三姉妹達が弄ってガーディアン化したあの大きな樹だ。
沌属性に対抗するならその対極の属性である聖属性、そう思い聖のガーディアンの元を目指し森の奥へと進んでいた。
人の手が全く入っていない森の中にあるのは、歩きにくい獣道だけ。
道を遮る植物を掻き分け、時々現れる獣や魔物を倒しながら、箱庭を外から見た時の記憶を頼りにあの樹のあると思われる方向へ進んでいく。
そしてやはり森に蝉はたくさんいるようで、森の奥へと進んでも相変わらず蝉の鳴き声がうるさく、蝉へのヘイトが上がっていく。
背中にはもう蝉はいないはずなのに、うるさい鳴き声。むしろ森の奥に進むにつれ酷くなっているような気がする。
というわけで蝉がうるさいからもう少し拗ねておくね。
「グランさんー、ごめんなさいー。そこに生えていた綺麗なキノコをあげるので機嫌を直してくださいよー」
「え? キノコ? ふおっ!? それはジャッジメントマッシュルームじゃないか! 強い衝撃を与えると天罰がみたいな雷が降ってきて危険だから、すぐにキノコポシェットに入れておくんだ! 後で俺が回収するから今はポシェットの中へ!」
ジュストが耳も尻尾も垂れてシュンとしているのを見ると、大人として心が痛くなるのでジュストだけは許す。
キラキラと白金に光るキノコを申し訳なさそうに差し出す仕草が、反省したワンコっぽくて可愛いから許す。
ジャッジメントマッシュルームは聖属性が濃い場所に生える聖なるキノコで、強い衝撃を与えると自分のいる場所に聖属性の雷を落とし砕け散る。
雷なのでもちろん周囲も感電してしまう。
そんなキノコが生えているということは、この辺りはもう聖のガーディアンの影響がある場所なのだろう。
実際、森の奥に進むにつれ少しずつ聖の魔力を強く感じるようになっている。
気配はまだ感じないが、聖のガーディアンは確実にこの先にいる。
「ちょっとジュスト!? そんなキノコをグランに与えないで! グランも持ち帰ろうとしないで! ジュストは運が悪いんだからそんなものを拾わないで!!」
「あ、はい、気を付けます! でもそこにいっぱい生えているので、グランさんもすぐ気付いていたと思いますよ」
え? いっぱい? どこどこ?
「うわ、こりゃすげぇな」
「うおお……これはすげぇ……」
「えぇ、そんなに? うっわ、すっご……って、グラン! 早速突っ込んでいってるううう!!」
ジュストが指差したのは俺達が歩いてきた獣道から枝分かれした獣道。
分岐地点に木の枝が覆い被さり隠れかけているのだが、よく見ると中型の獣がその辺りを頻繁に歩いているような道ができている。
その獣道に点々と見える白金の光――ジャッジメントマッシュルーム。
それは俺達を誘うように森の奥へと続いていた。
俺はもちろん、それに全力で釣られることにした。
※明日は電撃大王10月号の発売日ですが、コミカライズ版グラン&グルメはお休みなのでご注意ください(小声
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